アカデミー賞9部門10ノミネート。三大女優の火花散る競演
先日、試写で鑑賞してから数日が経ったいまも、物語の余韻がボディブローのようにじわじわと効き続けています。ヨルゴス・ランティモス監督最新作の『女王陛下のお気に入り』です。さらに現在、第72回英国アカデミー賞では12ノミネート(*2月10日授賞式)、第91回アカデミー賞(*2月24日授賞式)にいたっては9部門10ノミネート(!!)。まさにオスカーへまっしぐらと言える破竹の勢いを見せているのです(*2月1日現在)。
なぜこの映画は、これほどまでに世界の観客を魅了しているのでしょうか? ここでは2月15日の日本全国ロードショー目前のタイミングに、その見どころを5つのポイントに絞って、駆け足ながら検証してみたいと思います。
1. 英国王室史におけるマイナーな女王
この映画の舞台は18世紀初頭、1701年に勃発したスペイン継承戦争(〜1714年)の真っ只中のイギリス王室です。そして、そこに君臨するアン女王(オリヴィア・コールマン)が、言わば本作の中心人物です。しかし、寝室付き女官として彼女を支えたレディ・サラことサラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)が、自分とアン女王の、或る“ただならぬ関係”(ここでは敢えて書きません。本編をお楽しみに)を暴露した記録が90年代になって発見されます。その記録こそが、本作の下敷きとなっているのです。
シリアスな戦時下にも関わらず、アン王女をはじめ上流階級の者たちは、贅の限りを尽くす宮廷暮らしをおくっていました。そんな宮廷で、アン女王とレディ・サラが、サラの夫であるモールバラ公爵ことジョン・チャーチル率いる軍がフランス軍に対して収めた大勝利を祝う場面から、この物語は始まります。
病弱で痛風持ちのアン女王は、自分で歩くこともままなりません。しかも政策については優柔不断。ほとんどの判断は、幼馴染みのサラに言われるがまま。つまり宮廷の実質的な権限はサラが掌握しているのです。サラはお局様であり、裏番的女帝というわけですね。
どちらかと言えば、本作は観客がするっと物語に入り込める構造の脚本です。全てが史実に沿っている物語ではありませんが、こうした英国史や、その渦中におけるアン王女とレディ・サラの立ち位置を最初に踏まえておくと、より映画を楽しめるのではないかと思います。ある意味、興味深い英国の転換期が、この物語の背景なのです。
2. 三大女優の息を呑む演技合戦
前述の“ただならぬ関係”も含めて、深い信頼で結ばれたアン王女とレディ・サラの間に割って入るのがアビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)です。上流階級から没落して、従姉妹のサラを頼って宮廷に現れます。レディ・サラを演じるレイチェル・ワイズは、キャリアの初期からテレビ、映画、舞台に出演してきた実力派。2005年の映画『ナイロビの蜂』の演技で、第78回アカデミー賞助演女優賞、第63回ゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞している48歳の女優です。ちなみに彼女は現6代目ジェームズ・ボンドを演じているダニエル・クレイグの妻で、昨年(2018年)、めでたく第一子を出産したばかりです。
アビゲイルを演じるエマ・ストーンについては、何と言っても2016年の『ラ・ラ・ランド』ですね。彼女は同作の演技で、第89回アカデミー賞主演女優賞受賞、第73回ヴェネツィア国際映画祭女優賞、第74回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞しました。現在30歳にして、すでにメジャー女優の仲間入りを果たした女優と言っていいでしょう。
この三大女優の、読んで字の如くの“競演”こそが、本作の大きな見どころのひとつです。
アン女王はマッドなまでにわがままで気分屋で、でもどこか憎めない愛らしさもあり、“ここぞ”という場面では、女王然とした風格を感じさせる存在です。しかし一方では、生涯で17回も妊娠(*劇中では17回ですが、18回説、19回説もあったようです)したものの、子供(*つまりはお世継ぎ)に恵まれず、唯一、11歳まで育った息子にも女王即位前に先立たれています。そんな深い哀しみを抱くアン女王を演じるオリヴィア・コールマン、圧巻です。
そして知性と戦略と確固たる意志を持ったレディ・サラを、レイチェル・ワイズはダークな魅力に溢れるキャラクターとして演じています。さらに自分を取り立ててくれたレディ・サラの上を行く狡猾さを開花させて、徐々にアン女王へ取り入っていく(*本作の原題は『The favourite』)アビゲイルを、エマ・ストーンは新境地を感じさせる体当たりの演技で堂々と表現しています。
三人は、撮影開始前の三週間を共に過ごしたそうです。その期間に築いた信頼をベースに、あの本編における戦いが繰り広げられたのかと思うと、“やっぱり女優ってすげえなあ…”と感心してしまいます。
キャスティングの妙も功を奏しているのかもしれません。というのも、オリヴィア・コールマンとレイチェル・ワイズは共にイギリス人女優で、二人の間に割って入る役のエマ・ストーンだけがアメリカ人女優なのです。なかなか計算された配役だと感じられます。
3. ヨルゴス・ランティモス監督の手腕
この脚本は、いまから20年前にデボラ・デイヴィスによって書かれたものを、同じく脚本家のトニー・マクナマラが、ヨルゴス・ランティモス監督のために仕上げたものだそうです。4. 斬新な解釈による衣装
本作は英国王室史を描いた“時代劇”でありながらも、実際には従来の時代劇のセオリーを多々打ち破っています。物語は全てが史実通りというわけではなく、 それは豪華な美術と衣装も同じです。つまり、(『ボヘミアン・ラプソディ』よろしく)時代考証とか、そこそこすっ飛ばしています。本作の衣装を手掛けたのは、イギリス衣装デザイン界の大御所、サンディ・パウエルです(写真左)。
例えばアン女王、何枚か肖像画を確信しましたが、全く違います。
既存の時代劇のセオリーを壊しつつ、一方ではそれ以上に明確な印象の魅力的なキャラクター造形を確立しているあたりは、さすがの名匠、サンディ・パウエルですね。
5. 深い余韻を湛えたクライマックス
本編を通して、アン女王の精神的なメタファーとして使われているのが“うさぎ”です。実際のアン女王は、アルコール中毒に近い酒好きで“ブランディー・ナン(Brandy Nan)”なんてあだ名もあったそうですが、本作ではブランデーではなく、生涯において妊娠した(*つまり亡くした子どもの数)回数と同じ数の17匹のうさぎが、彼女の深い悲しみを癒す役目を果たしています。そして、それは女同士の“三角関係”の末に迎えるラストシーンでも、効果的な役割を果たすことになります。その味わい深い結末と、私がいまもじわじわと感じている余韻の詳細については書くのを控えます。是非、劇場で確かめてもらえたらと思います。
本編の結末に紐づいているのでこれも控えますが、例えば、劇中の三人の女性のなかで一番長生きしたのはレディ・サラだったとか、彼女たちが歩んだ“物語のその後”にも、またなかなか味わい深い悲喜があります。(もしかしたら劇場パンフに解説が掲載されるかもしれませんが)興味の湧いた方は、チェックしてみてはいかがでしょうか? あと、エンドロールで流れるエルトン・ジョンの「スカイライン・ピジョン」の歌詞もチェックされることをお薦めしておきます。
試写の後、配給会社の宣伝担当氏からのお話しを聞いていて膝を打ちましたが、18世紀という時代設定とイギリス絵画的な世界を描いている点では『バリー・リンドン』(1975年。イギリス)を、また人を踏み台にする裏切り劇の構造としては『イヴの総て』(1950年。アメリカ)を思い出す読者のかたもいらっしゃるかもしれません。ともあれ、シニカルでブラックなユーモアといい、どこかパンキッシュな激しさといい、個人的には『久々にえらくイギリスっぽい映画を観たなあ…』と感じました。宣伝担当氏によると、本国イギリスでヒットを支えたのは、多くの若い観客だったとか。
BRITISH MADEのユーザーに強くお薦めしたい、愛と欲望と権力を巡る、絢爛豪華な2時間ジャストの一大エンターテインメントです。『女王陛下のお気に入り』は、2月15日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国ロードショーです。是非、ご覧ください。
■ 10組20名様をご招待! さらに5名様には映画オリジナルグッズをプレゼント! *募集は終了しました
BRITISH MADEでは2月15日から公開の映画『女王陛下のお気に入り』の公開を記念して、プレゼントキャンペーンを開催します。応募方法は以下の通りとなります。1. BRITISH MADEのTwitterアカウントをフォロー⇒ https://twitter.com/britishmade_jp
2. 該当ツイートをRT(リツイート)
以上で応募完了です。応募締め切りは2019年2月20日(水)12時00分まで
当選者の方にはツイッターのDMで直接お知らせいたします。
映画『女王陛下のお気に入り』
2018年2月15日(金)全国ロードショー
http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/
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内田 正樹
エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。