水魚の交わりの2人に訪れる突然の別離『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 水魚の交わりの2人に訪れる突然の別離『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』

2021.11.25

天才ヴァイオリニストと消えた旋律
第二次世界大戦直前のイギリス・ロンドン。ポーランド系ユダヤ人のドヴィドルがマーティンの家に越してきた。同い年の2人は意気投合し共に青春時代を過ごす。類まれなヴァイオリンの才能を持つドヴィドルは21歳を迎え、コンサートデビューを飾ろうとしていた。だが、彼はリハーサル後に突如姿を眩ましコンサートはキャンセルされた。以降、彼は行方不明となる。35年後、音楽に携わる仕事で生計を立てるマーティンは、ニューカッスルで開催されたオーディションでドヴィドルの手掛かりを得る。真相を究明したいマーティンは、ロンドン、ワルシャワ、ニューヨークと国を跨いでドヴィドルを探す旅に出る。
1938年に”水晶の夜(クリスタルナハト)”と呼ばれる反ユダヤ主義暴動がドイツ各地で起き、ホロコーストのはじまりとされるこの悲惨な事件は国際社会に大きな衝撃を与えた。ユダヤ人迫害が激化する中、英国では国をあげてユダヤ児童救出作戦が始まり、多くの子供を受け入れた。ドヴィドルと同じくポーランド系ユダヤ人のユゼフは、この”キンダートランスポート”によって英国に逃れられたのかは劇中で明かされていないが、当時の英国にはこういった歴史的背景があったことも知っておかなければならない。

特定の宗教を信仰していないことが多い日本人にとって、音楽活動を行うにあたって投じた費用と時間を棒に振ってまで信仰に身を捧げる道を選択するということはなかなか現実的ではないのかもしれない。しかし、ドヴィドルにはそれを実行しなければならない強い動機があり、それが物語の重要なカギとなる。一方、マーティンは、友どころか兄弟に近い感覚でドヴィドルと接してきた。マーティンの父も、音楽の家庭教師やニコラ・ガリアーノのヴァイオリンなど莫大な費用をかけてドヴィドルを支援していたが、突如姿を消した彼を気に病み失意のまま最期を迎える。その事実は実子であるマーティンに重くのしかかったことは言うまでもない。マーティンに相談することなく失踪したドヴィドルに対して憤りを覚え、長年忘れることはできなかった。我が道を進むドヴィドルと、そのあとを追うマーティンの距離がなかなか縮まらずに煩悶する傍ら、どちらの主張も筋が通っているように思えてやるせない。

監督のフランソワ・ジラールは、音楽、宗教、戦争、歴史などのピースを巧みに手繰り寄せ、メッセージ性の高い映画としてまとめあげている。そして、失踪したドヴィドルの軌跡をたどって手がかりを拾い集め、粘り強く究明していくのがマーティンを演じたティム・ロスだ。多少利己的ではあるが、受難に腐ることなく、他人を許すことができる慈悲深い人間像を創り上げている。そういったマーティンにもっとも共感を覚えた。
天才ヴァイオリニストと消えた旋律 天才ヴァイオリニストと消えた旋律
ドヴィドル・ラパポートとはアプローチが異なるが、同じくヴァイオリンで哀悼の意を表したユダヤ人ヴァイオリニスト“イヴリー・ギトリス”が偲ばれる。昨年98歳で逝去した親日家のギトリスは、晩年も足繁く日本に足を運び、東日本大震災では続々とコンサートが中止になる中でも公演を行い音楽で人々を鼓舞激励した闘士だ。一度その姿を目にしたかったが、ついに叶わなかったことがあらためて悔やまれる。バッハの『シャコンヌ』を耳にしたとき、まっさきにギトリスが脳裏によぎった。
天才ヴァイオリニストと消えた旋律
『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』
https://www.songofnames.jp/
12月3日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開
出演:ティム・ロス、クライヴ・オーウェン、ルーク・ドイル、ミシャ・ハンドリー、キャサリン・マコーマック
監督:フランソワ・ジラール
脚本:ジェフリー・ケイン
製作総指揮:ロバート・ラントス
音楽:ハワード・ショア.
ヴァイオリン演奏:レイ・チェ
2019 年|イギリス・カナダ・ハンガリー・ドイツ|英語・ポーランド語・ヘブライ語・イタリア語|113 分|映倫区分:G(一般)
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft
Photo&Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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