寒い季節ですが、英国に棲んでいると何故か長時間屋外に居ることがあります。少しでも陽光が出ると、「ああ、今こそハイキングに行かねば」という衝動に駆られますし、プロもアマも冬こそがシーズンのフットボール観戦に行っては、最短でも2時間は極寒の野に晒されるわけですから、その間に身体は芯から冷えてしまいます。
そんな寒中にいると、やたらと空腹を覚えます。凍えた身体と、寒さで萎えた心との両方を温めてくれる料理が必要になります。一刻も早くほっこりしたい。そんな時、英国人が何を口にするか。まず、何と言っても紅茶です。以前にも述べましたが、一番早くて簡単なのはマグカップにティバッグ2つを投げ入れ、熱湯を注ぎ、ティバッグをぎゅうぎゅうと押しつぶしては茶のエキスを絞りだし、到底紅茶とは言えないブラック・ティに好きなだけミルクを入れるとぱっと広がるキャラメル色の熱い水面に上唇を添え、音を立てずに啜るのが英国流です。凍えた指先がこれで動くようになると、次は食べ物です。
代表的な食べ物と言えば、チーズトーストや、Brosと呼ばれる肉のだし汁(主にOXO社のチキン味かビーフ味)、ポットヌードル(若い層しか食べませんが…)などの軽食系から始まって、究極的には家で待っていてくれるお母さんが準備してくれるロースト料理などでしょう。
ロースト料理の良さは、オーヴンの火を付けっ放しにして出かけてもなんとか出来上がってしまうことです。帰宅時刻を考慮して、ある程度の時間ならば大丈夫と考える英国人も多いようです。昨今では遠隔操作も可能なオーヴン技術が開発されていますが、信頼に足るモノであっても拙宅では絶対に火気を放置しません。キャセロール(シチュー)をタイマー付きの電熱器で保温するくらいならまだしも、オーヴンの火が何かの拍子に消えてしまってはとても危険です。サーモスタットが故障して高温になってしまわないとも限りません。おまけに、英国では古い家には、古いキッチンがそのまま残っていて、戦前から同じように使われていることも多いので、現代のイノベーションと消防法の基準に追いつかないまま、古い台所を使い続ける家庭も意外に多いのですね。実のところ、オーヴンとは、それに火が付いているだけで英国人の心をほっこりさせるものなので、いつも火が点いていて欲しいものなのです。
さて、暖を保つための工夫と安全についてはともかく、ほっこりする食べ物、つまりコンフォートフードと言えば、英人の友人のことを思い出します。彼女、バーブラ(仮名)にとって、コンフォートフードとは親子丼なのだそうです。もちろん、英国料理ではありません。バーブラは1960年代の子供の頃に神戸に近い六麓荘という超高級住宅街に棲んでいました。彼女は日本がチャイルド天国だったと言うほどの親日家です。今は亡きお父上は、当時英系銀行の日本支店長でフリーメイスンのメンバー、お母上も社交の場に同伴することが多かったために、巨大な家にお手伝いさんと二人だけで過ごす寂しい時間も多かったとのことです。
忙しい両親はバーブラが病に伏しても、面倒を看る時間も取れなかったのですが、病から回復する頃になって、そのお手伝いさんの作ってくれた親子丼の味が何十年経っても忘れられないということでした。今でも時々会う彼女は、当方の作る親子丼のアタマ(ご飯抜き)を食べては、古き良き日本の子供時代を回顧してくれます。実は当方がコンフォートフードを意識したのは、このエピソードを30年ほど前に彼女から直接聞いたことが始まりでした。
一方、この話をすると「そうら見ろ。英国に旨い食べ物がないからだ」と仰る日本人の方も居られるのですが、当方の言いたいことはちょっと違います。コンフォートフードとは、格別に美味しい必要がない。ということです。
もちろん、英国には廉価でありながら、旨いチーズ、ソーセージ、ハム、スモーク製品など日本では絶対にありえない美味さの食品がたくさんあります。「英国食が不味い」という在英経験のある邦人の方々に、こうした食材についての話をすると全く反応がないか、ご存知ないばかりか、ご本人が経験されたハズレ料理のことだけをトピックスに挙げていることが多いと思います。日本だけでなく、どこの国に行ったって、口に合うか、合わないかの違いはありますので、「既存の画一的な尺度」で未知の食文化を眺めるだけでは、大変にもったいないことをしているとしか思えないのです。
ちょっと脱線しましたが、当然のことながら、コンフォートフードが美味しいことに越したことはありません。ただ、美味しくするには、寒いところから帰って来た時にすぐに準備できるように買い置きしておくだけです。安くて、手近で、食べ慣れていることが、美味しさ以上に優先する。それがコンフォートフードなのです。
今は2016年の初め、これから寒い季節が続きます。読者の皆様のコンフォートフードは何でしょうか? 今は七草粥の時期ですが、当方は英国式をアレンジし、サバのスモークを使って和風ケジャリ(19世に英国で流行したインド風お粥)を作ろうと思います。
ご参考)ケジャリー・レシピ
http://cookpad.com/recipe/2638776
英国大使館の吉田シェフのレシピは正統派ケジャリですが、当方は昆布とかつを節の出汁を使い、コリアンダーを散らしたものを作りたいと思います。お試しあれ。
そんな寒中にいると、やたらと空腹を覚えます。凍えた身体と、寒さで萎えた心との両方を温めてくれる料理が必要になります。一刻も早くほっこりしたい。そんな時、英国人が何を口にするか。まず、何と言っても紅茶です。以前にも述べましたが、一番早くて簡単なのはマグカップにティバッグ2つを投げ入れ、熱湯を注ぎ、ティバッグをぎゅうぎゅうと押しつぶしては茶のエキスを絞りだし、到底紅茶とは言えないブラック・ティに好きなだけミルクを入れるとぱっと広がるキャラメル色の熱い水面に上唇を添え、音を立てずに啜るのが英国流です。凍えた指先がこれで動くようになると、次は食べ物です。
代表的な食べ物と言えば、チーズトーストや、Brosと呼ばれる肉のだし汁(主にOXO社のチキン味かビーフ味)、ポットヌードル(若い層しか食べませんが…)などの軽食系から始まって、究極的には家で待っていてくれるお母さんが準備してくれるロースト料理などでしょう。
英国食で筆頭に挙げたいのがチーズです。マイルド、マチュア、エクストラ・マチュア。と、ここには濃度と熟成加減によって3種類のチーズが並んでいます。マイルドでも日本のチーズよりも濃厚に感じます。画像は香港のM&Sで撮影したので、料金が本国の2倍以上になっていますが、チーズは日本で言えば納豆並みの庶民の食事です。どの店でも種類、量ともに豊富で、店舗によっては売り場面積の20%を占めることもあります。
こちらはアメリカの量販店です。マチュアではなく、シャープと表現されています。英語と米語との違いですね。英米を問わず、チーズ・トーストやハム&チーズ・トーストなど手近なコンフォートフードを拵える絶好の材料です。
サラダとチャツネとチーズとパン。昼ごはんはこれだけで充分です。また、このセレクションで赤ワインやモルトウィスキーをチビチビなんてのも堪えられません。
ロースト料理の良さは、オーヴンの火を付けっ放しにして出かけてもなんとか出来上がってしまうことです。帰宅時刻を考慮して、ある程度の時間ならば大丈夫と考える英国人も多いようです。昨今では遠隔操作も可能なオーヴン技術が開発されていますが、信頼に足るモノであっても拙宅では絶対に火気を放置しません。キャセロール(シチュー)をタイマー付きの電熱器で保温するくらいならまだしも、オーヴンの火が何かの拍子に消えてしまってはとても危険です。サーモスタットが故障して高温になってしまわないとも限りません。おまけに、英国では古い家には、古いキッチンがそのまま残っていて、戦前から同じように使われていることも多いので、現代のイノベーションと消防法の基準に追いつかないまま、古い台所を使い続ける家庭も意外に多いのですね。実のところ、オーヴンとは、それに火が付いているだけで英国人の心をほっこりさせるものなので、いつも火が点いていて欲しいものなのです。
バンガー(爆発するやつ)とも呼ばれる英国のソーセージは茹でてはなりません。フライパンでは弱火、オーヴンでは130度以下の低温でゆっくりと焼き上げるのです。焦げた方が好きな英人も多く、発がん性物質には無頓着です。カンバーランド・ソーセージは左上の画像のトード・イン・ザ・ホールに適した素材と言われてますけど、そのまま食べても方が美味しい気がします。上のソーセージは林檎入りでうま味が濃く感じられます。
パン粉が30%以上含まれたソーセージです。邦人でこのソーセージを好む人を知りませんが、英人は好きな人が多くて、これしかチョイスが無い時はちょっと困ります。
さて、暖を保つための工夫と安全についてはともかく、ほっこりする食べ物、つまりコンフォートフードと言えば、英人の友人のことを思い出します。彼女、バーブラ(仮名)にとって、コンフォートフードとは親子丼なのだそうです。もちろん、英国料理ではありません。バーブラは1960年代の子供の頃に神戸に近い六麓荘という超高級住宅街に棲んでいました。彼女は日本がチャイルド天国だったと言うほどの親日家です。今は亡きお父上は、当時英系銀行の日本支店長でフリーメイスンのメンバー、お母上も社交の場に同伴することが多かったために、巨大な家にお手伝いさんと二人だけで過ごす寂しい時間も多かったとのことです。
忙しい両親はバーブラが病に伏しても、面倒を看る時間も取れなかったのですが、病から回復する頃になって、そのお手伝いさんの作ってくれた親子丼の味が何十年経っても忘れられないということでした。今でも時々会う彼女は、当方の作る親子丼のアタマ(ご飯抜き)を食べては、古き良き日本の子供時代を回顧してくれます。実は当方がコンフォートフードを意識したのは、このエピソードを30年ほど前に彼女から直接聞いたことが始まりでした。
一方、この話をすると「そうら見ろ。英国に旨い食べ物がないからだ」と仰る日本人の方も居られるのですが、当方の言いたいことはちょっと違います。コンフォートフードとは、格別に美味しい必要がない。ということです。
オレンジ・マーマレードに漬け込まれたハムです。これとトースターで溶かしたマチュアチェダーをサンドイッチして、最高のハム&チーズ・トーストが出来上がります。
もちろん、英国には廉価でありながら、旨いチーズ、ソーセージ、ハム、スモーク製品など日本では絶対にありえない美味さの食品がたくさんあります。「英国食が不味い」という在英経験のある邦人の方々に、こうした食材についての話をすると全く反応がないか、ご存知ないばかりか、ご本人が経験されたハズレ料理のことだけをトピックスに挙げていることが多いと思います。日本だけでなく、どこの国に行ったって、口に合うか、合わないかの違いはありますので、「既存の画一的な尺度」で未知の食文化を眺めるだけでは、大変にもったいないことをしているとしか思えないのです。
ケジャリの主要材料です。スモークド・マカレル(鯖の燻製)です。ロンドンで商社マンだった当方は、日曜の朝になると大根おろしを作って、薄口醤油でこの鯖を食べていました。1980年代の英国人は魚に醤油を掛けるだけで驚いて、嫌がっていたことが、今では夢のことのようです。
アイスクリーム・バンの音にほっこりを感じる英国人も少なくないようです。画像は香港のワンチャイ近辺ですが、この車の奏でる曲に故郷を感じたと英人の妻が申しておりました。香港にも英国のアイコンが存在するわけですね。
ちょっと脱線しましたが、当然のことながら、コンフォートフードが美味しいことに越したことはありません。ただ、美味しくするには、寒いところから帰って来た時にすぐに準備できるように買い置きしておくだけです。安くて、手近で、食べ慣れていることが、美味しさ以上に優先する。それがコンフォートフードなのです。
今は2016年の初め、これから寒い季節が続きます。読者の皆様のコンフォートフードは何でしょうか? 今は七草粥の時期ですが、当方は英国式をアレンジし、サバのスモークを使って和風ケジャリ(19世に英国で流行したインド風お粥)を作ろうと思います。
ご参考)ケジャリー・レシピ
http://cookpad.com/recipe/2638776
英国大使館の吉田シェフのレシピは正統派ケジャリですが、当方は昆布とかつを節の出汁を使い、コリアンダーを散らしたものを作りたいと思います。お試しあれ。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。