フードホールが描く未来 | BRITISH MADE

Absolutely British フードホールが描く未来

2019.08.02

今年のロンドンの夏はウィンブルドンが終わった頃から気温がぐんぐんと伸び、昼間は暑くとも夜には「夕涼み」をまだまだ実感できる有難い毎日が続いている。

こんな天気が続くとロンドンっ子たちが何を企むかというと、まず公園の芝生の上に寝そべって日向ぼっこ。それから庭でバーベキュー。そして飲食店のガーデン/テラス席で太陽を浴びながら仲間と思い切り飲み食いを楽しむ! これぞハピネス。夏の醍醐味。
ガーデン・テラス こちらは東ロンドンのハックニーに最近できたヴィーガン・カフェ。リラックス・ムード満点、夢のガーデン・テラスですね。
ここ数年、ロンドンの外食シーンは形態の多様化が進み、マーケットなどを拠点とする屋台やポップアップといった簡易な飲食形態も日常に浸透してきている。屋台人気の秘密は、物価の高いロンドンで5〜10ポンド(約700円〜1200円)といったお手頃な値段で上質の多国籍フードを堪能できる点、それからロンドンっ子が大好きなお祭り的な要素を併せ持っている点にあるのではと思っている。つまり都市生活における手軽なエンターテインメントの一つとして、今や欠かせないものになってきているようなのだ。一方、出店する側としては、外食産業で一旗あげたいスタートアップ志望者に良き場を提供している。 小規模な屋台やポップアップで成功し、パーマネント店舗へと格上げしていく店も少なくない。

屋台といえば屋外マーケットやストリートを想像しがちだが、実はロンドンでここ数年流行っているのは、使われなくなったスペースを利用した「屋根つきフードホール」だ。

元祖フードホールと言えば、ハロッズやセルフリッジなどデパートの食料品売り場を思い浮かべる人も多いだろう。いわゆるデパ地下と同義だと思ってもらえればいい。ここ20年くらいで発展した屋内型フードホールには、土地がたっぷりある東ロンドンの申し子、新生スピタルフィールズ・マーケットやサンデー・アップマーケットなどがある。しかしこういったマーケットの延長型ではなく“古い商業スペースを改築して作った屋内スペースに、元気のいい既存の実力派ブランドを集める”という新コンセプトで、ゾーン1の中心部や西ロンドンにもオープンしているのが、「Market Hall」である。
Market Hall第1号は、西ロンドンのフルハムに昨春登場した。地下鉄フルハム・ブロードウェイ駅の元チケット売り場を改築したスペースなのだが、これがエドワード朝時代にできた大変美しい建物。歴史ある建築を利用する手法は、郊外からの通勤者が数多く利用するハブ駅、ヴィクトリア駅前の元ナイトクラブを利用したMarket Hall Victoriaにも適用されている。今夏の終わりには、第3号となるMarket Hall West Endがオープン予定。中心部オックスフォード・ストリート北側にあった元ホーム雑貨店の建物を利用した施設で、かつてない規模の屋内フードホールとして業界からの注目度も今からとびきり高い。

Market Hallの様子はこちらのリンクからどうぞ: https://www.markethalls.co.uk
マーケット・ホール ヴィクトリア駅隣のマーケット・ホール。2階構造に現在のところ11のキッチン、3つのバー、カフェが1つ入っている。この写真は数ヵ月前のもので、すでにうどんの「Koya」はないようですが・・・。つまり入れ替わりも早いってことですね。
Market Hallは、新しい外食形態をロンドンに導入するというコンセプトのもとに、レストラン事業家と投資家がタッグを組んで開発に取り組んだものだ。昔ながらのストリート・マーケットと明らかに異なるのは、庶民の思いから自発的に発生したというよりも、力のあるデベロッパーが駅に近い好立地でガンガンと開発を進めて人気ブランドにスペースを貸し出す「オーナー主導型」であることだ(オーナーが消費者動向を形にしているとも言えるのだが)。とはいえ、人の流れが安定してくればコミュニティとしての役割も担ってくるだろうし、イベント・スペースとしての需要も出てきそうである。

食 > 人 > コミュニティというキーワードであれば、今、新世代開発(ジェントリフィケーション)が急ピッチで進んでいる南ロンドンの玄関口、エレファント&キャッスルも注目のエリア。ここではMarket Hallよりも一足先に、面白いフードホールができているのでご紹介したい。

エレファント&キャッスル。在英日本人たちが親愛の情を込めて「エレキャス」と呼ぶそこは旅行者にはほとんど用事のない場所だけれど、中心部のウォータールーからも歩ける距離。その名にちなんだベタすぎる「象と城」の彫像が、昔からこのエリアのアイコンとして親しまれている。
大型ラウンドアバウト エレキャスと言えば駅前の大型ラウンドアバウト、そして低所得者層を掬いとるマンモス公営住宅で知られています。その公営住宅が建設されるよりももっと前、20世紀初頭には、「南のピカデリー」と呼ばれ、富裕層を呼び込む一大ショッピング&エンターテインメント・エリアとして栄えていたそうです(驚)。
エレキャスのアイコン 城を背負うピンクの象はエレキャスのアイコン。このキッチュな彫像がみんな大好き。再開発が進んでも残されるのではと思っています。
エレキャス駅前には昭和なレトロ感いっぱいのショッピング・モールがあるのだが、これが建設された1965年当時、ヨーロッパで初めての画期的な屋内モールとして大変活気づいていたそうである。今の姿を知る者としてはちょっとビックリするような歴史だけれど、かつての栄華を取り戻すべく(?)、エレキャスではすでにサザーク・カウンシルによって40億ポンドをかけた次世代向けの再開発が進行中なのだとか。
ショッピング・モール 駅前のショッピング・モール。昭和生まれのあなたなら、一歩入ると懐かしさで胸いっぱいになる場所。
さて、このエレキャスの駅から徒歩でほんの5分程度の場所にあるのが、イタリア人事業家が手がけた「Mercato Metropolitano /メルカト・メトロポリターノ」と呼ばれる元紙工場を再利用した屋内フードホールだ。2016年末のオープン当初は上質のイタリア食材にフォーカスしたイタリアン・マーケットとして話題になったが、2年半の間にどんどん発展し、マルチな多国籍フード屋台を擁するフードホールとして新たな歴史を刻み始めている。とにかくクオリティの高い各国ストリート・フードが大人気なのだ。
Mercato Metropolitano こちらが入り口。Mercato Metropolitanoの頭文字をとって「MM」。
たくさんの飲食店 屋内フードホールに行き着くまでの間にも、マーケット的にたくさんの飲食店が並んでいます。
屋根付きのフードホール 屋根付きのフードホール! 土曜日の午後、駅前の閑散とした雰囲気とは全く違う世界が開けていました。この人数・・・みなさん、どのエリアから来られているのでしょうね。
メルカト・メトロポリターノ=MMをご紹介しようと思ったのは、ここが屋内フードホールとしては、かなりしっかりとした理念を掲げているから。この敷地でビジネスをするには、商品が「ナチュラル」「手作り」「サステナブル」であることが必須なのだという。またプラスチック・ボトルの飲料を扱うことも禁止されている。そう、ここは環境保全の理念を掲げるコミュニティ・フードホールなのだ。

巨大な敷地では、MMブランドのピザ屋やケバブ屋を筆頭に、MMが選んだ40以上ある独立系フード屋台で世界中の味を楽しめるだけでなく、マイクロ・ブリューワリーの作りたてビール!を飲むこともできる。さらにシネマあり、床屋あり、ヨガや料理など各種クラス、月一のクラフト・マーケットや、食育、音楽をはじめとしたローカル・イベントの会場としても使われている。またお年寄りや難民をサポートする団体と協働し、ランチを提供したり手に職をつけるための教室を開いたりと、活発な社会活動も行う。企業責任を前面に押し出し、このフードホール自体をコミュニティへと働きかける「ムーブメント」と位置づけているのが、とても頼もしい。
多国籍料理 イタリア系の店は多いけれど、基本、多国籍です。
バーベキュー屋 このバーベキュー屋さんが一番人気だったかも。
チキン入りのギョズレメ 人気店には行列ができていて、レストラン並みに待ちます。右はトルコ料理のストリート・フード、チキン入りのギョズレメ。
ブランチ ブランチ的なものから寿司、ラーメンもあり、なんでもござれ。
こちらが建設当初の理念を体現している別棟のイタリア食材フードホール。ロンドンにこんなに充実したイタリア食材店があったとは、訪れてみて改めて驚いた。フレッシュなイタリア・チーズの種類も豊富、焼き立てパンにも目移り! MMレジデントのイタリア人シェフがイタリアのパン作りやパスタ作りの教室を定期的に行っているほか、イタリアのスパークリング・ワインのテイスティング・クラスなども開催している。
多国籍フード 広い! 飲食スペースもたくさん。だけどお天気のこの日は、みな熱々の多国籍フードをいただける別棟フードホールに引き寄せられていました。
イタリア食材 見れば見るほど、イタリア食材の種類の豊富さに驚き。ロンドン市内でもこれだけの規模を誇るイタリア食材店はおそらくここだけ。
ミニ・バン イタリアらしいミニ・バンではカクテルを売っています。
屋内フードホールの魅力。それはグループで訪れても、それぞれの食の好みに合ったものを買い求め同じテーブルでいただくことができること。雨が降ってもへっちゃらなこと。知らない人と話すチャンスがレストランよりも格段に高まること! そしてMMの場合は、特にここで食べることが、そのまま地元コミュニティに貢献し、地球環境の負荷を減らすことに繋がっていること。

食は生命の基本だ。どんな地域に住んでいようとも志が確かな地元の小規模農家や飲食店をサポートすることで、消費者へとその恩恵が戻ってくる。私たちの食べ物がどこから来ているのか、どのように育てられているのかを考え、作ってくれている人に敬意を表し、生産者を育て、質の高い食品を増やしていくことが、飽食の時代と言われる今、求められていることだと信じてやまない。何か選ぶか、何に投資するかは、消費者自身の責任でもあるのだ。

そういった意味でMMは未来へと開かれたフードホールのモデル・ケースを演じようとしているようにも見える。食を中心にライクマインドな人々が育てる成熟したコミュニティがそこにあり、ロンドンのような大都市でも、それは可能なのだと教えてくれる。

Market Hall
https://www.markethalls.co.uk

Mercato Metropolitano
https://www.mercatometropolitano.com

Mercato Metropolitanoのイベント
https://www.eventbrite.co.uk/o/mercato-metropolitano-11583201781

Mercato Metropolitanoで行われるクラフト・マーケット
https://www.craftyfoxmarket.co.uk/


Text&Photo by Mayu Ekuni


plofile
江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

江國まゆさんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事