この連載を始めてほどなく、英国人俳優コリン・ファースについて取り上げたことがある。
(以前の記事はこちらから)そんな彼の主演最新作が公開を控えているのでこの場で紹介したい。
舞台は1968 年、英国の小さな港町ティンマス。主人公ドナルド・クローハーストは、船舶用の無線方位測定器を設計し、製造するベンチャービジネス家。清淑な妻クレアと3人の子宝に恵まれた彼であったが、肝心の事業は芳しくない。海洋冒険ブームに沸く英国では、単独無寄港世界一周ヨットレース”ゴールデン・グローブ・レース”が話題となっていた。優勝者には5,000ポンドの賞金が与えられる上、スポンサーはサンデータイムズ紙である。これを好機と目論んだクローハーストは、果敢にもこのレースにエントリーする。だが、彼はアマチュアセーラーな上に、潤沢な資金も持ち合わせていない。しかし、この置かれた状況こそが宣伝になると読んだクローハーストは、巧みな弁舌で広報や出資者など、自身をサポートする人物を次々と味方につけていく。彼の思惑通り、素人の無謀な挑戦はメディアの話題となるが、その状況に妻クレアは不安を覚える。その予感は的中し、船の製造は大幅に遅れ、当初の出航予定に間に合わない。次第に資金も底をついていく中、クローハーストは、会社と自宅を担保に資金を追加するという苦肉の策に出る。そして、当初予定していた装備とは程遠い状態な上、深刻な準備不足のまま世界一周の旅に就航するのである。
この映画を鑑賞するまでは、”ゴールデン・グローブ・レース”ならびにドナルド・クローハーストについてはまったく知らなかった。ただし、本国ではなかなか知名度が高いようで、邦訳された資料も残されている。残念ながらクローハーストの書籍は手に入れることができなかったが、共にこのレースに出場したノックス・ジョンストンの自筆を入手することができた。彼も本編で何度もその名が登場する英国人セーラーだ。例えばエンジンルームのトラブルや、通信機器の故障など、劇中に描かれていた通りの過酷な内容で、クローハーストを待ち受けていた困難と類似する箇所が多々見受けられるのが興味深い。
本作を監督したジェームズ・マーシュは、「コリンと私は、クローハーストの中に、良くも悪くも自分自身の姿をたくさん見た」と証言している。それがよく表れているのが、航海中のシーンをはじめとする、コリン・ファース単独の場面だ。会話が成立しない状況下で、所作などの芝居で舵を取らなければならないのはさぞ難しいことであろう。しかしながら、苦悩や思慮などが佇まいや居住まいに表現されていて味わい深い。クローハースト本人に寄り添い、導き出した答えが表れているように感じられた。物語を深く掘り下げ、鑑賞する側も一緒に巻き込んでいくような芝居をするコリン・ファースに格別な魅力を感じた。海洋アドベンチャーのつもりで鑑賞したが、様々な重圧に苛まれた男の挙動に焦点を当てた感慨深い作品だ。話の顛末を知らせてしまうことになるためここで止めるが、ある種の社会派要素も帯びている。主人公が下した決断。これこそが本作の重要なポイントになるのは間違いない。
(以前の記事はこちらから)そんな彼の主演最新作が公開を控えているのでこの場で紹介したい。
ノックス・ジョンストン本人
服装についても言及するならば、ドナルド・クローハースト本人の写真を確認したところ、スチールでも見られる黄色いカッパを着用しており、どことなく雰囲気もコリン・ファースに似ているようにうかがえた。さらに、現存する写真を見て記憶に残る点がある。それは、クローハーストも先述したノックス・ジョンストンも、共にカッパの下にシャツを着用しタイを締めている点だ。二度とは戻って来られない可能性があるにも関わらず、タイドアップするというのは覚悟の表れなのか。はたまたそんなことは当たり前だという英国人の国民性なのだろうか。 「喜望峰の風に乗せて」
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com