ノエル・カワードは、ファッションにおいても同時代の男性に多大なる影響を与えたという点を忘れてはならない。ジェームズ・ボンド役に決定したショーン・コネリーが服装の指南を受けるためノエル・カワードのもとを訪れたというエピソードは語り草だ。また、劇中において主人公チャールズが、髪をテカテカになでつけ、ピンクのガウンを着用している場面があるが、これこそノエル・カワードの写し鏡だ。実際、彼がガウンを着用して演じた役はロンドンで評判となり、『渦巻き』はロングランとなっている。他にも彼がタートルネックのセーターを着れば、みながそれを真似したという。ノエル・カワードがハリウッドで吹き込んだレコードを所有しているが、ここでもトレードマークであるタートルネックを着用し、愛用の煙草をくゆらせている。英語のアクセントに関しても、彼は完全な上流階級のそれだったらしいが、じつのところは中流階級の出身だ。華やかさばかりが取り上げられるが、そこに至るまでのたゆみない努力は相当なものだったに違いない。『完璧なダンディになる方法』の著者スティーブン・ロビンズは、そんなノエル・カワードを白鳥に例え、“社交界を優雅に泳いでいたように見えるのだが、水面下では、泳ぎ続けるために必死に小さな足を動かしていたのである”(ダンディズムの系譜 著者:中野香織)と評している。この批 評は見事だ。こう言った点もノエル・カワードを敬慕する理由のひとつだ。
『THE NOEL COWARD ALBUM 』
映画の舞台となっているのは 1937年。今からおよそ85年も前の話だ。通常、これほど時代を遡った場合、歴史的事件と関連するケースが多い。だが、ノエル・カワードの作品は、歴史とは一定の距離を保っているかのような様相を帯びているのが面白い。たとえば、社会性や政治性といった要因があまり感じられない点だ。歴史に拘束されない。これこそがノエル・カワードの個性なのかもしれない。時代が経過してもまったく色褪せぬ脚本や、生き生きとした対話やテンポの良い会話。それに脚色すればものの見事に今の時代に当てはまってしまう。憶測だが、そういった点が今回リメイクをするにあたり、監督エドワード・ホールの目に留まったのかもしれない。実際、『ブライズスピリット 夫をシェアしたくありません』を鑑賞したあとも、『陽気な幽霊』のリメイクだとは気がつかなかった。作風も違えば、顛末も異なるからである。じつはそういった立場や姿勢を保った古典は珍しく、あまり例を見ない。そういう意味でもこの映画は稀にみる個性的な作品である。『ブライズ・スピリット〜夫をシェアしたくはありません!』
9月10日から東京・ TOHO シネマズ シャンテほか全国公開予定
原題:BLITHE SPIRIT
監督:エドワード・ホール
出演:ダン・スティーヴンス、レスリー・マン、アイラ・フィッシャー、ジュディ・デンチ
公式サイト:https://cinerack.jp/blithespirit/
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com