小津の偉大な功績や、優れた演出などを列挙すれば枚挙に暇がないので、今回は彼自身の服装やスタイルを紹介したいと思う。
拙いファッションスタイリストだが、せっかく”STORIES”に寄稿させていただくのだから、やはり英国を連想させるファッションやスタイルを嗜む人物がいいだろうと思った。そこで、真っ先に頭に浮かんだのは映画監督“小津安二郎”だった。映画好きの方はご存知であろうが、小津は代表作とされる「東京物語」を始め、家族に端を発するできごとに重点を置いた作品が多く、演出に留まらず、撮影技法、美術、消え物、さらには衣裳にまでこだわり抜いた、優れた映画監督である。小津の偉大な功績や、優れた演出などを列挙すれば枚挙に暇がないので、今回は彼自身の服装やスタイルを紹介したいと思う。
小津は、J.W.Bensonの時計やDunhillのパイプなどの英国製の嗜好品を愛用し、撮影時であっても白シャツ、トラウザー、オックスフォード(甲を靴紐で結ぶ革の短靴)を着用していた。さらに、衣服のアイロン掛けや靴磨きなども怠らず丹念に物を扱っていた。また、自身の顔の大きさを気にして、襟型を微妙に大きく注文していたというのも、小津のこだわりが窺えるエピソードである。60歳で亡くなったのが1963年、これほどまでに洗練されたスタイルを持つ男が、半世紀も前の日本の映画界にいたというのは驚きである。
このように、確固たるスタイルを持っていた小津は、映画「秋日和」の劇中にもその美学を色濃く反映させている。主要男性キャストは、ソリッドのスーツ姿が多くシンプルな装いだ。同様に、Vゾーンにもソリッドが多く、織り柄を用いてもベーシックに留め、シックにまとめている。中でも、佐田啓二の佇まいは群を抜いており、背中が入ったスーツ姿は端麗で髪型も洒脱だ。女性キャストの服装は、鮮やかな色使いや模様が多く、男性とは対照的な印象だが、凛としてエレガントだ。特に、ウエストラインを絞った白と緑のツートンのワンピースをまとう司葉子には惚れ惚れする。そんな2人が、下町の食堂でラーメンをすする姿はクールで、劇中でも特に好きなシーンだ。
話が膨らんでしまったが、秀逸な物をこれ見よがしに着るわけではなく、あくまでも自然に、まるで最初からそこにあったように着用するという行為は堂に入った術である。僕が憧れる英国的なスタイルはまさにそれであり、今では希有となりつつある確立されたスタイルをこの作品から垣間見る。小津作品の中で順位をつけるのは困難だが、一番鑑賞した作品は間違いなくこの「秋日和」である。蛇足になるが、本作品は会話のテンポも妙で、英国人さながらのブラックジョークが多々飛び出すのが痛快だ。
秋風が心地良い時節、映画を肴に一献やってみてはどうだろうか。
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com