ディナーの中でも英国人の一番の好物はロースト料理なので、いつしかサンデー・ローストと呼ばれるようになりました。
サンデー・ランチとは、英国人が日曜教会の礼拝後に家族で頂く、週一度のディナーのことです。ディナーの中でも英国人の一番の好物はロースト料理なので、いつしかサンデー・ローストと呼ばれるようになりました。ロースト自体は、ビュッフェ方式(バイキング方式)のガストロ・パブであれば、ポーク、ビーフ、チキン、鴨などのチョイスの中から選んで美味しく頂くことが可能です。しかし、本来のサンデー・ランチとは家族文化の中で、生活習慣上の役割の一部を担うものです。家族全員で団欒する時間を毎週しっかりと確保することが、伝統的に、宗教的に、且つ習慣的に重んじられているのです。
パブのサンデー・ローストと言えば、こんな感じ。メインの肉はウズラの丸焼き。イングリッシュ・ソーセージのベーコン巻は鳥肉料理の付け合せの定番。右下の白いソースは、ホース・ラディッシュ(西洋わさび)とサラダクリームを混ぜたもの。ローストポテトは、最初の10分間ほど200度以上の高温で、その後は150度に下げて焼くと、周囲はクリスピーに、内側にはホクホク感が出ます
もちろん、厳格な場面ではなく、むしろ子供たちが楽しみにする機会で、家族をイメージし、安らぎを覚える場面です。家族が増えれば、各世代共に食事を楽しむこともあります。家族を持った若い夫婦は例外なくこのサンデー・ランチをシステムのように生活の一部に取り入れるのです。
しかし、20年ほど前、経済活動を優先するサッチャー政権の終わりごろから、この生活習慣に大きな変化が現れました。日曜日のビジネスが法律で許可されると、キリスト教徒の安息日に、人々は働き、買い物をするようになって、日曜教会に行かなくなってしまいました。今や、安息日は、働く人と買い物をするヒトの消費の日となり、教会に集う人は少なくなりました。1970年代の教会と言えば、どこでも立錐の余地もないほど信徒が集まったものなのです。
クリスマスになれば、画像のように普段は不信心な人たちでも教会に集まり、礼拝を受けますが、1970年代まで、英国の日曜教会は毎週このように賑わっていました。「最近のクリスマスとは、祈りを忘れてしまっていることに気付かされる日になってしまった」という声も聞かれます。
ところで、英国では大工や庭師などの職人さんに仕事を依頼する際、いい職人さんを見つけるための、ある目安があります。魚の形イクソスなどキリスト教徒信者であることを示す印をさりげなく広告や車体に載せる職人さんが居ます。この看板を掲げる職人さんたちは、技術、ビジネス、人間性すべての面で比較的信頼できる人々です。
しかし、彼らは日曜に仕事をしません。完全な安息日なのです。そして、残業もしません。時間きっかりに仕事を終えることが、イギリス人には「勤勉」を意味するのです。つまり、英国では、勤勉ではないから残業することになる、と言われてしまうこともあるのです。「一生懸命仕事する」という同じ意味なのに、和英では実際の使い方が異なるのですね。
2006年頃、修繕中の拙宅の玄関。「今日はここまで」と言って、職人さんは材料と道具を整理整頓して5時には帰ってしまいました。日本であれば、一日で充分な作業ですが、英国では3日間掛けます。スロー・ワークでも結果的に満足の行く仕事をしてくれますし、しばらくの間は様子も見に来てくれて、たまにメンテもしてくれます。
信仰の教義に忠実でいると、仕事と生活にメリハリが付きます。そして、仕事の精度を維持するのです。それゆえ、仕事中の職人さんは近寄り難いほどの集中力を発揮しています。信頼される英国の職人さんたちは、サンデー・ローストを家族で囲みながら、団欒と信心を支えに、誇りを持って仕事に打ち込む。というお話でした。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。