野村さんは、スコットランドのエディンバラで伝統的なキルトの作り方を学び、その魅力を日本に広めるべく活動されている作家です。ブリティッシュメイドでも、野村さんが作ったキルトスカートを販売するイベントを開催させていただいたことがあります。そんな野村さんにインタビューし、タータンやスコットランドの魅力をたっぷり語っていただきましたので、今月から3回にわたりお届けしたいと思います。
一冊の本が閃きに。タータンとの出会い
エディンバラ城を背景に
ー自己紹介からお願いします。
野村:はい!野村瞳と申します。スコットランドが好きな日本人です。
ーキルトメーカーではないんですね(笑)
野村:いろんな人に自己紹介をするとき、何が伝わりやすいかなと考えるのですが、やはり「スコットランドが好きな人です」っていうのが一番ストレートに伝わりやすいので、いつもそういう感じで言っています。岐阜県出身、在住ですが、幼少期は神戸、学生時代は大阪、社会人時代は東京、その後、アイルランドとスコットランドに住みました。典型的な1つの場所に居れないタイプの人間です。
ーちなみに前職はエンジニアなんですよね?
野村:IT企業のサポート事務をしていました。毎日電話で怒られながら、申し訳ございませんと謝ってばかりのOLをしていました。
ーそんなOLさんが、どのようにタータンの世界と出会ったのでしょうか。
野村:もともと私の父親が、アメリカのブラックカルチャーが好きでして。音楽でいえばジャズ、ソウル、ヒップホップとか。あと、ハリウッド映画や60年代のアイビールックが大好きな人で、その影響から家の中にはいつも外国の文化がありました。そういったものが自然とバックグラウンドになっているかなと思っています。思春期を迎えると、私も自然と外国の音楽、特にロックミュージックに惹かれていきました。当時はイギリスよりアメリカの音楽が好きでした(笑)
社会人になり、アメリカで開催される野外音楽フェス「Coachella(コーチェラ)」に行こうと計画していたのですが、タイミングが合わず、仕方なく休みの取れる時期に開催されていたスコットランドの音楽フェス「T in the Park(ティー・イン・ザ・パーク)」に行くことにしました。それが初めての渡英で、2015年のことです。その時はまだ恥ずかしながら、“スコットランドはイギリスの上のほうね”というくらいのイメージでした。
ーまだ10年も経っていないんですね。
野村:そうなんです!いろんな方から「イギリスファン歴は意外と最近ですね」ってよく言われます(笑)そのティー・イン・ザ・パークで初めて渡英し、グラスゴーに降り立ちました。初めてのヨーロッパがグラスゴーでした。最初は「ここには二度と来ないかもしれないから目一杯楽しまないと!」と意気込んで観光し、音楽フェスに行き、南下してリバプールでビートルズの聖地を巡ったり、さらに南下しロンドンでアビーロードに行ったり、博物館や美術館にも行きました。その後はお分かりかと思いますが、もう完全に英国の虜になりました。
音楽、ファッション、カルチャーはもちろん、植民地支配等の歴史も面白い。産業革命は世界中に多大なる影響をもたらしましたし、北アイルランド、ウェールズ、スコットランド、イングランドから成る連合王国という複雑さも興味深いです。世界史の教科書に連なる文字からでは到底想像し得ないものを生で見たという感動と共に、そのパワーの大きさに非常に感銘を受けました。「文化と歴史の詰まった国、イギリスってすごい!」帰りの飛行機内でも、日本に降り立っても、私の心は完全に“大英帝国”に占領され、英国文化への知識欲で燃えたぎっておりました(笑)
帰国してからは仕事帰りに図書館に通っては、イギリス関連の本をちまちまと読んでいました。そして、1冊の本に出会いました。それが『イギリス病のすすめ』(講談社文庫)です。
キルト教室での一枚。先生や生徒と一緒に
ーイギリス病!?そんな本があるんですね。
野村:この本の中に、さらっとなんですがスコットランド人とタータンのことが書かれていました。<スコットランド人というのは、家ごとにタータンを持っていて>や、<チェック模様が絶妙に違ったりしていて>と会話形式で書いてあり、「まじか!スコットランドって、そういう文化を持つ国だったのか。一家に一タータンって、スコットランド人、かっこいい!」と、単純なんですが、すぐに惹かれました。それをきっかけにその日からスコットランドとタータンについて少しずつ調べ始めました。
ーその一文が閃きになったんですね。
野村:そうなんです。スコットランドを訪れた時、確かにタータンがたくさんあって、お土産屋さんに行けばタータンをあしらったモノがたくさんあり、バグパイプを吹いている人もタータンを穿いていておしゃれでした。でも当時は、家族ごとにタータンがあることは知りませんでした。帰国し、改めてこの事実を知った時に衝撃を受け、これはもっと調べなければいけないという謎の使命感に追いやられましたね。これがタータンとの出会いになります。
ー日本の家紋に夢中になる外国人みたいですね。
野村:まさにそれです。やはり“意味がある”というところに、きゅんときたかなと。
ールーツをたどることができる、というのは面白いですよね。イギリスは文化の成熟度が高いので、追っかけ甲斐があるし、浪漫も感じられます。
野村:そうなんです。タータンについて調べていると、ある論文に「タータンは意図して創られた。商業化しやすかった」と書かれていました。ファッショナブルなうえに、正確で、緻密で、丈夫で、計画的に作られたタータンに、歴史というエッセンスを加え、商品としての価値を見出したイギリス人のプロデュース力はすごいですよね。たとえそれが創られた伝統であっても、世に広める力、国の文化として定着させる力がなければ、その伝統は霞んで消えていってしまう。
ータータンにはイギリス人のプライドも感じられますね。最高のものだと信じて疑わないような。
野村:そう。作り方も上手だし、プロデュース力も高いし、完成品も魅力がある。それにハマる人がいて当然だと思います。私もそうやって、少しずつハマっていきました。
ホストファミリーから贈られたロバートソンタータン
ー野村さんが一番好きなタータンは何ですか。
野村:いろいろありますが、好きなタータンは、Hitomi Kiltmakerのスカートとして少しずつ世に出させていただいています(笑)
ーそうですよね(笑)
野村:でも特に思い出深いのは「ロバートソンタータン」です。これは赤色のタータンなのですが、日本の方には緑系や青系のタータンのほうが人気ですし、私も赤色はちょっと自分にはビビッドすぎるかなと思っていました。ところがある日、ホストファミリーがロバートソンタータンのマフラーをプレゼントしてくださったんです。スコットランドは本当に寒かったので毎日着けていました。赤も似合うかも?とひとつの発見でした。
それ以外のタータンでも、伝統衣装のキルトを作らせていただいたものはやっぱり愛着が湧きます。手で触って、一針一針縫って、この柄合わせ難しかったなとか、特に後面のプリーツを折る時はタータンの柄としっかり向き合う時間になるので、1つ1つのタータンに思い入れがあります。
スコットランドでのちょっと可笑しな思い出
野村:初めてのイギリス旅行後、2年間は自主学習でなんとか保っていたのですが、この燃えたぎるイギリスへの思いを消化するには本国へ行くしかないと頭の隅では考えていました。ユースモビリティ・ビザという2年間イギリスに滞在することのできるビザの応募条件が30歳までで、当時わたしはギリギリ30歳でしたので、行くなら今しかないと思いました。1回目は抽選に外れ、2回目で当選し行けることになりました。30歳で初めて海外で暮らすということに不安や戸惑いはありましたが、迷いはありませんでした。海外移住に関しては何も知らない初心者でしたので、留学エージェントさんや、同時期に渡英した日本人の方など、たくさんの方に助けていただきながら無事に行くことができました。感謝しています。
ースコットランドでのエピソードを教えてください。
野村:衝撃だったのは、気温が17度ぐらいになった日に友だちに「今日ビーチに行く?」って言われたことです(笑)
ーそれは海で泳ぐつもりで!?
野村:そうです!17度くらいから暖かいと感じるそうです。スコットランド人がTシャツを着始めるのも15〜17度くらいだったでしょうか。20度すぎると真夏ですよね(笑)
ースコットランドは札幌よりも北ですもんね。
野村:そうですよね。相当寒いです。私も滞在2年目の春に「今日は7度もある!あったかい!」とたった7度でぬくもりを感じていたのが懐かしいです。
ースコットランドの食事はどうでしたか。
野村:食事はすべて自炊していました。アジアンスーパーでお米や材料を買い、できる限り日本食を作っていました。時々友だちとレストランに行ったりしていました。
ースコットランドの伝統料理ハギスなどは食べましたか。
野村:ハギスやフィッシュ&チップスは、自らすすんで食べることはなかったですが(笑)、友だちがスコットランドに会いに来てくれた時など、食べにいきました。あと、ホストファミリーが夕食に出してくれましたよ。スコットランドのフィッシュ&チップス屋さんで食べられるチョコレートのマーズバーを揚げた「フライド・マーズバー」も話のネタにと一度だけ食べました!
ある日友だち数人とパブで飲んでいたとき、スコティッシュの友だちが「小腹が空いたから何か買ってくる」と言って、フィッシュ&チップス屋さんに行ったんですよ。「何買ってきたの、見せて」と言ったら、ハンバーガーのパティをフィッシュ&チップスと同じ衣で揚げたもので、世の中にはまだまだ不思議な食べ物があるんだなと勉強になりました(笑)
ーパティ天ぷら……ですか?
野村:そうです!ちょっとだけ食べさせてもらったのですが、味はパティの揚げたやつでした(笑)そんな感じで、スコットランド食の分野において私はとても弱いのですが、イタリア人が開いたピザ屋さんのピザはすごくおいしかったし、あと、お酒もおいしかったです!
職場の同僚と一緒に
ーおすすめのお酒は何ですか。
野村:スコットランドだったら、Tと書かれた赤文字で有名なテネンツビールでしょうか。他にも色んな種類のエールがあったり、サイダーがあったり、もちろんウイスキーも。パブで音楽を聴きながら踊って、お酒を飲んで、友だちと過ごす時間が大好きでした。私のスコットランドの生活は、仕事をして、遊んで、キルトを作ってと、とてもシンプルなものでした。
話し上手の人が多く、様々なトピックについて話しました。自分の国について、政治について、アイデンティティについて、ジェンダー格差について、あらゆる社会問題について。外国人はよく「Why?」と聞いてきます。「なんであなたはそう思うの?」と質問攻めにあいますから、答えにまごついていると会話が終わってしまいます。だから、日頃から自分も、たとえちょっとした出来事についても、ちゃんと意見を持っておいたほうがいいなと思いましたし、考える訓練をさせてもらいました。
ー意見がないことで会話の土俵に立たせてもらえない感じなんですね。
野村:そうなんです。ここが日本と海外の全然違うところだと思いました。今、日本で英会話講師として働かせていただいているんですが、子どもたちには「先生はね、みんなの意見が知りたいの。合っているか間違っているかは関係ないよ。みんながどう思っているのか聞きたいんだよ」と伝えるようにしています。小さい頃から、会話の中にそういう質問があると、自分の意見を言うのに慣れてくれると思うんです。
ヒトミ・キルトメーカーが誕生するまで
ー私が「ヒトミ・キルトメーカー」を知ったのは、クラウドファンディングをしている時でした。なぜクラウドファンディングを選ばれたのですか。
野村:ヒトミ・キルトメーカーの立ち上げは、スコットランドにいる時から、なんとなくイメージはしていました。この美しいタータンを、美しいスカートに変えて、日本の皆さんにお届けしたいという構想はふんわりとあって、でもそれをどう形にしたらいいかはわかりませんでした。何から始めていいのかも分からず、ブランドを立ち上げた方たちのブログやSNSを読ませていただき、メッセージを送ってアドバイスをいただきました。その中のおひとりがクラウドファンディングでデビューされていて、私もそれに倣ってクラウドファンディングを募り、デビューさせていただきました。
ーアパレルのなかでも、キルトスカート1つで勝負しているブランドは珍しいですよね。
野村:「アパレル」に関しては、恥ずかしながら何も知らなかったので、珍しいのか珍しくないのかすらもよく分かっていませんでした。とりあえず作りたかったものがスカートだったので。縫製工場さんと、ブランド立ち上げの相談にのっていただいた女性と、クラウドファンディングの担当者さんには、細かいところまで教えていただいて大変お世話になりました。
ークラウドファンディングは、目標金額を大きく上回り達成されていましたね。
野村:そうなんです。皆さん、本当にありがとうございました!
ー以前、ブリティッシュメイドでイベントを開催した際、野村さんのファンの方もお越しくださいました。皆さんは、クラウドファンディングがきっかけでファンになってくださったのですか。
野村:ブリティッシュメイドにお越しくださった方々は、クラウドファンディングより前から、私のことを知っていてくださった方が多かったと思います。私がスコットランドにいる頃からTwitterをフォローしてくださって交流していました。皆さん、私以上にスコットランドがお好きな方たちなんですよ!
ーヒトミ・キルトメーカーのキルトスカートの特徴を教えてください。
野村:そうですね。ジャパン・スコットランド ミックスなスカートであるということでしょうか。スコットランドで販売されているキルトはとっても格好いいんですが、アジア人女性のスカートとして、ちょうどいいものは滅多にないんです。丈が長すぎたり、逆に短すぎたり、ウエスト部分だけ細すぎたり、現代で着るには形がクラシック過ぎたり。そこで、日本に帰ってきて縫製工場さんに私の理想をお伝えし、アジア人女性の体型を意識した形を作ってもらいました。プリーツの細かさについて、腰骨からウエストにかけてのカーブについて、巻きスカートってずっと履くには苦しい時もあるので、目立たないように脇にこっそりゴムを入れてもらったりなど。
ー野村さんのキルトスカートは、スコットランドでも人気になりそうですね。
野村:はい、スコットランドにも持って帰りたいなという思いはあります。私はモノづくりへのこだわりはありますが、ファッションブランドをやっているという感覚は実はあまりなく、根底にはいつも、イギリス、スコットランドの文化と歴史を心から愛しているという気持ちがあります。私のスカートを手に取ってくださるお客さまには、少しでもそれを共有できたらと思います。また、タータンの文化、スコットランドの文化を知るきっかけになれば、それが一番嬉しいです。
次回は、キルトの歴史と作り方について教えていただきたいと思います。乞うご期待ください!
BRITISH MADE
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