本作は、実話を基に制作された映画だ。健気な老人バーニーの行動がSNSを通じて共感され、本人が知らぬ間に巷で話題になってしまっている。これは、以前紹介した『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』や『君を想い、バスに乗る』にも共通する、わりにスタンダードなロードムービーの展開だ。重要なのは、なぜ旅に出るのかである。物語が進行するうちにこの映画のタイトルでもあるキーワード“大脱走の意味が明らかになっていく訳だが、ここが主演マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンの腕の見せ所だ。夫婦は、互いに残された時間がそう長くないことを悟っている。死を受け入れる潔さが見て取れるのだ。そうしたなかで、互いの価値観や人生観を尊重しながら時間を共にする姿が美しかった。老いることの真理を問う台詞にはとくに説得力があり惹きつけられた。
冒頭で述べたとおり、このコラムでは何度もマイケル・ケインに触れてきた。この原稿を書くにあたって、今一度彼の出演作を20本ほど見直してみた。スパイ、泥棒、金庫破り、ギャング、軍人、ファッションコンサルタント、魔女狩り、プレイボーイ、執事、医師、音楽プロデューサー、パイロット……。出演作数が膨大なため、数多の役を演じている。職業だけでなく、キャラクターや作風も幅広く、どんなジャンルの映画にも登場する。
そして、最後に演じるのが退役軍人だ。軍人役は『遠すぎた橋』や『鷹は舞いおりた』などをはじめ何度も演じており、マイケル・ケイン自身もドイツや韓国での従軍経験がある。本作では、主人公バーニーと彼自身の年齢設定が近しいこともあり、等身大を演じているように感じられた。
また、マイケル・ケインは服装においても大きな影響を与えてきた俳優だ。本作でも、バルマカーンコート、ハンチング、シャツにタイを締めた、お馴染みの身だしなみで登場する。いわゆる英国紳士を彷彿させる装いだ。日本では、この“英国紳士”という言葉が一人歩きして、英国=コンサバティブなスタイルしかいないと思われがちなのが残念だ。どういうことかというと、彼の腕を見ればわかる。面白いことに腕にはアナログとデジタルの2本の時計が巻かれている。私がイメージする英国人の装いは、どちらかというとこういった突拍子のないところだ。たとえば、三揃いのスーツに信じられないビビッドなピンクの靴下を履いていたり、スーツの裏地がド派手なドクロだったり、斜に構えるようなところがある。マイケル・ケインの出世作でもある、『国際諜報局』ではアンチジェームズポンドのスローガンのもとに、メガネをかけた主人公を誕生させた。当時このビジュアルは衝撃的だったようだが、これを担ったのもかのマイケル・ケインだ。手首を観たときに、一見落ち着いているようで、しっかりと彼らしさの痕跡を残しているのを感じ、ひそかに笑わずにはいられなかった。長年映画で培ってきたマイケル・ケインのエッセンスを垣間見た。
彼のファンであり続けることは、おそらく今後も変わらないだろうし、定期的に出演作品を鑑賞する贔屓な俳優であることは間違いない。じつは、マイケル・ケインの出演作はDVD化されていないものも多い。若い時にVHSで観たきりの作品があるので、デジタル化されるのを楽しみに待っている。
ロンドンの最も貧しい地区で生まれ、激動の1950〜60年代を生き抜いた稀代の俳優サー・マイケル・ケインこと、モーリス・ジョセフ・ミックルホワイトに敬意を表して。
『2度目のはなればなれ』
https://hanarebanare.com/
2024年10月11日(金)全国公開
監督:オリバー・パーカー
出演:マイケル・ケイン、グレンダ・ジャクソン、ダニエル・ヴィタリス、ローラ・マーカス、ウィル・フレッチャー
配給:東和ピクチャーズ
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部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com