この春イギリス王室では、キャサリン妃が第三子・ルイ王子ご出産、ヘンリー王子のご結婚など、めでたい話題に事欠きませんでしたが、その陰でエリザベス女王が飼われていた最後のウェルシュ・コーギー・ペンブローク(以下コーギー)「ウィロー」が4月15日に亡くなったという悲報も舞い込みました。がんを患っていたウィローの安楽死を女王が決断されたという報道を目にし、その深い悲しみはいかばかりかと思います。
このニュースを聞いて私が真っ先に思い出したのは、自分と妻がかつて通っていたとあるショップの看板犬「キュー」の存在。キューは私たちが生まれて初めて出会い、仲良くさせてもらったウェルシュ・コーギー・ペンブロークの女の子でした。今は亡きキューとの思い出や、キューとのご縁で集め始めた当店の陶器のコーギーフィギュアコレクションについて、書き進めていきたいと思います。
キューはお客様を店内でお出迎えし、おもてなしするのが仕事。しかし時には番犬(!?)にも早変わり。外を散歩中の他の犬が店頭を通ると、猛スピードで駆け寄り、ウーッ!と唸ります。思わず喧嘩になりかねない時には、店主さんが「イケナイ!キュー!」といさめたり。結構広い店内からですが、本当に外の匂いがよく分かるものだと、コーギーの嗅覚にビックリしたものです。
そして、これも職務でしょうか…。
キャッシャーあたりで店主さんが、プラスチックの包装材をカサカサっと開ける音を聞くや、また猛ダッシュで駆け寄って満面の笑みで「お菓子?!」とおねだり顔。残念ながら人生そう甘くなく、その音の大半はコーギーが食べられるお菓子の袋の音ではなかったのです。そんな中、見事に大好きなお菓子にありついた時のキューの幸せそうな姿も、私たちお客たちをほんわかさせるのでした。なのでこれも彼女の立派な仕事だったのです。
コーギーは、イギリスの王室・特にエリザベス女王にとって大切な存在です。ジョージ6世とエリザベス女王の二代にわたり寵愛を受けてきました。幼少期からコーギーと過ごしてきたエリザベス女王は、即位後は30匹以上のコーギーを飼い、最多では同時に13匹を飼育されていたそうです。しかし女王は2015年、決断をしました。もう新しくコーギーは飼わないと。愛犬を残して逝きたくないとの考えは、コーギーを愛するが故であり、大変潔いと思いました。
また王室とコーギーを物語る一例として、2012年ロンドン五輪開会式のショートムービーでは、まさかのジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)との共演がありました。エリザベス女王、ボンド、愛犬の「ホリー」と「ウィロー」がバッキンガム宮殿を歩くシーンはなんとも微笑ましく、思い出される方も多いと思います。オリンピック会場へ向かうヘリに乗り込む女王を見送るけなげなコーギーたち、その後ジェームズ・ボンドより先にヘリコプターから飛び降りる女王。オリンピックのエンターテイメントに王室とコーギーが登場することに驚くとともに、王室にとっても歴史に残る出来事ではなかったかと想像します。改めてイギリスの懐の深さとユーモアにも感服します。
それでも少しずつ丹念に集めたフィギュアを、現在では様々なイベントで販売しています。
フィギュアを見ていて分かったことですが、陶器製コーギーの製造ブランドは何社かあり、代表的なのはSylvaC(1894年~1982年)とBeswick(1892年~2002年)。珍しいところではWedgwood製のものも当店にはありましたが、過日あるお客様のお目に留まり、無事新たなオーナーの元へと旅立っていきました。フィギュアは手で彩色されているため、1匹ずつ表情も毛並みも違います。そこが職人の人間臭さを感じさせます。大体はオレンジ色に近いベージュと白のツートーンで、3色のフィギュアはこれまでほとんど目にしたことがありません。
かわいい!
コーギーに似てない!
このおしりがたまらないのよね!
目がこわい!
様々です。
遠くからでも「ねえ見て見て、コーギー!うわ、かわいい!」と数匹のコーギーを見つけ、サッと近寄って手にするお客様は、今飼っている方、以前飼っていた方がほとんど。実際にお買い求めになる方はやはりそういう方が多いです。うちの子とはこっちが似てる、あっちは似てないなど、フィギュアを見ながらおしゃべりされている様子は、私たちにとっても嬉しい光景です。また、以前に飼っていたので、その子の代わりに…とフィギュアを買われたお客様も何人か。胸が熱くなり、このちいさな体が果たすとても大きな役割にハッとさせられます。
「赤ちゃんが泣いてると『なんとかしてあげて~』って大人たちに言いに走って来たり、赤ちゃんを舐めてあげたり。出張中に預かっていただいた80代のおばあちゃんにもとても可愛がられて、キューが帰るときには涙してくださったことや、隣りに住んでいたお子さんの心の支えになって泊りに行ったりしていました。」
私たちも仕事で疲れたり何か心がささくれたりしていた時には、ふとキューの笑顔を思い出し、週末になるとショップへ足が向いたものです。キューは何の見返りも求めずに笑顔で迎えてくれて、そんな様子を見ながら店主さんとも話していると、ショップを後にする頃には気持ちや足取りも少し軽くなります。帰り道では、二人とも不思議と心がスッキリしていたことを思い出します。
こんな愛くるしい性質の犬だからこそ、エリザベス女王も永年にわたり、かけがえのないパートナーとして大切にしてきたのかもしれません。キューや女王の歴代のコーギーたちが、天国でも元気に走り回っていることを心から願っています。
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「犬との語らい」 家族としての役割と存在感
このニュースを聞いて私が真っ先に思い出したのは、自分と妻がかつて通っていたとあるショップの看板犬「キュー」の存在。キューは私たちが生まれて初めて出会い、仲良くさせてもらったウェルシュ・コーギー・ペンブロークの女の子でした。今は亡きキューとの思い出や、キューとのご縁で集め始めた当店の陶器のコーギーフィギュアコレクションについて、書き進めていきたいと思います。
ウェルシュ・コーギー・ペンブロークは表情がとてもキュート
やんちゃで気まぐれなキューは仕事もこなす
私たちがキューと初めて出会ったのは2000年代前半。ピンと立った大きな耳と短い脚、いつも笑顔のようなコーギー独特の表情。一気に虜になりました。キューは、私たちがお店に行くとはじめは大人しい素振りを見せますが、撫でていくと段々エスカレートしてきて、手をペロペロ(段々、ベロベロ)となめてきたり、フロアに大の字になって「撫でてなでて~」とアピールして来るのでした。それでいて、「よし、今日はキューに思い切り遊んでもらうぞ!」と出かけた日には、なぜかいつものリアクションがなく、私たちに興味を示さなくて肩透かしを食らった日も。お店にいなくて寂しい思いをした日もありました。こんな日々を重ねるうちに、自宅で犬を飼ったことのない私たちは、すっかりキューの魅力にやられてしまったのです。キューはお客様を店内でお出迎えし、おもてなしするのが仕事。しかし時には番犬(!?)にも早変わり。外を散歩中の他の犬が店頭を通ると、猛スピードで駆け寄り、ウーッ!と唸ります。思わず喧嘩になりかねない時には、店主さんが「イケナイ!キュー!」といさめたり。結構広い店内からですが、本当に外の匂いがよく分かるものだと、コーギーの嗅覚にビックリしたものです。
そして、これも職務でしょうか…。
キャッシャーあたりで店主さんが、プラスチックの包装材をカサカサっと開ける音を聞くや、また猛ダッシュで駆け寄って満面の笑みで「お菓子?!」とおねだり顔。残念ながら人生そう甘くなく、その音の大半はコーギーが食べられるお菓子の袋の音ではなかったのです。そんな中、見事に大好きなお菓子にありついた時のキューの幸せそうな姿も、私たちお客たちをほんわかさせるのでした。なのでこれも彼女の立派な仕事だったのです。
思いのほか活動的なコーギー
短い脚でおしりをプリプリと振りながらユーモラスに歩くコーギー。のんびりとしたパッと見とは裏腹に、実は牧畜犬だとご存じでしたか?走るとビックリするくらい早く、それだけ運動量が必要な犬です。店主さんは朝晩2回お散歩を欠かさず。キューが若い頃は、毎日公園でボールやフライングディスクを延々と投げさせられた…と昔の話をしていただきました。もしコーギーを飼うならば、1日のうちできちんとコーギーと向き合う時間を確保しなくてはなりません。現在飼っている方には当たり前のことだと思うのですが、私にとっては犬を飼うこと、コーギーを飼う事の責任の重みを、この話から改めて感じたのです。 ごろんと仰向けになりリラックスするコーギー
店主さんの大切なコーギーフィギュア
このお店ではキューとの出会いだけでなく、陶器製のコーギーフィギュアとの出会いがありました。店主さんから「コーギーはロイヤルドッグなのよ」と教えてもらい、いくつかのコーギーのフィギュアを見せていただきました。大体はコーギーが1匹、立っていたり座っていたりの姿勢をとっているものなのですが、中にはエリザベス女王とコーギーが一緒になった大作も見せていただいたり。この作品は後にも先にもその時しか見たことがないレアなものです。そしてフィギュアを見ていて感じたことですが、コーギーの大きな耳と長い胴、短い脚の独特な体形はフィギュアになることでより個性的に見えてきて、置いてあるだけでインパクトがあるのです。モノとしての魅力がグンと上がります。このことがきっかけとなり、十数年にわたる私たちのコーギーコレクションが始まったのです。王室とコーギーの歴史
店主さんの「ロイヤルドッグ」という言葉。ご存知の方は多いと思いますが、改めて紐解きますと…コーギーは、イギリスの王室・特にエリザベス女王にとって大切な存在です。ジョージ6世とエリザベス女王の二代にわたり寵愛を受けてきました。幼少期からコーギーと過ごしてきたエリザベス女王は、即位後は30匹以上のコーギーを飼い、最多では同時に13匹を飼育されていたそうです。しかし女王は2015年、決断をしました。もう新しくコーギーは飼わないと。愛犬を残して逝きたくないとの考えは、コーギーを愛するが故であり、大変潔いと思いました。
また王室とコーギーを物語る一例として、2012年ロンドン五輪開会式のショートムービーでは、まさかのジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)との共演がありました。エリザベス女王、ボンド、愛犬の「ホリー」と「ウィロー」がバッキンガム宮殿を歩くシーンはなんとも微笑ましく、思い出される方も多いと思います。オリンピック会場へ向かうヘリに乗り込む女王を見送るけなげなコーギーたち、その後ジェームズ・ボンドより先にヘリコプターから飛び降りる女王。オリンピックのエンターテイメントに王室とコーギーが登場することに驚くとともに、王室にとっても歴史に残る出来事ではなかったかと想像します。改めてイギリスの懐の深さとユーモアにも感服します。
カーペットの上を転がるコーギーたちと、ボンドの真面目な表情のギャップにクスッと笑えます(コーギーたちの出演は0’50”~2’26”)
イギリスで手に入れたコーギーフィギュア
コーギーフィギュアと出会ってから、イギリスでのコーギー探しが始まりました。マーケットやフェアに行き、遠目で犬の置物と分かればすぐさま駆け寄って確認します。しかしよく目にするのは圧倒的にヨークシャーテリアなど他の犬種で、コーギーには期待するほど出会えません。運良く出会えても値段が高かったり、コンディションがいまいちだったり…。我らコーギーハンターはイギリスで奮闘しております。それでも少しずつ丹念に集めたフィギュアを、現在では様々なイベントで販売しています。
フィギュアを見ていて分かったことですが、陶器製コーギーの製造ブランドは何社かあり、代表的なのはSylvaC(1894年~1982年)とBeswick(1892年~2002年)。珍しいところではWedgwood製のものも当店にはありましたが、過日あるお客様のお目に留まり、無事新たなオーナーの元へと旅立っていきました。フィギュアは手で彩色されているため、1匹ずつ表情も毛並みも違います。そこが職人の人間臭さを感じさせます。大体はオレンジ色に近いベージュと白のツートーンで、3色のフィギュアはこれまでほとんど目にしたことがありません。
今年5月のブリティッシュ・コレクターズ・マーケット当店売り場には、「王室コーナー」を設けました
いちばん奥がWedgwood製のフィギュア
前列左からSilvaC(中)、SilvaC(小)3体、Beswick2体、後列Melba Ware(大)
コーギーと言えばおしりが大切。ぜひ後ろからのカットもご堪能ください
ところでイギリスのアンティークフェアに行って気付くのが、イギリス人と犬の関係です。屋外フェアでは会場に入るのに犬連れOKなところが多く、また出展しているディーラーも犬を傍らにのんびり座ってミルクティーやコーヒーを飲んでいる、という姿をよく見かけるのです。この光景にはものすごいカルチャーショックを受けました。よく、「犬は家族と同じ存在」と言われますが、イギリスでは犬はそれ以上に許容されて社会に溶け込んでいる。そんな印象を受けました。イギリスで見る犬は、実によく躾けられており、オーナーのそばでお行儀よく過ごしています。 左:今年3月アンティークフェアで見かけた犬たち。オーナーさんの帰りを大人しく待っています。通行人になでられることも
右:フェア情報誌にある「DOG FRIENDLY」の文字。犬を連れて入れるフェアです
右:フェア情報誌にある「DOG FRIENDLY」の文字。犬を連れて入れるフェアです
コーギーフィギュアを求める方の、さまざまな想い
イギリスで手に入れたコーギーフィギュアは、今度は日本のお客様に出会うことになります。帰国後のイベントで私たちが店頭に並べていると、いろんな方がコメントを下さいます。かわいい!
コーギーに似てない!
このおしりがたまらないのよね!
目がこわい!
様々です。
遠くからでも「ねえ見て見て、コーギー!うわ、かわいい!」と数匹のコーギーを見つけ、サッと近寄って手にするお客様は、今飼っている方、以前飼っていた方がほとんど。実際にお買い求めになる方はやはりそういう方が多いです。うちの子とはこっちが似てる、あっちは似てないなど、フィギュアを見ながらおしゃべりされている様子は、私たちにとっても嬉しい光景です。また、以前に飼っていたので、その子の代わりに…とフィギュアを買われたお客様も何人か。胸が熱くなり、このちいさな体が果たすとても大きな役割にハッとさせられます。
ふと、キューを思い出す
このコラムを書くに当たって、久しぶりに店主さんへ連絡が取れて、キューのエピソードが聞けました。亡くなってすでに8年経ったとのこと。人懐っこいキューは、短い脚で小さい体が人に恐怖心を与えないこと、また性質も大らかで穏やかなこともあってか、年齢性別を問わずお客様やご近所の方など沢山の方々に可愛がられたそうです。「赤ちゃんが泣いてると『なんとかしてあげて~』って大人たちに言いに走って来たり、赤ちゃんを舐めてあげたり。出張中に預かっていただいた80代のおばあちゃんにもとても可愛がられて、キューが帰るときには涙してくださったことや、隣りに住んでいたお子さんの心の支えになって泊りに行ったりしていました。」
私たちも仕事で疲れたり何か心がささくれたりしていた時には、ふとキューの笑顔を思い出し、週末になるとショップへ足が向いたものです。キューは何の見返りも求めずに笑顔で迎えてくれて、そんな様子を見ながら店主さんとも話していると、ショップを後にする頃には気持ちや足取りも少し軽くなります。帰り道では、二人とも不思議と心がスッキリしていたことを思い出します。
こんな愛くるしい性質の犬だからこそ、エリザベス女王も永年にわたり、かけがえのないパートナーとして大切にしてきたのかもしれません。キューや女王の歴代のコーギーたちが、天国でも元気に走り回っていることを心から願っています。
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「犬との語らい」 家族としての役割と存在感
富澤利彦
靴・服好きが高じ30代に初めて渡英。以来、会社員時代はずっとブリティッシュスタイル。ファッションから広告・雑貨にも興味は広がり、2016年から妻が始めた「Antiques Harmonics」に本格的に参加。新旧の英国モノを毎日楽しむ日々を過ごしています。
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