『メイン・オフェンダー』30周年記念盤リリース
2月14日はバレンタインデー……でしたが、日本では「ザ・ローリング・ストーンズの日」であったことも忘れてはいけません。え? ご存知ない!? ……ですよね(苦笑)。実はこれ、ストーンズがデビューから28年後にあたる1990年2月14日に初来日公演を行ったことから、現レーベルのユニバーサルミュージックが2019年に制定。同年、一般社団法人 日本記念日協会により認定・登録されたもの。初来日、当時高校3年生だった私は受験そっちのけで観に行きましたが、「スティール・ホイールズ」ツアーから30年以上もの月日が経ったのかと思うと、何だか遠い目をしてしまいます……。
キースのソロ活動を語る上ではちょっとした前段があります。そもそも彼の最初のソロ活動としてのリリースは1978年のシングル「ハーダー・ゼイ・カム/ラン・ルドルフ・ラン」でした。前者はジミー・クリフ、後者はチャック・ベリーのカバーです。当時のキースは重度のドラッグ中毒の治療を(一応)克服したばかりで、言わば復活の狼煙代わりのクリスマスシングルでした。
あとはもうひとつ“ザ・ニュー・バーバリアンズ”というプロジェクトもありました。これは1979年、キースのドラッグ摂取に対して下された執行猶予判決(※ロック史上では“トロント裁判”として広く知られる)の一環としてチャリティ・コンサート開催を命じられたキースが、ロニー・ウッドのソロ『ギミ・サム・ネック』のツアーに合流する形で結成されたバンドでした。メンバーはキース、ロニーに加えて、ベースにジャズ/フュージョン界の大御所スタンリー・クラーク、ドラムにミーターズのジョゼフ・モデリステ、そしてサックスとピアノでストーンズのサポートレギュラーで知られたボビー・キーズとイアン・マクレガンを迎えたドリームバンドでした。
今でこそミクスチャー感そそられる豪華な布陣として映るし、個人的にはワイルドなロックサウンドで結構好みなんですが、残念なことにミックのようなフロントマンが不在だった点や、スタンリーのテクニカルなベースの相性がリスナーにとってしっくりこなかった点、興行の不手際など諸々が重なって、当時のライブはそこまでウケなかったそうです(でもやっぱり生で観てみたかった……)。
その後、キースの正式なソロ活動は1988年のファーストアルバム『トーク・イズ・チープ』まで待つことになります。ニュー・バーバリアンズからかなりの歳月が空いた理由は非常にシンプルで彼が“ストーンズ命”だったから。その操は1988年当時、自分より先にソロデビューを飾ったミック・ジャガーに対して「裏切り者」「殺してやる」と罵声を浴びせていたほど強靭なものでした。しかしその一方で、キース自身、「ストーンズではなくソロ名義でシーンに出ていくことにあまり自信がなかった」という本音も抱えていたことが後年のインタビューで語られています。
そんなキースの心境の変化は1986年のストーンズのアルバム『ダーティ・ワーク』で起こりました。同作は当時ソロ活動にご執心だったミックの態度に業を煮やしたキースがリーダーシップを取ったアルバムでした。同作ではジャケ写でもドカンと真ん中に座ってます。そんな当時の二人の関係性は笑っちゃうくらいこのビデオの演出に反映されています(苦笑)。
もちろん同作はキースのファンには比較的諸手を挙げて歓迎されましたが、ストーンズそのもののファンや評論家からは賛否両論だった記憶があります。でも彼はこのアルバムの制作と、1986年に公開されたチャック・ベリーの伝記映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』における音楽監督の経験が自信となって「俺にもソロが出来るかも」と踏んだそうです。60年代からセックス・ドラッグ・ロックンロールの生ける伝説として知られるキースでしたが、ナイーブな面もあったのです。
キースの初ソロが出ると報道された際、多くのファンは「彼のルーツであるブルースやロックンロール一辺倒の作品か?」とか「レゲエのアルバムかも」予想しましたが、蓋を開けばファンクやR&Bテイストをも盛り込んだ、アダルトな色気さえ香り立つアルバムとなりました。私は“大人のロック”という言葉があまり好きではないんですが、高校生だった当時、このアルバムからはたしかに“大人”を感じた記憶があります。このサラ・ダッシュとのデュエットも大好きです。決して美声というわけではないキースのボーカルですが、独特の語りのような味わいがあります。耳元で唄が聴こえる距離の近さも魅力です。トム・ウェイツと仲が良いのも何だか頷けます。
プロデュースはスティーヴとワディが共同で担当。エクスペンシヴ・ワイノーズの主要メンバーも続投しました。
オリジナルアルバムは現時点ではこの作品までとなっています。前作以降、ストーンズが精力的な活動を持続させたためかなかなか新作がリリースされず、結局23年ぶりとなった同作は、スリリングなロックンロールはもちろん、カントリーやゴスペル、レゲエとバラエティに富む内容となりました。
過去に度々公言してきた通り、ギターのオープンチューニングを習得し、先達から受け取ったロックンロールのバトンをアップデートさせ、そのバトンを次世代に繋ぐことに生きがいを感じています。学者肌であり職人肌な一面も持ち合わせているのです。気の合う仲間たちと共にロックンロールやブルースといったトラディショナルであり自身のルーツの音楽をより自分色に染め上げる。それがキースのソロ作に共通するアプローチと言えるのかもしれません。あと何だかんだ言っても生粋のロマンチストなのがどの作品からも伝わってきます。ちなみに昨年にはバラッドコンピレーションも配信しています。
また前述のロニー・ウッドやトム・ウェイツをはじめ、ジョン・リー・フッカーやバディ・ガイ、ジェリー・リー・ルイスの楽曲など、キースは他のアーティスト作品における客演でも名プレイが数々あるのでそちらもチェックしてみると面白いと思います。
ストーンズとはまた異なる色気と切れ味を誇るキース・リチャーズのソロワークスの世界。次作は果たしていつになるやらわかりませんが、御年78歳(!)、どうかミックやロニーと共に、まだまだ元気にロックし続けてほしいと願います。それではまた。
内田 正樹
エディター、ライター、ディレクター。雑誌SWITCH編集長を経てフリーランスに。音楽をはじめファッション、映画、演劇ほか様々な分野におけるインタビュー、オフィシャルライティングや、パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/コピーライティングなどに携わる。不定期でテレビ/ラジオ出演や、イベント/web番組のMCも務めている。近年の主な執筆媒体は音楽ナタリー、Yahoo!ニュース特集、共同通信社(文化欄)、SWITCH、サンデー毎日、encoreほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』がある。