1962年、夏のイギリス。映画「追想」から紐解く60年代 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 映画「追想」から紐解く60年代

2018.07.26

1962年、夏のイギリス。主人公は、バイオリニストのフローレンスと歴史学者を目指すエドワード。若い二人は、核兵器廃絶運動の集いで出会い、急速に距離を縮める。家庭環境も異なる両人だったが、互いに尊敬しあい恋愛を成就させる。結婚式を終え、新婚旅行に訪れたのはドーセット州のチェジル・ビーチ。のどかな砂浜で仲睦まじく過ごす二人だったが、初夜の緊張と不安からナーバスになりギクシャクしてしまう。次第に口論が始まり、二人の関係は脆くも崩れ去っていく。
冒頭でも紹介した通り、本作の舞台となっているのは1962年のイギリスだ。今回は、物語の時代背景を紐解いていくことによって、作品をより深く解釈する足掛かりにしたい。まず、62年の国際情勢は、アメリカを中心とした西側諸国と、ソ連を中心とした東側諸国が対峙する冷戦の真っ只中。前年にドイツに築かれた壁によってベルリンは東西に分断、ベトナムでは南北を隔てた戦争が繰り広げられていた。他方、ザ・ビートルズの1枚目のシングル「ラヴ・ミー・ドゥ」が発売され、007シリーズの第1作「ドクター・ノオ」が公開されたのもこの年である。余談だが、僕が敬慕する映画監督、小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」が公開されたのもこの年である。

さらに、劇中に登場するワードからもこの時代について掘り下げてみたい。たとえばフローレンスと家族との会話の中に登場する”ビートニク”(ビートジェネレーション、ビート族、ビート運動など)。これは、50年代後半から見られる戦争への批判や、保守的な思考や社会に抑圧されていることへの強い反抗として誕生したカウンターカルチャーである。ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズといった作家たちがその代表格だ。傾向としては酒、麻薬を多用し、開放的な世界観を提唱。フリーセックスや犯罪行為を是認し、場合によっては、東洋哲学やヒンズー教、仏教、老荘思想などとも融合している。現実逃避や秩序のない生活を理想郷のように追い求め、ある種の虚無感が漂っているのが特徴だ。このような動きはイギリスにも見られ、文学、音楽、映画、アート、ファッションだけでなく、本作の重要なトピックスとなるセックスについても変化が生じるのである。以上のような側面も加味しながら本作品を鑑賞すると違った面白さが味わえるのではないだろうか。

当時の服装についても言及するならば、主人公エドワードことビリー・ハウルが度々ジャケットを脱ぐ場面がある。だが、彼は一度もブレイシーズ(サスペンダー)をつけていない。ベルトループレスのトラウザーズを穿いている場面も見られるので、本来は内側にブレイシーズボタンがついているのかもしれない。諸説あるが、ブレイシーズに替わってベルトが定着していく時代だったことが推測できる。従って、ブレイシーズを隠すベストの必要性はなくなり、スリーピースからツーピースへの簡略化が一層進んでいったこともうかがえる。
この作品は、現在と過去を度々フラッシュバックしながら進んでいく。若かった2人にも老いがやってくる終盤は儚く無常だが、感慨深いものがある。無論、これほど劇的な経験は持ち合わせていないが、自分の若かりしころを回想するとついつい没入し、目頭が熱くなった。

「追想」
8月10日(金)より TOHO シネマズ シャンテ他全国ロードショー
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
http://tsuisou.jp
© British Broadcasting Corporation/ Number 9 Films (Chesil) Limited 2017
監督:ドミニク・クック(BBC「嘆きの王冠 ーホロウ・クラウンー」)
原作・脚本:イアン・マキューアン【「初夜」新潮クレスト・ブックス刊、村松 潔(訳)】
キャスト:シアーシャ・ローナン、ビリー・ハウル、エミリー・ワトソン、アンヌ=マリー・ダフ、サミュエル・ウェスト他
2018/イギリス/英語/110 分/カラー
Text by Shogo Hesaka

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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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