“Tea is ready.”とは「夕飯ができましたよ」を意味します。この表現も英国独特のものですが‥‥
“Tea is ready.”とは「夕飯ができましたよ」を意味します。この表現も英国独特のものですが、英国から移民したアメリカの東海岸の住民の間でも使われることがあるそうです。20年ほど前のことですが、ある英文の翻訳を依頼されて翻訳会社に提出すると、翻訳チェッカーさんに指摘されました。「この部分は『夕飯』ではなくて、『お茶』ですよ」しかし、文脈から判断すると午後8時の食事場面だったので、夕飯に間違いない筈なのです。英国某大学の分厚い英英辞書のTeaの項目をコピーしてチェッカーさんに渡すとようやく納得して貰いました。Teaにはアフタヌーン・ティに続いて、シャンパン・アフタヌーン・ティとか遅めのハイ・ティなどなど午後の紅茶の時間帯をどんどん拡大して自由に名前を付け替えることはロンドンのティ・プレイスのメニューの豊富さからも伺えることですね。チェッカーさんは英人以上に英語が上手な方なのですが、パスポートを持ったことがない方でした。「生の英語の生活を経験していないので、言葉の加減がつかないこともある」とは、ご本人からの謙虚なお言葉でした。
バークリーホテル(The Berkeley Hotel)のプレタポルティは現在に至ってファッション・ティへ仕様を変えながらの人気メニュー。画像は2005年頃
ザ・リッツ・ロンドンも負けていません。2005年当時はスコーンのお代わりが可能でしたが、最初に給仕されたトレイでも、ちょっと量が多過ぎませんか?予約はウェブから可能ですが、3か月前には大体予約でいっぱいになります。
さて、Tea is readyと言ってくれるのは、圧倒的に女性であるわけで、作り手は女性であり、男性は食べるだけ、という人類の歴史が長く続いたわけですから、男のアフタヌーン・ティと言うと、食べる状況から命名されたティのことになってしまいます。
その状況とは、ゴルフ・ティ、ハンティング(猟)・ティ、そしてクリケット・ティなど長丁場のスポーツで一服するときに頂くティのことです。長いラウンドの途中でクラブハウスに戻って頂くティの作り手はやはり女性になってしまうのですが、スポーツが主とすれば、ティはそのスポーツ活動を支える役割になるわけですね。正に男は女性におんぶに抱っこ状態なわけでして、時間が圧して短時間の休憩時間なってしまっても、ご婦人たちは素晴らしい段取りを組まれて、アフタヌーン・ティのセットを準備して下さるわけですから、大変に有難いことなのです。
アフタヌーン・ティの大好きな日本の皆様は、「英国食が不味い」とは決して仰らないのですね。甘いモノだけでなく、サンドイッチや(甘くない)おつまみには英国食の知恵が詰まっています。その点を見落とされて英国を発たれてしまわれる邦人の皆様は…実に気の毒です。
ところで、ティについて語らせると、英国人男性はだいたい同じことを言います。「大きなマグカップに2つのティ・バッグを入れて熱湯を注ぎ込む。そして、1分後にティ・バッグを押し潰して取り出し、好みの量のミルクを注いでかき混ぜたら、最後に静かにすするのだよ。判ったかね、音を立てて茶をすする日本人よ(slurping Japanese!)!」
紅茶の淹れ方としては理に叶っている方法のひとつです。普通の茶葉(ルースティ)は熱湯の中でジャンピングさせてから成分を徐々に抽出します。粉茶の場合は、破れない加減でティ・バッグを押しつぶすのです。初めからマグにミルクを入れておくと熱湯は冷めてしまうので、ティ・バッグからはルース・ティのジャンピング並みのお茶エキスの抽出が期待できないそうです。もちろん、ティ・バッグとルース・ティとでは製造から淹出方法までが根本的に異なるので、この場では多くは語れませんが…。
ティ・バッグを押し潰すとは、荒っぽくて、男らしい淹れ方ですが、この方法を在英邦人に初めて教えてくれたのは、ケント州で3人の男兄弟の中で育った、当時まだ17歳の華奢で繊細な英人女性の同僚でした。女性にも好まれるティの淹れ方ということでしょうか。
男同士のアフタヌーン・ティと言えば、1990年代にビジネスマンだった我がことを思い起こします。在ロンドンの企業に勤めていた頃、事務所から徒歩数分以内に昭和天皇も逗留されたクラリッジや、セレブリティばかり見かけるウェストベリーなどの超一流ホテルがありましたので、同僚や同業他社とのミーティング、あるいは商談のために、男同士で午後のホテルラウンジを使ったものです。そこでは、スーツ姿で脚を組んで、ソファに寄りかかり、紅茶を啜りながら、リラックスして仕事の話をするので、事務所で畏まった議論をするよりも相当快適で、打ち溶け合える場になりました。
今でこそ、ホテルのロビー界隈にレストランが設置されているのは普通のことですが、それを19世紀後半に始めたのが世界のホテル王セザール・リッツです。また、貴族や有産階級のご婦人が午後茶を楽しむ方式も1840年代以来時代とともに変化し、小グループでホテルのラウンジを使うになったのも1900年頃から。日本人の憧れる英国式午後茶とは、日本の茶の湯と比較しても意外に歴史が浅いのですね。
ビジネスマンがホテルのラウンジをティ・プレイスとして使うことは珍しくなかったように思えます。ロンドンでは20年以上前でもビジネス・レディが既に活躍していたので、取引先の商談相手が女性であることも普通にありましたから、男のアフタヌーン・ティという言い方は精緻さに欠けるかもしれません。
一流ホテルのラウンジでリラックスできた理由は、ソファだけでなく、スタッフのサービスの姿勢に拠るところが大きかったと思います。ロンドンのメイフェア界隈のホテルは元々貴族たちのタウンハウスであり、日本でそれに相当するモノと言えば、参勤交代で国許から江戸に逗留するための武家屋敷になります。
リッツ・ロンドンの内装。ここには伝説の給仕と言われたマイケル・トゥミーが心掛けた祭典の雰囲気とノウハウが今でもリッツ特有のサービスの中に息づいているそうです。
日本の場合は、版籍奉還で武家屋敷のシステムは明治時代までに完全に姿を消してしまいましたが、英国の場合は、貴族が没落してロンドンの家屋敷を手放すと、それらの屋敷はホテルになり、執事や下僕やメイドさんなどのサービス従事者たちは皆ホテルの従業員になったわけです。 つまり、我々がホテルのアフタヌーン・ティを快適に感じるのは、そのサービスマンやサービスレディたちのノウハウの中でくつろがせて貰っているからなのですね。今後は、紅茶やティ・フーズだけでなく、サービスインフラの視点で眺めてみると、アフタヌーン・ティは今までと異なった楽しみ方が出来るかもしれません。
個人的に午後茶を楽しむなら、こんな隠れ家的ホテルのスタディは如何でしょう?ハロッズの西側に位置するバジル・ストリート・ホテルは、本来貴族のタウンハウスでした。スタディとラウンジとが繋がっていますが、プライバシーも保てる空間です。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。