「皮肉を言う」ことと、「間接的な表現をする」こととの2点で、京都人と英国人が似ている、という風説がありますが、実はこの「皮肉」の部分を英語にすると全然違う意味になってしまうだけでなく、京都人と英国人がまったく異なる特性を持っているようにも見えてきます。
経験上の持論も含めていますが、英語の「皮肉」は4つの意味に分かれます。
Sarcasm:皮肉、嫌み、あてこすり、
Irony:ユーモアを含んだ皮肉、反語(法)、意外な結末
Cynic:冷笑、皮肉な言葉、自分が優位な立場にあることを示す笑い
Satire:風刺、皮肉、風刺文学(「ガリヴァー旅行記」、チャプリンの「モダンタイムズ」等)
京言葉の場合は「当てこすり」と「嫌み」のニュアンスが含まれるsarcasmという表現方法に分類される一方で、英語の場合は誰も傷つけないための言葉の選び方で、時にはユーモアを交えて何かを仄(ほの)めかすためにironyという表現手法を頻繁に使うのです。もちろん、第三者から見て笑ってしまう状況になれば、当てこすりもironyとして受け取られることになります。
表題の「ええ、承りましたよ」(I heard what you said)は英国人の使う典型的な社交表現であって、「君の意見は聞いたから、もういいでしょ。これ以上お話し(議論)するつもりはありません」という反語的な意味合いが言外に含まれるのです。そして、この状況で、英人は「終了」を意味する別れの言葉を発するか、ニコリと微笑んで相手から目を逸らします。当方の妻は、私に対してこの手段をよく使います。たぶん、今は話すのが面倒臭いのだな、と当方も察することにしています。笑
ところが、英語圏でも米豪などのストレートな表現社会の人たちは「おお、彼は私の意見を聞いてくれた」と一瞬だけ感謝するのですが、英人の方は話を続けようとしないか、話題を替えてしまうので、米豪人はキツネにつままれたような気分になってしまいます。でも、誰も傷つきませんよね。この様子を見かけると、英国人を知る人や英国人であれば、誰もが笑ってしまうわけです。英国のテレビドラマでもこの種のユーモラスな場面をプロットとして使うことがあります。
表題にした京言葉「ぶぶ漬け…」の解釈や状況設定にも諸説あるようですが、あえて当方の解釈で語らせて頂きますと「そないな手間の掛かるもの作っていられますかいな。さっさとお帰りやす」という表現は反語的ではありますが、ユーモアは感じませんよね。むしろ、和的な謙遜と奥ゆかしさとが混ざった表現で、相手を間接的にやり込めています。間接的な表現であればあるほど、状況や表情とのギャップを感じるので、京言葉を聞いているとだんだん混乱して来るのは当方だけでしょうか? 因みに、英会話ではこの種の混乱は生じません。What do you mean?と真意を問えば、丁寧に応えてくれる場合と、完全に無視されてcase closed(おしまい)になってしまいます。
30年以上前のことですが、まだ英国式のSarcasmに慣れていなかった頃のことです。英国の電車の中で日本の新聞を読んでいると、ある老紳士に突然「いつ帰るんだ?」と尋ねられたことがあります。「お前は日本人だろ? で、いつ帰るんだ?」「いえ、帰りませんよ。僕の家はこの英国にありますから」「ほう。で、いつ帰るんだ?」「いえいえ、ですから・・・」
こんなやり取りが暫く続いたところで、周囲の人が耳打ちして教えてくれたのは、「この老紳士は君に『日本に帰れ!この国に居るな!』と言っているんだよ。この人はたぶん戦争捕虜だったんじゃないのかね。でも、気にすることはないさ。戦争は君の責任じゃ無いしね」ということでした。
British Madeで紹介する例として、相応しいかどうか迷うところですが、この「いつ帰るんだ?」という状況は対日戦勝記念日(VJ-DAY)など戦争に関わる記念日辺りで何度か経験したことです。しかし、最近の20年間にこのような経験はしなくなりましたので、ご安心を。今では英国の退役軍人たちとも普通に平和について語れる時代になったことは、先般の記事で申し述べたとおりです。
19世紀の作家オスカー・ワイルドが辛辣で興味深い言葉を残しています。
Irony is wasted on the stupid. 東京の言葉で直訳すると 「愚か者に皮肉は通じない」 となります。京言葉では「どんくさい人には皮肉が通じない」となるわけで、この場合はどの意味の「皮肉」も対象になり得ます。
ワイルドの残したもうひとつの興味深い言葉はSarcasm is the lowest form of wit but the highest form of intelligence. (皮肉は気転としては最低だけど、知恵としては最高である)この言葉をまともに受けると「ああ、そうなのか」くらいにしか思えませんが、実際の意味は「皮肉は気転じゃない。単なる知恵に過ぎない」という解釈も可能です。…と言うと、当方も皮肉っぽく穿(うが)ちすぎでしょうか?(笑)英国では知識だけの人はあまり尊敬されないということかもしれません。
尊敬される英国人は、笑いと配慮のあるironyの表現や振る舞いに長けた人物です。 場数を踏んで、自分の表現を増やすことで、自ずから出ずる内面的な個性にも磨きが掛かると言う人もいます。それは決して堅苦しい意味ではなく、最初はどん臭くても、皮肉が判らなくても、そのうちに判るようになれば、社交もきちんとこなせるようになるということです。紳士たることは本人の自覚次第であり、女性でもそのgentleman ship(lady ship?)に則って内面を磨けるということでもあります。
もちろん、京都人にも英国人にもいろいろなタイプの人間がいるわけですから、ここで述べたことが一般的に当てはまるかどうかには疑問がありますので、あくまで英国人を理解する参考になれば、と祈念致します。因みに、作家ロアルド・ダールの作品は全般的に、英国式の皮肉を理解するには最適の教科書と思われます。
経験上の持論も含めていますが、英語の「皮肉」は4つの意味に分かれます。
Sarcasm:皮肉、嫌み、あてこすり、
Irony:ユーモアを含んだ皮肉、反語(法)、意外な結末
Cynic:冷笑、皮肉な言葉、自分が優位な立場にあることを示す笑い
Satire:風刺、皮肉、風刺文学(「ガリヴァー旅行記」、チャプリンの「モダンタイムズ」等)
チャーリー・チャプリンは「モダンタイムズ」で、当時の社会風潮に対する痛烈な風刺を浴びせました。撮影場所はLisle Stから入る路地Leicester Stの中華街側。
京言葉の場合は「当てこすり」と「嫌み」のニュアンスが含まれるsarcasmという表現方法に分類される一方で、英語の場合は誰も傷つけないための言葉の選び方で、時にはユーモアを交えて何かを仄(ほの)めかすためにironyという表現手法を頻繁に使うのです。もちろん、第三者から見て笑ってしまう状況になれば、当てこすりもironyとして受け取られることになります。
表題の「ええ、承りましたよ」(I heard what you said)は英国人の使う典型的な社交表現であって、「君の意見は聞いたから、もういいでしょ。これ以上お話し(議論)するつもりはありません」という反語的な意味合いが言外に含まれるのです。そして、この状況で、英人は「終了」を意味する別れの言葉を発するか、ニコリと微笑んで相手から目を逸らします。当方の妻は、私に対してこの手段をよく使います。たぶん、今は話すのが面倒臭いのだな、と当方も察することにしています。笑
ロンドンブリッジ駅近くのカフェで頂いたデザート。題してCollapse of Shard(シャードの崩壊)店主はロンドンの景観を壊すThe Shardが大嫌い。と言いながら、ちゃっかりと商売にしています。これは誰も傷つかない当てこすりでしょうか?
ところが、英語圏でも米豪などのストレートな表現社会の人たちは「おお、彼は私の意見を聞いてくれた」と一瞬だけ感謝するのですが、英人の方は話を続けようとしないか、話題を替えてしまうので、米豪人はキツネにつままれたような気分になってしまいます。でも、誰も傷つきませんよね。この様子を見かけると、英国人を知る人や英国人であれば、誰もが笑ってしまうわけです。英国のテレビドラマでもこの種のユーモラスな場面をプロットとして使うことがあります。
表題にした京言葉「ぶぶ漬け…」の解釈や状況設定にも諸説あるようですが、あえて当方の解釈で語らせて頂きますと「そないな手間の掛かるもの作っていられますかいな。さっさとお帰りやす」という表現は反語的ではありますが、ユーモアは感じませんよね。むしろ、和的な謙遜と奥ゆかしさとが混ざった表現で、相手を間接的にやり込めています。間接的な表現であればあるほど、状況や表情とのギャップを感じるので、京言葉を聞いているとだんだん混乱して来るのは当方だけでしょうか? 因みに、英会話ではこの種の混乱は生じません。What do you mean?と真意を問えば、丁寧に応えてくれる場合と、完全に無視されてcase closed(おしまい)になってしまいます。
The Shardに違和感を持つロンドナーは多いようです。その昔、建ったばかりのエッフェル塔を嫌うパリジャンもたくさん居ましたが、今ではパリの誇りですから、ザ・シャードもきっと…。
30年以上前のことですが、まだ英国式のSarcasmに慣れていなかった頃のことです。英国の電車の中で日本の新聞を読んでいると、ある老紳士に突然「いつ帰るんだ?」と尋ねられたことがあります。「お前は日本人だろ? で、いつ帰るんだ?」「いえ、帰りませんよ。僕の家はこの英国にありますから」「ほう。で、いつ帰るんだ?」「いえいえ、ですから・・・」
こんなやり取りが暫く続いたところで、周囲の人が耳打ちして教えてくれたのは、「この老紳士は君に『日本に帰れ!この国に居るな!』と言っているんだよ。この人はたぶん戦争捕虜だったんじゃないのかね。でも、気にすることはないさ。戦争は君の責任じゃ無いしね」ということでした。
ストリート・パフォーマーも一休み。炭坑夫の意匠は、危険な仕事と格差社会を象徴します。舞台でも様々な風刺の題材に使われて来ました。
British Madeで紹介する例として、相応しいかどうか迷うところですが、この「いつ帰るんだ?」という状況は対日戦勝記念日(VJ-DAY)など戦争に関わる記念日辺りで何度か経験したことです。しかし、最近の20年間にこのような経験はしなくなりましたので、ご安心を。今では英国の退役軍人たちとも普通に平和について語れる時代になったことは、先般の記事で申し述べたとおりです。
19世紀の作家オスカー・ワイルドが辛辣で興味深い言葉を残しています。
Irony is wasted on the stupid. 東京の言葉で直訳すると 「愚か者に皮肉は通じない」 となります。京言葉では「どんくさい人には皮肉が通じない」となるわけで、この場合はどの意味の「皮肉」も対象になり得ます。
ワイルドの残したもうひとつの興味深い言葉はSarcasm is the lowest form of wit but the highest form of intelligence. (皮肉は気転としては最低だけど、知恵としては最高である)この言葉をまともに受けると「ああ、そうなのか」くらいにしか思えませんが、実際の意味は「皮肉は気転じゃない。単なる知恵に過ぎない」という解釈も可能です。…と言うと、当方も皮肉っぽく穿(うが)ちすぎでしょうか?(笑)英国では知識だけの人はあまり尊敬されないということかもしれません。
シェークスピア劇を行うグローブシアターでは「真夏の夜の夢」などの風刺に関わる劇作も上映されます。同じモノを何度見ても楽しめる理由の一つはプロデューサーや監督の解釈が微妙に異なるからではないか、と常々思っております。つまり、ひとつの言葉の持つ意味がsarcasmになったり、ironyに変化したり。皮肉も活用によって変化するのでしょうか。
尊敬される英国人は、笑いと配慮のあるironyの表現や振る舞いに長けた人物です。 場数を踏んで、自分の表現を増やすことで、自ずから出ずる内面的な個性にも磨きが掛かると言う人もいます。それは決して堅苦しい意味ではなく、最初はどん臭くても、皮肉が判らなくても、そのうちに判るようになれば、社交もきちんとこなせるようになるということです。紳士たることは本人の自覚次第であり、女性でもそのgentleman ship(lady ship?)に則って内面を磨けるということでもあります。
一見、仲の良さそうな英国紳士の様子。右はチャーチル首相、左はアメリカのルーズベルト大統領です。この二人は外交上の付き合いですが、Allies(同盟)というタイトルのブロンズ像ですから実際にも仲良しだったでしょう。しかし、通常でも紳士同士の会話はindirect(間接的)過ぎて、コミュニケーションの核心がどこにあるのかまったく判らないことがあります。まさに、ironyとsarcasmとcynicの応酬なのです。撮影場所はOld Bond StとNew Bond Stとの境界付近。
もちろん、京都人にも英国人にもいろいろなタイプの人間がいるわけですから、ここで述べたことが一般的に当てはまるかどうかには疑問がありますので、あくまで英国人を理解する参考になれば、と祈念致します。因みに、作家ロアルド・ダールの作品は全般的に、英国式の皮肉を理解するには最適の教科書と思われます。
ダールの著書はハリー・ポターが出版されるまで、英国児童文学のベストセラーを50年間も維持していました。日本語にもたくさん訳されています。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。