ロンドンでドキュメンタリー映画監督として活動するゾーイは次回作のテーマを模索していた。ある日、隣に住む幼馴染みカズが見合い結婚をするという話を聞き、これを題材にドキュメンタリーを撮ることを制作会社に提案する。カズは、被写体になることを拒絶するが、幼馴染みであるゾーイの懇願に渋々了承する。お見合い結婚の当事者やその家族に密着取材する日々が始まる。
英国とパキスタン、両国の文化の違いを丁寧に描いているのは本作の魅力の一つだ。パキスタン人の信仰と生活は想像以上に密接している。それゆえに同族同士の結婚を重視しているのは合理的だ。信仰の有無はあるが、日本人に近い考え方を持っている。結婚式に 3 日も要するということも本作を通じて初めて知った。そのスケールの大きさが儀式の重要性を物語っている。一方で、パキスタンに在住するパキスタン人と、英国に在住するパキスタン人とでは異なる考え方を持っていたり、英国に同化し、袂を分かったことから同胞であるパキスタン人から村八分にされてしまう現象もあげられている。文化の垣根をこえることは一筋縄ではいかない。実際に理解し合えるかどうかはさておき、まずは相手を知ろうとするという一歩が重要であることは言うまでもない。
監督のシェカール・カプールはパキスタンのラホール出身で、長く英国で活動している。物語の軸である、結婚のありかたの表現方法がいかにも彼らしく、共感できる点が多かった。シェカール・カプールの代表作『エリザべス』でもそういった片鱗をうかがわせる。女性であり、君主であり、英国国教会の頂点でもあらねばならないエリザベス1世の描き方が神秘的で、いわゆる古典伝記の焼き直しとはまったく異なる独創的な作風だ。
脚本を担当したジェミマ・カーンは言わずと知れたゴールドスミス家出身のセレブリティであり、故ダイアナ妃の盟友であったことは周知の事実だ。パキスタン前首相イムラン・カーンと結婚後、ラホールとイスラマバードに10年間ほど在住している。この映画には、噓っぽさやとってつけたような筋書きがなく共感を抱ける。それはきっと、シェカール・カブールやジェミマ・カーンのエッセンスが色濃く脚本に反映され、正確に役者に伝達されているからに違いない。
最後に、本作に登場する魅力的なキャストにも触れたい。主演ゾーイを演じたのは英国をはじめ米国でも人気女優であるリリー・ジェームズだ。このコラムに登場するのは『ガーンジー島の読書会の秘密』以来だ。そして、本作で最も好きなキャラクターとなったゾーイの幼馴染であるカズを好演したのが、シャザド・ラティフだ。非の打ちどころがなく、まるで聖人のような好男子ぶりに嫉妬せずにはいらなれないが、ゾーイへの想いと、家族や宗教への思いに揺れながら映画の中核をなした素晴らしい役者だった。シャバナ・アズミやサジャル・アリーなど、パキスタンで名を馳せる役者の顔触れも新鮮で、英国が誇るエマ・トンプソンとの芝居は絵力があった。
自由に渡航できる世界は大変素晴らしいことだが、相互の歩み寄りや理解も同様に必要なのではないだろうか。たとえば食文化など、まずは興味を持ったところから始めてみるのがいい。筆者自身も今回のトルコ・イタリア旅行を経てイスラム圏の国により一層興味を持った。すぐに次の訪問を考えていた矢先に、本作でパキスタンの魅力を知った。英国はパキスタンの旧宗主国であり、歴史を紐解けば両国の関係や、なぜ映画の題材とされることが起こっているのかがよくわかるはずだ。もし英国に魅力を感じるならば、時にこういった角度からも照らし合わせてみてはどうだろうか。より深く英国について知ることができるはずだ。
『きっと、それは愛じゃない』
https://wl-movie.jp/
12/15(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
出演:リリー・ジェームズ、シャザド・ラティフ、シャバナ・アズミ、エマ・トンプソン、サジャル・アリー
2022 / イギリス / 英語・ウルドゥー語 / 109分 / カラー / スコープ / 5.1ch / 字幕翻訳:チオキ真理 / 原題:WHAT’S LOVE GOT TO DO WITH IT? / G © 2022 STUDIOCANAL SAS. ALL RIGHTS RESERVED.
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com