人も車もない。こんなに空いているタワーブリッジですと、むしろ行ってみたくなります。ランナーが近づくと、その人の汗や発汗蒸気に触れないように遠巻きにして歩くとか。
ハードロック(Hard Rock)の国イギリスもLockdownという招かれざるロックに覆われたまま、疲れた表情を見せる人が続出する一方で、自分自身を見つめる貴重な機会として受け止めている人もいます。
この記事を書き終えた時点(4月21日)から、状況は少し変わってきていますが、出来るだけ普遍的な内容となるように心掛けてみました。これまでに起きた様々な現象の背景や理由、そして将来の可能性を関連付けて読み進めて頂けると思います。皆さまのご参考になれば幸いです。
我が娘の休学と失業
当方の娘は、昨年からイングランド北東部の大学で学びながら、複数の仕事を掛け持ちしていました。状況が変わったのが3月23日のロックダウンから。まず、旅行業のコンサルは元々がリモートワークですが、旅行者の動きが止まってしまったので休業状態。地元の飲食店も休業となり、事実上の失業状態。英語・日本語・中国語の3か国語の通訳業務も請け負っていますが、向こう数か月間に予定されていた通訳の仕事はすべてキャンセル。その一方で、中英と和英の翻訳業務と、日・中・台湾の各国に住む人々に対してネット配信で英語講師を細々と続けています。コンサルと飲食店の仕事は期間契約ですが、イギリス政府からちゃんと休業補償されるとのこと。通訳は請負業なので、今後の休業補償の行方は仲介会社と政府との交渉次第です。補償を得るまでは、ネットの仕事だけで生活を支えます。そして、スクリーン越しに日本人に英語を教える傍ら、イギリスの現状を伝えると、日英の違いに驚かれるだけでなく、イギリスでの背景や理由を聞かれるそうです。
娘から送られてきたテイクアウト営業店の画像
真摯にルールを守るイギリス人
まずWork from home、すなわちテレワークの実行率は日本ではせいぜい5%と報道(4月15日現在)されていますが、オフィスワークに関する限り3月末のイギリスでは90%以上に達していました。次に、スーパーなどの量販店では入店人数の制限があり、入場までに並ぶ列も2m間隔がきっちりと守られています。飲食店も罰則規定付きの法的措置なので、強制休業を無視する店もないし、夜出歩く人もいません。 ちょうど正午。いつもならごった返すシティのリーデンホール市場のアーケード。
下の写真は平常時の様子。
下の写真は平常時の様子。
日に一度許された散歩などの外出では、立ち入り禁止になっている公園も多く、子供は公園の遊具を使ってはならないとか、公園内での飲食などはもってのほかで、誰も芝生やベンチに座ってはならないとか、電車・バスなど公共交通機関の利用も原則禁止なので、運転手や駅員に正当な乗車理由として認めてもらえない限り切符も売ってくれないとか、自家用車の出庫制限(買い物以外の利用は控える原則)とか、大概のイギリス人は真摯にルールを守っています。この状況が2週間も続くとイギリスの大気汚染濃度は下がって自然に近い状況になったそうです。日英の状況を比較して、法的に威力の無い休業要請とか、満員電車など移動制限をしていない日本の非常事態宣言に対して、どれほどの感染抑止の効果があるのかと疑問に思っている日本人の生徒さんも多かったと述べています。
今回の画像は、シティの北に住む友人が4月15日に撮影したもの。週末のロンドンの景色のようにも見受けますが、平日なのに人気が無く、妙な不気味さを感じながら毎日散歩しているそうです。
エンパシーからボランティア活動へ
また、地域ボランティアについても詳しく質問されるそうです。娘自身も近所で一人暮らしをする80代のおばあさん4名を担当しています。彼女の所属するボランティア団体が作成した「孤独にならないためのマニュアル」に基づいて、買い物や事務的なことを手伝ったり、電話で日に何度か声掛けをしたり、とても感謝されているとのこと。かつて紹介したジェントリフィケーションによって生じた住人間の没交渉や格差社会の内容に変化が生じています。繰り返されるジェントリフィケーション(ご参考)
https://www.british-made.jp/stories/lifestyle/201802060020961
「他人の靴を履いてみること」というエンパシーを示唆する比喩の背景には、相手の気持ちを思いやる利他的なボランティア精神が依拠しています。日曜学校に通うイギリス人なら子どもでも知っている表現ですが、実際には靴を履いてみただけでは分からないので、1マイルほど歩いて実際に靴の持ち主の現実を体験し、そこで何を学び取るかが「相手への思いやり」を創り出すエモーショナル・インテリジェンスへと繋がるのです。今回のような有事や災害では、人々の利己がぶつかり合いパニックになりがちです。しかし、むしろ利他を重んじ、利己と利他とのバランスを取る考えや行動が、利己を守ることにつながることをイギリスの祖先たちは説いています。ともあれ、このご時世ではエンパシーに基づくボランティア活動は不可欠ですが、感染防止の観点からも実際に他人の靴を履くのは止めておきましょう。家庭内で靴を脱がないことが欧米の感染源になっているのではないか、という説も出ていますね。
この後に及んで稼ぐ息子
ブリクジットの国民投票から1年後、日系の銀行からアメリカ系のバンクに転職した息子は立場がまだジュニアであるために、将来の金融恐慌が避けられない状況ではredundant(余剰人員整理)などの理由でdismiss(強制解雇)されないかと案じていたのは当方だけで、本人は毎日在宅勤務で13時間以上PCの前に座っていてZOOMなどを使ったテレミーティングも毎日長時間になるとのこと。つまり、金融のビジネスは動いているだけでなく、彼の会社とそのビジネスは、すでにコロナ後の世界を見据えていました。詳しいことは述べられませんが、ざっくり言うと金融危機に備えて資金運用したいという大金持ちが世界中にいるので、彼らの持ち金を運用して世界各国の金融危機対策に充てるというビジネスを展開しています。たとえば、IMF(国際通貨基金)という国際機構自体は実際にお金を持っているわけではないので、機構の意向に基づいて運用資金を生み出す仕事ができるのは、金融インフラを備えたメガバンク自身です。息子を含めて、その職員たちはそのお手伝いをするために普段と変わらぬ仕事量を自宅の居間や寝室でこなしています。息子とガールフレンドとの寝室の鏡台に6つのスクリーンが広がっている画像が送られてきました。
交通量もないのでテーマに沿ったロンドンの街歩きがし易そうです。シティウォール沿いを歩くとか、ゲート(跡)を探すとか、シティの中の河川を辿るとか…。
グレーター・ロンドンでの過ごし方
平時であれば毎日ジムでのトレーニングとランニングを欠かさない彼ですが、有事のロックダウンに及んで、自宅で体幹トレーニングをしているそうで、まだ太った様子はありません。外出はスーパーとケミスト(ドラッグストア)への買い物以外は、同居中のガールフレンドと散歩するだけ。彼の住まいはシティから少し離れた市外局番020の範囲内にあるやや大型の新築フラットですが、普段から平日の通勤住宅に使う裕福な住人が多くて、週末になると彼らは地方の自宅に戻るそうです。その裕福な住人たちは、ロックダウンが始まる以前に、悠々として快適な地方住宅に戻ってしまったままなので、ロンドンのフラット内に残された住人は息子など、親が大した資産を持たない人たちだけのようです。
また、息子は友人や親類をとても大切にするので、週末はネットで彼らと交信しています。飲み会、食事会、クイズ大会などをネットで介して過ごすのは、毎日の厳しい在宅業務から解放される貴重な時間です。今週は息子がクイズを作る番なのでジャパニーズ・クイズ・ナイトにするそうです。「日本人が首相になってもらいたい、ある都市の女性ガヴァナー(知事)の名前は?」という設問を提案しておきました。
ロンドンの北に住む友人はバッキンガム宮殿を臨むThe Mallまで散歩の足を延ばしています。ロンドンもパリも歩いて回れるほどなので意外に小さい街だなあと実感します。
離散家族でもそれぞれの状況は同じ
拙娘と拙息とでは、生活のスタイルや価値観などの違いはあれど、やはり生活全体が「個」や「孤」に向かう傾向にあります。もちろん、幼い子供たちや老老世代と同居しているなど家族形態によってその在り方は異なるでしょうけど、イギリスを拠点とする我ら離散家族の場合は以上のような具合です。当方もいろいろな企画が延期や中止になって、収入の道は制限された状態ですが、時間はあるので、今までに考えたこともなかった分野の勉強を始めました。死生観や今後の在り方に対する意識に変化が伴ったためでしょうか、掃除と料理も念入りになり、生活のクオリティは部分的に上がっている気がします。
妻は数年ぶりにフルートを吹き始めました。若いころにはプロ並みの演奏力があると言われて、各国の赴任先ではオーケストラにも参加していましたが、あまりにも久しぶりの演奏だったので、衰えを感じられずにいられないとがっかりしていました。しかし、数日間続けていて彼女が気付いたことは、今の自分に合わせた工夫すれば、それで良いし、且つ満足とのことです。
在日イギリス人の妻はイギリス的なものを食べたいとシェパーズ・パイを作りました。
運動不足でも栄養不足にはなりません。12日間分のデザートが出来上がった。と言うのは妻。当方の分はありません。
何もできないからゆっくりすることも、何か新しいことを始めることも、ストレスを溜めないので、飲酒量も減りつつ、体重も減りつつ、飲食費にもお金を使いません。立場や環境や家族構成にも依りますが、「こんな機会だからこそ有効に利用してやる」くらいの気持ちで過ごしていきたいと思います。
ちなみに、以下はイギリス人の拙友人が参加している素人のコーラスグループが作成したYoutube動画です。物理的に集まれないので、個々に録画したものを先生が編集してひとつのコーラスに仕上げています。皆さん楽譜だけを見て歌っているのに、声がまったくズレないスキルのレベルに感心します。こうした楽しい工夫で、イギリス人の彼らも難局を乗り越えていくのですね。
Heroes to Me(音量注意)
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。