もうすぐ、エリザベス2世女王の誕生日です。女王には実際のお誕生日と公式誕生日の2つの誕生日があります。
もうすぐ、エリザベス2世女王の誕生日です。女王には実際のお誕生日と公式誕生日の2つの誕生日があり、年に二度に渡ってお祝いをする機会があります。実際の誕生日は4月21日で、イギリス内では内輪でお祝いされるに止まります。一方で、海外のイギリス公館(大使館、総領事館、高等弁務官事務所など)ではその国の気候や事情に合わせて、21日近辺に誕生会が開催されることがあります。その実、東京のイギリス大使館では、その年の何等かの都合で4月だったり、6月だったりすることもあるのです。日本の天候を考えると4月の方が嬉しいのですがね~。
東京のイギリス大使館には、六本木7丁目近辺にかつて女子職員寮がありました。現在の跡地には、会員制の倶楽部が建っています。画像は女子寮で行われたクイーンズ・バースデイ・パーティ(QBP)の様子。画像の1950年当時は千代田区一番町の大使館で開かれるQBPの他に、イギリスに関係する各所でパーティが開かれたとのことです。女性は帽子に手袋の正装。男性はモーニングコート着用。右の男性は戦後初の広報参事官を勤めた故Vere Redman卿。1937年の日英開戦直後、スパイ容疑で日本の憲兵に掴まり、半年間勾留されイギリスの機密情報の提供を強要され、拷問を受けたこともあります。しかし、戦後は「人間が悪いわけじゃない。戦争が悪かったんだ」と明言し、大の日本びいきとして、且つ日英友好の懸け橋として尽力した人物です。
イギリスで、誕生日の式典が行われる際には、イギリスの政財官各界の重鎮を始め、イギリス益に貢献した方々が参加されるだけでなく、大英帝国を守る王室海軍、陸軍、空軍による行進が行われますから、青空の元、広大なスペースが必要です。参加者はもれなく礼服や晴れ着を召していますから、この日の最重要課題は天候になります。
ところが、過去100年間のロンドンの気象データを眺めると、4月21日の降水確率は75%平均で雨なのですね。女王様のために集まった人々は、冷たい雨の中で長時間耐えるだけでなく、せっかくの晴れ着や礼服をダメにしてしまう可能性があるわけです。
一方、公式誕生日の6月17日の降水確率は、49%平均なのです。4月21日よりも幾分雨のリスクが減るわけです。しかも、長時間に渡って屋外に居るわけですから、うすら寒い4月よりも夏至に近い季節の方が気候も温暖になっています。以前も申しましたが、ジューン・ブライドが幸せに感じられるのは、ヨーロッパの天候が日本のゴールデンウィークと同様に快適で過ごしやすいから、と言えます。
また、公式誕生日の式典開催日は、5月末から6月中旬の間の週末のいずれかの日であり、毎年変わることもあるのです。ロンドンの衛兵交替の場所の裏側、と言うかセント・ジェースズ・パーク側にある広場ホース・ガード・パレードが式典会場なのですが、最優先に考慮されるのは、参加者がより多く集まる週末であることです。式典は土曜日にリハーサルが行われ、本番の日曜の様子はBBCのラジオやテレビで生放送されます。
Trooping the Colour (1953~2011年 Youtube)
https://youtu.be/7_sMNCopw2I
Trooping the colourの一場面。場所はホワイトホール沿いで、衛兵交替の儀式が行われる門の反対側にある広場ホース・ガード・パレード。左上の白い檀上にパステルカラーの服をお召しになるエリザベス二世女王陛下が鎮座されます。
パステルカラーのスーツで女王陛下のお出まし。このご時世、こんなに無防備でいいのだろうかと心配になります。
その式典の本来の目的は、元首の権威を内外に示すことにありましたが、現代に至っては記念行事という色合いの濃い観兵式であり、女王陛下の誕生日の際には特にTrooping the Colour(トゥルーピング・ザ・カラー)と呼ぶことになっています。「軍旗敬礼分列式」という邦訳があるのですが、イマイチよく判りませんよね。Colourとは連隊によって異なるカラフルな軍旗の色のことです。Troopとは軍隊を意味します。「彩り豊かな軍旗を掲げた軍隊の行進」ということなのです。イギリスと英連邦の軍隊が集まって、女王様の国を守ります、と神と女王陛下の前で誓いを立てることでイギリス民を安心させる儀式が、女王陛下の誕生日に行われるのです。
この儀式を初めて眺めたときには、戦後の日本ではありえないなあ、思ったものですが、戦勝国や戦後に独立を確立した国々では当然の儀式として開催されています。イギリスもその例外ではないのですね。
2010年頃、在京イギリス大使館 大使公邸の庭で開催された女王陛下の誕生日会の様子。今やレッドマン卿のような燕尾服姿はまったく見られません。皆さん、普通のスーツ姿でご参加です。To the Queenという乾杯の音頭を挙げますが、To the Queen`s husbandという掛け声は、残念ながら聞いたことがありません。
ところで、このTrooping the Colourとは、行進専門の特殊訓練を受けた軍隊であり、専属の楽隊もあるのです。10年以上前になりますが、ある特集取材のために、犬連れでハイドパークを歩く地元民にインタビューしまくっていましたら、ヨークシャーテリヤと散歩する身体能力の高そうな普段着の紳士に巡り合いました。話を聞くと、ハイドパーク・バラックス(兵舎)にお住まいのTrooping the Colourの総隊長と仰るではありませんか。トゥルーピング・ザ・カラーとは、旧大日本帝国軍の天皇専属部隊であった近衛師団のようなものかと思っていたのですが、連隊長に伺った話では、「いや、ここに配属されている間は戦地に行くことはない。王室の専属護衛軍というわけでもない。もっぱら年に一度のセレモニーのための訓練を毎日続けている」という説明でした。イギリスの場合、軍隊でも適材適所で、戦争に関わる技能にはいろいろな種類があるものだなあと納得させられた次第です。因みに、最前線で突撃ラッパを吹く兵隊さんの致死率は90%以上に昇るのだそうです。
本来、この記事は4月に掲載するべきか、それとも6月か、と考えていたのですが、Trooping the Colourの頃になったら、もう一度別角度で記事にするかもしれません。ともあれ、Trooping the Colourとは、イギリス人にとって夏の始まりの風物詩であり、イギリス民の誇りを示す行事です。行進する騎兵団の落とす青生臭さも含めて、ここで感じられる自然で新鮮な空気もたまにはいいモノです。イギリスの夏のフルーツ、ストロベリーを頬張りながら行進を眺めるイギリス人にとって、王室と自分自身、あるいは国家と自分自身との関係を確かめる貴重な機会なのです。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。