ひさびさのロンドン その4-意外な体験の連続- | BRITISH MADE

Little Tales of British Life ひさびさのロンドン その4-意外な体験の連続-

2022.08.02

前々回の「兄に伝えたいこと」では、もうひとつ大切なことを忘れていました。錠(Lock)と鍵(Key)について。 閉まったドアを開ける際、日本ではドアノブをひねればドアを開けられますが、イギリスではドアノブが無いこともあるだけでなく、錠に差す鍵が必要です。つまり、ドアを閉めたときに鍵を持って戸外に出ないと締め出されて、ロックアウトされてしまいます。ドアについている錠の使い方が日本とイギリスとでは異なることを伝えなければなりません。たとえば、ゴミ出しの際に、鍵を持たずにドアを出て、部屋に戻れなくなるケース。ゴミ置き場や屋外に着の身着のまま放置されることになるので、携帯電話が使えない状況であれば、家の中に居る家人と連絡が取れないとか、大家さんと連絡が取れなければ、もはや万事休す。イギリスの真冬の寒空に、薄着で出て放置されたら、それは命にかかわります。
大英博物館近くの Gower Street 76-78 夏目漱石が最初の2週間だけ暮らした家のドア鍵も錠も当時の物ではないでしょうけど、大英博物館近くの Gower Street 76-78 と言えば、夏目漱石が最初の2週間だけ暮らした家のドア。ドアノブがドアの真ん中にありますが、これはドアを閉めるときに引くためのノブです。では、どうやって開けるのか?赤い矢印で示されたところが鍵穴です。このドアを開けるには、錠に差した鍵をひねりながらドアを押します。戸外に面するドアは大概が内開きです。

一時的に錠が掛からないようにしておくこともできるので、その点も伝えるべきかと思います。 “leave the door on the latch”という表現は、錠(latch:ラッチ)のレバーを下げて、ロックされないようにすること。このラッチを下げてから、外に出るというやり方が一般的です。ゴミ出しなどを済ませたら、すぐに戻って、再びラッチのレバーを上げるという具合です。日本の一般的なホテルでも、キーやカードキーなしで部屋から出てしまうと、ロックアウトを被りますよね。基本的にホテルの部屋と同じですから、アドバイスするほどのことでもないかもしれません。しかし、異国に居ることは、異次元、異空間にいることと同じですから、普段通りの冷静な思考が出来ずにパニック状態になる人もいるようです。
イギリスの家のドアの錠 ラッチドアの内側の錠はこんな感じ。赤い矢印のレバー部分をクリック音がするまで下げると、青い矢印のラッチ部分が引っ込み、ロックが解除されたままの状態になります。


£10 notes(お札)がそのまま…

さて、今回の渡英で気づいたことから、実用的な情報を述べたいと思います。渡英前に財布の中を見ますと、60ポンド分の紙幣が入っていました。その中にはスコットランド紙幣が数枚。その紙幣を入手したのはコロナ禍の2年以上前のことなので、どこで入手したのかは覚えていません。イングランドのレストラン、市場、露店などでは、スコットランド紙幣はニセ札かどうかチェックできないという理由で受け取りを拒否されることがあります。2年前の渡英ではスコットランドに行かなかったので、おそらくスーパーでキャッシュバックを頼んだ時に手渡された可能性が高いと考えられます。過去にもキャッシュバックでスコットランド銀行券を受け取ったことがあるので、当方は特に疑問を持たないまま受け取ったのかもしれません。
イギリスで使う財布の中身外交生活では、スイス、韓国、日本など赴任地ごとに財布を使い分けていました。画像はイギリス用の財布の中身。帰英したら、これらのカードが大活躍します。一番上の10ポンド札はスコットランド銀行券です。当方のような請負業ですと、 日英以外の外国に銀行口座を残しておくと、その国で入金が発生する場合には、ちょいと便利なことがあります。

イギリスでキャッシュバックと言えば、スーパーストアなどの買い物でデビットカード支払いの際に、現金を受け取れる金融サービスです。たとえば、ATMに行かずとも、スーパーのレジで買い物をするついでに、“cash back £20, please” と言えば、現金£20を受け取れます。もちろん、その受け取った現金の分と買い物した分だけ口座の残高は減ります。イギリスでは30年ほど前に導入されたサービスで、とても重宝していました。ところが、今回の渡英では、スーパーにはほぼ毎日行きましたが、このキャッシュバッグのサービスを一度も使うことがありませんでした。

100ポンド以下の買い物は、大概の場合はコンタクトレスのタッチという支払い方法で済ませます。日本でいえば、paypayとかスイカなどの支払いと似ています。銀行のクレジットカードやデビットカードに連動しているので、プリペイドの手続きもなく、格段に便利です。ロンドン中心部で使える交通運賃清算システムカードのオクトパスを持っていなくても、クレジットカードが決裁してくれるので、交通とほとんどの買い物はカード1枚で事足りるわけです。

このコンタクトレスカードを使っていたため、今回の10日間に使った現金は10ポンド紙幣2枚だけ。カード利用は2ポンド以上からと、現金払いを主張するローカルのニューズエージェント(イギリス式コンビニ)でルコゼード、現金のみを扱う怪しげなローカルのケバブ屋でドネルケバブ、そして、街中の駐車料金、この3回の支払いだけでした。サービスチャージや席代を請求していないレストランで、現金をチップに使おうとしたら、チップ自体の受け取りを拒否されました。イギリスの変化が感じられます。
ニューズエージェント(イギリス版コンビニ)で購入したルコゼードイギリスで必ず飲むものと言えば、イギリス版オ〇ナミンCと言われるルコゼード(ルカジェイド、またはルコゼ)。たまに無性に飲みたくなります。でも、強炭酸で味の個性も強いために、全量は多すぎる感。おススメは画像のオレンジ風味ではなく、オリジナル。ニューズエージェント(イギリス版コンビニ)では、これを買うときにカード決済を拒否されました。99ペンスに対して10ポンド札を出して、おつりが…全部£1コイン。って、客イジメ?
イギリスで購入したケバブ脂でギトギトのケバブ。グリーシー・スプーンズ(脂ぎったスプーンの場末のカフェ)と言えば、ベーコンなど豚肉のニオイですが、ケバブ・ショップは羊肉の独特なニオイを放ちます。場末の店はほとんどが現金しか扱いません。住んでいれば、数年に一度くらい食べるでしょうか。40歳を超えた頃から、胃にはだいぶキツイ食事です。野菜は自前で補います。

余談ですが、20年以上前のこと。パブで献身的に、且つ素早いサービスを提供する女性にチップを上げようとしたら、「今両手がふさがっているので、ここ(胸の谷間)に入れて」と言われて、戸惑ったことがあります。しかし、彼女が本当に意味していたのは、「チップはコインでは受け付けないよ。(お札で)5ポンド以上ちょうだい」ということらしいのです。すぐに状況を汲み取った拙妻から、バーカウンターにあるチップボックスに2、3ポンドを入れれば良いと示唆されました。う~ん、女性同士の心理の読み合い・・・ときどき怖い。
イギリスのパブ ハラスメントに関する法律過去のパブでは、オジサンたちが女性店員をからかう様子をよく見かけましたが、最近は黙って注がれるのを待っているそうです。イギリス人の甥がパブを経営しているのですが、ハラスメントに関する法律が厳しくなってから、顧客は言動を慎むようになったとのこと。でも、当方は当たり障りのない冗談を言うようにしています。一番喜ばれるのは、親しみを込めて地元の方言を使った会話。また、日本語(漢字)の当て字で、店員の名前を紙切れに書いてあげるとか。

ともあれ、以上のように現金を使う機会がほとんどなかったので、日本を出る前と日本に戻ってからの財布の中身はほとんど変わっていません。スコットランド銀行券はそのままイギリス用の財布の中に残っています。イギリスの金融サービスは昔から便利だと思っていましたが、キャッシュレスが進んで、さらに便利になったわけです。

ところで、2015年から3年間韓国に住んでいましたが、コンビニはもちろん、花卉市場や場末のビビンバ屋が混在する南門市場などローカルな市場でも現金を使ったことがありませんでした。唯一使ったのは、場末の床屋でしょうか。3週間に一度一万ウォン(千円)使うだけでした。いまだに現金をジャラジャラさせる日本のガラパゴス状態が異常に思えますが、時間が解決してくれるのでしょう…か。何年経っても変わらない国と言われるニッポンの姿を英国で再確認する思いです。


10日間で二人目のパテルさん

今回の渡英でもロンドンのフォートナム&メイソンズ(F&M)に行って買い物をしました。目的は Smokey Earl Gray の缶入りルース・ティを購入するためです。日本でも新宿あたりの百貨店で買えますが、値段はCIF(仕入れ原価、保険、運賃込み)価格なので倍額。中間業者たちがマージンを重ねていくため、膨らんだコストです。そんなコスト高への対策としてMやWで始まる人気スーパーの安価なお茶菓子を添えると、紅茶+スウィーツのセットとして、イギリス感を整えた良い土産になります。
フォートナム・アンド・メイソン スモーキーアールグレイイギリスで必ず買うものと言えば、こちらのスモーキー・アールグレイ茶がそのひとつ。ティーバッグよりも、スモーキー風味を濃く放つ缶入りルースティがおススメ。ヒースロ―空港でも買えますが、店内の華やかさに惹かれて、ついピカデリー本店に行ってしまいます。そして、変わらぬイギリスが、まだここにあることを確認して安心するのです。画像のティーカップはウェッジウッドの絶版プレミアムとして知られるサムライ。英国大使館の館内住まいであった頃、拙宅のこのウェッジウッドが拙妻やイギリス大使夫人とともに、NHK BSなどに何度か登場したことがあります。

イギリスのソフトビスケットイギリス土産で無難なものと言えば、紅茶のセットとして添えるソフト・ビスケット。当方はM社やW社の製品を好んで購入しています。British Madeでも売ればいいのに。

目的の紅茶はネットや空港でも買えますが、ロンドン中心部に行くついでに、ピカデリーサーカスの周辺を見回し、当方なりの定点観測をすることを自らの習慣としています。当方は今年2022年の10月から在英邦人となり、郊外に住む予定なので、ロンドンの中心に出ることは滅多にない生活を送ることになると、たまにお上りさんになって、定点観測の習慣を続けていくことでしょう。

ロンドン市内の定点観測中には、まれに意外な体験をすることがあります。今回はF&Mでの買い物後、ピカデリー通りを渡ったバス停で、購入したものをリュックに詰め直しつつ、次の目的地に移動するためにバスに乗ろうか、歩こうかと考えていた時に突然声を掛けられました。「はい、こんにちは。あなたは幸せになる人だ。友達にも、家族にも、仕事にも恵まれ完璧な幸福をつかむことができる人だ」 話しかけてきた人物の見かけはアングロサクソンではないけれど、紳士然としています。容貌と言葉からしてBritish Overseasの第三世代です。年齢は40歳くらい。

当方は応えました。「突然だね。最初は話をしても良いかどうかを尋ねるべきじゃないのか。君はイギリスで教育を受けた、〇〇教の占い師かい?」 「そうです。あなたは幸せになれる人だが、その眉間のしわが気になる。あなたが完璧な幸せを得るためには、何かが必要です。私と少し話してみませんか?私はラジム・パテル。あなたの名前は?」 「パテルさん、私はあなたの言う幸せとやらに興味がない。たぶん、あなたは私の持ち物や風体を見て、状況を推測したうえで、私から合法的に金を取る目的で、シナリオを語っているだけだろう。あなたに私の人生観や幸福観を語ろうとは思わない。誰かを幸せにしたいのなら、あなたは誰にも話しかけるべきではないと思う」 「友よ、兄弟よ、そんなことを言わずに語り合おう。私にはあなたを幸せにする自信がある」 「パテルさん、私にも自信がある。人を見くびるのもいい加減にしてください」と言うと、パテルさんは首を振りながら、その場を去ってくれました。

ざっとこんな会話ですが、これまでの当方の人生の経験を言い当てるような言い方もしてきました。しかし、その種の発言は、何らかの手掛かりを元に、トピックを狭めて、話を組み立てながら、相手を自分の目的に誘導していく手法です。当方も初対面の人と話すときに使う、統計学に基づいた心理的な誘導術です。こんな子供だましの手で声掛けをするとは、当方も舐められたものだと少々いら立ちを覚えました。また、ロンドンの友人・知人から聞いたところでは、この人物は数年前から日本人以外にも観光客を相手に、ピカデリーやベルグレイヴィアの界隈で商売をする自称占い師だそうです。名前は一定していません。会う人によって名前を替えています。それにしても、彼に観光客だと思われるほど、当方は見かけも日本人に戻ってしまったのでしょうか?しかも、当方ほど英語が自由に話せる日本人観光客は少ないと思うんですが…。観光客が減って、パテルさんは仕事に困っていたのでしょうか。ちなみに、念のために申し上げますが、この手の占い関係の語り掛けは、どの人種・民族でも行う少し怪しげなビジネスです。今回、当方は少し無礼なアプローチをしてきたパテルさんに対して反射的に対応してしまいましたが、お手本としては、先方の話の運び方や礼儀をわきまえていることを見定めてから、話すかどうかを判断すべきだと思います。関わりたくなければ、無視するのが一番です。英語がまったく分からないフリをすれば、なお結構です。


スポイル感

もうひとつ、今回強く感じたことがあります。イギリスに戻ると、日本ではやらなくても済ませられたことでも、やらなくてはならなくなります。たとえば、調理はそのひとつ。魚の内蔵取り(gut the fish)や3枚卸くらいなら fishmonger でやってくれそうなものですが、追加料金を取られることがあります。そして、彼らの魚のさばき方を見ていると、どうにも身がもったいない。可食部分の認識が異なるために、さばく技術や考え方も異なるのです。ウロコを一切剥いでくれないこともあれば、逆に、頼んでもいないのに皮を剥かれてしまいます。「魚で一番美味しいところは皮と身の間にある脂肪分だ」と言うと、まず理解してもらえません。したがって、イギリスで一本モノの魚を買うときは魚屋にナイフを入れさせずに持ち帰ります。って、面倒くさいですよね。日本だったら、こんなことは自分でやらなくてもいいのに…と思うと同時に、日本の便利さによって技術的にも精神的にもスポイルされてしまいそうな自分自身に、イギリスに戻るたびに気づかされることになるのです。
ビリングスゲート・フィッシュマーケット©Jorge Royan ビリングスゲート・フィッシュマーケット

ところで、先日は、日本に赴任してきたばかりの新米の女性イギリス外交官に、近所のスーパーストアで食材の案内をしてきました。いちいち訳語を求めるので、「訳する意味が無い。そのまま覚えろ」と告げました。そして、「なぜなら、ロンドンのビリングスゲート・フィッシュマーケットで扱う魚種はせいぜい30種類だが、豊洲市場で扱うのは350種類。日英の魚の一般的なボキャブラリーは10倍以上の差があるのに、どうやって350種を訳せると思う?海洋学者になりたいなら、ちゃんと調べてあげるけど…」 説明はできるだけ端折ったのですが、そのスーパーでの買い物はひと籠分だけにもかかわらず、3時間半ほどかかりました。

新任地で新しい生活に挑戦する姿勢は立派です。しかし、彼女はカルチャーショック理論の知識は持っていても、まだ自分なりの経験が不足しているので、同理論に当てはめて自己分析をしたことがありません。まだ楽しい初期段階(ハネムーン段階)に位置している彼女は、とにかく勉強熱心でした。味噌、醤油、みりん、出汁類、納豆、豆腐、春物青野菜などなど1万5千円分を買い込み、嬉しそうに帰宅しました。当方は占い師ではありませんが、カルチャーショック理論を体系的に学び、且つ実際に何度も経験した立場から言わせてもらうと、数年後に任期満了で日本を出国する彼女の食器棚には、ほとんど使われていない賞味期限の切れた和食材が残っていることでしょう。

当方は、その経験から、食材でも何でも必要に応じて、徐々に揃えることにしています。そして、何度目かのカルチャーショック曲線のボトムライン(ショック期や回復期)を経て、再びイギリスに同化していくのだなあと想像しています。

さて、今回の渡英の話はここまで。次回からはロンドンのターミナル駅についての記事を再開するか、あるいは、ロシアとイギリスと日本についての物語りを展開出来たら、と考えております。


Text by M.Kinoshita


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マック 木下

マック木下

ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。

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