今年に入り魅力的なイギリス映画に相次いで出合っている。今回は「ロンドン、人生はじめます」という作品を紹介したい。タイトルにも記載した通り、本作はロンドンのハムステッドで起きた実話を基に製作された映画である。
主人公は、ハムステッドの高級フラットに住むエミリー。夫はすでに他界し、彼の残した借金、収入に見合わない家賃や税金、加えてフラットの住居人たちとの関係に頭を抱えていた。そんなエミリーは、旧病院跡地に住みついていたドナルドと出会う。そこは高級マンション建設予定地で、指揮を取っているのはエミリーのフラットの住居人であるフィオナの夫だった。ドナルドは、ホームレスとして疎まれ、立ち退き勧告を受けていた。立て続く彼への嫌がらせに憂慮したエミリーは、ついにドナルドと彼の家を守る行動に打って出る。そして、ドナルドと接する時間が増すに連れ、エミリー自身にも変化が生じていく。
さて、このドナルドは寡黙だが、意に染まないことは烈火の如く怒鳴り出す癇癪持ち。相手が女性であろうと思ったことは率直に意見を述べるぶっきらぼうな性格だ。一方、孤独を恐れず、読書や自然を愛し、心を許した相手には律儀で慎ましい。加えてロマンチックな面も持っている。もう少々話を掘り下げるが、裁判所での論戦場面では相手を手玉に取り、その場を押し沈める姿は圧倒的で特に印象深いシーンだ。
この一癖も二癖もあるドナルドの出で立ちも、劇中におけるキャラクターに影響を与えている。例えば、公式のスチールでも見られるステッキ(おそらく自家製だろう)に、中折れのストローハットを被っている姿。この帽子は、はっきりとした編目が放射状に広がるやや幅広のブリムが特徴的で、ブラウンとカーキの間のような単色のハットリボンが巻かれている。やや斜めに傾ける被り方が瀟洒で、ここまで登場することのなかったブルーのジャケット姿にもマッチしている。ベレー帽を被ったラヴリーなダイアン・キートンと横に並ぶ姿も素敵だ。
彼の個性が活かされるのは、ダイアン・キートンの芝居がしっかりと屋台骨になっているからに違いない。加えて、僕が度々引き合いに出すマイク・リー映画常連のレスリー・マンヴィルや、英国アカデミー賞を始め数々の受賞歴を誇るジェイソン・ワトキンスなど、脇を固める役者の存在感も絶大だ。そういった熟練俳優達の会話のテンポが実に良く、ウィットに富んでいる。バラエティ要素も含みながら、シリアスなドラマ展開を見せるのが妙なのだ。
本作で重要な役割を果たす小道具がある。それは、英国の光学機器メーカー“Barr & Stroud”の双眼鏡だ。よく使い込んであって素敵だ。エミリーに習い”ヒューマン”ウォッチングなどもいいだろう。僕の場合、野球観戦 (特に巨人戦) が趣味なので、これに応用できないかと目論んでいる。いよいよ始まる公式戦に向け、せっせとカメラ屋や骨董屋を巡り同社の双眼鏡を探し求めている。余談はさておき、本作では釣りやピクニックなどのレジャーシーンが描かれていて清々しい。いよいよ本格的に迎える春が待ち遠しく、気持ちが外に外に向かっていくような作品だ。
映画『ロンドン、人生はじめます』予告篇
本作を鑑賞するまでは、主演であるダイアン・キートン並びに、彼女の代表作である「アニーホール」から派生し、アニー・ホール・スタイルなどに言及しようと構想していた。しかしながら、鑑賞後はもう一人の主役であるドナルドを見事に演じたブレンダン・グリーソンに魅了され、方向転換を余儀なくさせられたのである。さて、このドナルドは寡黙だが、意に染まないことは烈火の如く怒鳴り出す癇癪持ち。相手が女性であろうと思ったことは率直に意見を述べるぶっきらぼうな性格だ。一方、孤独を恐れず、読書や自然を愛し、心を許した相手には律儀で慎ましい。加えてロマンチックな面も持っている。もう少々話を掘り下げるが、裁判所での論戦場面では相手を手玉に取り、その場を押し沈める姿は圧倒的で特に印象深いシーンだ。
この一癖も二癖もあるドナルドの出で立ちも、劇中におけるキャラクターに影響を与えている。例えば、公式のスチールでも見られるステッキ(おそらく自家製だろう)に、中折れのストローハットを被っている姿。この帽子は、はっきりとした編目が放射状に広がるやや幅広のブリムが特徴的で、ブラウンとカーキの間のような単色のハットリボンが巻かれている。やや斜めに傾ける被り方が瀟洒で、ここまで登場することのなかったブルーのジャケット姿にもマッチしている。ベレー帽を被ったラヴリーなダイアン・キートンと横に並ぶ姿も素敵だ。
『ロンドン、人生はじめます』
公開表記:4月21日(土)、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、 YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次ロードショー
配給:シンカ/STAR CHANNEL MOVIES
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com