さらに、劇中に登場するワードからもこの時代について掘り下げてみたい。たとえばフローレンスと家族との会話の中に登場する”ビートニク”(ビートジェネレーション、ビート族、ビート運動など)。これは、50年代後半から見られる戦争への批判や、保守的な思考や社会に抑圧されていることへの強い反抗として誕生したカウンターカルチャーである。ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズといった作家たちがその代表格だ。傾向としては酒、麻薬を多用し、開放的な世界観を提唱。フリーセックスや犯罪行為を是認し、場合によっては、東洋哲学やヒンズー教、仏教、老荘思想などとも融合している。現実逃避や秩序のない生活を理想郷のように追い求め、ある種の虚無感が漂っているのが特徴だ。このような動きはイギリスにも見られ、文学、音楽、映画、アート、ファッションだけでなく、本作の重要なトピックスとなるセックスについても変化が生じるのである。以上のような側面も加味しながら本作品を鑑賞すると違った面白さが味わえるのではないだろうか。
当時の服装についても言及するならば、主人公エドワードことビリー・ハウルが度々ジャケットを脱ぐ場面がある。だが、彼は一度もブレイシーズ(サスペンダー)をつけていない。ベルトループレスのトラウザーズを穿いている場面も見られるので、本来は内側にブレイシーズボタンがついているのかもしれない。諸説あるが、ブレイシーズに替わってベルトが定着していく時代だったことが推測できる。従って、ブレイシーズを隠すベストの必要性はなくなり、スリーピースからツーピースへの簡略化が一層進んでいったこともうかがえる。
「追想」
8月10日(金)より TOHO シネマズ シャンテ他全国ロードショー
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
http://tsuisou.jp
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com