この物語が始まるのは、女王の即位50周年を祝う祝賀会。時を同じくして、インドが英国の直轄地となった29年目のアグラ。博覧会のために選んだ絨毯が評価されたアブドゥルは、女王の即位記念式典にて記念金貨モハールを献上する役に任命される。アブドゥルは、その式典で彼女の目に止まり、瞬く間に従者となり知遇を得る。両者は水魚の交わりとなり、憔悴していた女王は再び輝きを取り戻していく。女王は、師の意味である”ムンシ”としてアブドゥルを仰ぐ。一方、その急激な変化に眉をひそめる女王の側近や皇太子バーティは、アブドゥル排除を画策する。
本作の時代背景である、ヴィクトリア女王〜エドワード7世が統治した時代は、歴史的にも文化的にも大変魅力的だ。男性の服装では、現在のスーツの原型であるラウンジスーツが定着し始めた時代である。つまり、フロックコートなど旧スタイルからの変換期で服飾史的にも重要な時代なのだ。中でも、劇中で幾度となくヴィクトリア女王とぶつかり合う彼女の放蕩息子バーティ(のちのエドワード7世)は、後世に多大な影響を及ぼす人物だ。ヴィクトリア女王の在位期間が極端に長かったため、彼自身の在位期間は短かった。しかしながら、彼の築き上げたエドワーディアンスタイルは現代にも脈々と息づいている。例えば、エドワード7世の代名詞でもあるホンブルグハット。ドイツの温泉地ホンブルグを好んだ彼はしばしばこの地へ足を運んでいたところ、この地のチロリアンハット製造会社が、英国皇太子を歓迎するために新たな帽子を献上した。エドワード7世がお気に召したこの帽子は、英国の上流階級であっという間に流行になる。すなわち、オフィシャルシーンでチロリアンハットを着用するようになったのは彼なのである。以降このスタイルはメインストリームとなる。他方、今でこそトラウザーズにクリースを入れることは至極当然だが、これが行われたのもエドワード7世の時代であるとされている。ある日、従者がトラウザーズのたたみ方を間違えてしまうが、そのシワを面白いと考えたエドワード7世は、前後に折り目がついたまま着用した。これも上流階級でたちまち話題となり流行するのだ。加えて、ベストの一番下のボタンを外すことをスタンダードにしたのも彼であり、取り上げれば枚挙に暇がない。
このように、本作の背景には服飾史の醍醐味が散りばめられている。頭の片隅に入れて観賞いただけたらまた違った楽しみ方ができるのかもしれない。何を隠そう、本作の衣裳担当は、「クイーン」「マダム・フローレンス!夢見るふたり」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」など、大作で名を馳せているコンソラータ・ボイルだ。本作でも同様に、アカデミー賞にノミネートされている。史実に沿って優雅に表現された衣裳は、物語を手助けする重要な役割を果たしている。
ヴィクトリア女王 最期の秘密
公開日:2019年1月25日(金)より Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー
www.victoria-abdul.jp
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部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com