「イギリス人と語る家の基本」 住まいは仮の宿り? | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「イギリス人と語る家の基本」 住まいは仮の宿り?

2016.12.06

1980年代の終わりごろ、30歳になる前に「ロンドン近郊に家を買った」と日本の友人たちに告げると「その年齢で、なんで家が買えるの?」と、とても驚かれました。簡単に理由を言えば、当時の英国の住宅事情、不動産市場の動向、マーガレット・サッチャー首相の打ち出した住宅政策の影響(新規住宅購入者first buyerのために施行された税金や金融面での優遇政策)、そして「持ち家」に対する考え方が、英国と日本とではかなり異なっていたからということになります。

20161206_mac_007 建築について詳しいことは語れませんが、石炭燃料の時代、且つ電化される以前に建てられた長屋です。3階建てに見えますが、地下には石炭の貯蔵庫があって、地上の歩道のマンホールから石炭を滑り落とす構造になっていました。現代に至って、地下貯蔵庫は住居として活用されています。また、本来は玄関ひとつに一世帯として建てられたのですが、現代では内装はさらに分割化されたコンヴァージョン・フラットとして改装されています。庭側にさらに増築しているため、ウナギの寝床のように奥行があり、ひとつの玄関を5世帯など複数の世帯が使うこともあります。

同じころ、当方の勤めていた会社には中卒17歳の同僚シャーロット(仮名)はボーイフレンドと一緒にローン(モゲィジ)を組んで、2ベッドルームのフラットを購入してウキウキしていました。しかし、若者の破局は割と短期日間に生じがちでありまして、両名ともその家を離れ、自分の取り分で大ゲンカしながらモゲィジも解約して、多くの法的な事務処理とストレスを抱えて、その後の人生はそれぞれが別の方向に歩むことになりました。もちろん、早婚でも当方のようにそのまま長年夫婦同居生活を続けていくケースもあるわけです。

独身の英国人はなかなか家を買おうとはしないのですが、結婚しなくても相方が出来て関係が安定して来ると家を買おうかなとか、家族を増やそうと計画するのであれば、先行投資という考え方で、家を借りるよりも買おうという決断に至ります。つまり、ここが日英の「持ち家」に対する考え方の違いです。

但し、現代は性の認識が多様化し、家の買い方にも影響が生じているので、当方が語れるのはひと昔前の伝統的な家族形態を前提にして、英国人と家との関係を語っていくことになります。夫婦でローンを組むことは出来ても、数年前までは内縁関係や同性婚では借り入れも出来ないという状況でしたが、現代に至ってから世の中も大きく変わってきています。

20161206_mac_006 こちらは現代風の新築長屋。小奇麗で魅力的に見えますが、最近の傾向として新築の家屋はやや狭いようです。

また、我が家は英国を拠点にしているとは言え、世界中を浮遊するような生活をしているので、まず当方の友人の典型例、次に最近になってから少し意外な展開を見せた英国人夫妻の話をしましょう。

Smith(仮名)夫妻は生まれた頃からずっと英国内に住み続ける典型的な英国人夫婦です。奥さんはロンドンから南に電車で40分ほどのケント州の街の出身。ご主人の出身はチチェスターというロンドンから電車で北東に1時間半ほどの街。このSmith夫妻のご両親は90歳代のご高齢で、それぞれの出身地で元気に暮らしています。Smith夫妻の年齢はそれぞれ60代後半で、当方ら夫婦よりも10歳ほど先輩になります。

20161206_mac_005 シャフツベリーのある村の一光景です。こんな素晴らしい景色の一部になりたいと思われるかもしれませんが、その実、築200年以上の家は玄関ドアも低く、窓も小さいために相当住み難いのです。建て増した部分と本来の家との繋がる部分が狭い廊下になっていることもあります。

Smith夫婦と当方夫婦とは、30年以上の付き合いなので、英国人の家に対する考え方やその変遷を説明するには絶好の夫婦です。その実、英国人は家に対する執着心がありません。日本人のような終の住処という考え方ではなく、親からの独立、仕事や学校の近くへの移動、家族形態の変化など、事あるごとに引越しをして行きます。

まず、夫妻は結婚前にそれぞれ大学に入ると、親元を離れて学寮やフラットシェアという形で学生生活を始めました。前述の17歳の元同僚のように、大学に進学にしない場合でも、友人たちやボーイフレンドやガールフレンドと合宿生活のように、建物やアパートを借りて、親から独立します。

就職してしばらくすると結婚したり、特定の人と同居したりと、部屋数を増やしたいとか、家を大きくしたいとか、自分の趣味や都合に合わせて2,3年毎に住まいを換えて行くこともあります。やがて、家族を増やす段になると、子供を育てるには庭付きの家が必要と英国人は考えます。

さらにもっと家族が増えたり、環境を変えたくなったり、子供たちの学校の近くに住んだり、事情は様々ですが、頻繁に家を買い替えることもあります。やがて、子供たちが独立してしばらくすると、年齢を重ねた親はスペースの空いた住み処を持て余すようになり、新たにバンガローと言われる二階の無い一戸建てに買い替えます。高齢者用のバリアフリーに改造しやすいので、小さなバンガローは人気の家になっています。

というのが、典型的な英国人の家との付き合い方です。英国の不動産紙に拠ると、生まれてから亡くなるまで、平均で5~6つの家に住むことになるそうです。

20161206_mac_004 お城を購入して、内装に手間を掛ける人もいます。DIYを楽しむ、古き建造物を快適にカスタマイズするなどなど、外観は伝統を継承し、内装を最先端の技術で充実させて居住空間を創造する楽しみも英国ならではのスタイルがあります。

当方の場合、これまでの人生で引越しをしたのは14回。そのうち、英国内で引っ越したのは3回です。妻はさらに親元から離れた最初の引越しを含めれば4回になります。2~3か月間だけ滞在した短期間のアパートなどを含めるとキリが無くなるので、自分の家財道具の出し入れをした回数として数えてみるとこんなものでした。

英国で3回ということは4つの家を経験しているわけで、最初の2軒は2 ベッドルームのフラットでした。子供がまだ居なかったし、まだ作る予定も無かったので、2ベッドルームで充分だったのですね。さて、3つ目の家は子供を育てる庭付きの家が欲しいと思ってセミデタッチの3ベッドルームにしました。そして4つ目は家族4名が大人になっても棲めるセミデタッチの4ベッドルームというチョイスでした。庭付きで、ロフトも広く使い勝手の良い家です。

20161206_mac_003 英国ならではのスタイルと言えば、ナロウボートでの水上生活も見逃せない魅力です。老後に英国中の運河を航行しながら生活する住所不定の夫婦も居ます。当方には不便な生活に見えますが、彼らは「何も不便じゃないよ。むしろ、自由だ」と言い放ちます。

家の形態は大まかに言うと、フラット(アパート)、デタッチ(一軒家)、セミデタッチ(二軒長屋)、テラスド・ハウス(長屋)、タウン・ハウス(車庫付き長屋)などなどがあります。

だいたい、ステージ(行程)としては、こんな図式が成り立ちます。

人生のステージ:①親元⇒②独立⇒③相方⇒③子育て⇒④老後
家のステージ:①デタッチかセミデタッチ⇒②フラット⇒③デタッチかセミデタッチ⇒④バンガローやフラット(バリアフリー)

家の種類(ご参考)

伝統的に、且つ保守的にこのスタイルを踏襲していくのが英国人の家の典型的な買い方であろうと思われていたのですが、現代に至っては、サッチャー元首相の断行した政策以来、家の価格にも格差が生じ、外国資本の買い上げや移民の増加で英国の住宅事情は当方が最初に家を購入した頃よりもだいぶ高騰し、買い替えの条件も厳しくなっています。

20161206_mac_002 できれば、このベンチの辺りに露天風呂を作りたいものです。農地と牧場込みの私有地ですので、この辺一帯を購入するといくら掛かるのかは定かではありませんが、買い取り価格は小国の国家予算に匹敵すると考えられますので、ここに露天風呂はちょいと無理そうです。

さて、その後のSmith夫妻ですが、子供たちは既に独立し、成人間近の孫もいますので、今やバンガローに住むステージへと進んでいる筈です。ところが、昨年末に彼らから貰ったクリスマスカードには2つの住所が書かれていました。添付の封書を見ると別居を始めたとのこと。でも、互いの住所は徒歩の距離だし、離婚はしないということで、法的な夫婦関係は続けるようです。彼らは子育てを開始してからその子供たちがそれぞれ独立、結婚し、孫が生まれるまでの約30年間は同じ家に住み続けました。独立した子供たちがいつでも戻れる巣としての機能を残して置きたかったからなのですね。

別居しても、近くに住み、離婚しないのは、クリスマスやイースターの時期に子供たちの育った場所で孫たちと過ごして、世代間の繋がりを確認するためだそうです。でも、孫たちも親元を離れつつあるために、子供たちが戻る時以外の時間を最優先して、誰にも干渉されずに個人で気楽に過ごすために別居するのだそうです。別居する本当の理由はよく判りませんが、個人主義的な小さな幸せと住まいの考え方のひとつなのですね。前述した17歳のシャーロットたちも、今や40代後半ですから、いろいろな価値観を受け容れて来たでしょうから、相方を敬えるほどに成熟しているのだろうなと思います。

20161206_mac_001 バンガローは段差が無いので、高齢者には快適です。藤花の樹蔭で隠れて判りませんが、右側に2ベッドルームと台所があります。

Smith夫妻はそれぞれフラットに住んでいますが、もう少し年齢が進んだら2ベッドルームの庭付きバンガローを購入して、同居を再開するかもしれないとのことでした。税金面から考えても、その方が妥当と思われます。当方もそろそろ老後の支度にとりかからねばなりません。将来は、ノースダウンズの緑にうねる丘陵を眺めながら露天風呂に浸りたいのですが、まず景色の良いところに穴を掘って、排水を繋げて、バスタブを埋め込んで…、DIYから始めねばなりません。

Text&Photo by M.Kinoshita

plofile
マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

マック木下さんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事