すでにこのコラムで何度も紹介してきたケネス・ブラナーは、北アイルランドのベルファスト出身だ。本作は、彼のベルファストでの幼少期の体験をもとにした自伝的要素をモノクロームに落とし込み、主人公バディ少年の目線で描かれている。家族をはじめ、同じコミュニティに暮らす祖父母や隣人との助け合いによって支えられているさまが生き生きと描かれているのが魅力的だ。実際、ケネス・ブラナー自身は、プロテスタントの労働者階級出身だが、本作ではプロテスタントにもカトリックにも肩入れしておらず、中立的な目線を保っている。それどころか「この地域に“サイド”などなかった」という台詞からは、他宗教も関係なく共存していた当時のベルファストへの哀愁や儚さを感じ取れる。タイトルにまでなったベルファストに抱く並々ならぬ愛着を感じられる反面、愛する場所が紛争によってじわりじわりと分断され、豊かなコミュニティが崩壊する描写に心が痛んだ。
ベルファストやアイルランドにルーツを持つキャストやスタッフを結集している点も本作に対する思い入れを感じさせる。慈悲深い祖父母を演じたジュディ・デンチやキアラン・ハインズは言わずもがな、最も印象的だったのは、ブルー・アイド・ソウルの代名詞でもあるヴァン・モリソンの音楽だ。ケネス・ブラナーは、幼少期の憧れの存在であると言及しているとおり、“Bright Side of the Road”、“Warm Love”、“Jackie Wilson Said”など70年代の名曲が挿入歌として使用されている。要所要所でヴァン・モリソンの声が染み渡り、琴線に触れるのだ。中でも、実際に北アイルランド紛争の停戦を訴えたキャンペーンでテーマ曲として使用された“Days Like This”は白眉である。
『ベルファスト』
https://belfast-movie.com/
3月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国ロードショー
製作・監督・脚本:ケネス・ブラナー
出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、ジュード・ヒル
2021年|イギリス映画|ビスタサイズ|98分|原題:Belfast|モノクロ・カラー|英語|5.1ch
配給:パルコ ユニバーサル映画
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com