樽という名の宇宙
エンジェル達の好物がウイスキーだということはご存知ですか?これはウイスキー界では有名なエピソードです。誕生したモルト(ニュースピリッツ)は、樽詰めされ熟成庫で長い眠りにつきます。熟成の間に年間1〜4%の割合でエンジェル達が飲んで目減りしていきます。その間に無色透明だった液体が美しい琥珀色のウイスキーとなります。樽の中でエンジェル達は一体どんな仕業をしているのでしょうか?
どの樽に入れるとどのような傾向のウイスキーになるのかわかっていることもあります。しかし実はそのほとんどは最新の科学を持ってしても謎の中なのです。
ウイスキーは神秘的な飲み物だといえます。
樽という名の宇宙で、ウイスキーはどのように変化していくのか?「シェリー樽」や「バーボン樽」などの樽の違いでウイスキーにどのような影響が及ぶのか?
今回は熟成の謎について考えてみましょう。
なぜ樽で熟成させるのか?
ウイスキーの歴史は長く、12〜15世紀ごろにはスコットランドやアイルランドで飲まれていたとされています。ウイスキーの起源ははっきりしていませんが、ウイスキーに関する最も古い記録は1494年のスコットランド王室の出納帳に残っていて、その頃には既に確立していたことがわかっています。ですが当時飲まれていたウイスキーは樽での熟成をさせていない無色透明のお酒でした。ウイスキーは修道院が薬として造っていた他、余った大麦を売り物にするために農家が造っていたことも多かったといわれていますが、中世までは樽で熟成するという発想はなかったようです。
ウイスキーを熟成するようになったのは18世紀頃と言われています。始まりは重税をかけられたウイスキーをシェリー酒などの空き樽に隠したことでした。
1707年、スコットランドはイングランドに併合され、ウイスキーの製造に対して不公平な税金がかけられるようになりました。その逃避策としてウイスキーの作り手は、政府の目から逃れるため山奥に拠点を移し、いわゆる密造酒を作るようになりました。
その際、作ったウイスキーも隠しておく手段として当時大量に余っていたシェリーの空樽を使用したと言うわけです。そして、樽に隠していたウイスキーを数年後いざ開けてみると琥珀色に変化し、まろやかで美味しいウイスキーに変わっていたのです。
この偶然の新発見により、不公平な税制が撤廃され、ウイスキーの作り手が政府公認となってからも、「ウイスキーは樽で熟成させるもの」として一般化することとなりました。
現在、スコットランドのいわゆる「スコッチウイスキー」の場合、3年以上樽で熟成させたものでなければならないと酒税法で定められています。
バーボンで有名なアメリカでも、2年以上樽熟成させたものが「ストレート・バーボン」と名乗ることができ、流通している多くの銘柄がこれにあたります。(ちなみに日本のウイスキーに熟成に関する規定はありません、、、)
1950年~1960年代にはスコッチウイスキーの黄金時代と評されるほどにまで市場が成長します。
しかし、一方でウイスキーやワインが主流になると共にシェリー酒の人気は衰えてしまい、それに従ってシェリー酒の生産量も低下。質の高いシェリー酒樽を入手することはきわめて困難になりました。次第に熟成に用いられる樽がシェリー酒樽からバーボン樽に移行するようになり、同時にスコッチウイスキーの味も時代が進むにつれて大きく変化していきます。
現在スコットランドではウイスキーの熟成の90%がバーボン樽によるものになっています。
熟成に使われる樽材
スコッチウイスキーでは樽材の影響を受けすぎるということから、基本的に新しい樽を使わず、他のお酒の熟成に使用済みの樽をリサイクルして使います。先ほどご紹介したシェリーの入った樽は「シェリー樽」と呼びます。同様に、アメリカ南部で生産が盛んなバーボンウイスキーの熟成に使用される樽を「バーボン樽」と呼びます。
バーボンウイスキーは、その熟成には必ず新しい樽を使うことが米国の法律で定められているため、一度使ったバーボン樽はバーボン以外のウイスキーの熟成に利用されるようになりました。
また、スコッチウイスキーには「オーク樽で熟成させる」という規定があります。オークとは、日本でナラ(楢)の木のことで、樽に使われている木材の種類を指します。
ウイスキー樽の代表格といえるオーク樽は、「ヨーロピアンオーク」と「アメリカンオーク」の2種に大別され、それぞれ熟成後の味、香りに違いが現れます。
欧州産のヨーロピアンオークは主にシェリーなどの熟成に使われ、米国産のアメリカンオークは主にバーボンの熟成に使われます。
バーボン樽:バーボンウイスキーの熟成に使っていた樽を再利用。バレルとも言う。軽くて頑丈なのが特徴。容量200ℓ。樽の内側を強く焼いたアメリカンオーク製。
代表的な樽のサイズ
「バレル」「バット」「ホグスヘッド」これらは樽のサイズの呼称です。バーボンウイスキーを熟成させる樽なので「バーボンバレル」、シェリーを熟成させる樽を「シェリーバット」と呼びます。
樽のサイズによっても出来上がるウイスキーの質は異なります。一般的には樽の容量が小さいほど大きく熟成が進むと言われています。
これは樽のサイズが小さいほど、原酒を包み込む樽材との接触面積が大きくなるからです。逆に樽の容量が大きいものは樽の影響が少なく、ゆっくり時間をかけてウイスキーを熟成させるのに向いていると言われています。
樽材はバーボン樽やシェリー樽などですが、輸送の際にバラバラに解体され、もう一度組み直す際にサイズを大きくすることもあります。
容量サイズは180~200ℓ。
アメリカンオークを材料に作られ、一回目の熟成はバーボンウイスキーやテネシーウイスキー、カナディアンウイスキーなどに使われます。昔は捨てられていたその空き樽をグレンモーレンジ蒸溜所がスコッチウイスキーの熟成に使い始めました。20世紀後半からスコッチや日本のウイスキーメーカーによる再利用が始まり、現在ではスコッチウイスキー生産の90%近くがバーボンバレルになっています。
ホグスヘッド(hogshead)
容量サイズは220~250ℓ。
バーボン樽を一度解体し、側板を削り、胴回りをやや大きく組み直した寸胴な樽です。
バーボン樽は輸出の際にバラバラに解体して運ばれました。もう一度組み直す際にサイズを大きくして貯蔵効率を高めるとともに、ウイスキーと樽の接触面積を少なくして木香の影響を弱める工夫から生まれました。ホグスヘッドとは「豚の頭」の意味で、ウイスキーを詰めた樽の重さが豚一頭分と同じことからこう呼ばれています。
パンチョン(puncheon)
容量サイズは480~520ℓ。
アメリカンオーク、スペイン産のヨーロピアンオークから作られるのが一般的で、シェリー酒の貯蔵に使用された後にウイスキーメーカーに使われます。形はずんぐりむっくりしており、ホグスヘッド樽などと比べるとかなり大きいサイズです。ウイスキーとの接触面積が少ないので熟成はゆっくりと進みます。
バット(butt)
容量サイズは500ℓ。
ラテン語で「大きい樽」を意味します。ヨーロピアンオークで造られることがほとんどで、シェリー酒の輸送、貯蔵用に使われています。その後、ウイスキーメーカーの手に渡り“シェリーバット”として使われます。ウイスキー生産者がオリジナルで作った樽をスペインに持ち込んでシェリー酒を詰め、風味を樽につけるため一定期間保管する場合もあります。このシェリーバットがウイスキーの原点と言われています。
その他の樽
有名なのは上記4種類のサイズですが、他にも多くの樽が存在します。
小さいものだとラフロイグ蒸溜所やアードモア蒸溜所などで使われている125ℓ程度のクォーターカスクがあります。樽が小さく原酒との接触面積が広いので短期間でウイスキーに樽成分を浸透させることが利点です。バリックはワイン熟成用の樽で220~300ℓ。ドラムはバットよりも大きく約650ℓ。ポルトガルのポートワインやマデイラワインの熟成用に使われています。さらに大きいゴルダは700ℓを超える容量を誇り、シェリー酒をスコットランドやアイルランドまで船で輸送するために作られました。
樽による味わいの違い
樽によってどのようにウイスキーの味わいに影響があるのか。シェリー樽とバーボン樽のウイスキーの香りと味わいの傾向の違いについて解説します。シェリー樽
色合い:濃い褐色
香り:ベリー系のフルーツ、チョコレートやクリスマスケーキ
味わい:熟成がゆっくりなので辛口になる傾向
代表銘柄:マッカラン、グレンドロナック、ダルモア、ラガブーリンなど
バーボン樽
色合い:色の薄いゴールド
香り:蜂蜜やバニラ、柑橘系のフルーツの香り
味わい:まろやかになる。樽が小さく接触面が大きいため
代表銘柄:グレンモーレンジ、カーデュ、プルトニー、ラフロイグなど
樽の違いを感じることができる銘柄
グレンドロナック12年×グレンモーレンジ オリジナル
熟成具合が近く、両方ともノンピートでライトな口当たりであることから、グレンドロナックのシェリー樽とグレンモーレンジのバーボン樽の香りと味わいの違いが感じ取りやすい。
ラガブーリン16年×ラフロイグ10年
蒸溜所も隣同士のライバル関係で強くピートを焚いておりスモーキーな両銘柄。フィニッシュにシェリー樽を使っているラガブーリンと、メーカーズマークなどのバーボンの樽を使用したラフロイグ。スモーキーなウイスキーと樽材との関係を比べやすい。
スコッチウイスキーが飲めるお店
代官山駅から徒歩3分代官山通り沿いにあるvalve daikanyamaは店主自らスコットランドに赴き買い付けてきたウイスキーなど約200種類のシングルモルトが楽しめるスコティッシュパブです。オリジナルで醸造しているビール、スコットランドやイギリスの伝統料理、ケーキやショートブレッドなどウイスキー以外も充実しています。https://valvedaikanyama.com/pub
valve daikanyama
〒150-0034 東京都渋谷区代官山町13-7 1F
03-6455-0752
OPEN 15:00 CLOSE 24:00
年中無休
湯浅 雄大
1988年東京都生まれ。京都にてバーテンダー修行を積んだ後、赤坂、代官山、中目黒のバーにてチーフバーテンダーを歴任。スコットランド文化とスコッチウイスキーに惹かれ、ギター片手にスコットランドの蒸溜所を巡りはじめる。2019年、約1ヶ月間のスコットランド旅からの帰国後『株式会社Valve』を創設し、代官山にてスコティッシュパブ『valve daikanyama』をオープン。2021年10月に『株式会社valve works』を設立し、ビールを中心にClassicをテーマにした一流のプロダクト造りに尽力している。
https://valvedaikanyama.com/