「バンクシー」という名前、聞いたことありますか?
現在、日本では東京で「バンクシーって誰?展」、福岡では「バンクシー展~天才か反逆者か~」が開催されています。また、ロンドンでも ‘The Art of Banksy’という展覧会が11月末まで開催中。そのためか、このところ新聞等のメディアやSNSでもイギリス出身のストリート・アーティスト、バンクシーの名前を目にすることが多くなっているような気がします。
さて、そのバンクシーとは一体誰かというと……出身がイングランド南西部ブリストルというのと、1974年生まれということ以外は公に発表されておらず、時に「覆面アーティスト」などという呼ばれ方をするミステリアスな存在です。
ストリート・アートと呼ばれるバンクシー作品の多くは、街中の壁や建物などに描かれます。そしてバンクシーは、その作品に社会風刺や政治的メッセージを込めているのが特徴です。反資本主義や反権力、反戦など、ともすれば深刻になりがちな問題を、ユーモアを介した作品に仕上げているため、より多くの人々に、思わぬ気づきを与えたり、共感を呼ぶのでしょう。ときに皮肉まじりだったり、作品の意図を理解するのに知性が問われる場合が少なくないところは、まさに「ブリティッシュ・ジョーク」を体現したものと感じます。
もともとストリート・アートは、建築物の所有者の許可なく描かれるものも多く、その場合は違法行為となります。そのため、描いたグラフィティ(落書き)は、公的機関によって消されてしまうことが一般的です。また、別のアーティストが上から別の作品を描いてしまい、前の作品は短期間で消えてしまうものも少なくありません。
その一方で、近年、オークションで大変な高額で取り引きされるようになったバンクシーの作品に関しては、描かれた建物の所有者が、作品を傷つけられないように保護をするということも起こっています。違法行為(ヴァンダリズム)であるにもかかわらず、描かれた方は喜ぶというのが、バンクシーの落書き(作品)なのです。
私の住む、バンクシーの故郷ブリストルには、実際にバンクシーの原画を見られる場所がいくつもあります。展覧会でバンクシーに興味を持たれたあなたが、ブリストルに「生」バンクシーを見に来るときの参考に、今回はそのいくつかをご紹介したいと思います(ただし、ストリート・アートという性質上、いつまで残っているかは保証の限りでないので、できれば早めに見に行くことをおすすめします!)。
レストランやカフェ、ブティックに雑貨店など多くのお店があり、いつも若者で賑わっている、ブリストル中心地のパーク・ストリート。その通りから見えるこの作品は、かつて性的医療機関だったという建物の壁に2006年に描かれました。
全裸の男性(愛人)が片手で窓からぶら下がっていて、それを探す夫と不安そうに見守る妻が描かれたステンシル作品。本来、落書きは違法行為として取り締まり、消される運命にあるものですが、この作品については、市議会が一般市民にアンケートを実施したところ、97%の人々が「保存してほしい」という意見だったため、そのまま残されたという経緯があります。この絵が描かれた向かいには、市議会のあるシティホールという建物があり、わざわざそこにグラフィティ(落書き)を描くのがいかにもバンクシーらしいところ。
落書きは別のストリートアーティストによって上描きされることも多いのですが、バンクシーの作品は彼へのリスペクトかどうか、そのまま残されているものも少なくありません。とはいえ、この作品は2009年に青いペンキ(インク銃使用)で汚されてしまいました。その後、市当局がそのペンキを取り除こうと試みましたが、そうするとバンクシーの原画も消えてしまうことになるため、絵にかかっていない部分の青インクだけを消して、人物像についたペンキはそのまま残されています。また、ぶら下がる男性の足元には‘KAPE’という別のアーティストが名前を上書き(タグ付け)しています。
(現在は消されていますが、同時期に“FUCK BANKSY”という落書きもされていました。)
ブリストル中央図書館の裏手にある建物に描かれた文章「空に城を建てるために建築許可は必要ありません」。これが見つかった当初は、弓形に書かれた文章の上に二つの排気口がありました。その二つがちょうど目のように見え、そして文章が笑った口元のようで、全体を俯瞰してみると笑顔(スマイリーフェイス)に見えるように作られたものでした。現在は建物に手が加えられたため、スマイルではなくなり、ずいぶん印象が変わってしまっています(バンクシーの原画をもとに、その後誰かによって復元されたようです)。
オランダを代表する画家フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のパロディー作品は、2014年ブリストル港にあるブリストル・マリーナの側に現れました。フェルメールの作品では光沢のある耳飾りが少女の左耳に描かれていますが、バンクシー版では、建物の外壁に設置されている黄色の警報器がその代わりとなっています。また、新型コロナウィルス問題の渦中、2020年にはこの作品にマスクがつけられたことがBBCをはじめとする多くのメディアでニュースとなりました。これについてはバンクシーによるものだという確認は取れていません。またロックダウンの規制が解除された現在は、このマスクは外されています。
https://www.bbc.co.uk/news/uk-england-bristol-52382500
(マスクをつけたときの写真はBBCの記事で見ることができます)
ブリストルにおけるストリート・アートの重要拠点のひとつともいえるのがストークス・クロフトというエリア。その地域にあって、ひときわ目をひくこの作品は、1999年に描かれました。バンクシー作品の中でもかなり初期のもので、ステンシルではなくフリーハンドによる貴重な存在(制作には3日を費やしたと言われています)。三人の警官に対して火炎瓶を投げつけようとしているテディベアという、一見不思議な組み合わせ。これは90年代に無許可で開催された野外音楽イベントやパーティに対する警察の取り締まりが厳しくなったことが背景となっています。そして、機動隊側に対するパーティ参加者たち(ティディベアのように穏やかな人々)の抵抗の様子は、権威や権力に対する反撃の意味が込められています。
ブリストル市立博物館&美術館の中にある彫刻は、名前の通りペンキの缶を頭から被った天使の像。2009年に同施設で ‘Banksy vs Bristol Museum’というバンクシーの展覧会が開催された時に展示された作品が、常設展示となったものです。博物館の中に、普通の美術館や博物館には置かれないような作品を展示することによって、こうした施設に「芸術作品」を見に来た人々に対し、バンクシーは「一体何が芸術なのか」「アートの価値とは?」 ということを問いかけているようです。
もとはブリストル港に停泊していたTheklaという貨物船に2003年描かれた死神の絵。この貨物船は1990年代にナイトクラブとして、様々なライブショーが行われていた場所でした。摩耗と腐敗を避けるため、2014年に船体から切り取られて、現在はブリストル市の博物館M Shedに展示されています。
市街地からは少し離れた住宅街に2019年2月に登場した作品。少女が放ったY字型のパチンコの玉があたり、砕け散った赤い花々という、ドラマチックなものでした。ただ、これが現れた2日後に、上から落書きがされたため、家のオーナーが保存のためにカバーしてしまい、一部しか見えなくなっています。
現在、ブリストルの博物館M Shedでは、10月30日までの会期で、“Vanguard(ヴァンガード)”という、ブリストルにおけるストリートアートの歴史をたどる大規模な展覧会が行われています。もちろん、バンクシーの作品もいくつか展示されていますが、バンクシーに影響を与えた先輩ストリートアーティストや、バンクシーとともに活動していた人々の作品が年代を追って展示されています。これを見ると、イギリスのストリートアートシーンにおいて、ブリストルという街が重要な役割を果たしてきたことがわかります。
バンクシーを生み出したブリストル。彼を直接知る人もそうでない人も、ここに住む多くの人々はバンクシーを応援し、この街に新しいバンクシー作品が登場するのを楽しみにしています。
あなたもぜひ、ブリストルのストリートで、バンクシーの描いたグラフィティに出会ってみませんか?
現在、日本では東京で「バンクシーって誰?展」、福岡では「バンクシー展~天才か反逆者か~」が開催されています。また、ロンドンでも ‘The Art of Banksy’という展覧会が11月末まで開催中。そのためか、このところ新聞等のメディアやSNSでもイギリス出身のストリート・アーティスト、バンクシーの名前を目にすることが多くなっているような気がします。
さて、そのバンクシーとは一体誰かというと……出身がイングランド南西部ブリストルというのと、1974年生まれということ以外は公に発表されておらず、時に「覆面アーティスト」などという呼ばれ方をするミステリアスな存在です。
もともとストリート・アートは、建築物の所有者の許可なく描かれるものも多く、その場合は違法行為となります。そのため、描いたグラフィティ(落書き)は、公的機関によって消されてしまうことが一般的です。また、別のアーティストが上から別の作品を描いてしまい、前の作品は短期間で消えてしまうものも少なくありません。
その一方で、近年、オークションで大変な高額で取り引きされるようになったバンクシーの作品に関しては、描かれた建物の所有者が、作品を傷つけられないように保護をするということも起こっています。違法行為(ヴァンダリズム)であるにもかかわらず、描かれた方は喜ぶというのが、バンクシーの落書き(作品)なのです。
私の住む、バンクシーの故郷ブリストルには、実際にバンクシーの原画を見られる場所がいくつもあります。展覧会でバンクシーに興味を持たれたあなたが、ブリストルに「生」バンクシーを見に来るときの参考に、今回はそのいくつかをご紹介したいと思います(ただし、ストリート・アートという性質上、いつまで残っているかは保証の限りでないので、できれば早めに見に行くことをおすすめします!)。
1. ウェル・ハング・ラバー(Well Hung Lover)
場所:Park Street and Frogmore Street, Bristol BS1 5HX全裸の男性(愛人)が片手で窓からぶら下がっていて、それを探す夫と不安そうに見守る妻が描かれたステンシル作品。本来、落書きは違法行為として取り締まり、消される運命にあるものですが、この作品については、市議会が一般市民にアンケートを実施したところ、97%の人々が「保存してほしい」という意見だったため、そのまま残されたという経緯があります。この絵が描かれた向かいには、市議会のあるシティホールという建物があり、わざわざそこにグラフィティ(落書き)を描くのがいかにもバンクシーらしいところ。
落書きは別のストリートアーティストによって上描きされることも多いのですが、バンクシーの作品は彼へのリスペクトかどうか、そのまま残されているものも少なくありません。とはいえ、この作品は2009年に青いペンキ(インク銃使用)で汚されてしまいました。その後、市当局がそのペンキを取り除こうと試みましたが、そうするとバンクシーの原画も消えてしまうことになるため、絵にかかっていない部分の青インクだけを消して、人物像についたペンキはそのまま残されています。また、ぶら下がる男性の足元には‘KAPE’という別のアーティストが名前を上書き(タグ付け)しています。
(現在は消されていますが、同時期に“FUCK BANKSY”という落書きもされていました。)
建物のかなり高い位置にあるこの作品は、パイプで足場を作ってステンシル(型紙)を使って描かれました。
2. ユー・ドント・ニード・プランニング・パーミッション・トゥ・ビルド・キャッスルズ・イン・ザ・スカイ(You don’t need planning permission to build castles in the sky)
場所:99 Lower Lamb Street, Bristol BS1 5TL3. ザ・ガール・ウィズ・ザ・ピアスト・イヤドラム(The Girl with the Pierced Eardrum)
場所:Hanover Place, Bristol BS1 6UT(マスクをつけたときの写真はBBCの記事で見ることができます)
4. ザ・マイルド・マイルド・ウエスト(The Mild Mild West)
場所:Stokes Croft, Bristol, BS1 3QY5. ペイント・ポット・エンジェル(Paint Pot Angel)
場所:Bristol Museum & Art Gallery, Queens Road, Bristol BS8 1RL バンクシーの展覧会が開催された時のトレーラー動画。
6. グリム・リーパー(Grim Reaper)
場所:M Shed, Princes Wharf, Wapping Road, Bristol BS1 4RN7. バレンタインズ・デイ(Valentine’s Day)
場所:Marsh Lane, Bristol BS5 9SDバンクシーを生み出したブリストル。彼を直接知る人もそうでない人も、ここに住む多くの人々はバンクシーを応援し、この街に新しいバンクシー作品が登場するのを楽しみにしています。
あなたもぜひ、ブリストルのストリートで、バンクシーの描いたグラフィティに出会ってみませんか?
マクギネス真美
英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。
ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。
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