「具を挟む」ことで調理と食事の時間の短縮、持ち運びの利便さを生み出した英国のフード至上、最高の傑作なのです。
小麦粉などの粉モノ文化は、「浸けて食べる」と「焼いて食べる」の2つに分かれるのかもしれないなぁ~、と漠然と気付いたことがあります。仕事柄、世界各国を巡り土地々々の食事を口にして来たので、これはちょっとした発見かもしれないと思ったのですが、同様の主旨のことを東京農業大学教授、小泉武夫先生がご著書のいくつかで大系的に述べておられました。先人がいらしたかと、ちょっとがっかりしましたが、やはり、専門の先生には叶わないものであります。小泉先生の説では、小麦、米、トウモロコシなどの穀類を粉にして練るまではどちらの文化も同じなのですが、練って麺や餅のように成型したものを茹でてから、汁に浸けて食べる文化と、練ってから焼いて、つまり、窯(オーヴン)で焼いたり、鉄板で焼いたりして、言わばふっくらカリカリに乾かして食べ易くする文化とでは、食べ物に対する意識がまったく異なるということです。
粉モノを「浸けて食べる文化」は和食、中華、イタリア。同様に「蒸す」とか、「炊く」も広い意味で、この「浸け文化圏」に入れたくなります。焼きそばとスパゲティは「浸け文化」から「混ぜ文化」に合流した「和えもの文化」とでも言いましょうか。一方で、「焼く文化」と言えば、パンとかナンとかピザなどです。世界は麺類文化とパン類文化とに分かれるという持論を打ち立てたい誘惑に駆られます。
この地点はハム(村)という村落とサンドイッチの街との分岐点です。偶然にしても出来すぎですね
さて、この「焼いて食べる文化」の中でも歴史的且つ、世界的な発明が、一躍世界に名をとどろかせるサンドウィッチなのであります。「具を挟む」ことで調理と食事の時間の短縮、持ち運びの利便さを生み出したイギリスのフード至上、最高の傑作なのです。
手軽にバランス食が得られるので、大人気のサンドイッチ・ショップもたくさんあります。
サンドイッチのサンドが「挟む」を意味する言葉として誤用しがちですが、皆様ご存知の通り、サンドイッチには命名の由来があります。長丁場になる賭け事の最中、集中力を切らしたくない一方で空腹を満たすため、あるいは食事の時間を惜しんで仕事をするために、パンに具を挟んで食べたものを、18世紀当時のグレート・ブリテン国の国務大臣サンドイッチ伯爵が召し上がっていたことが起源とされています。
この起源以前にもパンに具を乗せたり挟んだりするのは誰でもやっていた筈ですが、filling between two slices of bread(具を挟んだパン)と長たらしく表現するよりは、サンドイッチという命名が高貴でお洒落に聞こえますから、単に「パンを食べる」という毎日の言葉遣いに刺激を与えることになったのです。同じモノを食べる場合でも「サンドイッチを頂きましょう」と表現することで、当時は結構なイメージアップになったのです。現代になって何気なく使われている言葉の中には当時のファッションから生じたものも少なくありません。何かがファッションになる理由は、カタチや機能が奇抜なだけでなく、その時代の人々の心を掴むコピーも必ず伴うものです。
最高位の礼服である燕尾服も、英語ではTail Coat, Claw Hammer, Dress Coat, full evening Dressなどなど、いろいろな表現がある理由も、それぞれの機会に最もふさわしい最敬礼のプロトコル(儀礼典範)を表すファッション用語として現れたために多くの表現が使われるようになったのです。
イギリスの量販店では、サンドイッチの品質は極めて高いと思います。これまた食物繊維の豊富な全粒粉のパンにサラダとチーズとチャットニ―(チャツネ)が具になったプラウマン・サンドイッチ。あっさりしていて、とても優しい組み合わせです。昼食にピッタリです。パブに行けば、チーズ、ハム、燻製の魚などから一種類選び、オープン・サンドでプラウマンズを味わえます。
さて、話をサンドウィッチに戻します。やがて、「挟む」という言葉の代用としても使われ始めると「サンドイッチマン」とか、敵に前後から挟まれた「サンドイッチ状態」という表現も生まれて来ました。我々もいつしかサンドウィッチを間に挟まれた状態を意味する言葉として普通に使っています。
20年以上も前のことですが、サンドイッチ伯爵が棲んでいたケント州のその港町に行ったことがあります。特に目ぼしいサンドイッチ屋はなく、風光明媚というわけでもなく、街の鄙びたカフェでトーステッド・ハム&チーズサンドイッチを頂いたことがあります。このサンドイッチは温かいサンドイッチであって、作り易いので、日本の皆様にもお奨めです。但し、チーズはマチュア(熟成)・チェダー、ハムはハニー・ロースト、パンは繊維質の高い全粒粉であることが味覚と健康にはベストであると思われます。間違っても、日本にしか存在しない「イギリスパン」を使うことはお奨めしません。
Toasted Ham and Cheese Sandwich(ハムとチーズのトーストサンド) 軽くトーストした全粒粉のサンドイッチ用のパン(厚さ8㎜が理想)に、チェダーチーズとハムを乗せて、オーブン・トースターで更に焼きます。チーズだけの(オープン・サンド)チーズトーストにする場合は、イギリスLea and Perrins社のウスターソースがよく合います。
ところで、サンドイッチと呼ばずにバティ(butty)という地域もあります。1990年代、我が子らが小さい頃にアニメ絵本の「ポストマン・パット」を読み上げているときに出て来ました。
Postman Pat likes Jam butty and Chip butty.
「ポストマン・パットはジャムのサンドウィッチとポテトフライのサンドイッチが大好物です」
バティの語源はバターを塗ったバンズ(パン)のことです。ヨークシャーなどの北イングランドでよく使われる言葉です。挟む具はソーセージやハムなど一般的なものですが、ポストマン・パットの好物はChip Buttyです。ヨークシャーの発音ではU音はウ音とア音との両音が混ざって聞こえますので、「Chibbuty:チブァティ」と聞こえるかもしれません。
Chip Butty
http://www.makingstrange.net/2010/03/british-oddities-behold-chip-butty.html
日本で言えば、コロッケパンのようなものでしょうか。炭水化物同士の組み合わせは、日英の国境を越えたテッパンの嗜好品のようです。
アフタヌーン・ティのティ・フーズはどこから食べるのでしょう?サンドイッチを最初に食べてしまうと後々寂しいような気もします。でも、最初に乾いてしまうのがサンドイッチですし、スコーンは乾燥に強い食べ物ですから、やはりサンドイッチから始めるべきでしょうか
イギリスでは、最高級のサンドイッチと言えば、キューカンバー・サンドイッチであった時代が長く続きました。今では珍しくもないキウリですが、ヴィクトリア女王の時代であった1880年頃の記述には、アフタヌーン・ティの三段トレイに盛られたキューカンバー・サンドイッチが登場しています。耳を切り落とした8mm厚の白パンの片面に、出来立ての白いバターを薄く塗り、皮を剥いたキウリの輪切りを乗せてもうひとつのパンで挟むのです。ただ、それだけの代物ですが、ヴィクトリア時代のイギリスの貴婦人たちは、それまで存在しなかった新食品を美味しく召しあがる最高の料理として、最初の一口で瑞々しく淡い甘さのほとばしるキューカンバー・サンドイッチを開発したのです。
友人宅では、朝から3種類のパンが出て来ました。Granary、Wholemealそしてナッツ入り。どれも繊維質を多く含むイギリスのブレッドです。Big Squeezeと記された黒い瓶はマーマイトというビールの酒粕です。パンに塗って食べます。類似品にべジマイト(豪州、ニュージーランド)とセノヴィ(スイス)があります。キャセロール(シチュー)などの隠し味に使うこともあります
因みに、在英邦人としてもサンドイッチを2種類だけ開発したことがあります。一つは既存のベーコン・サンドウィッチにヒントを得たのですが、キャベツの千切りを電子レンジで少しクタッとさせてカリカリのベーコンを白パンに挟み、日本製のとんかつソースを使うのです。
もう一つは、ベーコンではなく、野菜たっぷりのポテトサラダとチキンの龍田揚げを挟むのです。前者は塩分過多、後者はカロリー過多ですが、日英人のどちらにも好評です。日本では浸けパンという食べ方もあるようですから、そのうち、「浸けて食べる文化」にサンドイッチを引き込んでみることも出来そうですね。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。