
1940年、英国はナチスの潜水艦Uボートによる無差別攻撃に苦しめられていた。制海権を握らなければ米国は参戦できず、弱腰な政治家や軍部からは事実上の降伏に等しい案さえ出ていた。断固徹底抗戦を訴えるチャーチルは、戦況を打破するためにUボートを無力化する作戦を発案する。チャーチル肝入りのこの作戦は、ガビンズ准将やイアン・フレミング中佐をはじめとする一部の特殊作戦執行部の人間にしか知らされなかった。味方にも敵にも知られずにこの作戦を遂行するために選ばれたのは、国王陛下のご意向で収監されていた素行不良なガス・マーチ=フィリップ少佐だ。彼はこの容易ではない作戦を実行するために、一癖も二癖もあるメンバーを招集する。
“ヒトラーはルールを守らない”という台詞が劇中にある。民間船への無差別攻撃に憤怒するいかにも英国らしい発言だ。度を越した行為にはそれ相応の代償を払わせ、毒を以て毒を制すのも厭わない。こうして放たれた獰猛極まりない猛毒が、ナチスにきっちりと熨斗つけて返すのである。
一芸に秀でた作戦メンバーは、個性的で印象深い。驚くべきことに、この強烈な個性を放つ面々は、実在した人物をモデルにしている。作戦を指揮するガス・マーチ=フィリップ少佐を演じたのはヘンリー・カヴィル。言わずと知れた、スーパーマンであり、シャーロック・ホームズであり、『キングスマン』を監督したマシュー・ボーン作品でも主役を担うスーパースターだ。本作でも曲者を束ねる長として縦横無尽にスクリーンを駆け回る。もはや、彼が何を演じようが驚きはしない……。余談だが、本作には007ことジェームズ・ボンドの生みの親であるイアン・フレミングや、007の上司Mであるガビンズ准将が登場する。ここでピンときた方はご名答。そう、フィリップ少佐はジェームズ・ボンドのモデルとなった実在する人物なのである。こういった仕掛けをうまく物語に落とし込んでいる点に唸らされる。007シリーズ好きにはたまらないギミックだ。
実在した人物だけでなく、本作オリジナルのキャラクターも映画を盛り立てる。中でも筆者のお気に入りは、隠密行動と通信係として活躍するリカルドを演じるバブス・オルサンモクン。冷静沈着で、三つ揃いを折り目正しく着用する姿が印象深かった。また、以前紹介した映画『ジェントルメン』、『モンスーン』で活躍した期待の俳優ヘンリー・ゴールディングも爆破の専門家として登場しているので注目いただきたい。



チャーチルの人間像に引けを取らないのが彼のスタイルだ。チャーチルと言えば、葉巻、ボウタイ、三つ揃い、ハット、懐中時計などアイコンになる物が多い。衣裳に拘りを見せるガイ・リッチー作品にお誂え向きの被写体だ。中でも目を張ったのが、“サイレンスーツ”である。防空壕の中でも動きやすく、着脱が簡単なことから、チャーチルは常時このサイレンスーツを着用していた。彼自身が名門”Turnbull & Asser”で開発したとされるだけあり、ロンドンの本店には緑のベルベットのサイレントスーツが展示されている。他にはストライプなど様々な場面で数種類のサイレンスーツを着用していたことが資料に残されている。私はチャーチルの生き方やスタイルを敬愛しているので、彼の資料や着用していた物には目がない。生家であるブレナム宮殿にも足を運んだが、展示室には彼の着用した赤いベルベットのサイレンスーツが飾られていた。実際のところ、本人は“ロンパースーツ”と自虐的に呼んでいたのもなかなか洒落が効いている。劇中では、かなり暗い場面で着用しているため判別し難いが、恐らく先述した緑のベルベットのサイレンスーツを着用している。着用姿を映像で拝めるのは稀有ではないだろうか。


本作の監督がガイ・リッチーと聞けば、おおよそ作風の見当がつくに違いない。加えて、製作にはジェリー・ブラッカイマーの名まであるのだから、オハコである派手な爆破やアクションが無数に散りばめられているのは想像に難くない。だが、スペクタルの裏腹には、荒んだ世を憂う要素があるのではないか。そう感じさせるのがガイ・リッチーらしい。
ロシアとウクライナの紛争は4年目に突入し、イスラエルとパレスチナの紛争も終わりが見えない。早期に終わる目論見は外れ、その波紋は当事者間だけでなく、世界に広がっている。こんなドリームチームが実在し、一刻も早くこの紛争に終止符が打てるならばと脳裏をよぎる。世界情勢を鑑みながらこの映画を鑑賞すると一層感慨深かった。
『アンジェントルメン』
ungentlemen-movie.com
監督:ガイ・リッチー(「シャーロック・ホームズ」「コードネーム U.N.C.L.E.」)
製作:ジェリー・ブラッカイマー(「トップガン マーヴェリック」「パイレーツ・オブ・カリビアン」)
脚本:ポール・タマシー&エリック・ジョンソン&アラッシュ・アメル&ガイ・リッチー
原作:ダミアン・ルイス著 “Churchill’s Secret Warriors: The Explosive True Story of the Special Forces Desperadoes of WWII”
出演: ヘンリー・カヴィル(『マン・オブ・スティール』『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』)
エイザ・ゴンザレス(『ベイビー・ドライバー』)
アラン・リッチソン(『ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~』『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』)
アレックス・ペティファー(『TIME/タイム』)
ヒーロー・ファインズ・ティフィン(『アフター』シリーズ)
バブス・オルサンモクン(『DUNE/デューン 砂の惑星』)
エンリケ・ザガ(『ビヨンド・ザ・ユニバース』)
ティル・シュヴァイガー(『イングロリアス・バスターズ』)
ヘンリー・ゴールディング(『クレイジー・リッチ !』)
ケイリー・エルウィズ(『プリンセス・ブライド・ストーリー』)
2024/英語/120分/シネスコ/カラー/5.1ch
原題:THE MINISTRY OF UNGENTLEMANLY WARFARE/日本語字幕:牧野琴子
配給:KADOKAWA
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部坂 尚吾
1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com