まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』

2022.07.07

まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』
英国と言えば料理に期待が持てない国という方程式が成立するのがひと昔前のお約束だったし、現在もそのイメージを持った人がいる。自身の経験から言えば、英国で口にした料理は基本的には美味しく、口に合わなかったという経験があまりない。こんな話をすると「舌に問題があるのではないか?」など辛辣なお言葉をよく頂戴するので少々不安になる。話が横道にそれたが、ロンドンではさまざまな国の料理 を食べることができる上に、伝統料理から進化系料理まで幅広い。今回紹介する映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』の舞台のような活気あるレストランで食事をするのは何より楽しい。季節は多忙極まるクリスマス。人気レストランの開店前からピークタイムの数時間を題材にした、いわゆるワンショット映画である。
主人公のアンディは、仕事に追われ家族関係もうまくいっていないため、酒とドラッグの力を借りて何とか日々を過ごしている。クリスマス前の多忙な中、元相棒であり出資者のアリステアが有名評論家サラを 連れて来店することが知らされるが、衛生管理局の立ち入りや発注ミスが起こり、店の営業に支障をきたす。この日に限って日頃の鬱憤が爆発するように次々とスタッフ間での罵り合いが続き、揉め事が絶えない。統率がとれず、混乱状態の厨房とホールの所為で重大な事故が発生してしまう。
まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』
まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』
まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』
まるで舞台のような臨場感を味わえる。これが本作の最大の魅力だ。ワンショット映画ゆえの絶え間ない緊張感に加えて、ハプニングが続くある種のパニック映画のようになっている。片付けても片付けても、次から次へと問題が発生し、一緒に一喜一憂するのだ。ただし、実際は解決せずに保留にしているだけなので、そのツケは大きくなって返ってくるのだが。固唾を吞んでその様子を見守るのだ。

同時に、主人公アンディのような人間臭さを帯びた 個性的なキャラクターが多数登場する点も注目に値する。ワンショットで構成するということは、何度も撮影することが難しい。テイク数に限りがあるため、撮影までに幾度となくワークショップを重ね、即興の要素も取り入れながら脚本を修正している。俳優に委ねられている割合は非常に大きく、かなりの重圧だったことは容易に想像できる。反面、撮影までのそういったプロセスはやはり舞台のようでもあり、先述したことに結び付くのである。

本作は、極度の緊張感で戦い続ける人気店の料理人やそれに携わる人々にフォーカスした映画だ。有名店の華やかな表面だけでなく、裏面の殺伐とした空気がよく表されている。そして、シェフの絶対的権力、経営者と出資者との確執、賃金交渉、人種差別など多くの問題が見え隠れする。何しろ監督・脚本を務めたフィリップ・バランティーニは、12年間もシェフとして働いた個性的なキャリアを持っている。厨房で目にしてきた経験を活かし、ドキュメンタリーとフィクションの狭間をいくような作風が秀逸だ。

ときに、本作を鑑賞後に一つ思い出したことがある。それは、ロンドンで食事のオーダーを取られる際に「アレルギーはありますか?」と気軽に問われる確率が高いことだ。これはレストランでもガストロパブでも割に共通しているように思われる。幸いなことにアレルギーはないのだが、初めて聞かれたときはその配慮に感心させられた。この習慣の浸透は誇るべき文化だ。小さな一言が旅行者を安心させる。近頃は日本でもだいぶ浸透してきているが、問われるよりもこちらから申告する方がどちらかと言えば多い気がする。我々日本も観光大国を目指すならば、こういった英国の食文化から学ぶべきだ。
まるで舞台のような臨場感、映画『ボイリング・ポイント/沸騰 』

『ボイリング・ポイント/沸騰 』
https://www.cetera.co.jp/boilingpoint/
2022年7月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
製作・監督・脚本:フィリップ・バランティーニ
出演:スティーヴン・グレアム『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』『アイリッシュマン』、ヴィネット・ロビンソン「SHERLOCK/ シャーロック」、レイ・パンサキ『コレット』、ジェイソン・フレミング『ロック、ストック トゥー・スモーキング・バレルズ』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、タズ・スカイラー「ONE PIECE」
原題:BOILING POINT|2021年|イギリス|95分|英語|配給:セテラ・インターナショナル|PG12
© MMXX Ascendant Films Limited
Photo&Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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