待望の新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』公開中!!
もうご覧になりましたか?『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』。このなかでも触れている通り、本作は制作側の意向で事前の試写が一切行われませんでした。ですので、私も初日の劇場のスクリーンを通じて、初めてその全貌を知りました。
すでに公開から2週間が過ぎました。各国の主要メディアのレビューやTwitterのサーチにざっと目を通してみると、どうやら概ね好評のようです。
しかしながら、一方で衝撃的なラストには賛否両論。特に『007』シリーズそのものの長年のファンにとっては「受け入れ難いラスト」という声も多々見受けられます。実際、15年来の“クレイグ=ボンド推し”だった私も、鑑賞後、エンドロールが終わって客電が点いてもいろんな意味で暫く椅子から立てませんでした。
そこで今回は、このSTORIESの場所を借りて「観る前」ガイドと「観た後」の個人的な感想をざざっと書いてみます。
本稿アップ時点でまだ公開中の作品ですので、極力スポイラー(ネタバレ)は避けながら書きます。更にガッツリしたテキストは、DVD&Blu-rayのリリース時のタイミングにでも、また機会があればトライしたいと思います。ということで、これから観る方/すでに観た方、それぞれにご覧いただけた幸いです。
(*以下はまず鑑賞前ガイドですが、「何も余分な情報を入れたくない!」、「何かを想像しちゃうのもイヤだ!」という方は全て鑑賞後にお読みください)
これから『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観る方へ
本作は言わずと知れた6代目ダニエル・クレイグ=ボンドの5作目にしてラストとなる主演作です。これまでのクレイグ=ボンド作品としては、2006年の『007/カジノ・ロワイヤル』から『007/慰めの報酬』(2008)、『007/スカイフォール』(2012)、『007 スペクター』(2015)があります。もちろん、全て観てから劇場に足を運んでいただくのがベストです。……が! もし「どうしても時間が無い」という向きも、最低限、『007/カジノ・ロワイヤル』、『007 スペクター』は観ておいてください。
鑑賞前に抑えておくべきポイント
・ボンドはかつて『007/カジノ・ロワイヤル』でヴェスパー(エヴァ・グリーン)と恋におちました。・『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』本編のボンドとマドレーヌ・スワンは『007 スペクター』の直後という時間軸にいます。
・ボンドを支えるMI6チームは、ボスのM(レイフ・ファインズ)、秘書のミス・マネーペニー(ナオミ・ハリス)、武器開発・供給、IT担当のQ(ベン・ウィショー)、Mの補佐役となる幕僚主任のビル・タナー(ロリー・キニア)。ビル・タナーは『007/慰めの報酬』から登場。M、ミス・マネーペニー、Qの登場については『007/スカイフォール』を参照。
……とりあえずこれぐらいで大丈夫かな、と。
あと毎回『007』シリーズの新作には過去作のオマージュが多々含まれています。今回も挙げればキリが無いのですが、最も大きくストーリーに関与する作品として挙げておきたいのは、69年に公開されたジョージ・レーゼンビーが一作のみ演じた2代目ボンドが活躍する6作目『女王陛下の007』です。
この曲そのものが新作でも登場します。また、サントラのメロディや重要な台詞にも関わってきます。歌詞のおおよそを掴んでおくと、台詞やメロディの意図がより頭に入り易くなるでしょう。
さらにYahoo!記事でも紹介していますが、クレイグ=ボンドとしてダニエル・クレイグが歩んだ足跡についてはドキュメンタリー作品「ジェームズ・ボンドとして」を是非ご覧ください。
/_/_/_/_/_/_/_
(*↓で、ここからはスポイラー、もしくはそれを示唆するテキストを含みます。新作鑑賞前の方はここで劇場へ向かっていただき、必ず鑑賞後にお読みください!)
すでに『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観た方と共に
・まずは本作、ともかく劇場のスクリーンで観られて本当によかった!!
・イタリアはマテーラを舞台にした主題歌を含むオープニング〜タイトルシークエンス。私は大好きでした。全編の撮影トーンも好きでした。個人的にクレイグ=ボンドのなかでもカーアクションは唯一前作の『007 スペクター』のカメラワークと演出が不満だったのですが、今回は100点。魔改造DB5サイコー!!
・そういう意味では『007』シリーズ懐かしの荒唐無稽さも併せ持ってはいるのですが、何せクレイグ=ボンドはいちおうリアリティというかシリアス路線で来たから、流石にちょっと面食らいました。
・ふわっとしている感じがある意味今日的という捉え方もできなくはないですが、やはり『007 スペクター』でも課題だったヴィラン(悪役)や組織(ディテール)をもう少し細かく怖そうに詰めてくれたらなあ、とは思いました。
・終盤は『ダイ・ハード』か『アルマゲドン』かとかなりアメリカの大作風味を感じました。この辺りはキャリー・ジョージ・フクナガ監督の趣味だったのでしょうか。ボンドが着ているロングスリーブも元々フクナガ監督がrag & boneを着ていたことから採用された模様で、ボンドの服やディテールやストーリー、演出と、そこかしこにアメリカ風味が散りばめられていた気がします。
・劇伴も御大ハンス・ジマーらしいというか、饒舌さこの上ない盛り盛りの盛り上げ方でこの辺りもアメリカナイズドされていたなあと。
・ファッションについてもいずれがっつりと書きたいものですが、今回もスーツはトム・フォード。そして、ともかくクレイグ=ボンドのカジュアルなスタイリングはスティーヴ・マックイーンのエッセンスがお手本になっているなあと本作でも感じられました。
・パロマ(アナ・デ・アルマス)はもっと観たかった!! ドジっ子と見せかけて超デキる子(笑)。そしてフェリックス・ライター(ジェフリー・ライト)が…(泣)。ボンドとライターの会話のくだり、たまらんかった。
・ノーミ(ラシャーナ・リンチ)も含めてチームMI6の描き方はみんな良かった。だがしかし「M、あんたいろいろと何してくれてんだ!?」(苦笑)。
・ボンドのキャラクターまで過去4作全ての要素がてんこ盛り。だから急に疑い深くなるわ冷静になるわ非常になるわ短気になるわ。もっとも「人間の性根なんてそうそう変わらないよ」という意味ではリアルなのかもしれませんが(苦笑)。
・何よりラスト。実は『007 スペクター』のラストがああだった以上、消去法としてこのラスト、私は想像していた一つでした。で、ガンバレルシークエンスで血が流れなかった時点でも、劇場で「え、これ、もしや…?」と予感しました。でも、まさか本当にボンドの黄金率を制作側がぶっ壊してくるとは思わなかった。正直、「何もそうせんでも」という思いが今もあります。
・15年来の推しのラストステージを観に行ったらとんでもない仕打ちが待っていたという感じで「これどんなプレイだよ?」と途方に暮れましたよ…。長年のシリーズ推しのファンの方々の中には相当憤慨している方もいらっしゃるようで。自分も初回は観て同じ気持ちでした。「これはパラレルな物語」と論ずる方もネット上にいらっしゃいました。
・……と、これだけいろいろなケチにも悔しさにもかかわらず、私、現状、通算3回観たんですが(苦笑)、2回目、3回目は結末を知っているのにラストでうるっときてしまう自分がいて悔しい……なので、個人的採点としては75点かなー…。
・そして、これ、見方を変えれば、クレイグの花道としては高得点だったと言えるのでしょう。『007 スペクター』でやや無理やり4作分の物語を括ったとは言え、全作分のボンドの大体の伏線はもとより、就任時のバッシングだった「青い瞳」まで回収。まさに“勝てば官軍”の勝ち名乗り。
・そもそも実はクレイグ=ボンドってあまりミッションをちゃんとコンプリートしてこなかったんですよ。だって『007/カジノ・ロワイヤル』ではヴェスパーに死なれて、『007/慰めの報酬』ではミスター・ホワイトに逃げられて(野望こそ阻止したものの)組織の実態は掴めずだったし。『007/スカイフォール』ではヴィランとの死闘は制したけど、先代のM(ジュディ・デンチ)には死なれてしまい…。『007 スペクター』でブロフェルドを捕まえましたが、結局、新作の通りスペクターはそのまま存在していたわけで。
・全5作をかけたクレイグ=ボンドの壮大なサーガは、ボンドが真の意味でボンドとなり、皮肉屋で偏屈で身勝手で暴れん坊(私はそれがよかったんだけどさ)だったボンドが人間としてもスパイとしても熟成され、ある意味、「世界をきっちり救う」というゴールを迎えました。「相撲に勝って勝負に負けた」じゃないけど、ボンドは、スパイを全うした代償に、とても悲しい結末を迎えました。『007』シリーズ史上、類を見なかった“ボンドの負け戦”であり、俳優・ダニエル・クレイグのこれ以上ない“花道”と言える一作だったのだ、と私は捉えました。
・メイキングの裏話としては、監督交代劇やクレイグの負傷もあって、脚本が未完のまま撮影を進めていたという事情も脚本のツメに作用はしているのでしょう。その点を踏まえれば善戦だったと言えなくもないのだろうけど。とはいえ、本作はクレイグ自身もプロデューサーの一員です。むしろ納得というかノリノリでこの結末を選んだはずですから、そういう意味でも彼にとっては納得のいく盛大な花道だったのでは。ちょっとズルいくらいの(負け戦による)勝ち逃げじゃないかなー。
・脚本家にフィービー・ウォーラー=ブリッジを招き、ボンドガール改めボンドウーマンもかつてのような賑やかしのお飾り美女ではない、自立したキャラとして描かれていた本作。ルイ・アームストロングの「愛はすべてを超えて」然り、オープニングとエンディングで旧作のエンディングとは反対方向へと坂道を駆け上っていくアストンマーチンV8ヴァンテージ然り、本作は(そこに時代への忖度が影響したのかは分かりませんが)ある意味、ヒーローとヒロインの結末を逆転させた『女王陛下の007』の現代版リメイクだったとも捉えられるでしょう。
……と、興奮して思わず長くなりましたが、クレイグ=ボンドよ、15年間(就任から数えたら16年)、本当にお疲れ様でした。愛に生きた“人間・ジェームズ・ボンド”の冒険物語をありがとう。何だかんだ言っても、最後まで魅了され続けた15年間でした。では、私はもう一度、劇場へ。さらば、クレイグ=ボンド。そして、JAMES BOND WILL RETURN…。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
全国公開中。配給:東宝東和
内田 正樹
エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。