英国社会のステータスシンボルとしての芝 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 英国社会のステータスシンボルとしての芝

2014.11.17

英国では社会的なステータスを示すシンボリックな存在でもあるのです。

以前「お父さんの義務としてのガーデニング」で、家の前庭と後ろ庭とでは芝生の種類が異なるという話をしました。実はこの芝、英国では社会的なステータスを示すシンボリックな存在でもあるのです。

人工的で最も美しい天然芝と言えば、ウィンブルドン・テニスコートや甲子園野球大会など大会の始まる前の芝生、ゴルフのグリーン、プロのフットボールピッチなどでしょうか。とても短く刈り込まれた芝生が絨毯のように敷き詰められているので、うつ伏せに寝転んで遠くの景色と芝目との境界線を楽しみたくなる衝動に駆られます。


短く切られた駐日英国大使館大使公邸の芝生。日照りが続いていたので、ちょっと枯れていますが、表面は絨毯のようにふわふわしています。

この繊細な芝生を前庭に使う家庭もあるのですが、そのメインテナンスには相当の手間が掛かります。広ければ広いほど手間も増えるので、お父さんの手間だけでは足りないために、週に何度も庭師さんが面倒を見に来る庭を見かけます。前庭は公と私との境であり、その家の顔とも言われますから、後ろ庭以上に美しく整えることに情熱を注ぐ英国人も多いのです。

午後9時半、日没後でも夏の花壇は華やか。隣家の猫はご愛嬌

芝を見て、その人柄が判るという英国人も居ます。紳士であるかどうか、スーツのパリッと感と、靴の磨き具合とを見定めることで、その人と成りが判断されることと同じです。見た目を整えることは、心の余裕の顕れでもあります。

British Madeの扱う製品とは異なりますが、典型的なエッジ・カッター。使い方はこうして、縁に足を掛けて芝と土と一緒に切断します。
8月下旬の曇天の午後。パティオと芝との間にある溝。これがエッジカッティングされた部分です。エッジカッティングすることで、パティオの目地から芝が生えて来ることもありませんし、草むしりも楽になります。なによりも整った芝生は造形美として、観る者を心地よくさせてくれます。

学校も芝の手入れ具合で、その校風を判断されてしまいます。14世紀に創立したウィンチェスター・カレッジや王室が創立したイートン・カレッジなど主だった名門パブリックスクールの取材に行ったことがあるのですが、受け付けを通してから、まずその校庭の芝生を見に行きました。この芝生が、実に多くのことを語っているように思えたからです。

優秀な学生を輩出し、経営状態の良い私立のパブリックスクールには、芝のメインテナンスにも充分な手間を掛ける余裕があるのですね。芝目の粗い学校と比較すると、なんとなくその違いが感じられる気がしました。もちろん、絶対的な尺度ではありません。芝生の美しい名門校に属する教師や生徒の姿勢や振る舞いに、誇りと余裕とが感じられるということです。

一方で、有試験で優秀な生徒を受け容れるグラマースクール(12~18歳)や、無試験で入学可能なセカンダリースクール(12~16歳または18歳)と言われる中高の公立学校(ステートスクール)は事情が異なります。私立学校であるパブリックスクールとは経営事情が異なるために、生徒や先生がどんなに優秀でも、芝生の生育状況には無頓着というか、教育費は行政府からの出資ですから、一般的な教育インフラを整えるだけで精いっぱいなので、殆どの校庭の芝面は一般的な公園並みです。フットボールやラグビーをプレイするピッチとしては、それで充分なのです。

とある名門パブリックスクールの校庭。芝面は日本の芝よりもさらにふかふかの絨毯のようです。これからクリケットの試合を始めるティーンエイジャーの生徒たちは、“Good Afternoon, Sir”と挨拶をしながら、礼儀正しく父母たちの前を通り過ぎます。

公立校の卒業生は母校に殆ど見向きもしませんが、伝統を重んじるパブリックスクールの卒業生は、その多くが実業界に従事するだけに、その伝統ある母校を子孫に受け継いで貰うために、寄付金などで経営をアップグレードさせ、その美しい教育環境を保存し、家系と学校との関係を維持し続けるのです。

英国の芝にまつわる話は他にもたくさんありますが、今回はステータスとしての芝がどういうものであるか。その一端をご紹介しました。そのうち、はた目には美しいものの、英国人が人目に晒さないガーデニングの工夫や努力の積み重ねがあること、そして日本の造園コンセプトと共通した歴史的背景があることをお伝えできるチャンスもあるかろうと思います。


2014.11.19
Text&Photo by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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