~夢を追うほど、悪夢になった~映画『不都合な理想の夫婦』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ~夢を追うほど、悪夢になった~映画『不都合な理想の夫婦』

2022.04.30

映画『不都合な理想の夫婦』©Nest Film Productions Limited/Spectrum Movie Canada Inc. 2019 Dean Rogers
アメリカンドリームを夢見てイギリスからアメリカに渡ったローリーは、妻アリソンと2人の子供に恵まれ豊かな生活を送っていた。さらなる理想を追い求めるローリーは、かつてイギリスで共に働いていた上司アーサーからの誘いを受け、ロンドンに戻る決意をする。故郷アメリカを離れること、夫の仕事が変わることに難色を示すアリソンだったがついに首をたてに振る。イギリスに移住した一家は、巨大な屋敷に住まい、子供たちは名門校へ通っていた。ローリーは仕事で大きな計画に携わり、アリソンは自身の厩舎を建てはじめ順風満帆に見えた。ある日、厩舎の建築工事が滞り、不審に思ったアリソンはローリーを問い詰めたところ貯蓄が底をついたことを知り愕然とする。次第にローリーの仕事も暗雲が立ち込め、歯車が噛み合わなくなっていく。絵に書いたような成功者の外づらはボロボロと剥がれ、家族の関係が崩れていく。
主人公ローリーは、どれほど富や名声を手中に収めても満足することがない。そもそも何が必要で、何が不必要なのかが理解できておらず取り憑かれたように欲に溺れていく。正常な判断能力を失い、じわりじわりと蝕まれいくさまがスリリングだ。あたかも自分は狂っておらず、むしろ家族のためだと真顔で熱弁を振るう描写はある種のホラーで戦慄する。

一触即発なローリーを演じたのは言わずと知れたジュード・ロウだ。『コールド マウンテン』、『クローサー』、『ホリデイ』など2000年代初期の作品はよく見ていたが、近年はなかなか出演作を見る機会がなかった。本作で久々にその姿を目にしたが、先述した野心家で虚栄心が強い孤独なローリーを見事に演じ虜にされた。本作品のメインビジュアルにも採用されている、ジュード・ロウがディナージャケットを着用するシーンがある。ピークドラペルのジャケットに、前立てありの立ち襟ビブフロントのシャツ姿だ。これだけ聞けばいかにも英国流だが、ブレイシーズではなくベルトを使用している。また、形状から推察するとバタフライは手結びではなくレディタイだ。アメリカ帰りというローリーの設定をうまく衣裳に落とし込んでありなかなか興味深い。
映画『不都合な理想の夫婦』©Nest Film Productions Limited/Spectrum Movie Canada Inc. 2019 Dean Rogers
唐突だが、ローリーのように獰猛で野心の塊のような人種はすっかり影を潜めている気がしてならない。長所を伸ばすよりも、短所をできるだけ補う平均的なパーソナリティが求められ、出る杭は再起不能なまで叩き潰されてしまうような社会だ。他人の手を煩わせたり、直接被害を与えるような行為は論外だが、欲望はときに活力となり、成長の起爆剤となりえる。飽くなき物欲に塗れた俗物である自分はどちらかといえば彼に近く、共感できる点も多かった。さすがにローリーが2人も3人も間近にいれば寿命が少し縮みそうな気がするが…武士は食わねど高楊枝、見方を変えればローリーのスタイルから学べる点があるのかもしれない。

『不都合な理想の夫婦』
https://movie.kinocinema.jp/works/thenest
2022年4月29日より kino cinéma横浜みなとみらい他にて全国順次公開
監督・脚本:ショーン・ダーキン
出演:ジュード・ロウ、キャリー・クーン
2019年|イギリス|英語|107分|カラー|ビスタ|5.1ch|原題:The Nest|字幕翻訳:高山舞子
提供:木下グループ
配給:キノシネマ
Photo&Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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