日本に赴任していた頃、イギリス文化や歴史についての講演要請を頂くと、ほいほいと出かけては、イギリスの真実を語っていました。そして、聴講される皆さまの多くが、従来から抱いておられたイギリスの印象や認識を新たにされるだけでなく、新鮮な好奇心を抱いて帰られる様子を楽しんでいました。中でも、イギリスの食事の話は特に意外だったようで、「あの悪名高きイギリス食なのに、いったいどんなものを食べるんですか?好きなものなどあるんですか?」と、水を向けられることも少なくありませんでした。
当方はその質問に答えます。「イギリスで、私の好物はパースニップ、セレリアックのきんぴら、ポーター、キッパーやスモーク・コッドローなどの燻製、リーク&ハムのチーズソースがけ、プラウマンズ用のコンディメント(調味料)類、カリフラワーチーズ、酢漬け玉ねぎ、ロルモプ・へリング、クラックリング、エクストラ・マチュアチェダー、コブナッツ、タラマサラタなどかなあ……」
さて、読者の皆様にはあまり馴染のないものもあるかもしれません。イギリス由来ではないものも、少し含まれていますが、実に、当方がイギリスで常食にしているものばかり。こうして質問に答えると、イギリスに駐在経験のある方々でも「知らなかった。今度試してみる」とおっしゃるので、日本人に正しくイギリスの文化紹介をしたいという拙ライフワークの一つは、一応成果が上がっているのかもなあ、と感じます。ちなみに、パースニップとは、和名で砂糖大根、あるいは根パセリのことで、ローストすると美味。剥いた皮のローストや唐揚げも香ばしく美味。セレリアックとはセロリの根のことで、炒めてキンピラ、茹でてサラダに。ポーターとはスタウト、黒ビールのこと。キッパーはニシンの燻製。コッドローはタラコの燻製。リークとは下仁田ネギのように甘い西洋長ネギ。プラウマンズとは「農夫の昼食」を意味するパブの伝統メニューで、典型的なコンディメントは各種チャットニー(チャツネ)。ロルモプ・へリングはニシンの甘酢漬けで握り寿司ネタになります。クラックリングとは豚皮の揚げ物で、ウイスキーに合います。コブナッツとはヘーゼルナッツ。タラマサラタとは燻製タラコのディップ。
臭み抜きをするスケート(エイのヒレ)、幹付きのスプラウツ(芽キャベツ)、包丁で皮面を切り取るセレリアックはキンピラにするために千切りにします。イギリスでは、これらが料理の主要素材
一方で、1990年ごろに起きたShoyu事件は忘れもしません。イギリス人の友人宅のBBQパーティに呼ばれたときのこと。その際、BBQで焼くものを持ち寄ったところ、当方は串に刺したイカの醤油(しょうが、ダシ、みりん)マリネ、ある者はお頭つきのニシン数本、然るものはステーキ用のマグロの赤身、スケート(エイのヒレ)などを持参。ニシンの頭を取り、ワタを抜く作業は当方が担当。ところが、焼く担当者はシーズニングを振るのを忘れてニシンを素焼きにしてしまいました。炭火焼きの香ばしい仕上がりでしたが、塩味がついてないので誰も取ろうとしません。当方はそのニシンを皿に取って、ちょろりと醬油をかけました。すると、一斉にどよめきが「うぇっ、なんてことするんだ。魚にShoyuをかけるなんて、気持ち悪ぅ~いぃ(awful, disgusting)!」「いやいや、君たちは知らないだけだ。食べてみなはれ」と薦めても、しばらくの間、イギリス人たちは皆、首を振るばかり。やがて、当方の持参したイカの串焼きのおいしさに気づき始めた彼らから、「もしかして魚とShoyuの組み合わせって美味いのかな?」という発言が……!次に、マグロやスケートにも醤油をかけると、皆恐る恐る試しては、「おいしい! なにこれっ!!」を連呼。当方は叫びました。
「Shoyu(醬油)にあやまれ!」
2024年のスプレー式ダシ醤油の話と、1990年のShoyu事件。この2つの出来事には、大きな隔世の感を覚えますし、イギリス人の食文化に対する知識と意識の変化を如実に表した件だと思います。イギリス人にとって、未知の黒い液体に過ぎなかった”Shoyu”が、30年の時を越えて、優れた調味料の「醤油」へと認識が変わった好例ではないでしょうか。単なる表音文字で意味のない”Shoyu”が、「醤油」という表意文字に変換されたことによって、「醤油」は日英共通のコンテクストとして確立した……と言うと、大げさでしょうか(笑)。
イギリス食では、出来上がった料理の味つけが、もの足りないときとか、味変をしたいときに使う調味料がコンディメントです。ただ、中には「イギリス人は料理の仕方を間違っている」という一部の日本人の指摘があながち間違った意見でもないかな、と考えさせられるコンディメントもあります。たとえば、ラム肉のローストに使うミントソース。1980年代、当方が初めて試したときは、ハッカ(強いミント)味の練り歯磨きと一緒に肉を食べているような経験でした。羊の体臭、つまり天然毛糸(ウール)のニオイがするラム肉、その匂いを和らげるために使われたのがミントソースの起源とも言われています。伝統的に使われてきましたが、昨今ではラムのローストといえども、パブやレストランでは客に要求されたら提供するという具合で、必ずしもミントソースが添えられるわけでもなくなってきています。また、ラム肉自体も以前ほど肉々しいニオイがしなくなったような気がします。ローストの際に多種多様のハーブを使うようになったからかもしれません。もっとも、市販のミントソース自体にも変化があり、最近の製品はそのままペロリと舐めたくなる美味しさで、むしろサラダドレッシングに使えるのでは、と思うほどです。さらに、2000年代に高級レスランで使われていた料理技術は、2020年代の今やガストロ・パブにも一般化しつつあります。ラム肉に限らず、どんな肉でも赤みそ、柚子胡椒、塩麴などの和風味で調理されたものが提供されることも増えてきました。ちなみに、ロンドンの高級居酒屋で覚えたレシピですが、みりんと日本酒で伸ばした赤みそに3日間漬け込んだラムチョップのグリルは、どの国の人々にも絶賛されます。
つまり、ミントソースやリカーソースとは、元来が食べにくい野趣あふれる食材を、ソースでカバーするというコンセプトで仕上げられた料理です。日本食/和食の場合でも、どんな食材でも調味料と融合した味わいを整えています。うなぎの場合も、蒸したり、炭火で焼き上げたりすることで、本来はゴムのような食感のうなぎを、食べやすくふっくらさせると同時に、生臭さや泥臭さも消し、甘い醤油ダレでうなぎのうま味を最適化しています。火の通し方や、風味・味つけでカバーし、おいしくするという意味で、先に述べた日英のそれぞれの料理は、同じコンセプトの元に確立された調理方法なのです。むしろ、その時代に、その土地の食材の中から選び抜かれた、当時としては最高の調理法だったと言えるのではないでしょうか。
調理の違いを「間違い」とするのは、相手国の食文化に対する配慮や尊重が足りていないようにも思われます。もちろん、そう言いたくなる人々の気持ちは分からないでもありませんけど、なぜそうなったのかと考えてみるべきではないかな、と思うわけです。本来、誰にでも絶対においしいものというのは存在しないし、味覚は相対的、主観的、そして、慣習的なものだということは、皆さんお分かりのとおりです。ただ、その食をおいしく・楽しく・快適に感じられるように、心を満たす工夫をしてきた背景(経過、歴史)を振り返ることによって、日英の食にはどんな将来が広がるのだろうか、と想像を膨らますことができるのではないでしょうか。
食の“グローバル化”、すなわち食文化の枠組みが無くなり、嗜好が均一化されてしまうと、当方のように、五感(視・聴・匂・触・味)と、意外性と、創造性を駆使して料理を楽しみたい好奇心の塊のような高齢者は、ワクワク感を失い一挙に老化が進んでしまいそうです。食文化は互いの国を尊重し合うレベル、つまり“国際化”することで、互いの違いを楽しむことに繋がります。そして、自分なりのトランスレーション(翻訳・理解)を重ねていくことで、新たなエポン(英国+日本)食、あるいはジャパニッシュ(ジャパニーズ+ブリティッシュ)料理が生み出されてくるのではないかという将来像が浮かんできます。もちろん、料理の進化や“国際化”には、ある程度の失敗や意外性を大目に見る寛容さや、なぜそのような味付けになったのかという理解を経てこそ、次の新たなメニューが生まれてくるのではないでしょうか。おいしい料理にたどり着こうとして試行錯誤した結果、どんなに遠回りしても、やはりそれは革新や変化に繋がるのです。ちなみに、最近のロンドンでは、チュニジア、ナイジェリア、エチオピアなどのアフリカ料理が注目されています。世界の料理文化の坩堝(るつぼ)たるイギリスで、どんな変化が起きるのか。これからが楽しみです。
拙家族が、イギリスで最も好きな食べものと言えば、パースニップ。ローストでカリカリに仕上げることが美味しさのポイント。
当方はその質問に答えます。「イギリスで、私の好物はパースニップ、セレリアックのきんぴら、ポーター、キッパーやスモーク・コッドローなどの燻製、リーク&ハムのチーズソースがけ、プラウマンズ用のコンディメント(調味料)類、カリフラワーチーズ、酢漬け玉ねぎ、ロルモプ・へリング、クラックリング、エクストラ・マチュアチェダー、コブナッツ、タラマサラタなどかなあ……」
カリフラワーチーズはサイドディッシュの鉄板。軽く茹でたカリフラワーと軽く炒めて甘くなった輪切りリークの上に、イングリッシュマスタード入りのベシャメルソースとチェダーやブルーチーズをふりかけ、200度のオーブンに。チーズが溶けたらLea & Perrinsソースを散らし、焦げ目をつけて完成。
さて、読者の皆様にはあまり馴染のないものもあるかもしれません。イギリス由来ではないものも、少し含まれていますが、実に、当方がイギリスで常食にしているものばかり。こうして質問に答えると、イギリスに駐在経験のある方々でも「知らなかった。今度試してみる」とおっしゃるので、日本人に正しくイギリスの文化紹介をしたいという拙ライフワークの一つは、一応成果が上がっているのかもなあ、と感じます。ちなみに、パースニップとは、和名で砂糖大根、あるいは根パセリのことで、ローストすると美味。剥いた皮のローストや唐揚げも香ばしく美味。セレリアックとはセロリの根のことで、炒めてキンピラ、茹でてサラダに。ポーターとはスタウト、黒ビールのこと。キッパーはニシンの燻製。コッドローはタラコの燻製。リークとは下仁田ネギのように甘い西洋長ネギ。プラウマンズとは「農夫の昼食」を意味するパブの伝統メニューで、典型的なコンディメントは各種チャットニー(チャツネ)。ロルモプ・へリングはニシンの甘酢漬けで握り寿司ネタになります。クラックリングとは豚皮の揚げ物で、ウイスキーに合います。コブナッツとはヘーゼルナッツ。タラマサラタとは燻製タラコのディップ。
臭み抜きをするスケート(エイのヒレ)、幹付きのスプラウツ(芽キャベツ)、包丁で皮面を切り取るセレリアックはキンピラにするために千切りにします。イギリスでは、これらが料理の主要素材
Shoyuから醤油へ、2つのできごと
先に述べた、当方の好むイギリス食は伝統的なものです。片や、昨今のイギリス人たちは食に対して、伝統にこだわらない新しい認識を広げていることも感じています。 たとえば、つい先日のこと、息子夫婦など4組8名で、ロンドン・ヴィクトリア駅前のちょいとポッシュなレストランに行ったところ、数名が鱸(スズキ)のグリルを注文しました。香ばしくカリカリに焼き上がった皮面は、スモーク・パプリカの香りを放ち食欲をそそります。食が進むと、大きなフィレだったせいか、途中で味変をしたいと言う息子嫁(イギリス人)。「醤油を頼んでみたら?」とアドバイスすると、「それはいいコンディメントね」ということで、給仕に頼みます。給仕が持って来たのは、スプレー式の小さな醤油差し。そのスプレーを白身部分に少しかけると、味変したスズキは彼女をうならせました。「う~ん、醤油って最っ高!」その際、肉料理を食べていた当方も、その醤油の味を確かめてみると、ダシの効いた味。「これはカツオと昆布の合わせだしを混ぜて寝かせたダシ醤油だよね?」と、近くにいた給仕を呼び止めると、彼は厨房からイギリス人の若いシェフを連れて来ました。「お客様、日本の方ですね。おっしゃるとおりです」とのこと。醤油が魚に合う最高の調味料のひとつであることは、今やイギリス人にも知られていることですが、ヴィクトリア駅前でイギリス人自家製のダシ醤油が、しかもスプレー式で提供されるという冴えた工夫は、意外なことでもあり、大変に恐れ入りました。 和食のシーズニングは年を追うごとにアイテムが増え、イギリス国内でも揃ってきています。
一方で、1990年ごろに起きたShoyu事件は忘れもしません。イギリス人の友人宅のBBQパーティに呼ばれたときのこと。その際、BBQで焼くものを持ち寄ったところ、当方は串に刺したイカの醤油(しょうが、ダシ、みりん)マリネ、ある者はお頭つきのニシン数本、然るものはステーキ用のマグロの赤身、スケート(エイのヒレ)などを持参。ニシンの頭を取り、ワタを抜く作業は当方が担当。ところが、焼く担当者はシーズニングを振るのを忘れてニシンを素焼きにしてしまいました。炭火焼きの香ばしい仕上がりでしたが、塩味がついてないので誰も取ろうとしません。当方はそのニシンを皿に取って、ちょろりと醬油をかけました。すると、一斉にどよめきが「うぇっ、なんてことするんだ。魚にShoyuをかけるなんて、気持ち悪ぅ~いぃ(awful, disgusting)!」「いやいや、君たちは知らないだけだ。食べてみなはれ」と薦めても、しばらくの間、イギリス人たちは皆、首を振るばかり。やがて、当方の持参したイカの串焼きのおいしさに気づき始めた彼らから、「もしかして魚とShoyuの組み合わせって美味いのかな?」という発言が……!次に、マグロやスケートにも醤油をかけると、皆恐る恐る試しては、「おいしい! なにこれっ!!」を連呼。当方は叫びました。
「Shoyu(醬油)にあやまれ!」
2024年のスプレー式ダシ醤油の話と、1990年のShoyu事件。この2つの出来事には、大きな隔世の感を覚えますし、イギリス人の食文化に対する知識と意識の変化を如実に表した件だと思います。イギリス人にとって、未知の黒い液体に過ぎなかった”Shoyu”が、30年の時を越えて、優れた調味料の「醤油」へと認識が変わった好例ではないでしょうか。単なる表音文字で意味のない”Shoyu”が、「醤油」という表意文字に変換されたことによって、「醤油」は日英共通のコンテクストとして確立した……と言うと、大げさでしょうか(笑)。
間違った調理法?
はてさて、先ほど少しだけ触れた調味料ですが、シーズニングとコンディメントとの区別があります。シーズニングは塩、胡椒など調理中に使う調味料ですが、コンディメントは出来上がった料理に使うケチャップ、マヨネーズ、ミントソース、アップルソース、クランベリーソース、マスタード、ホースラディッシュなどプリザーブ(保存調味料)を意味します。つまり、コンディメントとは、目の前の料理が調理される以前に、予め作られた付け合わせ的な存在です。 コンディメントと言えば、庶民的なColman`sか、やや高級志向のTracklementsが拙宅の定番。 ホースラディッシュとタルタルソースは常備しています。タルタルソースの場合、食べる直前に、ピクルスと玉ねぎと生パセリのみじん切り、そして砕いたゆで卵を加えるとさらに美味。
イギリス食では、出来上がった料理の味つけが、もの足りないときとか、味変をしたいときに使う調味料がコンディメントです。ただ、中には「イギリス人は料理の仕方を間違っている」という一部の日本人の指摘があながち間違った意見でもないかな、と考えさせられるコンディメントもあります。たとえば、ラム肉のローストに使うミントソース。1980年代、当方が初めて試したときは、ハッカ(強いミント)味の練り歯磨きと一緒に肉を食べているような経験でした。羊の体臭、つまり天然毛糸(ウール)のニオイがするラム肉、その匂いを和らげるために使われたのがミントソースの起源とも言われています。伝統的に使われてきましたが、昨今ではラムのローストといえども、パブやレストランでは客に要求されたら提供するという具合で、必ずしもミントソースが添えられるわけでもなくなってきています。また、ラム肉自体も以前ほど肉々しいニオイがしなくなったような気がします。ローストの際に多種多様のハーブを使うようになったからかもしれません。もっとも、市販のミントソース自体にも変化があり、最近の製品はそのままペロリと舐めたくなる美味しさで、むしろサラダドレッシングに使えるのでは、と思うほどです。さらに、2000年代に高級レスランで使われていた料理技術は、2020年代の今やガストロ・パブにも一般化しつつあります。ラム肉に限らず、どんな肉でも赤みそ、柚子胡椒、塩麴などの和風味で調理されたものが提供されることも増えてきました。ちなみに、ロンドンの高級居酒屋で覚えたレシピですが、みりんと日本酒で伸ばした赤みそに3日間漬け込んだラムチョップのグリルは、どの国の人々にも絶賛されます。
オクスフォード・ストリートの北側、メリルボーン・レーンにあるコンディメントをそろえた有名店。食事も可能なデリカテッセンでもあります。1900年来続くこの店をグリーシー・スプーンズ(脂ぎったスプーンのカフェ店)と言うと、常連さんに叱られるほど店内は清潔で、食事の内容も充実しています。
むしろ、最高の調理法ですが……
加えて、イギリス人は料理法を間違っているという発言を耳にすると、「味のない料理」と「ぶつ切りウナギの煮凝り」を思い浮かべます。まず、イギリス人の家庭で饗される料理と言えば、多くが薄い味付けというのは一般的に知られていると思います。塩味やうま味が足りない場合、そこで使うのは、やはりコンディメント。粒入りやイングリッシュなどの各種マスタード、ホースラディッシュ、HPソースなどをドバドバと盛大に使っても、個人主義の国ですから文句は言われません。必要だと思えば、「醤油ある?」と聞いても良いでしょう。ただし、自らが持参した醬油を使うのは失礼に当たります。それは「お前の作ったメシは俺様の口に合わないので、醤油を持参したのだ」と思われてしまうとのことなので、お呼ばれのテーブル・マナーには……ご注意を。 ウナギの煮凝りはスーパーでも購入可能。ブラドリーズ社は創業60年以上。この煮凝り自体はディケンズの小説(1850年頃)にも登場するイギリスの伝統食。せめて背ビレを処理すれば、食感が少し好くなると思うのですが……。ちなみにグリニッジの老舗Goddardsの看板メニューは、ウナギパイ。浜名湖の名菓とは、かなり異なります。
つまり、ミントソースやリカーソースとは、元来が食べにくい野趣あふれる食材を、ソースでカバーするというコンセプトで仕上げられた料理です。日本食/和食の場合でも、どんな食材でも調味料と融合した味わいを整えています。うなぎの場合も、蒸したり、炭火で焼き上げたりすることで、本来はゴムのような食感のうなぎを、食べやすくふっくらさせると同時に、生臭さや泥臭さも消し、甘い醤油ダレでうなぎのうま味を最適化しています。火の通し方や、風味・味つけでカバーし、おいしくするという意味で、先に述べた日英のそれぞれの料理は、同じコンセプトの元に確立された調理方法なのです。むしろ、その時代に、その土地の食材の中から選び抜かれた、当時としては最高の調理法だったと言えるのではないでしょうか。
調理の違いを「間違い」とするのは、相手国の食文化に対する配慮や尊重が足りていないようにも思われます。もちろん、そう言いたくなる人々の気持ちは分からないでもありませんけど、なぜそうなったのかと考えてみるべきではないかな、と思うわけです。本来、誰にでも絶対においしいものというのは存在しないし、味覚は相対的、主観的、そして、慣習的なものだということは、皆さんお分かりのとおりです。ただ、その食をおいしく・楽しく・快適に感じられるように、心を満たす工夫をしてきた背景(経過、歴史)を振り返ることによって、日英の食にはどんな将来が広がるのだろうか、と想像を膨らますことができるのではないでしょうか。
“国際化”か、“グローバル化”か
以上のように、昨今のイギリス食は、時代が進むにつれて美味しくなり、日本食の理解も徐々に深まり、且つ和食にも近づきつつある側面も生じ、顕著な革新性が見て取れるという話を展開してきました。さらに、イギリスの食文化に日本食や和食の文化が導入されるということは、異なった国同士で互いの違いを認めつつ、他国との料理文化の交換が進んでいる、つまり料理文化が“国際化”し、独自に発展してきたということです。もし、各国の料理文化が、MやKで始まる世界的なファストフードチェーンのように同化するとしたら、それは“グローバル化”と言えるのかもしれません。しかし、食のトレンドを振り返ってみると、おそらくそうはならない、あるいはそれだけにはならないと考えられます。 サンデーローストの見栄えは常にイマイチですが、温野菜も豊富で栄養のバランスは取れています。グレーターロンドン近辺のパブでは一皿25ポンド前後。飲み物、スターター、デザートを含めると一人50ポンドはご覚悟を。さらに郊外に行けばもう少しだけ廉価。
食の“グローバル化”、すなわち食文化の枠組みが無くなり、嗜好が均一化されてしまうと、当方のように、五感(視・聴・匂・触・味)と、意外性と、創造性を駆使して料理を楽しみたい好奇心の塊のような高齢者は、ワクワク感を失い一挙に老化が進んでしまいそうです。食文化は互いの国を尊重し合うレベル、つまり“国際化”することで、互いの違いを楽しむことに繋がります。そして、自分なりのトランスレーション(翻訳・理解)を重ねていくことで、新たなエポン(英国+日本)食、あるいはジャパニッシュ(ジャパニーズ+ブリティッシュ)料理が生み出されてくるのではないかという将来像が浮かんできます。もちろん、料理の進化や“国際化”には、ある程度の失敗や意外性を大目に見る寛容さや、なぜそのような味付けになったのかという理解を経てこそ、次の新たなメニューが生まれてくるのではないでしょうか。おいしい料理にたどり着こうとして試行錯誤した結果、どんなに遠回りしても、やはりそれは革新や変化に繋がるのです。ちなみに、最近のロンドンでは、チュニジア、ナイジェリア、エチオピアなどのアフリカ料理が注目されています。世界の料理文化の坩堝(るつぼ)たるイギリスで、どんな変化が起きるのか。これからが楽しみです。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。