本作には個性豊かなキャラクターが数多く登場し、主人公デイヴィッドに華を添える。その中でも印象的な2人をここで紹介したい。まずは、ユライア・ヒープ扮するベン・ウィショーだ。常連と言っても過言ではないほどこのコラムでは頻繁に登場する英国人俳優だ。ユライアは、名声、権力、金に取りつかれ、それらへの執着が身体から滲み出た俗物だ。陰湿な策略を講じ、デイヴィッドに迫りくる。原作においてもそのおぞましさは群を抜いているが、身振りや声が加わることで、不気味さがより増している。もはや、ベン・ウィショーへの当て書きではなかろうかと思わされるほど見事な表現だ。
最後に、デイヴィッドの学友であり、物語の重要なキャラクターでもあるスティアフォースが、いいウェストコートだとほめられるシーンがある。彼は一言“サヴィル・ロウ”と答える。劇中では明確な年号が明かされることはない。しかし、ディケンズの自伝的小説というヒントを頼りにするならば、執筆された 1849〜50年前後を軸に考えればそう遠くはずれることはないはずだ。時は、ヴィクトリア朝中期。1851年には世界初のロンドン万国博覧会が開催されたころだ。ようやく本題に戻る。つまりサヴィル・ロウはすでに存在し、デイヴィッドのナニーであるペゴティは、“サヴィル・ロウはロンドンよね”と答えている。つまり、貴族階級ではないペゴティですらその存在を知っているほど名が知れ渡っているのだ。そうすると気になるのは、スティアフォースがどのテーラーを贔屓にしていたのかだ。現在では消滅してしまったテーラーなのか、すでに名門であったイード&レイヴェンスクロフト、ギーヴス&ホークス、ヘンリープールなのか。はたまた当時若い紳士向けに服を作っていたノートン&サンズか。ちなみに、「キングスマン」でも名高いハンツマンが創業したのは、この小説が書かれている最中の1849年だ。アンダーソン&シェパードが誕生するのはさらに 50年も後である。“サヴィル・ロウ”。スティアフォースの発したたった一言のおかげで大いに空想が膨らんだ。ふたを開ければ、実はこの推理に一番時間を費やされていたのである。
『どん底作家の人生に幸あれ!』
2021年1月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ 他全国順次公開
監督:アーマンド・イアヌッチ『スターリンの葬送狂騒曲』
原作:「デイヴィッド・コパフィールド」チャールズ・ディケンズ著(新潮文庫刊、岩波文庫刊) 出演:デヴ・パテル『LION/ライオン ~25年目のただいま~』/ピーター・キャパルディ『パディントン』 ヒュー・ローリー『トゥモローランド』/ティルダ・スウィントン『サスペリア』 ベン・ウィショー『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
公式サイト:gaga.ne.jp/donzokosakka
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com