「豊かな貧乏生活」イギリス人と暮らす在英邦人の金銭感覚 | BRITISH MADE

Little Tales of British Life 「豊かな貧乏生活」イギリス人と暮らす在英邦人の金銭感覚

2018.01.02

イギリス人の夫を持つと…

1980年代から90年代に掛けて、イギリス人男性にプロポーズされた日本人女性数名から共通して聞かされた印象的な言葉があります。それは「彼は全然貯金していないのよ」というもの。当方もその彼らのことをよく知っていて、一緒に食事に行く仲間でもあれば、たまには旅行もする仲でした。ただ、あまりにも頻繁に外食や旅行に行くので、いくら仲良くなっても毎回つるむことはありませんでした。独身の彼らは勤めで稼いだお金を飲食や旅行にどんどん注ぎ込んでしまいます。あのお金の使い方では貯金はできないだろうなあ、と思っていたので、彼らのフィアンセである日本人女性たちから彼らの貯金の実情を聞かされて、実に合点がいったものです。

先行投資としての資格試験の勉強費用や留学費用を貯めるなど、目的を持った貯蓄をする友人もいましたが、大学を出て就職し、4〜5年間は仕事もソツなくこなし、安定した生活を送っていれば、ある程度の蓄えができていても不思議ではない。という考え方は、日本人であればふつうであろうと思い込んでいた時代でした。
20180102_007 イギリス人と旅行すると、食事で節約する人もいます。日本人としては地元の名物を食べたいではありませんか。でも、彼らは宿に帰って夕飯はサンドイッチでいいと。楽しみ方の違いと言えば、話はそれで終わり。何故、地元食材に興味ないの?と話題にしようと思っても話が広がりません。やはり、食を大事に思わない英国人も居るようです。

支出の理由

当方も就職から結婚するまでの期間に、毎月積み立てたそれなりの蓄えがありましたが、「もしかしたら、イギリス人と日本人とでは、互いに金銭感覚が異なるのかもしれない」とぼんやりと考えていました。

結婚してから子どもが生まれる以前のこと、ある程度のお金が貯まると英人の妻は旅行に行こうと言い出します。それも、年に数回。しかし、当方は気が進みません。まだ、イギリス生活が始まったばかりだし、急に日本に一時帰国することもあるだろうから、貯金に宛てようと言うと、妻は切り返しました。「給料の安い間に無理にお金を貯めたって大した貯金になりませんよ。今若いうちに興味のあるところに行って、何かを経験しておくことも大切なので、今回は旅行を優先しましょう。もちろん、貯金も大切だけど、毎日厳しい環境で働いているのだから、たまには自分にご褒美をあげましょう」当時としては、もっともな考え方だと思いましたが、貯金が増えないことが気になります。その後、子どもが生まれるまでの間、我々夫婦が旅行に行くかどうかは両者の駆け引きになりました。

また、イギリスで家を購入するか、借家住まいでやっていくかと相談した時には、「住宅購入は投資として考えれば合理的」という判断の元で購入することにしました。幸い、サッチャー政権下でファーストバイ(住宅の初期購入)に補助金の出る政策が実行されていた時代なので、当方も妻の意見には賛同しました。しかし、日本に住む日本人の友人知人たちからは無謀な投資だとか、30歳前で早すぎると言われました。しかし、50代半ばでローンが終わったことを考えてみると、家の購入は結果的に好判断だったと思います。
20180102_001 一般的に、ビジネスで成功すると、次は不動産で収入の安定を図ります。ビジネスが斜めに向かっても個人資産を確保しておけば、生活のレベルや金銭感覚は変えないでも済ませられることもあります。

日英では住宅事情が異なるから、比べられないと言えば話はそれまでですが、イギリスでは中学を卒業して社会人になると、結婚する前から異性と同棲し、家を購入することが当然の時代でした。今でこそ、家の価格が高騰しているため、30歳を過ぎても親元を離れられないイギリス人の若者は多くなりましたが、1990年代の後半までは、中高を終えた(卒業とは言いません)若者が親元から独立することは基本的な姿であり、家を構えることが大人になる第一歩として当然の時代だったのです。「17歳の彼らがやっていることを、おまえらは30歳近くになってやっと始めたんだな」と、当方に苦言を呈するイギリスの保守的な年配者がいたことを記憶しています。

金銭感覚は婚姻のためには重要な条件…か

イギリス生活が始まって以来、日英カップルと続々と知り合うので、ご主人のイギリス人男性に必ずこの質問をしました。「結婚する時、彼女から君の貯金について聞かれなかった?」すると、「もちろん、聞かれたよ。そして、僕にはほとんど貯金がないと伝えたよ」という応えが大半でした。貯金を持たないイギリス人男性と結婚する日本人女性とは、一体どんな価値観を持っているのか?

その時代の日本では三高(高学歴、高収入、高身長)がひとつの結婚観になっていたので、どんなに高学歴でも、高身長でも、収入や貯金の少ないイギリス人と結婚したがる日本人女性の気持ちや考えがどうなっているのかと疑問を抱いていました。もっとも印象的だったのは、「彼の英語の発音がきれいだったから…」という婚姻理由でした。正直に言わせて頂きますと、イギリス生活とイギリス人との双方に対する幻想を抱いて国際婚に至った日本人は(まだ)多いと思います。そして、その幻想を捨てて、あるいは忘れて、現実を受け容れた方々は、今でも同じイギリス人男性と在英生活を続けているように思われます。

ひとつの例ですが、ご主人のキレイな英語に惚れたその彼女の場合は、逞しい生活力でご主人を支えていました。やがて、婚姻生活では彼女とご主人との人間関係も変化しています。20年前に知り合ったばかりの頃の二人は、ほんわかしたインテリなイギリス人のご主人と、明るいけど自分の才能や能力を鼻に掛けたやや高飛車な日本人のご婦人との組み合わせいう印象でした。そして、10数年後にその夫婦に再会すると「僕は仕事にがんじがらめにされるのが苦手なので、マイペースなのです」と言うご主人はほんわかしたままで変化がまったく無く、40代前半と若いのに既に好々爺の雰囲気。一方で、奥さん(50代半ば)は美貌を保ったまま強く逞しく、そして穏やかな言動の人へと変身していました。ご主人が彼女を変えたのだなあ、と思いましたが、それだけではないようです。「主人もワタシも稼ぎは少ないし、生活は楽ではありませんが、彼と一緒にいるだけで十分なのです。この生活を維持するためだけでも、一生懸命になれますわ。働く環境と、生活と人間関係の自由さと、社会インフラと、自然の身近さなどを比較すると、イギリスのこのライフスタイルは日本では得られないだけでなく、替え難い環境ですもの」在京時代の彼女は外資系金融でバリバリに働いていた高給取りでしたが、その変容ぶりが鮮やかでした。

おそらく、高収入ではなくとも、たとえ少しくらい貧しくても、そこそこの幸福を感じながら生きていける金銭感覚が夫婦間で一致していたことが、この夫婦の共同生活で求められた重要なファクターだったのですね。 事実、他の夫婦の事例を見ても、在英邦人はイギリス人との婚姻後に金銭感覚が研ぎ澄まされて、逞しくなっていく一方で、その人間性は丸くなっていくような印象があります。
20180102_006 日英カップルの知人と待ち合わせていた時、彼らが当方に気付く前にカメラを向けました。彼女も婚姻後は質素倹約の英国生活者です。でも、故国日本に居るより英国に居る方が幸せなのだそうです。ちなみに、真ん中の元気な少年はキャプションや本文とは無関係です。

貯金をほとんど持たないのは、学歴には無関係です。オクスフォード大の院卒で、地方公共団体に所属してゴミ収集の仕事をした後にバンク・オブ・イングランドに就職し、日本のイギリス大使館に出向していた経済専門官として外交職に就いていた人物の言葉も印象的でした。「僕の貯金も少ないよ。でも、ちゃんと仕事しているし、イギリスは年金や社会福祉が発達しているから、将来への心配は少ない。(無いとは言わない) それにしても、日本人は親しくなると、何で同じことばかり聞くんだ。日本だって、福利厚生がちゃんとしているじゃないか。高齢者の貯金が日本の財政を支えているじゃないか。世界レベルで見てご覧よ。日本やイギリスみたいに、こんなに何でも揃った国なんて他にないんだよ」

その実、元日本駐在員たちだったイギリス人たちは、日本での派手な生活ぶりが嘘のようで、家族を構えた故国イギリスでは、家のローンに追われながら慎ましい生活を送っています。質素なホームパーティをすることはあっても、パブに行くことは稀です。子どもたちが大学を出て、独り立ちするまではじっと我慢の生活です。社会人になるまで子どもたちを育てることには夢がありますから、充分に耐えうる生活です。困難を克服する過程に当たると思えば、むしろ幸せの範囲内にある喜ばしき状況なのです。
20180102_005 フットマンまたはヴァレ(駐車)担当者曰く、ホテル・ザ・リッツからのお出かけはブラックキャブを使う人が大半なのだそうです。すぐそばの地下鉄グリーンパーク駅に行く人もけっこう見掛けますし、バスに乗る人もたくさん居るだろうと言うと、「彼らはアフタヌーンティを食べに来た一見さんだよ。宿泊客は日本人といえども、ほとんどがキャブかリムジンを利用するね」とのこと。確かにこのホテルに宿泊できる人の金銭感覚は当方には判りかねます。もっと高価でネットに出ない、取材お断わりの超豪華ホテルもロンドンにはたくさんあります。

貧しさから授かった知恵

ところで、当方が航空旅行業に従事していた頃、イギリスの地方生活の長い日本人女性のお客様数名から手紙を頂くことがありました。「日本に一時帰国するので、航空券の予約をしたい。指定した日時に電話をください」という一切の無駄のない内容です。平日の昼間は特に、地方から都市部への電話代はイギリスではかなりな高額なので、旅行代理店や航空会社に負担してもらおうという意図なのですね。この種の手紙を送る人は少なくとも90年代までは珍しくありませんでした。そして、その人々が年金生活者になってからは、毎年予約の手紙を頂くようになりました。義親や実親の遺産とその運用利益などで毎年帰国できるようになったと生々しい背景も教えてくださる方もおられましたが、それでも電話代は極力節約する工夫を続けておられました。

今はネットの社会なので、このマーケットに居る方々がいかがされているのかと、気になるところではあります。貧しさや技術不足のために、ネットも扱えない高齢の在英邦人も少なくないという話を聞いたこともあります。

ともあれ、このようなお客様の場合も、つましい生活を長年続けて培った節約のノウハウを駆使して行く様子は、若き在英邦人がイギリスで職を得て、生活を始めた直後から見受けるものです。イギリス人と結婚しても、節約する日本的な金銭感覚は失われないということでしょうか。
20180102_002 一杯飲んじゃうと誰でも金銭感覚には鷹揚になりますね。飲みすぎに注意。

神田川の世界

一般的に経済力は婚姻の条件として重要なファクターだと言われています。経済学における幸福の定義がしっかりしていれば、確かにそのとおりです。本来の経済学とは、人間に幸せを導くための方法を探すために過去の諸現象を研究し、将来を予見する理論を構築する学問であるべきだと思います。その理論がマネーゲームの道具にされる以前から、経済学者は多くの名言を吐き出しています。そして、その名言は心豊かに暮らすことへの方向性を諭(さと)しています。
20180102_004 これはコインではなく、プラーク(銘板)です。ロンドン市内にモーツアルトの足跡はたくさん残されています。ブループラークをはじめ非公式のものを含めてモーツアルト関係の銘板はあちこちに観られます。Cecil court, Ebury street, Frith streetの他にも個人的な依頼で演奏した場所にも記念として非公式に設置されています。1984年の映画「アマデウス」ではモーツアルトの独特な価値観と感性と金銭感覚が描写されています。イギリス人ではありませんが、富の集積地ロンドンのウェストエンドに住んだ音楽家として、当時のその経済感覚には注目すべき点が多いと思います。

しかし、現代に至って、あてにならない予言をする占い師たちのことを経済学者と言うのかなと感じることがあります。僭越ながら、経済学はその学問体系がいまだに整っていないのでは?と、思わざるを得ないことがあります。資本論をはじめとする現代の諸理論も間違いと疑問点だらけで、普遍性を見出せません。もしかしたら、当方自身が経済学に幻想を抱いていたのかもしれないし、本来の経済学の成り立ちそのものにも課題があるのかもしれないと思い立ち、経済に関する名言を辿ってみると16世紀まで遡って以下の言葉を見出すことができました。経済学者ではありませんが、万能の学者シェイクスピアの言葉です。

“Poor and content is rich and rich enough; but riches endless is as poor and winter to him that ever fears he shall be poor.” –Shakespeare(シェイクスピア)–
貧しさの中でも満足している人間は豊か、しかもとても豊か。しかし、豊かさのみ追い求め、貧しさを恐れている人間は、枯れた冬のように空虚。(当方の意訳)

この言葉が代表するように、経済に関する格言名言を調べていると、「幸せ」と関連する内容ばかりです。18世紀にベンサムが功利主義を唱えてから、幸せは無形から有形に、そして物質的に、唯物的に変化していますが、その後も多くの学者が経済学における幸せとは何か、心の豊かさとは何かを追求しています。格言ではありませんが、昭和の名曲「神田川」に著わされている世界観は、物質的には満ち足りていないけれど、心満たされる情景はベンサムの功利主義と相容れられるものではありません。だから、我々は昭和ノスタルジーに小さな幸せを感じ、現代社会の空虚さを見出すことになるのですね。
20180102_003 ドーセットの海岸です。こんなにたくさんのヨットをみると、お金持ちってけっこういるんだなあ、と思います。以前にも述べましたが、息子には、誕生日に親からクルーザーをプレゼントされた友達がいます。それも一人や二人ではないので、友だちとの付き合いで散財しないかと、息子の将来が心配です。上流階級の人々…というほどの人たちではないのですが、金銭感覚が完全に違う人たちです。彼らとの付き合い方は、しっかりと自己の立場を弁(わきま)えるべきであって、無理な背伸びをする庶民にだけはなりたくないと息子も申しております。

例によって、日英の優劣を述べているつもりはありません。ある程度の物質的な豊かさは、必要であり、生理的な欲求の範囲内にあります。かつての婚姻前後の日本人女性たちが貯金のないイギリス人伴侶に対して抱いた不安が、その婚姻生活の中で、気持ちの余裕や心の豊かさの中に包み込まれていったケースはけっこう多かったのではないかと見受けます。

当方もイギリス人の金銭感覚や幸福感に影響を受けたという点では、イギリス人男性の配偶者となった彼女らと同じです。しかし、「何ごとにも不便で、たまに(しょっちゅう?)イラ立つけど、美しい散歩道の多いこの国に長く住んでみてもいいかもなあ」という考えにたどり着くまでに、葛藤にまみれたイギリス生活は避けられないものでした。慎ましい生活と、日本とは違った種類の豊かさをイギリスで経験した結果とも言えます。心の充足のためにするべきことが、少しは分かってきたお年頃なのかもしれません。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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