1990年代中頃、約10年ぶりで日本での生活を始めた頃のことです。大阪梅田の阪神百貨店のデパ地下で、かの有名なイカ焼き屋のスタンドを目指して店内を彷徨っていました。未知なる関西で、しかもロンドン帰りとは言え、当方は浪速ではお登りさんですから、その異質な混雑さに戸惑いつつ、眼下30㎝の黒い頭の人だかり、いわゆる大阪のご婦人たちが、ワレもワレもと無秩序に動き回る様子に「アジアやな~」と、本人自身がアジア人であることを顧みず、久々の日本でまだ状況が受け容れられない自分自身に戸惑いを覚えていました。
それでも、イギリス帰りは意図せずに紳士的な態度を取ってしまいます。惣菜売り場からイカ焼き売店のある立ち食いコーナーへと移動する際に「ガラスドアを押し開け、後続者のためにドアを開けたまま抑えてあげている」と、後続のご婦人たちはそのドアを支えるどころか、手を触れることもなくすり抜けて、押し寄せるようにどんどん入って来るではありませんか。礼の一言はおろか、ドアを支える当方を一瞥することすらありません。しかし、そのまま手を放したら、ご婦人たちの顔や身体にドアが当たり、大参事が展開されてしまいそうです。「↑」内のイギリス紳士的動作を中止するために仕方なく、注意喚起の声を上げました。
「オバちゃんたち、待ってぇや。俺はドアマンちゃうで!」関西人を相手に、生まれて初めてニセ関西弁を使った瞬間にもなりました。同時に「お兄ちゃん、頭おかしいんとちゃうか?」と、何人かに笑われて、そのメンタリティの違いに圧倒され「ああ、やはりここはアジアや。大阪や」と大阪文化の洗礼を受けた心持ちになりました。
その後も、習慣化していたイギリス仕込みの紳士の所作が出るたびに、関西deドアマンになってしまう状況が暫く続いたのですが、在阪のイギリス系団体の日本人職員に言われました。「木下さんがイギリス紳士みたいなことすると、なんかニセモノっぽいな」彼女らはイギリスでの留学や就業経験もあるので、イギリス文化をよく知る関西人です。当方が日本人の顔をしているばかりに、ニセモノ呼ばわり。やはり、郷に入っては郷に従うべきでしょうか。関西の常識とイギリスの常識とでは、それぞれが異なります。文化や常識の異なる土地にいくつも住むことでcommon senseはplenty(たくさん)になるのですね。こうして I have a lot of common sense.(たくさんの常識を持っています)と言える下地が積み重なっていくわけです。笑 参照記事(英国人のコモンセンス 2015年2月)
在阪中には日系企業の伝統的な就職試験も受けました。面接では起立のお辞儀と自己紹介をしてから、ねっとりとした握手をしたところまでは日式な慣習を踏襲できたのですが、その直後、当方はどっかと脚を組んでソファに座ってしまいました。しかし、面接のご担当たちは名刺を手にして、ぽか~んと突っ立っておられます。「ああ、これは失礼。つい、イギリスでの習慣が出てしまいました」と、当方から平謝りです。この就職試験には合格しましたが、同社では「(イギリス)カブレ」の異名を拝領頂しました。
イギリスでは、たとえ就職試験であっても、交渉の場である以上、相手との関係は公正であるべきです。言うなれば、口頭試問をする側も受ける側も、両者それぞれが相手を評価、選定する権利を公平に持つわけですし、闘いの場とも言えますから、出来るだけ自分自身を精神的に優位な立場に持って行かなければなりません。闘いに臨む以上、リラックスして余裕のある自分を示すボディ・ランゲージで、相手に「ほほう。自信ありそうだな」と好感を持たせてこそ、交渉の勝機が転がり込んで来るのです。
日本人のようにソファの端っこにちょこんとお尻を乗せ、背筋をピンと伸ばして座っているのは、日本的には奥ゆかしく評価されるのですが、イギリス人の目には、自信が無くて縮こまった姿として頼りない印象を与えかねません。そして、どんな交渉でも、相手の目を見ながら、自分の最も伝えたいことを、まず端的(演繹的)に、且つストーリー性(経験論的)を持たせて、丁寧で判り易く、楽しく言葉を繋ぎ、不遜な印象を持たせないことが肝要です。ソファとは相手をリラックスさせるためのツールですから、イギリスやヨーロッパでは脚を組んで座っても良いのですね。精神的な余裕を示すことがイギリスでは尊ばれるわけですが、逆に虚勢を示すことは、どんなにボディ・ランゲージでゆったりして見せても見破られますのでご注意を。
また、大阪でのこの面接試験の握手も思い出深いものでした。まず、イギリス人との理想的な握手とは、握った瞬間に「カッポーン!」という音が出ます。互いの手のひらを勢いよくぶつけ合うのは、友好と親善のボディ・ランゲージです。その間合いは、ボクシングで言えば、ジャブの距離。つまり、攻撃可能な距離で友好の気持ちを交わし合うわけです。軍隊で言えば、自陣に入って来た他国軍の代表と信頼関係を結ぶための儀式、祝砲に相当します。
そして、握力の強さを競い合うように互いの手を力いっぱい握り合います。一方で、先に述べたようなふにゃりと手を添えるだけのねっとりした握手では、「はて面妖な…」と、要らぬ不信感をイギリス人に与えてしまいます。国際儀典(インターナショナル・プロトコル)には「カッポーン」まで述べられていませんが、握手の基本は笑顔で相手の目を見て、しっかりと手を握り返すものです。この姿勢は信頼感を寄せ合うボディ・ランゲージでもあります。もちろん、イギリス王室の屈強な男性メンバーでしたら、「カッポーン」でも「カポンッ」くらいでも、よろしいのですが、華奢な女性や日本皇室の皆さまには、日本的な恭しさで、且つ適度な握力で手を握り返される方が良いと思います。
もうひとつ、忘れてはならない日常的なマナーとして、「お先にどうぞ」という姿勢もイギリスではボディ・ランゲージで現わされています。店先などの出入り口付近で誰かと出くわしたら、After youと言って、目配せで人に道を譲るとか、列に並ぼうとしたら、かち合った第三者には、手を差し伸べて先を譲るとか、お互いが躊躇しても、please go ahead とか、go on と促してあげるものです。関西と関東を問わず、日本ではこんなやり取りをしている間に、第三者が割り込みして来ることもありえますが、どこに行っても多くの人たちで混み合う日本でしたら、無言の割り込みや、すり抜けは、ある程度は仕方ないことかもしれません。
妻や家族に対しても、当方は無意識にイギリス的なマナーを振る舞っているようです。身に付いてしまった以上どうしようもありません。当方の振る舞いを見ていた日英婚女性(日本人)が言うには、「ウチのダンナがドアを支えてくれたり、レディ・ファーストの態度を示してくれたのは、…そうねえ、結婚前までだったかしら…」とのことでした。日英婚のケースで、この話はよく耳にします。釣った魚は…ということでしょうか。
さて、イギリス紳士としてのボディ・ランゲージは、人柄を表す重要なアイテムであり、マナー(プロトコル)に通じることも述べてきたわけですが、一旦アジアに戻ると、身に付けていることで周囲のマナーや人々の配慮に対して、かえって敏感になってしまいます。その違いに過不足を感じることもありますが、むしろ気付くのは不快なことではありません。互いの配慮が共通認識として発展していくうちにマナーとして確立していく過程も現象学的に眺めると興味深いものです。
かつて1981年頃から一般に紹介された思い遣りの「江戸しぐさ」にも似たボディ・ランゲージへと展開していくことにもなります。戦後の日英の歴史を振り返ってみても、配慮ある行為が大都会でマナーとして普及していくには相当な時間も掛かっていますし、人々の心の成長や熟練も要しているのです。
もちろん、寛容さもマナーのひとつです。マナーに基づいたイギリス紳士の示す寛容の態度、つまり、相手のどんな言葉でも受け容れるために、最初に示すべき肯定的な笑顔もボディ・ランゲージのひとつと言えるでしょう。会議ではディスカッションに臨んで、まず、笑顔で相手の言葉を受け止めて、思い切り全面的に肯定して、次に柔らかく反論してから、相手を丸め込んで、自分の都合の良いように議論を運び、最後は高笑いで締めくくる。このやり方では、その時に騙されたとは気づきません。実に、当方も何度騙されたことでしょうか。もちろん、その手法を逆手に取ったこともありますが…。ともあれ、握手の音とは、その相手との関係の始まりであるだけでなく、己との闘いの始まる合図でもあるのです。
社会の中でプライオリティとして共通認識されたモノやコトを保護するための作法。それが、マナー(manners)の役割のひとつです。この画像はケント州にあるマナーハウス(manor house)を囲む敷地Knole Parkです。野生の鹿の保護地区であり、ゴルフ場であり、一般人の散歩コースでもあります。この場合のプライオリティは鹿、歩行者の人命、そしてゴルファーのプレイです。散歩コースの方向に飛びそうになると、ゴルファーは叫びます。“Heads Up!” しかし、鹿たちは反応出来ないのですね。
それでも、イギリス帰りは意図せずに紳士的な態度を取ってしまいます。惣菜売り場からイカ焼き売店のある立ち食いコーナーへと移動する際に「ガラスドアを押し開け、後続者のためにドアを開けたまま抑えてあげている」と、後続のご婦人たちはそのドアを支えるどころか、手を触れることもなくすり抜けて、押し寄せるようにどんどん入って来るではありませんか。礼の一言はおろか、ドアを支える当方を一瞥することすらありません。しかし、そのまま手を放したら、ご婦人たちの顔や身体にドアが当たり、大参事が展開されてしまいそうです。「↑」内のイギリス紳士的動作を中止するために仕方なく、注意喚起の声を上げました。
「オバちゃんたち、待ってぇや。俺はドアマンちゃうで!」関西人を相手に、生まれて初めてニセ関西弁を使った瞬間にもなりました。同時に「お兄ちゃん、頭おかしいんとちゃうか?」と、何人かに笑われて、そのメンタリティの違いに圧倒され「ああ、やはりここはアジアや。大阪や」と大阪文化の洗礼を受けた心持ちになりました。
同じKnole Parkの画像です。『ここから先に進むと、ゴルフボールが飛んでくることがあるから気を付けてね』という注意書きです。しかし、この注意書きの前でout of bounceのボールに当たって怪我しても、自己責任となってしまいます。しかし、公園がオープンして以来、事故の報告は皆無だそうです。
その後も、習慣化していたイギリス仕込みの紳士の所作が出るたびに、関西deドアマンになってしまう状況が暫く続いたのですが、在阪のイギリス系団体の日本人職員に言われました。「木下さんがイギリス紳士みたいなことすると、なんかニセモノっぽいな」彼女らはイギリスでの留学や就業経験もあるので、イギリス文化をよく知る関西人です。当方が日本人の顔をしているばかりに、ニセモノ呼ばわり。やはり、郷に入っては郷に従うべきでしょうか。関西の常識とイギリスの常識とでは、それぞれが異なります。文化や常識の異なる土地にいくつも住むことでcommon senseはplenty(たくさん)になるのですね。こうして I have a lot of common sense.(たくさんの常識を持っています)と言える下地が積み重なっていくわけです。笑 参照記事(英国人のコモンセンス 2015年2月)
家族で散歩中にコースのグリーンから少しだけ外れたボールを見つけた義父がボールに触れないようにと、家族を誘導しています。他人様の遊びを尊重するイギリス紳士の所作、つまりボディランゲージと言えるでしょうか。笑
在阪中には日系企業の伝統的な就職試験も受けました。面接では起立のお辞儀と自己紹介をしてから、ねっとりとした握手をしたところまでは日式な慣習を踏襲できたのですが、その直後、当方はどっかと脚を組んでソファに座ってしまいました。しかし、面接のご担当たちは名刺を手にして、ぽか~んと突っ立っておられます。「ああ、これは失礼。つい、イギリスでの習慣が出てしまいました」と、当方から平謝りです。この就職試験には合格しましたが、同社では「(イギリス)カブレ」の異名を拝領頂しました。
因みに、Knole Parkは、その昔ビートルズが“Strawberry on the Hill” と“Penny Lane”のプロモーション動画の撮影に使ったところで、ビートルズ信奉者が多く押し寄せるところです。
イギリスでは、たとえ就職試験であっても、交渉の場である以上、相手との関係は公正であるべきです。言うなれば、口頭試問をする側も受ける側も、両者それぞれが相手を評価、選定する権利を公平に持つわけですし、闘いの場とも言えますから、出来るだけ自分自身を精神的に優位な立場に持って行かなければなりません。闘いに臨む以上、リラックスして余裕のある自分を示すボディ・ランゲージで、相手に「ほほう。自信ありそうだな」と好感を持たせてこそ、交渉の勝機が転がり込んで来るのです。
日本人のようにソファの端っこにちょこんとお尻を乗せ、背筋をピンと伸ばして座っているのは、日本的には奥ゆかしく評価されるのですが、イギリス人の目には、自信が無くて縮こまった姿として頼りない印象を与えかねません。そして、どんな交渉でも、相手の目を見ながら、自分の最も伝えたいことを、まず端的(演繹的)に、且つストーリー性(経験論的)を持たせて、丁寧で判り易く、楽しく言葉を繋ぎ、不遜な印象を持たせないことが肝要です。ソファとは相手をリラックスさせるためのツールですから、イギリスやヨーロッパでは脚を組んで座っても良いのですね。精神的な余裕を示すことがイギリスでは尊ばれるわけですが、逆に虚勢を示すことは、どんなにボディ・ランゲージでゆったりして見せても見破られますのでご注意を。
犬はボディランゲージの達人(犬?)です。そわそわして来ると、飼い主もこの箱を探します。犬のボディランゲージは衝動的な生理現象に拠るものですが、人間の場合は意図的に、且つ理性で身に付けて優雅に表現するという点で異質なものですね。
また、大阪でのこの面接試験の握手も思い出深いものでした。まず、イギリス人との理想的な握手とは、握った瞬間に「カッポーン!」という音が出ます。互いの手のひらを勢いよくぶつけ合うのは、友好と親善のボディ・ランゲージです。その間合いは、ボクシングで言えば、ジャブの距離。つまり、攻撃可能な距離で友好の気持ちを交わし合うわけです。軍隊で言えば、自陣に入って来た他国軍の代表と信頼関係を結ぶための儀式、祝砲に相当します。
そして、握力の強さを競い合うように互いの手を力いっぱい握り合います。一方で、先に述べたようなふにゃりと手を添えるだけのねっとりした握手では、「はて面妖な…」と、要らぬ不信感をイギリス人に与えてしまいます。国際儀典(インターナショナル・プロトコル)には「カッポーン」まで述べられていませんが、握手の基本は笑顔で相手の目を見て、しっかりと手を握り返すものです。この姿勢は信頼感を寄せ合うボディ・ランゲージでもあります。もちろん、イギリス王室の屈強な男性メンバーでしたら、「カッポーン」でも「カポンッ」くらいでも、よろしいのですが、華奢な女性や日本皇室の皆さまには、日本的な恭しさで、且つ適度な握力で手を握り返される方が良いと思います。
第二代特命全権公使のハリー・パークス。彼の威厳に満ちた風貌と恫喝にも近い数々の発言は当時の外交のひとつの在り方だったようです。事案の重要性に関わらず、何事につけ日本政府に対して強硬な態度を取るパークスに辟易した日本の官僚たちは、パークスを英本国に戻らせる、あるいは日本からどこかに転勤して貰うための裏工作までしていました。歴代の全権代表の中でも、パークスほど威圧的なボディランゲージを取った人物はいないと言われています。「対パークス本国帰還作戦」については、日本の外交史料館に公文書が残されています。また、当画像は元駐日英国大使から掲載許可済みです。
もうひとつ、忘れてはならない日常的なマナーとして、「お先にどうぞ」という姿勢もイギリスではボディ・ランゲージで現わされています。店先などの出入り口付近で誰かと出くわしたら、After youと言って、目配せで人に道を譲るとか、列に並ぼうとしたら、かち合った第三者には、手を差し伸べて先を譲るとか、お互いが躊躇しても、please go ahead とか、go on と促してあげるものです。関西と関東を問わず、日本ではこんなやり取りをしている間に、第三者が割り込みして来ることもありえますが、どこに行っても多くの人たちで混み合う日本でしたら、無言の割り込みや、すり抜けは、ある程度は仕方ないことかもしれません。
妻や家族に対しても、当方は無意識にイギリス的なマナーを振る舞っているようです。身に付いてしまった以上どうしようもありません。当方の振る舞いを見ていた日英婚女性(日本人)が言うには、「ウチのダンナがドアを支えてくれたり、レディ・ファーストの態度を示してくれたのは、…そうねえ、結婚前までだったかしら…」とのことでした。日英婚のケースで、この話はよく耳にします。釣った魚は…ということでしょうか。
威圧的なボディランゲージと言えば、ステッキを携えたウィンストン・チャーチルも人を寄せ付けない威容で有名でしたが、このルーズベルトとの語らいの様子は貴重です。この像のモチーフとなった画像が新聞紙上に出た時、チャーチルの家族は「あら、珍しい。笑っているわ」と言ったとか。当方がこの画像を撮影した直後、ドイツ人の少女がチャーチル像にお姫様抱っこされる格好で両親に写真撮影して貰っていました。イギリス人に抱かれるドイツ人。まさに平和の光景です。
さて、イギリス紳士としてのボディ・ランゲージは、人柄を表す重要なアイテムであり、マナー(プロトコル)に通じることも述べてきたわけですが、一旦アジアに戻ると、身に付けていることで周囲のマナーや人々の配慮に対して、かえって敏感になってしまいます。その違いに過不足を感じることもありますが、むしろ気付くのは不快なことではありません。互いの配慮が共通認識として発展していくうちにマナーとして確立していく過程も現象学的に眺めると興味深いものです。
かつて1981年頃から一般に紹介された思い遣りの「江戸しぐさ」にも似たボディ・ランゲージへと展開していくことにもなります。戦後の日英の歴史を振り返ってみても、配慮ある行為が大都会でマナーとして普及していくには相当な時間も掛かっていますし、人々の心の成長や熟練も要しているのです。
イギリス発の近代的なデザインを多く取り入れたSt Martin’s Lane Hotel のロビーにて。ソファはリラックスするためのものだと思っていましたが…。
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もちろん、寛容さもマナーのひとつです。マナーに基づいたイギリス紳士の示す寛容の態度、つまり、相手のどんな言葉でも受け容れるために、最初に示すべき肯定的な笑顔もボディ・ランゲージのひとつと言えるでしょう。会議ではディスカッションに臨んで、まず、笑顔で相手の言葉を受け止めて、思い切り全面的に肯定して、次に柔らかく反論してから、相手を丸め込んで、自分の都合の良いように議論を運び、最後は高笑いで締めくくる。このやり方では、その時に騙されたとは気づきません。実に、当方も何度騙されたことでしょうか。もちろん、その手法を逆手に取ったこともありますが…。ともあれ、握手の音とは、その相手との関係の始まりであるだけでなく、己との闘いの始まる合図でもあるのです。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。