ボンド、ニュルブルクリンクを疾る!
いつもは音楽を中心にお送りするBM RECORDSですが、今回は書籍をご紹介します。はい、私が病的に好きな007ネタです(笑)。ジェームズ・ボンドが活躍する007シリーズの新作小説が先日リリースされました。
その名も「007 逆襲のトリガー」(アンソニー・ホロヴィッツ著 駒月雅子訳。角川書店刊。原題「TRIGGER MORTIS」(2015年英国刊)の翻訳版)です。
ここで少々説明を。映画シリーズとは別路線として、これまでもボンドシリーズの小説は何度かオリジナルストーリーが上梓されてきました。なかにはパロディやオマージュなどもありましたが、不定期にイアン・フレミング財団が公式のお墨付きを出して、活躍中の作家に依頼した発表されてきた新作が存在します。近年では「ボーン・コレクター」シリーズで有名なジェフリー・ディーヴァーが書いた「007 白紙委任状」(2011年。文藝春秋刊)がそれでした。
ちなみにこのOBE、これまでにツェッペリンのジミー・ペイジをはじめ俳優のユアン・マクレガーやサッカー選手のデヴィッド・ベッカムに、日本人では劇作家の野田秀樹氏やフジロックでおなじみスマッシュの日高正博社長などが受章しています。
本題に戻ります。「007 白紙委任状」が現代を舞台(iPhoneを駆使してスバルに乗っていた!)にした007シリーズだったのに対し、今回の「007 逆襲のトリガー」は、かの「007 ゴールドフィンガー」の後の時間軸から始まるストーリーです。つまり、おそらくは1959〜60年頃の世界ということになるのでしょうか。 興味深いのは、物語の冒頭、ボンドはゴールドフィンガー事件から彼に寝返ったプッシー・ガロアを連れ立ってロンドンに帰国し、何と同棲生活を送っていたのです。
ボンドファンへの掴みはここでもうオッケーでしょう(笑)。少なくとも私は「なるほどなあ、やるなあ」と思わず膝を打ちました。
とはいえ、そこはボンドです。一人の女性と長く暮らせる性分ではありません。この男性から見ればブレのない永遠のプレイボーイ/女性から見たら全くもって女たらしのクソ野郎(笑)な辺りもしっかりボンドです。
で、そんな倦怠を感じていたボンドの元へ上官のMから指令が下ります。それはカーレースに出場して、宿敵スメルシュ(原作版に登場するテロ組織です)の暗殺計画から英国人ドライバーの命を守るというもの。命を受けたボンドはドライヴィングの特訓を受け、ドイツはニュルブルクリンクに向かいますが、何とその裏にはさらに壮大な計画と危機が待ち受けていて……。といった内容です。
まだ日本で出版されてからひと月も経っていない小説なので、なるべくネタバレを避けるため、ここから先の感想は敢えて細かいディテールを極力省いて綴ります。
まずボンドファンの私としては、ボンドが未知の物語のなかで動き出すだけで悶絶です(笑)。もちろん、ブラックコーヒー(ボンドは紅茶嫌いの英国人なのです)を愛し、海島綿(シーアイランドコットン)のシャツを好む設定も健在です。
しかも舞台設定が前述の通りなので、ボンドの愛車はベントレー・マークⅥ。カーレースではマセラティ250Fに乗ります(ちらっとアストンマーティンも登場します)。
ちなみに007シリーズを着想に生まれた(原作者のモンキー・パンチ氏が語っています)という、かの「ルパン三世」のアニメ1stシリーズの第一話「ルパンは燃えているか・・・・?!」(1971年10月放送)もカーレースでした。当時モータースポーツがいかに男のロマンであり時代の花形だったかを物語る、二つの作品のリンクもちょっと興味深いです。
実は本作、イアン・フレミングが遺していたアイデアのメモから着想を得たストーリーでして、後半の或る一大事件はホロヴィッツのオリジナルですが、カーレースのくだりはフレミングが遺していた構想だったそうです。この辺りも生粋のボンド/フレミングファンにはたまらないところです。
全体の感想としては、その後半の或る計画が、やや荒唐無稽に感じられるきらいもありますが、そこはそもそも「ゴールドフィンガー」も「ムーンレイカー」も荒唐無稽っちゃあそう言えなくもないし、冷静に考えたら何せネットや携帯電話も無かった時代の計画と思えば“アリかも……?”と思えてきます。何より(あくまで翻訳版を読んだ印象ではありますが)ディーヴァーの「白紙委任状」よりもだいぶフレミングの皮肉屋っぽいひねくれた筆致を意識している印象を受けました。つまりホロヴィッツがフレミングに“寄せて”書いたような気がします。
さらに「ドクター・ノオ」、「ムーンレイカー」、「カジノ・ロワイヤル」といった、他のフレミングによる007シリーズへの細かい目配せも散りばめられています。この辺り、ボンドのキャラクターのディテールも含めて、ちょっと優等生過ぎるかな?という気もしましたが、とはいえ、フレミングが遺した007の続編(時間軸としてはシリーズの後日ではなく途中の話ですが)として、私はさほどの違和感もなく大いに楽しめました。
この読み味については、訳者の駒月雅子さんの手腕も大きいと思います。クセのある言い回しも大変読み易く訳されたと推察します。巻末の訳者付記も大いに参考になりました。駒月さんは前述のホロヴィッツ作品「絹の家」「モリアーティ」も訳されています。追って読んでみたいと思います。
(映画を追ったノベライズはあったものの)フレミング以外の作家によるボンド小説はあくまで小説のみで、不文律のように映像化はされていません。でもこの作品、ラストが結構シビれたし、全10回程度のテレビシリーズとかで観てみたいなあ、と思いました。と、いうくらい、自分としては星4つ!(5つ星満点で)な作品でした。
一つだけ、マニアっぽく鬱陶しい文句を言わせてもらうとするならば、装丁でしょうか。
クレジットによると表紙の写真は写真を売買する通信社からの購入素材をコラージュしたようです。まあ物語に登場する英国人ドライバーとか中盤から登場する宿敵シン・ジェソンと思えばいいのかもしれませんが(笑))やはりタキシード姿の男性はボンドを想起させます。
フレミング版の作中ではボンドのルックスについて何度か言及があります。それによると、顔はホーギー・カーマイケルを思わせる酷薄な色男のようなのです。
アメリカのミュージシャン「ホーギー・カーマイケル」
この装丁の写真だと、ちょっと若々しいしふっくらしちゃっているんですよねえ……。
ここ自分も編集者なので、予算とかいろいろな縛りも想像できるのですが、作品がフレミング公認の力作なので、この辺りはもう少しだけデリケートに扱ってほしかったかなあと。いや、自分で書いてて本当に鬱陶しいな俺。すみません……。ちなみに映画版のボンドは、ダニエル・クレイグの進退がいまだ未定のままですが、直近の報道によると「もう一作出演しそう」なムードになってきた模様です。そして以前も書きましたが、BRITISH MADEの取り扱いブランドにも、映画版ボンドが愛用していたアイテムが存在します。チャーチです。
スタイリッシュな着こなしで知られるボンドですが、彼のファッションには幾つかのルールがあります。代表的なものでは前述のシャツの素材や、ダブルのスーツを(ほぼ)着ないこと。そして靴は原則的にブローグ(ひも靴)。コインローファーは履かないのです。そのルールにのっとって、チャーチは5代目のピアーズ・ブロスナンと、6代目のダニエル・クレイグの足元を飾りました。
ブロスナン・ボンドでは『007 ゴールデン・アイ』(1995年)でディプロマットとチェットウィンド。『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)でプレスリーが使われ、クレイグ・ボンドでは『慰めの報酬』ではフィリップとライダーⅢが使われました。 作品共々、ぜひチェックして下さい。
いかがでしょうか。映画ももちろんですが、自分の頭のなかで動く活字のボンドも味わい深いですよ。「007 逆襲のトリガー」、約340ページの長編ですが、気になった方はぜひ読んでみて下さい。ではまた!
内田 正樹
エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。