同時に、主人公アンディのような人間臭さを帯びた 個性的なキャラクターが多数登場する点も注目に値する。ワンショットで構成するということは、何度も撮影することが難しい。テイク数に限りがあるため、撮影までに幾度となくワークショップを重ね、即興の要素も取り入れながら脚本を修正している。俳優に委ねられている割合は非常に大きく、かなりの重圧だったことは容易に想像できる。反面、撮影までのそういったプロセスはやはり舞台のようでもあり、先述したことに結び付くのである。
本作は、極度の緊張感で戦い続ける人気店の料理人やそれに携わる人々にフォーカスした映画だ。有名店の華やかな表面だけでなく、裏面の殺伐とした空気がよく表されている。そして、シェフの絶対的権力、経営者と出資者との確執、賃金交渉、人種差別など多くの問題が見え隠れする。何しろ監督・脚本を務めたフィリップ・バランティーニは、12年間もシェフとして働いた個性的なキャリアを持っている。厨房で目にしてきた経験を活かし、ドキュメンタリーとフィクションの狭間をいくような作風が秀逸だ。
ときに、本作を鑑賞後に一つ思い出したことがある。それは、ロンドンで食事のオーダーを取られる際に「アレルギーはありますか?」と気軽に問われる確率が高いことだ。これはレストランでもガストロパブでも割に共通しているように思われる。幸いなことにアレルギーはないのだが、初めて聞かれたときはその配慮に感心させられた。この習慣の浸透は誇るべき文化だ。小さな一言が旅行者を安心させる。近頃は日本でもだいぶ浸透してきているが、問われるよりもこちらから申告する方がどちらかと言えば多い気がする。我々日本も観光大国を目指すならば、こういった英国の食文化から学ぶべきだ。
『ボイリング・ポイント/沸騰 』
https://www.cetera.co.jp/boilingpoint/
2022年7月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
製作・監督・脚本:フィリップ・バランティーニ
出演:スティーヴン・グレアム『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』『アイリッシュマン』、ヴィネット・ロビンソン「SHERLOCK/ シャーロック」、レイ・パンサキ『コレット』、ジェイソン・フレミング『ロック、ストック トゥー・スモーキング・バレルズ』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、タズ・スカイラー「ONE PIECE」
原題:BOILING POINT|2021年|イギリス|95分|英語|配給:セテラ・インターナショナル|PG12
© MMXX Ascendant Films Limited
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com