旅行で掻い摘んだだけでは見られない景色がある。決して美しい物事だけが映されている訳ではなく、土臭くて人間味がある。Vol.7では、英国人映画監督マイク・リーとその作品を紹介したい。
そもそも彼の名に馴染みがない方も多いかもしれない。マイク・リーは、70年代まで主に舞台にてキャリアを積み、80年代前半からはBBC製作のTV映画を作り続け、80年代後半から劇場映画に軸足を移していった。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールや監督賞、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、アカデミー賞ノミネートの常連という華々しい受賞歴を誇る。また、演出した役者にも数多くの演技賞をもたらしている、現在73歳の英国が誇る映画監督だ。
選び抜くことが困難なほど秀逸な作品が多いが、今回は「家族の庭」という作品を紹介したい。主人公は、初老を迎えたトム&ジェリー夫妻(このジョークも面白い)。春夏秋冬の順に、その季節に起きた些細な出来事を巡って話は進行していくのだが、例によって少し違った角度から話を掘り下げていこう。
マイク・リー作品の舞台は英国が中心で、とりわけロンドンが多い。しかし、誰でも知っているような、いわゆるランドマークはあまり登場せず、ここはロンドンのどこなのだろうと惑わされる。さらに、その場所で起こることは、我々が抱える現実的な社会問題、今後予想される事象、過去に起きた事件などがほとんどだ。ガイドブックや旅行のパンフレットで紹介される、風光明媚なロンドンとは異なる気がしてならない。冒頭でも述べたとおり、マイク・リーの描く作品が土臭いのは、現実からの逃避ではなく、それと対峙しているからだろう。
次に劇中の服装にも言及してみよう。夫トムは地質学者で、調査に出向くときはタイドアップした上にワックスジャケットを着込み、野菜作りでは先ほどのワックスジャケットにブーツを履き泥だらけになっている。さらに葬式でもスーツ(シングル2Bの下一つ掛けという強烈なスタイル)の上にこのワックスジャケットを着用し、場に応じた使い分けを披露してくれる。トムの友人で“昔は男前だった”と称されるケンは、大柄で大酒飲み。粗野な振る舞いが目立つが、タイはきっちりと結ばれて、さり気なくディンプルもある。そこにきてタイの色柄は、パープルのペイズリーなのだから、なるほど昔はさぞモテたろうと考えさせられる。一方、トムの兄ロニーは、よく見ると背中に穴があいたくたびれたカーディガンを着て、生活感を醸している。派手さはないが、よく工夫されていて、衣裳から人物のキャラクターをイメージすることに事足りない。つまり、人物描写が的確で鋭いのだ。
物語は、基本的にトム&ジェリー夫妻の家を中心に進行していくのだが、衣裳にとどまらず、家屋、家具、食器、料理、車にいたるまで、キャラクターと協調性がとれていて美しい。画作りの肝となってくる、構図やキャメラのポジション、アングルも秀でていて、余白の使い方などは僕のど真ん中ストライクだ。実は、マイク・リーはvol.1でも紹介した映画監督小津安二郎を敬慕しているだけあって、随所にその片鱗が見られる。
ちなみに、マイク・リー自身も相当な洒落者である。洋服の色使いや、ストールの巻き方などが巧みで、自身のキャラクターをよく知り、巧く表現している点は他の作品にも如実に表れている。「ハッピー・ゴー・ラッキー」の主人公ポピーのGジャン、ワイドパンツ、厚底のサンダルを履いた姿や、「秘密と嘘」のシンシアが頭にスカーフを巻く姿などはその最たる例ではないだろうか。
「家族の庭」には、名探偵も諜報員も魔法使いも登場しないが、ロンドンで起きた小さな物事に焦点をあて、巧みに描き出した佳作である。
そもそも彼の名に馴染みがない方も多いかもしれない。マイク・リーは、70年代まで主に舞台にてキャリアを積み、80年代前半からはBBC製作のTV映画を作り続け、80年代後半から劇場映画に軸足を移していった。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールや監督賞、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、アカデミー賞ノミネートの常連という華々しい受賞歴を誇る。また、演出した役者にも数多くの演技賞をもたらしている、現在73歳の英国が誇る映画監督だ。
選び抜くことが困難なほど秀逸な作品が多いが、今回は「家族の庭」という作品を紹介したい。主人公は、初老を迎えたトム&ジェリー夫妻(このジョークも面白い)。春夏秋冬の順に、その季節に起きた些細な出来事を巡って話は進行していくのだが、例によって少し違った角度から話を掘り下げていこう。
マイク・リー作品の舞台は英国が中心で、とりわけロンドンが多い。しかし、誰でも知っているような、いわゆるランドマークはあまり登場せず、ここはロンドンのどこなのだろうと惑わされる。さらに、その場所で起こることは、我々が抱える現実的な社会問題、今後予想される事象、過去に起きた事件などがほとんどだ。ガイドブックや旅行のパンフレットで紹介される、風光明媚なロンドンとは異なる気がしてならない。冒頭でも述べたとおり、マイク・リーの描く作品が土臭いのは、現実からの逃避ではなく、それと対峙しているからだろう。
物語は、基本的にトム&ジェリー夫妻の家を中心に進行していくのだが、衣裳にとどまらず、家屋、家具、食器、料理、車にいたるまで、キャラクターと協調性がとれていて美しい。画作りの肝となってくる、構図やキャメラのポジション、アングルも秀でていて、余白の使い方などは僕のど真ん中ストライクだ。実は、マイク・リーはvol.1でも紹介した映画監督小津安二郎を敬慕しているだけあって、随所にその片鱗が見られる。
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com