“一年の計は春にあり、一月の計は朔(ついたち)にあり、一日の計は鶏鳴にあり”とは、戦国時代に突出した戦略家として名を馳せた毛利元就(※注)の言葉。ひらたく言えば、何をするにも最初が肝心、ということ。というわけで、一年の最初を飾る「STORIES・GOURMET」は、一日の始まりの大切な時間、朝食のお話から。
みなさんは、英国の食文化にどのようなイメージを抱いているでしょうか。 フィッシュ&チップス?多彩なプディング?中にはポークパイを思い浮かべる人もいるかもしれません。ただ、フランス料理やイタリア料理ほど良いイメージを持っている人は少ないでしょう。
英国料理は、単純に肉を鍋で煮込む、あるいは丸焼きにするといった料理法が多く、手間を掛けないのが特徴とされています。フランス料理で、茹でただけ、もしくは焼いただけの調理法をアングレーズ(英国風)と呼ぶそうですが、そこからも合理性がモノを言い、調理法に多様性がないという、英国料理における世界の共通認識が透けて見えます。むしろ「料理に手間ひまをかけるなんて時間の無駄」という考えが英国の方にはあるようで、彼らの中には、自国料理の拙さを自虐的に話す人もいるほど。ただ、朝食となると話は別。
これまでの歴史を紐解いていくと、充実した朝食、いわゆる“イングリッシュ・ブレックファスト”(アイリッシュ・ブレックファストなども含めた総称をフル・ブレックファストと呼ぶ)の評判をよく耳にすることができます。『月と6ペンス』、『人間の絆』などで知られるイギリスの(生まれはパリ)作家、ウィリアム・サマセット・モームがつぶやいた、「英国で美味しい食事をとりたければ朝食を三度とればいい」という言葉はあまりにも有名(英国の食文化をシニカルに表現したのかもしれませんが)。
「同店には、海外の方も数多くいらっしゃいますが、英国の朝食を頼まれる方は多いですね。なにせこれだけのボリュームで、日本の朝食に見られる納豆のように、地域性を匂わせる特殊な食材もありませんから。まさに“キング オブ 朝食”といえるでしょう。この朝食スタイルが一般化された背景には、18世紀後半の産業革命があげられます。当時は工業化の発展が目覚ましく、労働者たちは朝早くから夜遅くまで働いていました。昼食を摂る時間も遅く(とはいえ、一日三食の概念が世界的に浸透したのは近年のこと)、その間のエネルギーを持続させるため朝食にボリュームをもたせていたようです。その伝統が、今の英国の朝食にも残っているのでしょう」。
また、もうひとつの特徴として、何にでも火を通す習慣があげられるとか。
「当時は、衛生面で十分なケアが成されていたとはお世辞にも言えませんでした。しかもペストなどの伝染病も深刻な問題のひとつだったようですから、どんなものでもひとまず火を通して食べる習慣が根付いたようです。ご覧になっても分かるように、トマトにまで火を通していますしね(笑)」。
そんな世界的にも知られる有名な朝食の定番メニューがこちら。
・トースト
・マッシュルーム
・トマト
・ベーコン&ソーセージ(ブラックプディングを採用するところもある)
・ベイクドビーンズ
・卵料理(スクランブルエッグや目玉焼きなど)
・ハッシュブラウン
では、今もまだ英国では料理に対して無頓着(寛大?)か、と言われれば答えはノー。四方を海に囲まれているため魚介類は豊富で、内陸部に目を移せば牧畜や農作も盛んと、良質な食材はとりわけ豊富。かつての植民地だったインドからは良質なスパイスが手に入りやすく、そのため、ロンドンにあるインド料理のお店は総じてレベルが高いと聞きます。そして、イギリス出身の敏腕シェフ、ゴードン・ラムゼイ氏がプロデュースするミシュラン三ツ星レストランも複数できていることも、ここでは述べておきましょう。
時間に追われる現代人にとって、朝食は簡略化、もしくは省略化できるひとつの要素になっています。それも十分理解はできますが、試しに一度この豪華な朝食を摂る時間を設けてみてはどうでしょう。毛利元就の冒頭の言葉には、こんな逸話が残っています。元旦の朝、祝いの善を食べている家臣に「なぜ元旦を祝うのか?」と尋ねました。家臣が答えに臆していると、「世の愚か者どもは、恵方を拝んで酒を飲み、長寿や子孫繁栄を祝って浮かれているが、元旦はそんなのんきなものではなく、年の初めに一年の事をじっくり考える、それが本当の祝いというものだ」と。一年とは言いませんが、お腹を満たし、紅茶を飲みながら今日一日の事をじっくり考える。そんな朝のスタートも決して悪くはないのでは。
※注:安芸(現在の広島県西部)の国の領主として中国地方全域を支配した、戦国時代きっての智将。その知略により数々の戦果をあげる傍ら、家臣や周辺国の人間、あまつ身分が低い者たちへの配慮も忘れない名君としても知られる。
みなさんは、英国の食文化にどのようなイメージを抱いているでしょうか。 フィッシュ&チップス?多彩なプディング?中にはポークパイを思い浮かべる人もいるかもしれません。ただ、フランス料理やイタリア料理ほど良いイメージを持っている人は少ないでしょう。
英国料理は、単純に肉を鍋で煮込む、あるいは丸焼きにするといった料理法が多く、手間を掛けないのが特徴とされています。フランス料理で、茹でただけ、もしくは焼いただけの調理法をアングレーズ(英国風)と呼ぶそうですが、そこからも合理性がモノを言い、調理法に多様性がないという、英国料理における世界の共通認識が透けて見えます。むしろ「料理に手間ひまをかけるなんて時間の無駄」という考えが英国の方にはあるようで、彼らの中には、自国料理の拙さを自虐的に話す人もいるほど。ただ、朝食となると話は別。
これまでの歴史を紐解いていくと、充実した朝食、いわゆる“イングリッシュ・ブレックファスト”(アイリッシュ・ブレックファストなども含めた総称をフル・ブレックファストと呼ぶ)の評判をよく耳にすることができます。『月と6ペンス』、『人間の絆』などで知られるイギリスの(生まれはパリ)作家、ウィリアム・サマセット・モームがつぶやいた、「英国で美味しい食事をとりたければ朝食を三度とればいい」という言葉はあまりにも有名(英国の食文化をシニカルに表現したのかもしれませんが)。
多彩な料理がワンプレートにどっさり
ノートに描かれた、伝統的なイングリッシュ・ブレックファストのメニュー
伝統的なイングリッシュ・ブレックファストは、品数が少ない簡素なアメリカン・ブレックファストや、温かい料理が供されないコンチネンタル・ブレックファストに比べれば実に豪華。トーストに卵料理、ベーコンなどの肉料理、ベイクドビーンズ、マッシュルームなど、多彩な料理がワンプレートにどっさりと盛られます。他国出身の人でも朝食に英国スタイルを好む人は多く、朝食の格付けとして上位にあげる識者も少なくありません。では、なぜ英国料理に対してネガティブなイメージが先行するなか、朝食はこれほどまでに親しまれているのでしょう。まさに“キング オブ 朝食”!
「WORLD BREAKFAST ALLDAY」では、世界の朝食を食べることができる
そこで、世界中の朝食を食べることができる東京・北青山のお店、「WORLD BREAKFAST ALLDAY」のオーナー木村 顕さんに話を聞きました。「同店には、海外の方も数多くいらっしゃいますが、英国の朝食を頼まれる方は多いですね。なにせこれだけのボリュームで、日本の朝食に見られる納豆のように、地域性を匂わせる特殊な食材もありませんから。まさに“キング オブ 朝食”といえるでしょう。この朝食スタイルが一般化された背景には、18世紀後半の産業革命があげられます。当時は工業化の発展が目覚ましく、労働者たちは朝早くから夜遅くまで働いていました。昼食を摂る時間も遅く(とはいえ、一日三食の概念が世界的に浸透したのは近年のこと)、その間のエネルギーを持続させるため朝食にボリュームをもたせていたようです。その伝統が、今の英国の朝食にも残っているのでしょう」。
また、もうひとつの特徴として、何にでも火を通す習慣があげられるとか。
「当時は、衛生面で十分なケアが成されていたとはお世辞にも言えませんでした。しかもペストなどの伝染病も深刻な問題のひとつだったようですから、どんなものでもひとまず火を通して食べる習慣が根付いたようです。ご覧になっても分かるように、トマトにまで火を通していますしね(笑)」。
そんな世界的にも知られる有名な朝食の定番メニューがこちら。
・トースト
・マッシュルーム
・トマト
・ベーコン&ソーセージ(ブラックプディングを採用するところもある)
・ベイクドビーンズ
・卵料理(スクランブルエッグや目玉焼きなど)
・ハッシュブラウン
お腹を満たし、紅茶を飲みながら今日一日の事をじっくり考える
イングリッシュ・ブレックファスト。メニューの一例
英国にある多くのカフェでは、“フル・ブレックファスト”と書かれた黒板をよく目にすることができ、朝食に限らず、昼食や夕食時でもそのメニューを食べることができるそうです。では、今もまだ英国では料理に対して無頓着(寛大?)か、と言われれば答えはノー。四方を海に囲まれているため魚介類は豊富で、内陸部に目を移せば牧畜や農作も盛んと、良質な食材はとりわけ豊富。かつての植民地だったインドからは良質なスパイスが手に入りやすく、そのため、ロンドンにあるインド料理のお店は総じてレベルが高いと聞きます。そして、イギリス出身の敏腕シェフ、ゴードン・ラムゼイ氏がプロデュースするミシュラン三ツ星レストランも複数できていることも、ここでは述べておきましょう。
時間に追われる現代人にとって、朝食は簡略化、もしくは省略化できるひとつの要素になっています。それも十分理解はできますが、試しに一度この豪華な朝食を摂る時間を設けてみてはどうでしょう。毛利元就の冒頭の言葉には、こんな逸話が残っています。元旦の朝、祝いの善を食べている家臣に「なぜ元旦を祝うのか?」と尋ねました。家臣が答えに臆していると、「世の愚か者どもは、恵方を拝んで酒を飲み、長寿や子孫繁栄を祝って浮かれているが、元旦はそんなのんきなものではなく、年の初めに一年の事をじっくり考える、それが本当の祝いというものだ」と。一年とは言いませんが、お腹を満たし、紅茶を飲みながら今日一日の事をじっくり考える。そんな朝のスタートも決して悪くはないのでは。
※注:安芸(現在の広島県西部)の国の領主として中国地方全域を支配した、戦国時代きっての智将。その知略により数々の戦果をあげる傍ら、家臣や周辺国の人間、あまつ身分が低い者たちへの配慮も忘れない名君としても知られる。