毎年行われるランドローバーの祭典「Billings」では、多岐に渡ってローバー関連用品が販売されています。ローバーの仕様が変わっていく中、このイベントもいつまで続くのか?2023年7月の詳細はこちら。
戦地で使われた装甲も売られています。頑丈ですが、重さで燃料費がかさむ?
戦地で使われた装甲も売られています。頑丈ですが、重さで燃料費がかさむ?
追悼式典で見かける軍用車
世界各地で、リメンバランス・デイなどグレートブリテン及びイギリス連邦の戦没者への追悼式典が、毎年開催されていることはご存じの方も多いと思います。日本でも、横浜のイギリス連邦墓地で、年に2回ほど追悼式典が行われています。その式典には駐在している世界各国の武官や外交官たちが参加します。当方もいくつかの国で、この式典にイギリス側のホスト役として参加してきました。さて、2015年ごろの韓国でのこと。この式典に招待された連合国各国の武官たちは、ぞくぞくと軍用車に乗って式典会場に到着しました。その様子を見ていると、その車種にお国柄が出ているなと気づきました。イギリス、ニュージーランド、オーストラリアなどイギリス連邦のメンバー諸国の武官はランドローバー、アメリカ軍とその他の国々の武官と外交官はジープ、そして韓国軍もジープでした。軍用車と言えば、イギリス軍はランドローバー、アメリカ軍はジープと言われますから、なるほどなぁと思う一方で、韓国軍はなぜジープを使うのだろうかという素朴な疑問を抱いたものです。イギリスとアメリカが、それぞれ軍事用のオフロード車を自国で開発したことはよく知られています。そして、韓国軍の軍用車にジープが使われている理由は、韓国軍の兵站(へいたん)調達にアメリカとの経済関係や同盟関係が影響しているからとのこと。一方で、韓国の街中を走るイマドキのお洒落なオフロード車やSUV車は、どちらかと言えば、アメリカ車ジープよりもイギリス車ローバーの方が圧倒的に多いように見受けられます。実際に、韓国の人口は日本の半分ほどであるにも関わらず、ローバー、ジャガー、ミニクーパー、アストン・マーチンなどイギリス系ブランド車の年間売り上げは、イギリス政府の貿易統計によれば、日韓の差はほとんどありません。ちなみに、韓国の富裕層やインテリ層は、読者の皆さまのようにイギリス好きの方々が多いようです。
富裕層と言えば、2017年ごろ、在韓イギリス大使館で行われた通商関係のレセプションでのこと。とある財界人として有名な韓国人青年がローバーのディフェンダーの新車から颯爽と降りてきました。韓国人はローバーが好きなのかという質問を向けると、彼は応えました。「軍役中はジープを運転していましたが、退役後にジープとローバーを比較すると、戦地でも修理しやすくて、車を越えた機能を持つマニュアル車のローバーの機動力と駆動力に感動しました。私は他にもローバーを数台持っていて、地元(仁川)の消防団ではウィンチを使えるタイプを災害救助に備えて、自宅にスタンバイしています。それに今日はイギリス大使館に招かれたのですから、ローバーで伺うのは礼儀でしょう」 実用的、且つ儀礼的な配慮ですね。
マンチェスターのランド・ローバー・クラブ「Billing」に参加。お洒落なローバーよりも、実用的な機能を重視しています。ローバーを我が子のように扱うとは会長の言。
実用性と言えば、ウインチ。横転したローバーを、右のローバーがワイヤーロープで繋ぎ、ウインチ機能で引っ張り起こしています。この画像は、どれだけ丁寧に、且つ迅速に横転車両を引っ張り上げられるかというコンペをしている様子です。
実用性と言えば、ウインチ。横転したローバーを、右のローバーがワイヤーロープで繋ぎ、ウインチ機能で引っ張り起こしています。この画像は、どれだけ丁寧に、且つ迅速に横転車両を引っ張り上げられるかというコンペをしている様子です。
スイスでも……
また、永世中立国のスイスでも、リメンバランス・デイなどの追悼式や慰霊祭が行われます。その際、スイスという国は国民皆兵のせいか、全員が軍服姿で参加。私的に参加する退役軍人までが軍服姿なのです。そして、彼らが乗ってくる車には、ジープもあり、ローバーもありと、英米の車種が混在していて、こんなところまで中立なのかいな、という素朴な疑問を持ったことがあります。スイスでもオフロード車は、軍用以外に消防団や農牧業などの実用面でも広範囲に利用されています。山あり、谷ありのスイスではオフロード車は実用的です。おまけに、頑丈な体躯を魅せるローバーは「俺はどこにでも行けるよ」と主張しているようで、難所の多い山脈に囲まれた景色によくマッチングしています。追悼式の際、イギリス王室海軍の退役後スイスに住み続けている元将校で、且つイギリス貴族の御仁に質問してみました。「ローバーをお使いですが、やはり使い易さが理由ですか」御仁は応えます。「イギリス人なんだから、王室御用達のローバーに乗るのは当然ですよ。チャールズ殿下(当時の皇太子)も彼の農業ビジネスで愛用しているじゃないですか。それに私はフォークランドでもこれと一緒に闘った。もちろん、これ(オートマチック車)じゃなくてマニュアルの軍用車だけどね」 この御仁の場合は、イギリスの軍人であったことに高い誇りをお持ちであることと、イギリス連合王国に対する深い忠誠心を誓っておられること、それらがイギリス・ブランドを選んでいる理由だったようです。故国の事物や心を大切にする徹底した姿勢には敬服させられます。
どんな道でも行けるということで、その柔軟性を競うコンペ。こうした機能はウルトラ・パフォーマンスにも見えますが、災害地での人命救助などで実際に役立つのです。
切り株の上に前輪を乗せるこのパフォーマンスは、展示場などでよく行われています。これぐらいの傾斜は当たり前。
切り株の上に前輪を乗せるこのパフォーマンスは、展示場などでよく行われています。これぐらいの傾斜は当たり前。
実用面を見極めるのは……
さて、当方はここ10年間ほど、ランドローバーの中古車市場に向けた隔月誌“Land Rover Laboratory”(以下LRL誌)に記事を連載してきました。正直に言えば、車のことはあまり興味が無くて、何も分からないんですが、同誌の編集長曰く、「ローバーを使うイギリス人のことも含めて、一般的なイギリス人の多様な生活やイギリス社会をコラムで描いて欲しい」とのこと。ならば、ということで、2013年に始まった連載です。しかし、その連載も2023年の3月発刊の68号(ローバー号)で休刊になりました。編集長から伺った休刊の理由を当方の解釈で述べると次のようになります。「世界のエネルギー事情の変化によって、電動モーターが優先されることになり、化石燃料を使う内燃機関の将来が見えなくなっている。車の心臓部とも言うべき内燃機関とマニュアル・トランスミッションを搭載していなければ、それは本来のローバーとは大きく異なる。電動モーターで動くのだから自動車であることには変わりがないと言う人はいる。しかし、ハイブリッド車、PHEV車、EV車などでは、メーカーの管理下にある技術や、法的な規制も多いので、個人的なカスタマイズができなくなる。維持管理、仕様変更などのすべてがメーカーに依存するシステムになり、個人の嗜好や自由が制限されることになるだろう。車の心臓部に、所有者が直接触れることができなければ、自由な扱いを楽しんできた元来のローバーファンは将来的に減少していく。彼らを応援し、多様な情報や知識を発信してきたLRL誌の役割は、もはや終わったと考えたうえでの決断……です」もし、これからの自動車市場で内燃機関を持たないEV車が主流になれば、電機メーカーやIT関連企業など多様な企業が自動車業界に進出する可能性が出てきます。そして、AI技術を搭載して複雑にシステム化されたEV車を技術的にも法的にも維持管理できるのは、メーカーやその関連企業だけに制限されます。つまり、自動車と運転者との関係は運転する/されるだけの関係になっていくと思われます。そうなると、従来のローバーの存在意義も変化していくのかもしれません。実際に、ハイブリッド化や電化が進むにつれ、ローバーの利用者層には大きな変化が見られます。新たなユーザーの彼らは、ローバーのステータスやデザインを好みますが、その特有の機能を使うことはありませんし、レジャー以外でオフロード車として使うこともないでしょう。ハイブリッド車やEV車でのカスタマイズは、従来のように自分自身で楽しもうにも、外観を少し変えるくらいのことしかできなくなると思われます。
ロンドンの富裕層が集まるキングス・ロードで見かけたローバー。こちらは高級車志向です。カメラを向けると、運転者がGood job!と親指を立てていました。ご自慢のローバーなんでしょうね。こちらのローバーはどこにでも行けるかどうかは疑問ですが、相当なスピードが出せます。
ドアにスクリーンのない1960年製造のローバーをナイツブリッジで発見。この貴重なローバーを盗難から守るのは、黄色いロック(Steering wheel Lock)付きのハンドル。10年ほど前には車のパーツショップからも消えかかったロックですが、最近になって復活した理由とは、犯罪者が、デジタル機器の扱いは得意でも、アナログ製品の扱いは苦手だとかで、開錠に手間が掛かるロックが復活したとのこと。
ドアにスクリーンのない1960年製造のローバーをナイツブリッジで発見。この貴重なローバーを盗難から守るのは、黄色いロック(Steering wheel Lock)付きのハンドル。10年ほど前には車のパーツショップからも消えかかったロックですが、最近になって復活した理由とは、犯罪者が、デジタル機器の扱いは得意でも、アナログ製品の扱いは苦手だとかで、開錠に手間が掛かるロックが復活したとのこと。
そもそもローバーの中古市場って、なんなのよ?
ところで、どんな車にも大きく分けて2つの市場があります。一つは新車市場、もう一つは中古車市場です。LRL誌が追及してきたのは後者。中古車市場のローバー本体の扱い方を伝え、ローバーやイギリスを愛する人々同士のお付き合いと語らいの場を提供することだけでなく、ローバーの仕様を変更、改善するなどの独自の魅力的なカスタマイズを楽しみ、同じ価値観や新たな考え方を共有する仲間たちの集う場所を提供する専門誌でした。もちろん、新車を購入して、すぐにカスタマイズしたいと願うローバーファンたちのアドバイスにもなり、意見交換などの交流の場にもなっていました。ときどき、ローバーで出かける河川敷のキャンプや、ローバーとはあまり関係のない七福神巡りや山手線一周散歩など、読者と一体化したイベントも行っていました。ポッシュな新車市場だけではありえない交流の場が、中古車のローバー市場には築かれていて、日本でLRL誌はその牽引役を担っていたわけです。そのローバー、イギリスでは地域的なクラブがあります。日本で言えばライオンズ倶楽部などのソーシャル・クラブ、ロンドンで言えば紳士倶楽部のようなもの。ローバーをオシャレにカスタマイズすることを目的で集まるクラブもあれば、ローバーの性能を上げるにはこうした工夫をするといいよと教えてくれる技術的、且つマニアックなクラブもあります。イギリス国内では消防団、自警団、カデット・フォース(民兵団)などに入団すれば、自動的に地域のランドローバークラブに入団させられていることもあるそうです。
クラブに所属する彼らは、自分の手の中にあるローバーを改良し、乗りやすくすることを楽しみにしていて、それは我が子を成長させていくようなものだ、とのこと。経理上、自動車は毎年どんどん減価償却して、最期は鉄くずとしてそのライフ(人生ではなく、車生?)を終わらせることが一般的ですが、ランドローバーのユーザーたちは、年を重ねながら、さらに快適なローバーを目指すだけでなく、部品を交換したり、本体に手を加えたりしてローバーに新しい生命を吹き込むのです。情趣のない経理用語で言えば、オーヴァーホールやエンジンの交換などで本体加算を行って車両の簿価(価値)を上げることで、償却期間を延ばすのです。壊れたら修理して、古きものでも大切に、且つ丁寧に使い続けるという点で、とてもイギリス人らしいやり方でもあります。それは靴や服などBritish Madeの製品を楽しまれる読者の皆さまの姿勢にも似ていて、魂の籠められた製品と接すべき、モノに対する本来の姿勢ではないでしょうか。職人の魂が宿った製造品に対して、ユーザー自身も気持ちを込めることで、その製品には目に見えない独自の価値が備わってくるかのようです。
オーヴァーホール中のローバー。若者がその魅力に取りつかれ、修理やカスタマイズの腕を磨いていきます。しかし、EV化する車事情の中、ローバーと彼らの将来はどうなるのでしょうか?
ローバーのコックピットは、本来、こんなに単純なんです。まさに“Simple” is Best.
ローバーのコックピットは、本来、こんなに単純なんです。まさに“Simple” is Best.
ローバーの性能
ここで述べる性能とは速さではありません。おそらく、皆さまお気づきだと思いますが、すべての車両には、それが造られた目的があります。たとえば、戦車を開発して実戦に使った最初の国はイギリスでした。第一次大戦の西部戦線は、映画でも「……異常なし」というタイトルにされるほど膠着したまま、どこの国も自滅的な終戦を迎える直前に登場したのがイギリスの戦車で、その存在が勝敗に大きく左右しました。その敗戦の反省から、ドイツ軍は第二次大戦では戦闘機や戦車を改良して、フランスやイギリスとの塹壕戦を制して優位に立ったということです。しかし、戦争とは技術や戦術の競争の場ですから、戦略的な多様性が生じると、俊敏で機動力の高い車も必要になります。近代戦は装備がどんどん軽くなっていきますが、ある程度の強さも必要です。そこで戦地に登場したのがアメリカ軍のジープです。 アフガン帰りのローバー。シャーシー部分は底板まで装甲がとても分厚くて、戦車のようでした。トランスミッションが単純な構造なので、戦地でも簡単に修理が可能とのこと。「日本車なら、まず壊れないよ」と言うと、「日本は戦争しないからな」と、イギリス人に大笑いされました。
イギリスは第二次世界大戦が終わってから、国産のジープ仕様車を開発します。それが今日のランドローバーに至ったというストーリーです。その後、ランドローバーは、中東、アフガニスタン、フォークランドの紛争地で大活躍します。もちろん、イギリス国内の農業や、アウトドア、レジャーなどの一般的な生活にも……。ローバーの創設と発展の物語には他にも諸説ありますが、この話はイギリス王室陸軍で大尉まで務めていた人物から聞いた話です。余談ながら、当方は88年生まれの彼が2歳のころから知っています。賢くてユニークな彼は大卒後にタンク(戦車)に乗りたいからと、王室陸軍に入隊したのですが、その頃までに戦車は訓練でさえも、ほとんど使われておらず、軍役中はもっぱら装甲の薄いローバーを運転していたとか……。さらなる余談ですが、退役後の彼から聞いた話では、ウクライナに供与されたレオパルド戦車のことは、報道される直前まで最高の機密事項だったそうです。
ウェールズの田舎で見つけたランドローバー。ナンバープレートの下には、錆びたワイヤーロープが巻き付けられています。赤い鋼鉄製の支柱で車を支えてから、このロープと船や車などを繋げてウインチで引っ張るのですね。農業や災害で使われる実用車として活躍する1964年以前に製造されたローバー。 農家や消防団にとって、アウトドアを楽しむというのは、あくまでも「ついで」のことであって、ローバーは欠くべからざる生活必需品なのです。
イギリス国内では、どの地方の村にもこうしたローバー専用の修理工場があります。British Madeで購入した靴を、大阪阿倍野の高井靴店さんでメンテや修繕して頂く感覚でしょうか。ちなみに、高井さんがロンドンで修行中だった頃、当方は同じソフトボールチームで一緒にプレーしていました。
イギリス国内では、どの地方の村にもこうしたローバー専用の修理工場があります。British Madeで購入した靴を、大阪阿倍野の高井靴店さんでメンテや修繕して頂く感覚でしょうか。ちなみに、高井さんがロンドンで修行中だった頃、当方は同じソフトボールチームで一緒にプレーしていました。
話を戻しますと、ランドローバーという車は速く移動するためのものではなく、戦地でも、畑の中でも、湿地でも、川の急流でも、被災地でも、荒地でも……、様々なオフロードにも向かっていけるための車両として開発されたものです。2011年の東日本大震災の直後には、東京のイギリス大使館からウォレン大使と数名の外交官と日本人の運転者さんたちが、緊急支援と在日イギリス人の捜索のためにイギリス王室海軍所有のローバーで被災地に駈けつけました。当時、決死の覚悟で出発する彼らに50個の手作りおにぎりを託したのは当方でした。そして、ローバーは荒れた被災地の中を前進し、大使以下職員の皆さまは10日後に無事に帰還され、後年にはその勇気ある行動が称えられ、全員が女王エリザベス二世からの叙勲を授かりました。当方はおにぎりを入れたタッパーをすべてを失いましたけど……。さて、そのローバーを愛好する人たちがよく使う表現があります。
You can go faster but we can go anywhere.
君は速く走れるけど、僕らはどこにでも行ける。
つまり、元来のユーザーはその機動性と駆動力を追求して、且つそれらの性能を自由に高められる自在性に魅力を感じているのです。イギリスの各地では、ローバーに魂を感じた人々が集まってランドローバーをひとつの人格のように支えてきたわけです。我々日本人の祖先が、あらゆる事物に対して神や魂が宿ると伝えられてきた精神性にも通じるところがある……ような気がします。そして、British Madeの製品を大切に利用される皆さまの姿勢や志向にも通ずるところがあると思います。LRL誌もその魂を皆さまに伝える役割を担ってきたわけですが、今後もLRL誌の同好会は存続していくようです。
Land Rover Laboratoryは休刊になりましたが、バックナンバーの購入方法は以下のウェブサイトでどうぞ。
https://uk-style.net/?page_id=21
彼らはバーミンガム域内のランドローバーの小規模な各クラブを集めて、クラブ・グループとして活動しています。メンバーによっては、ディフェンダーを個人仕様にあつらえるビジネスも行っています。そして、この子どもたちからあの名言“You can go faster but…”を教えてもらいました。ローバーに関わる格言は他にもあるそうです。
マック木下
ロンドンを拠点にするライター。96年に在英企業の課長職を辞し、子育てのために「主夫」に転身し、イクメン生活に突入。英人妻の仕事を優先して世界各国に転住しながら明るいオタク系執筆生活。趣味は創作料理とスポーツ(プレイと観戦)。ややマニアックな歴史家でもあり「駐日英国大使館の歴史」と「ロンドン の歴史散歩」などが得意分野。主な寄稿先は「英国政府観光庁刊ブログBritain Park(筆名はブリ吉)」など英国の産品や文化の紹介誌。