今一度アイデンティティについて問う、映画『MONSOON/モンスーン』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 今一度アイデンティティについて問う、映画『MONSOON/モンスーン』

2021.12.23

映画『MONSOON/モンスーン』
“人種のるつぼ”と呼ばれる多民族国家とは異なり、基本的には単一民族国家である日本で生まれ育ち、何不自由なく生活できていると「私は何者なのか?」などと考えることはまずないだろう。2021年度最後に紹介する映画『MONSOON/モンスーン』は、ベトナム・サイゴン(現ホーチミン)で生まれながら”ボートピープル”となってイギリスに亡命したのち、再び祖国に戻ってきた1人の男の話だ。
本作の監督・脚本を担ったホン・カウは、カンボジアで生まれベトナムで育ったのち”ボートピープル”としてイギリスへ移住した自身の体験をストーリーに反映させている。さらに、主演を務めた俳優ヘンリー・ゴールディングの父は英国人で、母はマレーシア人だ。「マレーシアにいても、イギリスにいても外国人として見られる」とインタビューに応えている通り、これらの経験や体験は主人公キットの境遇に近く、懊悩煩悶するさまに活かされている。明朗な答えが出ないもどかしさを、ときに沈黙や表情だけで訴えかける間を設けながら生々しく表現している。上述したようなヘンリー・ゴールディングの様相は、以前紹介した映画『ジェントルメン』とは異なり、チャイニーズマフィア役で強烈な印象を残した面影はまったく打ち消されている。そして、進むに進めないキットと対照的に、圧倒的なスピードで発展するベトナムのインサートがうまく差し込まれ、対比構造となっているのが妙だ。
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約15年前に4日ほどホーチミンに滞在したことがある。幹線道路は縦横無尽に走るバイクで埋め尽くされ、けたたましいクラクションが絶えることはない。一本裏路地へ入れば未舗装のままの道にいくつもの露店がならび、高層ビルが立ち並ぶ都心と共存するかのように、情緒溢れる下町が顔をのぞかせる。そこには観光客の姿はなく、建物や設備の質もあからさまに粗悪だ。屋台ではべらぼうに美味いフォーが破格の値段で食べられるが、観光者向けのエリアと現地の人々が生活するエリアとの差は余りにも大きく、一体どちらが本当の姿なのかと困惑したことは記憶に新しい。現地の人々は「コンニチハ、ドコイクノ?」などとよく声をかけてくれ日本人に友好的だ。なかでも日本語に精通しているおじさんが多かった。実際、彼らが乗りまわすバイクは“HONDAスーパーカブ50”をはじめ圧倒的に日本製が多いため、なんとも言えぬ懐かしさと親近感が持てる。『MONSOON/モンスーン』を鑑賞後、そんなホーチミンの記憶がみるみる蘇った。ここ数年情熱の対象はすっかりヨーロッパに移ってしまったが、今一度ホーチミンへ訪れ、あの蒸し暑さ、匂い、そして音を肌で感じてみたいと強く思わされた。また、ホン・カウ監督や主人公キットのような境遇に育った人たちが大勢いたことを恥ずかしながら当時は知らなかった。僕のように好き好んで海外へ渡航するのと、海外へ行かざるを得なかった違いは比較するまでもない。ベトナム戦争で祖国を追われた難民が多数おり、彼らが直面するアイデンティティの確立の難しさについて考えさせられた。そういった思いも込め、この作品に公式なコメントも寄稿している。映画『MONSOON/モンスーン』が多くの方に鑑賞していただけたら光栄だ。
映画『MONSOON/モンスーン』
『モンスーン』
https://monsoon-movie.com/
2022年1月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
出演:ヘンリー・ゴールディング、パーカー・ソーヤーズ、デイビット・トラン、モリー・ハリス
監督・脚本:ホン・カウ 『追憶と、踊りながら』
2020/イギリス、香港/85分/5.1ch /カラー /原題『MONSOON』
配給:イオンエンターテイメント
© MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
Photo&Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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