英国の正規軍には陸海空潜の4部門があります。CCFとはその正規軍に対する非正規軍のことです。民兵、予備兵力、不正規兵、義勇兵、私兵、準軍組織軍という呼び方もされます。
前回の記事で紹介したCCF(Combined Cadet Force : 学生連隊)が気になる。CCFとはどういうものか?というお問い合わせを読者の皆様からたくさん頂いたので、英国人の国防の意識の観点からCCFについて少しだけ述べてみようと思います。 我が子らの母校のCCF活動の視察と激励に、ウィンブルドン・テニス大会の開会式と閉会式でもお馴染のケント公が訪問。右の青年は同校の空軍連隊長。現在はオクスフォード大学の物理学博士課程に就学中。将来は欧州原子力共同機構(CERN)に就職予定ですが、ボランティアとしての兵役は生涯続けるとのこと。
英国の正規軍には陸海空潜の4部門があります。CCFとはその正規軍に対する非正規軍のことです。民兵、予備兵力、不正規兵、義勇兵、私兵、準軍組織軍という呼び方もされます。日本で言えば、正規の消防隊員に対する、非正規の消防団に当たります。
CCF陸軍のキャンプ出発前の光景。16~18歳の隊員30名は、これから3昼夜、ほとんど不眠不休でクロスカントリーに挑む。軍事行動の訓練なので、実際の銃と同じ重さのモデルガンを装着して行動する。右に写っているのは、生徒を送迎した父母たち。
「学生連隊」あるいは「幼年連隊」と和訳する理由は、一人前の兵士になれる年齢以前の13歳から訓練のために入隊するのが一般的だからです。組織の一番小さな単位はセカンダリスクール(11~18歳)です。学校別に連隊が組まれます。我が子らもそれぞれが空軍の学生連隊に所属し、18歳の最高学年の頃は総連隊長で指揮を執っていました。訓練の辛さゆえに途中で辞めてしまう生徒も多いのですが、我が子らがパブリックスクールで所属していた空軍連隊は13~18歳まで約50名(学校の総生徒数は800名ほど)が参加し学校内の連隊を作っていました。日本人はもちろん、ロシア人や中国人などの外国人留学生でも参加可能です。
行軍訓練にスマートフォン携帯は厳禁。荷物は行軍用と宿営所用の2つに分けてあります。しかし、宿営所に戻る頃には心身ともに疲れ果て、汗と泥にまみれた軍服のまま帰宅することが大半です。列車の中で汚くて臭い彼らに出くわすこともあります。乗客は激励の言葉を投げかけ、行軍訓練の話を聞いてあげることが、ボランティアで国を守る彼等に対する礼儀なのです。
連隊には大人も居ますが、退役軍人か正規軍の経験者で、主に学生たちの指導をするわけです。訓練は基本的にサバイバル訓練です。オリエンテーリング式に与えられた課題をクリアしつつ、不眠不休で3日間山野を歩き回ったり、最前線の戦地を想定して、兵站、救護、攻撃、撤退などの訓練を行う一方で、普通の会議室や教室でサバイバルのためのリーダーシップ論を学び、全員で、あるいは幹部同士で想定された軍事行動について最良の選択についての議論をします。サバイバルを重視するのは、生きて居なければ戦力にならないからです。
もちろん、国が民兵に頼る事態にでもなれば、その段階で国はかなりの危機的な状況に追い込まれているわけですが、前大戦中でもCCFの隊員たちは命を懸けて、一般人を避難誘導し、サバイバル術を提供しています。
厳寒の中、泥沼に足を潜らせながらの行軍や、グライダー搭乗の際の装備品として欠かせないものがいくつかあります。先にもご紹介したウェリントンブーツは行軍の必需品ですし、鋼鉄をつま先やカカトに装着した安全靴や半長靴(はんちょうか)、飯ごうなどのハイキンググッズも元々も軍人の野営アイテムです。防寒具の中でも特にマフラーはプロペラ機時代からの戦闘機乗りの防寒アイテムです。そして、どの軍隊にあっても、靴磨きのセットは各自必携なのですね。と、今さら気付いてみると、これらはすべてBRITISH MADEの商品ですね。
空軍では、ヘリコプターやグライダーに乗れるちょっと華やかな場面もあります。
紛争地アフガニスタン帰りのランドローバー。製造は99年と割と新しいのですが、トランスミッション系統は、戦地での修理がし易く単純で頑丈なマニュアル式。この車体とエンジンなどの造作からも、英国の質実剛健さが伝わってきます。
ミリタリーファッションとアウトドアファッションは、どちらも戦地に適用するための実用性を起源にしています。戦争は実用的な技術を飛躍的に進歩させました。しかし、平和な世の中では実用性にデザイン性をつけ加えることでそれぞれのアイテムの用途が広がり、我々の生活は快適に、且つ豊かになりました。 CCFの隊員たちも決して戦争を臨んでいませんが、いざとなった時の準備をしておくことは、日本人の我々が日ごろから災害に備えることと何ら違いはないのです。CCFは18歳でセカンダリを卒業すると活動が終わりますが、その後も地域の民兵として参加し、それこそ消防団のような役割をすることもあります。先だってのイラク戦、ロンドン五輪の警備、そして一般のテロ警護にボランティア兵士(Reserves:リザーブス)として参加した人たちもたくさんいるのです。
去る2015年4月25日、保土ヶ谷英連邦墓地で行われたANZAC DAY(過去の両大戦で犠牲になったオーストストラリア・ニュージーランド兵士の追悼日)の式典の様子。中央ですれ違う2名の武官のうち、右側の人物が英国王室海軍武官で、左側の人物はオーストラリア海軍武官です。左に居る3名のオフィサーが献花を手渡す場面。後に、義勇兵や民兵の隊長たちも献花を捧げています。日本の防衛省や米海軍からも武官が参加し、過去の犠牲者の慰霊と将来の平和を願う重要な式典であるにも関わらず、あまり知られていないことが残念です。 英連邦戦死者墓地ウェブサイト
最近は、軍費削減の影響で正規軍であっても、軍服などの装備品は自腹だそうです。リザーブスの場合は、正規軍ほどの高度な訓練を受けているわけではないので、サバイバル術にも経験の差が出て来ます。それでも、昼間は働きながら自発的に国防に参加する英国人が普通にたくさん居るわけです。彼らは仕事の合間に、毎日自転車で何十キロも疾走し、クロスカントリーやトライアスロンで身体能力を高めています。もしかしたら、読者の皆様が手にしているBRITISH MADEの製品を扱っている職人さんも、ボランティア兵士として、身体を鍛え、軍務でも活躍しているかもしれません。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。