最大の特長は介護する側の苦悩はもちろんのこと、介護される側の苦悩が色濃く表現されている点だ。認知症の発症に伴う記憶の喪失。文字面からなんとかその状態を想像することはできるが、では具体的にどのような状態かということが視覚的な手法をもって表現されている。つまり、認知症を患う本人の視点を映像に落とし込んでいるのだ。成立しているようで成立していないカット割り。綺麗に繋がっているようでよくよく見ると本来あるべきはずの場面が異なっていたり、人物が入れ替わっていたりと、当の本人だけでなく我々も違和感を覚える。この違和感こそが、認知症を患った際の断片的な記憶の表れだ。記憶が飛んだりループしたり、現実と夢の狭間を彷徨っているようだ。その結果、混乱が生じ疲弊していくのが手に取るようにわかる。疑似体験に陥るようなリアルな編集にはっとさせられた。
しかし、上述した技術的な工夫だけではこの作品は成り立たない。主演アンソニー・ホプキンスが根幹を成すことで相乗作用しているのだ。以前彼を題材としてこのコラムでも取り上げたが、その魅力について語り出したら際限がない。83歳をして衰えを知らず、なお輝いている。本作においても、まるで波のような抑揚ある芝居に惹きつけられた。静けさを保ったさざ波のような序盤から、忍び寄る老いに抵抗する術をもたず、認知症が徐々に進行していく終盤は荒波のようだった。堰を切ったように溢れ出す最後の10分間はアンソニー・ホプキンスの真骨頂である。“すべての言葉を失っていくようだ”という台詞は堪らなかった。
『ファーザー』
5月14日(金)、TOHO シネマズ シャンテ他 全国ロードショー
監督:フロリアン・ゼレール(長編監督一作目)
脚本:クリストファー・ハンプトン(『危険な関係』アカデミー賞 脚色賞受賞)フロリアン・ゼレール
原作:フロリアン・ゼレール(『Le Père』)
出演:アンソニー・ホプキンス『羊たちの沈黙』アカデミー 賞 主演男優賞受賞
オリヴィア・コールマン 『女王陛下のお気に入り』アカデミー 賞 主演女優賞受賞
マーク・ゲイティス(「SHERLOCK/シャーロック」シリーズ)
イモージェン・プーツ(『グリーンルーム』)
ルーファス・シーウェル(『ジュディ 虹の彼方に』)
オリヴィア・ウィリアムズ(『シックス・センス』)
公式サイト:thefather.jp
2020/イギリス・フランス/英語97分/カラー/スコープ/5.1ch/原題 THE FATHER /字幕 翻訳:松浦 美奈
配給:ショウゲート
© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ–@ ORANGE STUDIO 2020@ ORANGE STUDIO 2020
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com