ジェット機時代以前のロンドン空港と言えば、クロイドン空港でした。その跡地には、2010年頃まで↑の画像のように当時の飛行機と建物が残っていました。ホテルは一旦閉業した後、老朽化した飛行機を撤去し、内外装をリノベーションした後、Aerodrome Hotelとして営業を再開しています。1950年頃まで使用された空港ロビーがフォイエとして使われていて、アンティーク感のある木の温もりが感じらます。
30年以上前のことですが、「そうだ俺はUUUだ」と叫んで、空港のチェックイン・カウンターで暴れた日本人男性の話を覚えておいでであれば、それなりに航空マニアかもしれません。UUUとは「うるさい、うるさい、うるさい」の略で、常習クレイマー対策として予約のPNR(Passenger Name Record:乗客名記録)に入力する「元」社外秘の専用コードです。もちろん、航空会社によってこの種のコードは異なります。
このお客様が叫んで暴れた理由は、ある航空会社の元職員が作家となった際に某冊子で社外秘だったUUUをネタバレしてしまい一般客に知れ渡ってしまったことと、その暴れたお客様がカウンターでチェックインをしている時にPNRを確認した職員が「(こちらのお客様は)UUUです」と、離れた場所にいた苦情担当職員に応援を要請したからと言われています。30年以上前は、まだ口頭で確認する時代だったのですね。
空港に行くだけで意外なドラマが展開されることもありますが、その前の段階、すなわち航空券を選ぶときでも、よく判らないがゆえに生じる小さなドラマが展開されます。
さて、イギリスに向かうには欠かせない空の旅ですが、どのような種類の航空券をお買い求めでしょうか? まず、留学や赴任など滞在期間が1年を超える場合は片道(One Way orシングル・トリップ)または1年オープン。4、5日間~6か月間など短期、中期の滞在期間の場合は往復(ラウンド・トリップorリターン)という券種をご利用のことと思います。そして、航空運賃には、ノーマル運賃、正規ディスカウント運賃、格安運賃という運賃体系があることと、後者2つの運賃にはマーケティング上の様々な工夫が組み込まれていることもご存知の方も多いと思います。
イギリスに行く航空券の種類
ノーマル運賃は日本語では普通料金、また正規料金とも呼ばれ、かつては額面(料金)という通称で呼ばれることもありました。FCY(順にFirst Class, Club Class, Economy Class)それぞれのクラスの中でも最も高い料金であり、1年間有効、他社便への変更可能、払い戻しも可能です。我々に最も身近なディスカウント運賃では、Eチケット導入以前のクーポン額面にはノーマル料金が記載されていて、発券の教育を受けた者には判別できるように、NUCという運賃計算用の単位通貨で実際の料金、またはチケットタイプが記載されていました。
頻繁にイギリスに行く当方や皆様がもっとも利用する航空券といえばYクラス(エコノミークラス)でしょう。航空機1基の中に100席のYクラスの座席が設定される場合、購入時のお客様の目に触れるのは主に3種のPEX運賃と旅行代理店のバラ売りする格安運賃ですが、実際には日本出発のマーケットで20種類以上、イギリス出発のマーケットでも同様に20種類以上、両方向のマーケットには実に40種類に及ぶ運賃が航空会社のCRS(コンピュータ予約システム)に設定されています。
なぜ、航空運賃がそんなに細分化されているのか? その理由は航空会社では自社収入を効率化するシステムを使っているからです。たとえば、何通りものディスカウント運賃や格安運賃を設定すると同時に、予約を確約にするために払い戻し不可などの条件を設定し、支払いを確定します。そうすれば、たとえ乗客がno show(空港に現れない)でも航空会社の収入は確保されます。すなわち、過去データからシーズナリティや市場動向を想定した計算式によって、予約開始から集客を確保していくわけです。そして、最短/最長滞在日数、変更の制限(可能回数、料金、差額クラスとの差損など)、リファンドの可否など料金別に異なる制約を設定した商品を早割、キャンペーン運賃、ツアー運賃、団体運賃のバラ売り(かつての「呼び寄せ便」「里帰り便」も同じ)などとして販売しているのです。
同じ席でも何通りか種類があるということは、すなわち、アナタと同じクラスの座席に座っている右隣の人は変更可能、且つ払戻し可能なノーマル運賃を払った人かもしれません。また、左隣の人は変更不可、且つ払い戻しも不可、さらに食事もつかない最安値の運賃を払った人かもしれません。制限やルールの違いによって運賃が異なっていることはLCC(ローコストキャリア)の登場以来、サービスの内容が可視化されるようになりましたが、LCCではなくIATA(国際航空運送協会)で定められた範囲では、異なる料金を払っていても同じクラスの席に座っている限り、見た目の座席や機内サービスの内容はまったく同じに見えるわけです。
飛行機の座席のように在庫の繰り越しができないビジネスでは、需要を予測して売上高(レベニュー)の最大化を目ざす必要があります。航空会社が利用するこの販売管理方法はレヴェニュー・マネージメント・システム(RMS:収益管理システム)と呼ばれ、1980年代の終わりまでに英国航空によって開発されると、すぐさま世界中のメジャーな航空会社が導入し、集客と収入管理を効率化し現在も運用が続いています。ちなみにホテル業界でもRMSでビジネスが進められているので、季節や曜日によって様々な宿泊プランを作り出しているのですね。
サリー州の軍用空港から双発機に乗り込むチャーチル。画像はチャーチル元首相のお孫さん、サンズ夫人から掲載許可を頂いております。転載不可です。
単なる知識もお役立ち情報に…
1996年までの7年間、当方はロンドンで航空マンとして働いていたことがあります。退職した時点で、マイレージバンクが世界展開し始め、航空各社間でアライアンス(航空連合)が結ばれる前でもあり、まだe-チケットが導入される以前のこと。その業務内容は、予約、発券、代理店や企業への営業、企画、マーケティング、人事管理、CIQパス(保安、出入国など各検査の免除とシップサイドまで行けるイギリス政府発行のID)の携帯を許可された空港サポートなど、航空業の地上職の多くを経験させて頂きました。故国では大企業であっても、一旦海外に出ましたら、ひとつの支店です。規模的にも中小企業に過ぎませんので、いろいろな業務を経験しました。2010年までの2年間はスイスでアウトバウンド系の旅行代理店での勤務も経験しています。今回は当方の職業経験から、イギリスにお越しの皆様にとって、有益な情報や知識を共有すべきだろうと思い至り、「知っていた方がお得かも」「知識として面白いかも」「自分の身を守るため必要かも」ということなどを述べて参ります。「本来はこういうものであった」というアプローチを試みた内容なので、情報や認識が古い部分もあると思います。なお、現在の運用とは異なるなど、当方の記述に疑問があっても、各位でお確かめ頂くことをお薦めします。当方がここで述べられるのは、現代の航空サービスの背景となった20年以上前をさかのぼる基礎知識であるとご容認下されば幸いです。
先の画像のチャーチルが双発機に搭乗していたのは、この辺り。今では優雅な民間人の趣味としてのグライダー乗り場。戦争は科学技術を発展させました。この平和の風景が有難く思えるご時世ですね。
オープンジョーの運用
航空運賃の種類のうち往復ルートと周回ルートにはオープンジョーという文字通り人のあごが開いたままのように、行き先と帰りの出発地が異なる周遊チケットも存在します。2019年の英国航空の就航状況を考えると、エジンバラまで行くには日英間の往復ルートでは、以下のような単純往復とオープンジョーの例が挙げられます。
■ 単純往復:ロンドン乗り継ぎエジンバラ行き往復
東京⇒ロンドン⇒エジンバラ⇒ロンドン⇒東京
■ オープンジョ―:ロンドン乗り継ぎエジンバラ行き、及び東京往復
東京⇒ロンドン⇒エジンバラ➡ロンドン⇒東京
黒塗りの矢印「➡」は口の開いた部分、つまりオープンジョーになるわけです。エジンバラからロンドンまでは列車、別航空券、または車での移動を意味します。
また、以下のように出発地と最終目的地が異なる場合もオープンジョーと呼ばれます。
大阪⇒ロンドン⇒東京
これを知っておけば旅行ルートのバリエーションが増えるのではないかという老婆心と、次の項目で均一料金を語る前提知識として、念のためにご紹介しました。頻繁にネット予約をされている方でしたら、専門用語はご存知なくても、経験則としてご存知かもしれませんね。
これもサリー州の小さな飛行場。今でもロイヤル・エアフォースが使用中。イングランド南部には飛行場と航空基地(跡)がたくさん残っていますが、ほとんどが第一次と第二次の両大戦の遺物なのです。
コモンレイト(均一運賃)やアドオンの有効利用
次に、ロンドンだけでなく、イギリス国内の地方都市に脚を伸ばすとなると追加料金はどうなるのか? たとえば、英国航空で以下のようなフライトを組むと料金はどうなるでしょうか。東京⇒ロンドン⇒エジンバラ⇒ロンドン⇒東京
このフライトは東京⇒ロンドン⇒東京の往復運賃が適用されます。さらにその先のロンドン―エジンバラ間の国内往復運賃もコモンレイト(均一運賃)としてロンドン行きと同じ運賃になることがあります。ただし、この際に、ロンドンで乗り継ぎに24時間以上を要する場合には国内税、空港使用税などの追加料金ストップオーヴァーチャージが発生します。帰路でもロンドンで24時間以上の滞在をすれば、それもまた追加料金です。
均一料金に含まれる空港は、フライト、航空券の料金体系、航空会社などによって異なりますので、実際にネット予約をされたうえで、基本料金と追加料金とを比較しながら、どの方法が安いかを確かめることをお薦めします。
ついでながら、エジンバラでなくても、イギリスの地方空港からロンドンまで電車や車で帰ってくれば、以下の➡の部分はオープンジョーになるわけで、複数の都市に立ち寄れるわけです。
東京⇒ロンドン⇒カーディフ➡ロンドン⇒東京
また、日本の航空会社の場合でも、日本国内の主要空港を使う場合は、購入する運賃タイプによっては、この均一料金が利用可能なこともあります。
東京⇒ロンドン⇒東京⇒大阪
均一料金に含まれない空港や他社便を利用する場合は、追加チケット(アドオン・チケット)を購入します。東京-ロンドン間の国際線にイギリス国内線の運賃を足すわけですが、乗り継ぎである場合は、国内線を単独で買うよりも安くなる場合があります。
さらに、当方がよくやる手法として、ヨーロッパのへの追加チケットを購入します。イギリスには所用(要)のために帰るのですが、ついでの休暇を欧州の都市で過ごしたいではありませんか。航空券の料金は規定された距離の範囲(マイレージ)ごとに計算されるために、規定のマイレージ内ですとアドオンのように安くなることもあるので、現役職員だった頃は内輪で便宜的に(欧州内の)“アドオン”と呼んでいました。先日は、この方法を使って以下のようなルートで旅行しました。
東京⇒ロンドン⇒ウィーン⇒ロンドン⇒東京(全線英国航空)
ロンドンーウィーン間の往復航空券を別途で買うよりも、同じ航空会社の追加区間として購入した方が、航空券の種類によっては安くなることがあります。その理由は、航空運賃がIATA(国際航空運送協会)で決められた距離(マイレージ)ごとに決まるからです。コモンレイトと同様に国内アドオン(正式用語)も、欧州内アドオン(便宜的な造語)も、そのマイレージの範囲内であれば、同一料金でカバーされてしまうことも理論上はありうるのです。
先日の旅でも、「東京-ロンドン間」と「東京-ロンドン-ウィーン間」とでは、ロングホールのフライト(東京-ロンドン間)がまったく同じなのに、東京発ロンドン乗り換えでウィーンまで往復する運賃の方が安くなってしまいました。また、このフライトの組み合わせで、最初のロンドンは同日の乗り継ぎだけでしたので何もチャージされませんでしたが、2回目のロンドンでは10日間過ごしましたので、24時間以上の滞在ですからストップオーヴァーチャージを払いました。ウィーンからは1時間列車に乗って隣国スロヴァキアの首都ブラスチラバの観光も楽しめましたし、さらに足を延ばしてハンガリーのブタペストにも行こうかなと思いました。欧州では少し足を延ばすだけで目的地が増やせるのです。
以上、今回は航空運賃の構造について、航空会社側の目線でざっくりと語らせて頂きました。次回は、「ネット予約を作って遊ぼう」「乗り継ぎの技」「苦情を寄せ付けない改善」という項目について、さらにお役に立つ情報、知識、そしてそれらの応用の仕方などを述べてみたいと思います。
ちなみに、冒頭で述べたUUUのお客様は業務妨害を犯したということで、空港警察に厳重注意を受けたそうです。昨今はマイレージバンクにお客様の詳細なデータが入力されていますので、予約時にPNRに同期されてしまいます。なんらかのコードが永遠に残ってしまうのかもしれません。自分はどんな人間だと世間様から思われているのだろうとちょいとドキドキしません…か?
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。