30代半ばに差し掛かったある日、会社の同僚から言われたこの言葉。それまで雑誌で何度か見ていた文字が、初めて言葉になって耳に入った瞬間でした。
「コーディネートの中で、靴はとても重要なアイテム」気にはしていたことだったのですが、イギリス4年赴任歴のある同僚の言うことだったために、それが妙にリアルに響いたのです。
私が本格的に靴への興味をかきたてられ、長年の付き合いが始まった出来事でした。
今回は靴がコーディネートの中でなぜ大切なのか、そして好きなChurch’sの靴の魅力について考え感じたことをご紹介していきたいと思います。
自分を変えた1枚の雑誌のコピー
そしてある日、このコピーを見せて妻に言いました。
「ロンドンのここに行きたいんだけど」
驚いたのは妻です。大学時代にイギリスへ語学留学をした経験があったのですが、結婚してから行った海外は、新婚旅行のニューカレドニアのみ。以後、英語コンプレックスから海外旅行の話を全くしない私に、もう自分もヨーロッパへ行く機会はないんだろうな、と思っていたそうです。
それが突然、ピンポイントでロンドンのジャーミンストリートですから。
何を突然言い出すんだ!?と。
この見開きページのコピーをもらい、初めてのイギリスへ
イギリスへ、そして憧れのストリートへ
当時の自分にジャーミンストリート界隈は眩しかったです。Church’s、Tricker’s、Crockett & Jones、Edward Green、John Lobb、Foster & Son、George Cleverley。靴だけでこれだけあり、通りの全てのショーウィンドウに張り付いて動けない。お店の中にも入って片言の英語だけで強引に会話をして気になる靴に足入れをする。思い出すだけでも恥ずかしいのですが、「靴が好き」という気持ちだけで、あの道を歩いていました。そうして2002年に初の渡英を果たした私は、すっかりイギリスの虜に。その後数年にわたって年に1度渡英することができたのは、とてもラッキーなことでした。
丁寧に手入れした自分の靴を履くイギリスの人たち
初の渡英前に想像していたのは、イギリスでは皆高級靴と呼ばれるドレスシューズを履き、しかもそれは全てきちんと手入れされているもの。ジャーミンストリートでは確かにそういう人が多かったと思います。でも同じロンドンでも、違う場所に行けば様子は全く違っていて…「高級靴なんて誰も履いてないじゃないか!」
その頃の自分は思い込みも激しく、かなりショックでした。
冷静に考えてみれば、日本で紹介されているイギリスの高級靴ブランドは、当時でも200〜300ポンド(当時のレートは1ポンド≒190円)していましたし、イギリス人が全員これを履いているなんてことはないわけです。ひどい妄想です。
でも、数日過ごし始めると、街ゆく人の足元がやはり日本とは違うなと感じ始めました。高価な靴を履いている、というよりは、手入れされた靴を履いている人の割合が明らかに多い。特に地下鉄に乗っていて感じたことです。 そして、レースアップのドレスシューズを履く女性がとにかく目に入ってくる。今でこそ「おじ靴」なんて言葉にもなり、日本でも女性用のマニッシュな靴が定番化しましたが、当時はとても新鮮な驚きでした。
コヴェントガーデンのNeal’s Yardにて。女性のマニッシュな靴が光ります
なるほど、これはやはり日本とは違う。ドレスシューズというアイテムが明らかに根付いている、歴史が違う。と、初のロンドンで妙に納得した自分を思い出します。 やっぱりコーディネートで靴は大切だった
ところでなぜ靴がコーディネートで大切なのか?理由は相手の目からいちばん遠いアイテムだから、ではないでしょうか。
ジャケットやシャツ、ネクタイなどトップス周りのものは何より目に入りやすい、だからこそ誰もがいちばん最初に気を払います。次はトップスと関係するボトムス。では靴は?
本当なら毎日変えたいものの、毎朝の慌ただしい身支度の中で、「うーん、しょうがない。今日もこれ履いてしまおうか…。」なんて事もありそうなのが、靴の現実かもしれません。
そして元をたどれば、靴文化の欧米と畳文化の日本では、靴に対する意識が違うことも多分に影響しているでしょう。優先順位もやや低めになりがちです。でもだからこそ、靴を気を付ける事で、コーディネート全体がグッとお洒落に仕上がるんだと思います。靴はぜひ意識していただきたいアイテムです。
私の経験ですが、普段街ですれ違う人や電車に乗り合わせた人の中で、思わず目が止まる方がいます。普通にネイビージャケットを着て、無地ネクタイにグレーのパンツ。けして派手じゃないんだけど、なんだかお洒落だな… こんな風に感じる人は、かなりの確率で英国靴を履いています。いえ、正確には英国靴のような「主張しすぎない靴」を履いています。そして必ずと言っていいほどきれいに磨かれています。
近年、クールビズから始まりオフィスカジュアルなど、仕事着のスタイルも簡略化されていっています。でも靴を履かないことはありません。ノータイのジャケットスタイルの時こそ、靴には気をつけたいものです。逆に言えば、手入れされた靴を履いていればノータイ・ジャケットスタイルでも、お洒落を演出する事は十分できるわけです。そしてその演出には、不思議と伝統的な英国靴の佇まいがしっくりくるものです。
コーディネートの中の靴は、正に縁の下の力持ち。黙って私達を下から支えてくれています。でもそんな靴をよくよく見ると、造形物としての魅力にとてもあふれています。ここで英国靴の代表格の一つChurch’sにスポットを当ててみます。
Church’sの魅力
Church’sは1873年創業のブランド。もう今年で144年ということになります。とてつもない歴史です。私はこれまでChurch’sを何足か履き、必ずローテーションに入れて愛用してきました。ここでは最初に渡英した頃に手に入れた「TRENT」というセミブローグを取り上げ、自分の好きなポイントをご紹介します。 黒で迷った時の「TRENT」。全幅の信頼を置く靴の1足です
ポリッシュドバインダーカーフ
Church’sの大きな特徴の1つ、ポリッシュドバインダーカーフ。とにかく実用性の高い革です。以前のブックバインダーカーフを踏襲した革で、とにかく丈夫でキズ・水にめっぽう強い。「今日はどうしてもタイドアップをしなくちゃいけないんだけど、もう小雨が降りだしてるなぁ・・・」なんて日には必ずこの靴の登場です。ケアもそんなに時間がかからないので、気持ち的にとてもラク。なので、ついつい履いてしまいます。73ラスト
レディメイドの靴は木型=ラストがあり、量産されますが、フィッティングにおいてサイズと共にラストが足に合っているかどうかが大切です。そして何よりこのラストが靴のシェイプを決めます。73ラストはChurch’sの代表的なラストであり、昔からのChurch’sファンはこのラストが好き。実は私もそのうちのひとりです。万人向けで合わない人がいないと言っても過言ではありません。トゥシェイプはやや大きめなセミスクエアでノーズの長さも短めな印象さえある「ザ・英国靴」という趣きです。このラストを踏襲しモダナイズされたのが173ラスト。ノーズがやや長くなったかなという印象がありますが、クラシックテイストは変わらず携えており、安心感があります。 73ラストのセミスクエアとコバの張り出し具合が分かります
ブローグ
この靴にあるブローグ(穴飾り)に私はチャーチらしさをとても感じています。“飾り穴”に存在感があり安定感を醸し出しています。内羽根タイプの靴の中では他の英国靴ブランドと比べて、なんとなくですが少し大きめに感じられます。更に大きくなるとカントリータイプに近づいてしまうのですが、ドレスタイプの雰囲気を保つ絶妙なバランスの大きさと感じています。“飾り穴”が小さくなるとより繊細よりドレッシーな印象になりますが、この大きさにチャーチらしい程よい重厚感を感じ、安心して足を預けることができるんです。 キャップのラインや羽根の下から伸びるラインのブローグは特に存在感があります
レースステイ横のブローグライン
少し細かいポイントなのですが。レースステイ横のブローグのラインをご覧ください。羽根のトゥに近い部分から履き口に伸びるブローグラインが綺麗な曲線を描いているのがお分かりでしょうか。実はチャーチのセミブローグやフルブローグのモデルでは、私が見る限りこの部分のブローグのラインが、必ず綺麗なS字を描いています。ステッチのみの場合はここまで曲線を描きません。このラインがとてもバランスよく、ブローグモデルの重厚感の中に程よいドレス感を感じさせます。他のブランドではこの曲線ラインをあまり見かけないため、私はここにとてもチャーチを感じます。 内羽根の横から履き口へつながるブローグのS字ライン
もう少しお話したいことやご紹介したい他の靴もあるのですが、これはまたの機会に。Church’sにまつわるお話を最後に一つ。
2007年の記事になるのですが、当時イギリスのトニー・ブレア首相がChurch’sのウィングチップを愛用していたというニュースを見ました。首相が質疑応答の時には必ずChurch’sを履いていたというエピソード。ブランドへの信頼を感じました。
http://www.afpbb.com/articles/-/2243138
いよいよ新年度が始まりました。日本人にとって背筋が伸びる季節です。皆さんの足元は輝いていますか?ぜひ少し靴を意識してみてください。磨いた靴やリペアした靴を履くときは履き慣れた安心感と緊張感の両方を感じて、とても気持ちの良いものです。桜の花びらが舞う中、自然と歩幅が大きくなりそうですね。
富澤利彦
靴・服好きが高じ30代に初めて渡英。以来、会社員時代はずっとブリティッシュスタイル。ファッションから広告・雑貨にも興味は広がり、2016年から妻が始めた「Antiques Harmonics」に本格的に参加。新旧の英国モノを毎日楽しむ日々を過ごしています。
Antiques Harmonics
(アンティークス・ハーモニクス)
いつものファッションを“背伸びしないで新鮮に変える”Men’s/Ladies’アクセサリーをはじめ、企業ノベルテイ、ステーショナリー、レアな鉄道・Royal Mailグッズまで幅広くセレクト。「イギリスらしい/デザイン性がある/くすっと笑える」そんなココロを豊かに満たしてくれるアイテムたちを探し当てては、マーケットや蚤の市、イベントで販売しています。皆さまとお会いできることを楽しみにしております。
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