いつも気になるロンドンタクシー その2/2 もはや黒くもないブラックキャブ | BRITISH MADE

Little Tales of British Life いつも気になるロンドンタクシー その2/2 もはや黒くもないブラックキャブ

2019.10.01

前回は当方のキャブ体験を述べてみましたが、今回はロンドンのタクシーについてのエピソードをさらに楽しんでいただこうと思います。

100%自信たっぷりだけど、確認は必要

ブラックキャブの場合、行き先の確認の仕方もいろいろあるようで、路地裏のスポットに向かう際には、行き先を郵便番号、住所、建物名などで告げると、いろいろな目印や表現で確認してくれます。前回述べたブループラークはもちろんのこと、「(ロシア人スパイが殺された)あの事件のあったところかい?」とか、「昔は図書館だったところで、現在はカレーショップになっているところかい?」とか…。 また、ロンドンの交通事情と料金を考慮してくれる運転手さんもいます。「あの辺りは一方通行が多いので、少し迂回するように感じるかもしれないけど、それでもいいかね? あるいは、少し歩くけど一方通行の始まる辺りで降りたら2ポンド分安くあがるよ」 ブラックキャブは乗るたびに、キャビーの知識と配慮には感動させられます。
ブラックキャブ ブラックキャブ ブラックキャブ 定点撮影を試みました。もはや黒だけではないブラックキャブ。色違い、車種違いですが、後部座席のドアノブの位置で今世紀に開発されたイマドキの車種であることが判ります。

でも、情報をアップデートしていないキャビーもたまにはいるようです。だからこそ、Satnav(ナビゲーション)を装備しているブラックキャブが一般化しつつあるのです。ナビの無い1993年ごろのことでしたが、「日本大使館に行って下さい」と依頼すると、キャビーが「着いたよ」と自信満々に言った場所は80年代まで日本大使館のあったバークリースクウェアでした。しかも、向かう途中で現在の日本大使館前を通過したときに、「あれ?ここだよ」と、ひと言発したのに無視されてしまいました。ちなみに、同スクウェアには2018年まで駐ロンドンアメリカ大使館もありましたので、最近の情報をアップデートしていないキャビーでしたら、アメリカ大使館と行き先を告げると、バークリースクウェアに連れて行かれてしまうかもしれません。アメリカ大使館の現所在地はテムズ河の右岸沿い、ヴォクソール近辺で、バークリースクウェアからは3マイルほど離れています。3マイルのキャブ代は高価ですので、前回記事で紹介したようなもめごとにならぬよう、自信満々の運転手さんであればなおさらのこと、address(住所や所在地)まで述べて、しっかりと行先を確認されることをお薦めします。

平日(月〜金)の午前6時~20時の料金の目安
1マイル 4.60 ~ 8.40ポンド
2マイル 7.20 ~11.20ポンド
3マイル 11.00 ~19.00ポンド

タクシーの使い分け

さて、所変わって時刻は25時30分、ロンドンはオクスフォードサーカスとトテナムコートロードとの間に位置するディーン・ストリートの一画。ビジネスディナーですっかり遅くなってしまったので、タクシーを利用することにしました。一方通行の道を南に下るブラックキャブがスピードを落とすと、運転手さんの視線が当方に突き刺さります。

しかし、当方はやり過ごします。そして、ディナーに同席していた日本人の連れが「何で乗らないの?」と質問します。「ブラックキャブは高いんだよ。だから、クラブを出る前にバーテンダーに頼んでミニキャブを呼んでもらったんだけど、閉店で追い出されたのでここで待つわけ」

出張で日本からイギリスに来た同僚の、次の質問はブラックキャブとミニキャブ(プライベートハイア)との違いでした。その答えは、前回ご説明したとおりですが、ちょっと言い換えると、ブラックキャブはどこでも拾えるけど、ミニキャブは指定した地点から指定した地点までのサービスしか出来ません。距離と時間の併用課金制のブラックキャブと、区間定額制(交渉制)のミニキャブとでは、さらにいくつかの違いもありますが、日本からの出張旅行者にはこの説明で充分でしょう。

日本で言えば、白タクに近いように思えますが、ドライバーから声を掛けたり、呼び出し予約以外の方法で請け負ったりしなければ、イギリスでは特に違法ではないようです。人を運ぶ車のサービスを全面的に禁止するわけでもなく、むしろ一般的な常識を重んずるコモン・ローの国だなと思わせるシステムです。そして、この状況のまま、ブラックキャブとミニキャブは長年の間共存関係にあったわけですが、現在ではミニキャブもまたライセンス制となり、Per-Booked only(事前予約のみ)とPrivate Hireと書かれたステッカー表示が義務付けられています。

ブラックキャブ 季節広告を載せるようになったのもここ20年のこと。縁戚のブライアンは「お客さんのためにも、キャブはブラックであるべき」と断言していました。収入のため、生活のためと考えるキャビーたちと、ロンドンのアイコン(象徴)として伝統を維持したいブライアンのようなキャビーたちとでは、一線を画するこだわりに思えました。

許認可によって提供できるサービス

ご存知のように、ブラックキャブのメリットは、どこでも拾えることの他に、キャビーが(ほとんど)道を間違えないこと。ただし、営業運転できるエリアも決まっていて、乗車場所は厳密に決められています。たとえば、ロンドン地区から郊外の街まで客が利用する場合、ブラックキャブはその客を送り届けることは出来ても、その郊外の街で新たな客を取ることは出来ません。

1980年代にイギリス生活が始まったばかりの頃のこと。グレーターロンドンよりも郊外のひなびた街で道に迷って困っていた時、道端に停車して勤務表を書いているブラックキャブを見つけました。天の助けとばかりに「ほんの2、3マイルくらいなので、乗せて欲しい」と強くお願いしたことがありますが、キャビーは申し訳なさそうに、「営業外地域だから乗車はダメ。ロンドンに戻らなければならない」と断られたことがあります。降車場所はある程度緩いが、乗車場所には厳しいのです。その日、和食材店で買い物の後、当方は突然のバスストライキに遭い、米など15㌔以上の荷物を両手に下げて途方に暮れていたところでした。その顛末は、たまに通り過ぎるキャブをわき目に、自宅まで4マイルの徒歩行進。プラスチックバッグが手に食い込んだ痛みを思い出します。

さて、こうした決まりを厳しく守る理由は辻馬車の時代の名残、つまりギルドに由来します。運転する側はもちろん、乗客もまた徹底したルール厳守。ギルドの厳格なルールを守ることで、安全と利益が公正に保たれると考えられています。ブラックキャブ運転者の養成学校もリヴァリ・スクールの傘下にあり、ルールを厳格に守らせるために資格制度ではなく、免許制度を設けて、受験指導も行っています。

キャビーは毎年リタイアする人員の減少に合わせて、定員で制限された枠内で許可されます。平均的に34か月掛けて合格するそうですが、ドロップアウトの率も8割以上と言われています。ロンドンの中心部だけでも25,000の道と目印を覚え、課題として与えられたポイントからポイントへのルートを正確に作り上げて、筆記試験や実技など7つのステージを突破する必要があるとのことです。

キャビーシェルター 街中のスクウェアで見かけるキャビーシェルター。一般人にもお茶を売ってくれるところもあります。でも、ミルクティとか、アメリカンとか、イギリス人の気持ちを逆なでする単語を使うべきではありません。基本的にコーヒーはインスタント、紅茶はホワイトティ(ミルク+ティ)です。

1990年代に航空マンだった頃、週に数回ヒースロー空港に当番で勤務していたことがあり、帰宅が終電後になるときはミニキャブを使いました。勤めていた会社からの補助費用が供出されることもあって、何度か使っているうちに何名かの運転手さんと顔なじみになります。真夜中なのに、女性運転手であることも珍しくありません。

ヒースロー空港から当時の拙宅まで約30分の道すがら、運転手さんとは互いに世間話や人生の話が始まります。この話はミニキャブの運転手や予約オペレーターから聞いた生の声です。彼らの約半数が高額収入を期待できるキャビーを目指す白人でした。さらに半数は次の仕事が見つかるまでの繋ぎで、ドライバーをしているとのこと。ミニキャブを運転している間でも、キャビーを目指す彼らは常に「道」を学習中でした。いろんなシミュレーションルートのカードを作っては、そのカードを乗客である当方に渡して、運転手さんが空んずる暗記のチェックに付き合わされたものです。

そのお陰でヒースロー空港から当時の拙宅までの裏道や道に関わるエピソードをたくさん覚えることになりました。定年後であれば、乗客との適度な付き合いの出来る仕事もいいもんだな、と思ったことがあります。なにしろ、無意味な信号や、無意味に厳しい警官の取り締まりに規制された某国の交通行政と比較して、イギリスのドライブはいつでも快適で幸せを感じられますし、イギリスでは乗客と運転手の間に主客などという主従関係もありませんから。

この画像は以前にも別記事で使用しました。キャビーを目指すLearnerがバイクでロンドン中を巡って、道を記憶しています。ガンバレと声を掛けたくなります。でも、ブラックキャブは高額だからほとんど乗らないんですけどね。

新世代の配車サービス

Uberのような配車サービスも、イギリスのキャブタクシー業界を大きく変えつつあります。当方は運転手さんとの対話を楽しむ方ですが、昨今の配車サービスの運転手さんは英語を母国語としない人が多く、街の情報knowledgeを得るどころか、会話がほとんど成り立ちません。彼らはSatnav(カーナビ)と携帯電話の両方で位置確認をしながらルートを選定しています。彼らの仕事は我々乗客を出発地点から目的地点まで運ぶことだけであって、チップを受け取らないこともあれば、言葉のやり取りも最小限しかありません。運賃が安いことは有難いものの、乗客である自分自身がモノになったような気分にさせられます。配車サービスの運転手さんは立ち去る際に”Thank you”とは言ってくれますが、その言葉は「サービスの終了」を示す挨拶に過ぎないのであって、彼らの母国語ではないし、気持ちが籠められていません。彼らには当方の顔がまっ平な段ボール箱に見えているのではないか、と思うことがあります。ブラックキャブやミニキャブは人を運んでくれるのだけど、その他の配車サービスは単に人間という個体を運ぶだけの機能になり果てている気がします。

観光なら、タクシーよりもこの方が楽しいかもしれません。どういうルールなのかよくわかりませんが、ビールを飲みながら走行しています。運動しながら飲んでも、悪酔いしないのでしょうか?

一方、ブラックキャブの元運転手だったブライアンは、義弟の義父という少し距離のある縁戚ですが、当方とはクリスマスや家族イベントなど年に数回、ひとつのテーブルを囲む間柄です。かつてはグレーターロンドン全域のキャブ営業を許可されたグリーンバッジ保持者だった彼は、頭脳明晰な88歳で、現在では近所の高齢者にPCの使い方を教える会社を経営しています。彼がキャブを引退した90年代初頭、世の中はまだインターネットやPCの時代ではありませんでしたが、時代が進んで自らもPCを使うようになり、周囲の仲間や高齢者がその使い方に困っている様子を見て、見様見真似で始めたボランティアがビジネスに発展したとのことです。彼にとって、キャブの仕事で関わる乗客との適度な触れ合いと、PCの使い方を教わる高齢者生徒との触れ合いとは、同じ質の快適な付き合いとのことです。

業態は異なっても、社会と関わって行くことが彼には新鮮だったし、今でも楽しいとのこと。また、ブライアンはこうも言います。「人間を運ぶための配車サービスってのは、将来的にはAIに替わるかもしれないけど、やがて人間の仕事として戻って来る部分もあるんじゃないかな。我々はまだ効率性を追い求める幻想に取りつかれている一方で、必ずしも幸福ではない。我々があるべき本来の姿というのを見つめ直す段階に社会が成熟してきている。仕事も含めて、我々の行いのすべては、たとえそれが非効率であっても幸せの追求に繋がるべきだ」 彼もまたたくさんのknowledgeやcommon senseを持つだけでなく、それらを使いこなして教養となし、哲学的思考を運用する元キャビーなのだな、と常々感じることです。

叡智を磨くキャブドライバー

今回、ブラックキャブについて書くきっかけになったのは、自宅の本棚である本を見つけたことでした。拙家族は格言本とか、啓発本とか、自分で考えれば分かるようなことが書かれた書物は読まないので、何でこの本がウチの本棚にあるのかなと、気付いて手にとってみたのです。家族の誰かの誕生日プレゼントとして友人の誰かから貰ったのかもしれません。その書名は”Black Cab Wisdom”で、サブタイトルはKnowledge from the Back Seat(直訳:後部座席からの知識)です。当方ならば 「乗客の放つ気の利いたひと言」と意訳したくなります。著者のマーク・ソロモン氏は現役のキャビーで、その本は今でもイギリスの書店でロングセラーとして平積みされています。国籍や老若男女を問わずあらゆる乗客とのやり取りから、彼の心の琴線に触れた100以上の言葉を格言のようにまとめています。

成功についての名言4つ。ビジネスマンと医師との幸福感の違いが興味深いです。先日(2019年9月)にロンドンに行った時も、ピカデリー沿いの本屋WaterstonesとHatchardsそれぞれのロンドンコーナーに、本書は平積みされていました。

この本をテレビの前のテーブルに置いておき、頭の疲れたときにランダムに目を通すと、好い気分転換になることがあります。真理というほどではないけれど、「ああ、そうかもな」という気分になるし、思考のベクトルを換えるきっかけにもなります。ときどき、気になった言葉をもう一度読み返そうと探すためにパラパラめくるのですが、同じページを見つける前に、他の言葉に心を奪われてしまって、結局先ほど気になった言葉にはたどり着けないこともあります。


数年前のこと、ロンドンのラジオにソロモン氏が出演して彼は驚くべき言葉を放っていました。「誰がどの道でその言葉を放ったのか、覚えているかって? ええ、覚えていますとも。簡単なことですよ。 なにしろ、私、いや我々はThe Knowledgeを通過点として来たキャビーですからね。この仕事を続けて行く以上、運転席だけでなく後部座席にも新たなKnowledgeは積み重ねられていくのですよ」 脳科学的には人間の記憶力は67歳がピークになるそうです。持て余した知識(knowledge)を駄じゃれに転用してしまいがちなオジサンたちが多い中、実際には軽めの感動を与えてくれるコトバを放っているオジサンたちにもお気づき頂ければ幸いです。

Text&Photo by M.Kinoshita

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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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