『女王陛下のお気に入り』5つの見どころ 息もつかせぬ稀代の宮廷絵巻、ついに公開 | BRITISH MADE

『女王陛下のお気に入り』5つの見どころ 息もつかせぬ稀代の宮廷絵巻、ついに公開

2019.02.07

アカデミー賞9部門10ノミネート。三大女優の火花散る競演

先日、試写で鑑賞してから数日が経ったいまも、物語の余韻がボディブローのようにじわじわと効き続けています。ヨルゴス・ランティモス監督最新作の『女王陛下のお気に入り』です。
この映画は、昨年11月にアメリカで、今年1月からはご当地イギリスでもすでに公開されていますが、両国で大ヒットを記録しています。
映画『女王陛下のお気に入り』
そしてベネチア国際映画祭でのダブル受賞(銀獅子賞、女優賞(オリヴィア・コールマン))を皮切りに、世界各国の賞レースでとんでもない数のノミネートと受賞が続き、アカデミー賞の前哨戦としても知られる第76回ゴールデングローブ賞では、主演女優賞(オリヴィア・コールマン)を獲得しました。

さらに現在、第72回英国アカデミー賞では12ノミネート(*2月10日授賞式)、第91回アカデミー賞(*2月24日授賞式)にいたっては9部門10ノミネート(!!)。まさにオスカーへまっしぐらと言える破竹の勢いを見せているのです(*2月1日現在)。

なぜこの映画は、これほどまでに世界の観客を魅了しているのでしょうか? ここでは2月15日の日本全国ロードショー目前のタイミングに、その見どころを5つのポイントに絞って、駆け足ながら検証してみたいと思います。

1. 英国王室史におけるマイナーな女王

この映画の舞台は18世紀初頭、1701年に勃発したスペイン継承戦争(〜1714年)の真っ只中のイギリス王室です。そして、そこに君臨するアン女王(オリヴィア・コールマン)が、言わば本作の中心人物です。
映画『女王陛下のお気に入り』
『イギリス革命史』や『スペイン継承戦争 マールバラ公戦記とイギリス・ハノーヴァー朝誕生史』の執筆で知られる友清理士さんが、本作のプレス向け資料に寄稿されている解説『アン女王とその時代』でご指摘の通り、英国王室史におけるアン女王の知名度は、エリザベス女王やヴィクトリア女王に比べると、決してそれほど高くはありません。

しかし、寝室付き女官として彼女を支えたレディ・サラことサラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)が、自分とアン女王の、或る“ただならぬ関係”(ここでは敢えて書きません。本編をお楽しみに)を暴露した記録が90年代になって発見されます。その記録こそが、本作の下敷きとなっているのです。
映画『女王陛下のお気に入り』
アン女王の時代、英国史は幾つかの節目を迎えます。1707年にイングランドとスコットランドが合併してグレートブリテン連合王国となり、スペイン継承戦争が起き、戦争継続派のホイッグ党、戦争終結派のトーリー党という二大党派の政争によって政党政治が発達していきました。ちなみに、このスペイン継承戦争における北アメリカ大陸で行われた局地戦は“アン女王戦争”とも呼ばれています。

シリアスな戦時下にも関わらず、アン王女をはじめ上流階級の者たちは、贅の限りを尽くす宮廷暮らしをおくっていました。そんな宮廷で、アン女王とレディ・サラが、サラの夫であるモールバラ公爵ことジョン・チャーチル率いる軍がフランス軍に対して収めた大勝利を祝う場面から、この物語は始まります。

病弱で痛風持ちのアン女王は、自分で歩くこともままなりません。しかも政策については優柔不断。ほとんどの判断は、幼馴染みのサラに言われるがまま。つまり宮廷の実質的な権限はサラが掌握しているのです。サラはお局様であり、裏番的女帝というわけですね。
映画『女王陛下のお気に入り』
ちなみにジョン&サラのチャーチル夫妻は、かつて日本でも絶大な人気を誇り、いまなおファンの多いダイアナ妃と、昨年日本でも映画が大ヒットしたウィンストン・チャーチルの祖先に当たります。ジョン・チャーチルが受けたモールバラ公爵の叙爵は、アン女王によるレディ・サラへのえこひいきだったのです。(当時、さすがに行き過ぎだと問題視されたようです)

どちらかと言えば、本作は観客がするっと物語に入り込める構造の脚本です。全てが史実に沿っている物語ではありませんが、こうした英国史や、その渦中におけるアン王女とレディ・サラの立ち位置を最初に踏まえておくと、より映画を楽しめるのではないかと思います。ある意味、興味深い英国の転換期が、この物語の背景なのです。

2. 三大女優の息を呑む演技合戦

前述の“ただならぬ関係”も含めて、深い信頼で結ばれたアン王女とレディ・サラの間に割って入るのがアビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)です。上流階級から没落して、従姉妹のサラを頼って宮廷に現れます。
映画『女王陛下のお気に入り』
アン王女とレディ・サラ、そしてアビゲイル。物語はこの三人の“三角関係”を主軸に進んでいきます。
アン王女を演じるオリヴィア・コールマンは、2017年に出演したイギリスのテレビシリーズ『ナイト・マネジャー』(UKスパイもの。見応えある作品です)の演技で、ゴールデングローブ賞助演女優賞(シリーズ・ミニシリーズ・テレビ映画部門)を受賞、エミー賞助演女優賞(リミテッドシリーズ・テレビ映画部門)にもノミネートされた、現在45歳の女優です。

レディ・サラを演じるレイチェル・ワイズは、キャリアの初期からテレビ、映画、舞台に出演してきた実力派。2005年の映画『ナイロビの蜂』の演技で、第78回アカデミー賞助演女優賞、第63回ゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞している48歳の女優です。ちなみに彼女は現6代目ジェームズ・ボンドを演じているダニエル・クレイグの妻で、昨年(2018年)、めでたく第一子を出産したばかりです。

アビゲイルを演じるエマ・ストーンについては、何と言っても2016年の『ラ・ラ・ランド』ですね。彼女は同作の演技で、第89回アカデミー賞主演女優賞受賞、第73回ヴェネツィア国際映画祭女優賞、第74回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞しました。現在30歳にして、すでにメジャー女優の仲間入りを果たした女優と言っていいでしょう。

この三大女優の、読んで字の如くの“競演”こそが、本作の大きな見どころのひとつです。

アン女王はマッドなまでにわがままで気分屋で、でもどこか憎めない愛らしさもあり、“ここぞ”という場面では、女王然とした風格を感じさせる存在です。しかし一方では、生涯で17回も妊娠(*劇中では17回ですが、18回説、19回説もあったようです)したものの、子供(*つまりはお世継ぎ)に恵まれず、唯一、11歳まで育った息子にも女王即位前に先立たれています。そんな深い哀しみを抱くアン女王を演じるオリヴィア・コールマン、圧巻です。

そして知性と戦略と確固たる意志を持ったレディ・サラを、レイチェル・ワイズはダークな魅力に溢れるキャラクターとして演じています。さらに自分を取り立ててくれたレディ・サラの上を行く狡猾さを開花させて、徐々にアン女王へ取り入っていく(*本作の原題は『The favourite』)アビゲイルを、エマ・ストーンは新境地を感じさせる体当たりの演技で堂々と表現しています。
映画『女王陛下のお気に入り』
本作の宣伝コピーは“ごめんあそばせ、宮廷では良心は不良品よ”ですが、まさに本編では、彼女たち三人による“裏切り劇”が展開されます。もう、目的意識を持った女性ってば、むっちゃ怖いです。

三人は、撮影開始前の三週間を共に過ごしたそうです。その期間に築いた信頼をベースに、あの本編における戦いが繰り広げられたのかと思うと、“やっぱり女優ってすげえなあ…”と感心してしまいます。

キャスティングの妙も功を奏しているのかもしれません。というのも、オリヴィア・コールマンとレイチェル・ワイズは共にイギリス人女優で、二人の間に割って入る役のエマ・ストーンだけがアメリカ人女優なのです。なかなか計算された配役だと感じられます。
映画『女王陛下のお気に入り』
三人の女優たちは、全身を使い、身体を張った演技で火花を散らします。演劇的な芝居と言えば良いのでしょうか。個人的には生の舞台を観ているような迫力を感じました。表情に偏った演技でもなければ、大ぶりなゼスチャーに終始するような演技でもない、心の機微を、全身を用いて肉体的に表現する三人の演技に、ぐいぐいと引き込まれていきました。

3. ヨルゴス・ランティモス監督の手腕

この脚本は、いまから20年前にデボラ・デイヴィスによって書かれたものを、同じく脚本家のトニー・マクナマラが、ヨルゴス・ランティモス監督のために仕上げたものだそうです。
映画『女王陛下のお気に入り』
2015年の『ロブスター』、そして2017年の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』で注目を浴びたギリシア人監督のヨルゴス・ランティモスは、本作では「典型的な時代劇は一切作りたくない」という意思を掲げ、撮影の舞台をイングランドのハットフィールド・ハウスに据えて、ほとんどのシーンを自然光で撮影しています。夜のシーンでは、蝋燭の灯だけを用いた撮影も行っています。
映画『女王陛下のお気に入り』
他にも広角レンズや魚眼レンズ、360度のウィップ・パン(*映像がぼやけるほど素早くカメラを水平・垂直移動させる撮影技法)やスローモーションを駆使するなど、独自の演出で本作を撮影しています。
また、撮影監督のロビー・ライアンは、数々のケン・ローチ監督作に加えて、コールドプレイやマッシヴ・アタック、プランBなどのミュージックビデオも手掛けています。この二人の手腕とセンスが、本作の美麗にして独創的な映像の源なのです。

4. 斬新な解釈による衣装

本作は英国王室史を描いた“時代劇”でありながらも、実際には従来の時代劇のセオリーを多々打ち破っています。物語は全てが史実通りというわけではなく、 それは豪華な美術と衣装も同じです。つまり、(『ボヘミアン・ラプソディ』よろしく)時代考証とか、そこそこすっ飛ばしています。

本作の衣装を手掛けたのは、イギリス衣装デザイン界の大御所、サンディ・パウエルです(写真左)。
映画『女王陛下のお気に入り』
これまでに『恋におちたシェイクスピア』、『アビエイター』、『ヴィクトリア女王 世紀の愛』の3作品でアカデミー衣裳デザイン賞を受賞している彼女は、独自の解釈で本作の衣装を仕上げています。

例えばアン女王、何枚か肖像画を確信しましたが、全く違います。
レディ・サラはマスキュリンなパンツルックが印象的ですが、これも肖像画の中の彼女は、パンツルックではありません。
映画『女王陛下のお気に入り』
しかもレザーやデニム、ストライプなど、現代的な素材をも取り入れて、極めてモダンに、それでいて不思議と違和感なく、品格をも備えているという、新たな英国時代劇のスタイリングを確立しているのです。
色使いも重要です。アビゲイルは狡猾に成り上がっていくに合わせて、衣装の形も、色も、どんどん変わっていきます。また、前述のホイッグ党とトーリー党という二大党派も、互いのスタンスの違いが色使いによって明確に表現されています。
映画『女王陛下のお気に入り』
男性キャストは極めて華美な衣装とメイクが施されていますね。くるくる巻きの髪にレースの衣装という、上流階級のお約束をカリカチュアしたようなそのスタイルは、時に滑稽さをも醸し出し、三人の女性たちの対照的な存在として描かれています。“いつの世も、男はしょうがねえなあ”と溜め息を吐きたくなります(苦笑)。
映画『女王陛下のお気に入り』
とは言え、レディ・サラと対立するトーリー党員のロバート・ハーリーを演じるニコラス・ホルトと、アビゲイルに近づく上流階級の若者のサミュエル・マシャムを演じるジョー・アルウィンという二人のイギリス人俳優は、イケメン好きの向きならきっとチェックされることでしょう。

既存の時代劇のセオリーを壊しつつ、一方ではそれ以上に明確な印象の魅力的なキャラクター造形を確立しているあたりは、さすがの名匠、サンディ・パウエルですね。
映画『女王陛下のお気に入り』

5. 深い余韻を湛えたクライマックス

本編を通して、アン女王の精神的なメタファーとして使われているのが“うさぎ”です。実際のアン女王は、アルコール中毒に近い酒好きで“ブランディー・ナン(Brandy Nan)”なんてあだ名もあったそうですが、本作ではブランデーではなく、生涯において妊娠した(*つまり亡くした子どもの数)回数と同じ数の17匹のうさぎが、彼女の深い悲しみを癒す役目を果たしています。

そして、それは女同士の“三角関係”の末に迎えるラストシーンでも、効果的な役割を果たすことになります。その味わい深い結末と、私がいまもじわじわと感じている余韻の詳細については書くのを控えます。是非、劇場で確かめてもらえたらと思います。
映画『女王陛下のお気に入り』
そもそもアン女王の時代に関わらず、英国王室であり、女王たちのドラマというのは、それだけで何冊もの本が出版されているほど、まあ醜聞の類を含めたエピソードに事欠かないんですよね。

本編の結末に紐づいているのでこれも控えますが、例えば、劇中の三人の女性のなかで一番長生きしたのはレディ・サラだったとか、彼女たちが歩んだ“物語のその後”にも、またなかなか味わい深い悲喜があります。(もしかしたら劇場パンフに解説が掲載されるかもしれませんが)興味の湧いた方は、チェックしてみてはいかがでしょうか? あと、エンドロールで流れるエルトン・ジョンの「スカイライン・ピジョン」の歌詞もチェックされることをお薦めしておきます。

試写の後、配給会社の宣伝担当氏からのお話しを聞いていて膝を打ちましたが、18世紀という時代設定とイギリス絵画的な世界を描いている点では『バリー・リンドン』(1975年。イギリス)を、また人を踏み台にする裏切り劇の構造としては『イヴの総て』(1950年。アメリカ)を思い出す読者のかたもいらっしゃるかもしれません。ともあれ、シニカルでブラックなユーモアといい、どこかパンキッシュな激しさといい、個人的には『久々にえらくイギリスっぽい映画を観たなあ…』と感じました。宣伝担当氏によると、本国イギリスでヒットを支えたのは、多くの若い観客だったとか。

BRITISH MADEのユーザーに強くお薦めしたい、愛と欲望と権力を巡る、絢爛豪華な2時間ジャストの一大エンターテインメントです。『女王陛下のお気に入り』は、2月15日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国ロードショーです。是非、ご覧ください。

<参考資料>
・本作プレス向け資料
・『英国王室史事典』(森護・著 大修館書店・刊)

10組20名様をご招待! さらに5名様には映画オリジナルグッズをプレゼント! *募集は終了しました

BRITISH MADEでは2月15日から公開の映画『女王陛下のお気に入り』の公開を記念して、プレゼントキャンペーンを開催します。応募方法は以下の通りとなります。

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映画『女王陛下のお気に入り』
2018年2月15日(金)全国ロードショー
http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/
© 2018 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
Text by Uchida Masaki



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内田 正樹

内田 正樹

エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。

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