マーク・トウェインが1881年に発表した『王子と乞食』という児童小説をご存知だろうか。
姿形が似た10歳のイングランド王太子と貧しい少年が入れ替わり、互いの境遇を体験するというお話。かたや豪勢な宮廷生活、かたや貧民街での極貧生活で、似ても似つかない境遇の二人が互いの立場を身をもって体験していくというストーリーだ。最終的に王子が即位したとき、 庶民への理解ある王様になろうと決意しましたとさ、という結末。
これはこれで「ははぁ」と思うわけだが、物語の舞台となった16世紀からゆうに5世紀を経て、現在は2023年。世界は一体どれくらい変わったのだろうか?
人々は乗用車を作り、月へ行き、ビデオ通話ができるまでになった。デジタル化やグローバル化が進み、多様化や平等意識も急速に浸透してきている。
しかしイギリスには今も王様がいて、物乞いをする人やホームレスの人々がいる。
今年はチャールズ3世が即位し、時代が新しくなったと話題になっているようだが、仰々しい儀式や煌びやかな黄金の馬車などを見ていると「いったいいつの時代やねん」と、思わず(架空の)相方の胸をぽんとたたいてツッコミを入れたくなるのは私だけだろうか。
いやはや、時代は本当にそこにあるのか。
世界が究極のインクルーシブを実現していくために、『王子と乞食』が必須アイテムだとは、どうしても思えない。世界は、いやイギリスはいったい全体、どこへ行こうとしているのだろうか。
そんなことを常日頃考えている私が最近目にした記事で、「なかなかいいね!」と思ったものがあるので、ここでぜひご紹介したいと思う。
以前もこのコラム枠でホームレスの人々の社会復帰の一例を取り上げさせていただいたが、今回はもう少し直接的な形でサポートする団体の活動だ。
ホームレスの人々は当然のことだが、職に就きづらい状況にある。定住所がないため、規定のプロセスでの雇用が現実問題として閉ざされているからだ。ホームレス支援をしているチャリティ団体「Crisis」の昨年調査によると、10企業のうち4企業は、従業員がホームレスになった場合は雇用を終了する可能性が高いと回答しているそうだ。
しかしホームレスの危機は、この国ではいたるところにある。日本よりも路上生活を選ぶ際のハードルが低いと感じる。この記事で紹介されていたイギリス人男性のAさんは、パンデミック期の2020年末に働き先であり自宅のように使っていたパブが閉業し、ホームレスになったそうだ。職と家を失った途端、自分に対する周囲からの敬意が失われ、洋服を洗うこともできず、精神的にもダメージを受けたことで、職を探すどころではなくなってしまったのだと話している。
職探しが困難なのは、前科のある人たちも同様だ。英国では軽犯罪を含めて約6人に1人が前科を持っているそうだが、チャリティ団体「Working Chance」の調査によると、雇用主の約30パーセントが犯罪歴のある候補者は採用しないと回答しているそうだ。「前科のある人はメンタル面の重い問題を抱えているか、社内で別の犯罪を犯す可能性がある」からと。
またPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされている退役軍人の皆さんも、雇用のチャンスが低いという。こんな状況で、いったい彼らはいつ社会復帰することができるのだろうか? そんな状況を見かね、就職のサポートをするために立ち上がったのが、チャリティ団体「Only A Pavement Away」だ。記事では2018年に発足した同団体の活動が今、とても良い形に実ってきていると報告されている。
Only A Pavement Awayの呼びかけに答え、サポートを申し出ているのは外食産業だ。 現在はパブ・チェーンなど約125の飲食ブランドがチャリティに登録し、雇用に前向きに取り組んでいる。
イギリスの失業率は現在低水準にあるものの、外食産業だけは就労者の確保に苦戦している。2022 年 1 月に行われた調査では、農業、生産者、小売、サービス業を含むセクター全体が、パンデミックやブレグジットの影響で30万人近いフルタイム労働者が不足している状態だという。
一方、ホームレス支援団体「Shelter」による今年の統計によると、イギリスでは現在約30万人がホームレスとして登録されているという。また交通犯罪を含め有罪判決を受けた人は1200万人いる。こういった人々を取り込むことが、外食産業全体の慢性的な労働力不足を補うことにつながっていくのではという見方が、支援活動の根底にある。ここでOnly A Pavement Awayの登場だ。
ホスピタリティ業界における協力的かつ先進的な雇用主と、正規ルートで応募することが難しい人々の両者がOnly A Pavement Awayに登録し、マッチングを行う。Only A Pavement Awayは仲介者として応募者の現状(精神状態など)を医療従事者との連携で細かに把握し、必要な項目を書類としてまとめる。企業側はOnly A Pavement Awayのレポートを通して候補者について知り、興味を持てば面接へと進展させるというわけ。
マッチングが成功すれば、就労準備のサポートはもちろん、雇用後少なくとも 1 年間はOnly A Pavement Away による精神的および経済的なサポートを受けられる。ホームレスの人々には住む場所も斡旋してくれるようだ。
Only A Pavement Awayに登録している支援企業としては、ビール醸造所でパブ経営のGreene KingやFuller’s、Brewdog、全国的な飲食チェーンNando’s、Wagamama、Yo Sushi、スターバックスなどの大手、またヒルトン、 IHGグループ、Nobu Hotelやマルメゾンなどのホテル業界も含まれる。日本からは丸亀製麺が参加中だ。
前述したイギリス人男性のAさんは、現在はメイフェアにある高級レストラン「Ivy」で働いているそうだ。彼はほんの300人の従業員のうちの1人であることに誇りを持っている。ホスピタリティ業界を知る彼のような従業員を迎えることは、企業側のメリットでもある。Only A Pavement Awayの目標は、 2026 年までに 5000 人をマッチングさせることだそうだ。そのために行政をはじめ80を超えるパートナー団体と協働していく。
ホームレスをなくすためにできる最も身近な方法は、その人に話しかけることだと思う。会話をすることで活性化し、人との繋がりを思い出すことになるからだ。私も近所の路上に座っている人にたまに声をかけたり、飲み物をオファーしたりする。もちろん話せることは限られているが、交流を持つことが地域の人間にできる最大の貢献だと思っている。
こうした路上に座っている人たちは、いくつかのタイプに分けることができるように思う。ホームレス支援の雑誌「Big Issue」を売っているのはかなり健康な状態の人々。家庭的な問題から追い詰められて精神疾患を患い、あるいはアルコール依存症になり、路上に放り出されてしまった人は多い(暴力や犯罪が関わっているケース)。前述したAさんのように失業して否応なくホームレスになった人、不法移民なので働く場所が限られ物乞いをしているが眠る家はあるタイプ、純粋にお金を稼ぐために物乞いを職業としているタイプ(意外と多い)など、経緯はさまざま。
ロンドンでは地下鉄の電車の中で頻繁に物乞いに会う。これにはどう対処すればいいのかいつも迷ってしまう(金銭はあげないことにしているので)。こういった人たちについて驚嘆するのは、非常にプレゼンテーション力が高いことだ。自分がホームレスであること、その日に眠る場所を確保するためにxxポンド必要であること、余っている食べ物があれば分けて欲しいことなど、スラスラと上手にプレゼンする。ホワイト・ブリティッシュの男性が多く、Only A Pavement Awayに登録すればたちどころに職を得ることができそう。
最近は地下鉄の車両で「助けて」と書いたポケットティッシュを座席に置いて回り、駅が近づくと回収してまわる移民系の男性をたまに見かけるようになった。ポケットティッシュへの対価としてお金をもらう作戦だと思うが、一連の動きがあまりに手際が良いので、意外と良い働き手なのではと思う。ただし不法滞在の場合は非常に厄介で、雇用主も法をおかしてまで雇うことができない。その辺りをOnly A Pavement Awayがサポートとしているかどうかはもう少し詳しく調べてみないとわからない(移民局との協働など)。
電車に乗り込んでくる女性の物乞いは、アラブ系の人が圧倒的に多い。彼らは純粋に生活を助けるために物乞いをしており、家はあるようだ。路上で物乞いをしている移民系の女性は強者が多くて、ジプシーの人たちとか、肉付きの良い栄養の行き渡ったタイプの中年女性が多い。職業としての物乞いもあると思うので、そういった人を助けるかどうかは私たち次第。
例えばホームレスの人々がいる場所を知らせて必要な助けと結びつける「StreetLink」という活動。内務省直轄の住宅アソシエーション「St Mungo’s」を母体とし、文字通りホームレスの人たちに家をもたらすための活動を続けている。東ロンドンを拠点とする「Providence Row」は、アルコールやドラッグへの依存症を患うホームレスの人々へ必要な医療ケア、職業訓練を含めたサポートを行うチャリティ団体だ。
そのほかにも無数の草の根的な活動があるおかげですくい取られている人々がいる一方で、ここ数年の生活費の高騰により路上に放り出される可能性のある人の数が増えていくとの見方もある。家はあるが生活が苦しい人にはフードバンクへのアクセスが急務であり、最近は利用も相当増えているらしい。
もっと分かりやすく言おう。生活費の高騰が庶民生活を直撃し、ホームレスにならんとする人々がいる中で、8頭立ての黄金の馬車に乗っている貴人がいるというのが、どうしても納得がいかない。冒頭で書いた『王子と乞食』の世界が16世紀から全く変わっていないと言う、恐ろしい足踏み状態が続いているとも言える。
「王様とホームレス」は今後も共存せねばならないのだろうか?
膨大な権力と土地を持つ英王室が、今後どう国民と折り合いをつけていくのかに注目していくことで、その答えが見えてくるはずだ。なぜなら、ホームレス問題は究極的には社会構造の問題であり、その頂点に立つ英王室が自らを小さくし権利を開放していくことで庶民が恩恵を受けるのだから。これは間違いない。
チャールズ3世の戴冠式は多様性を取り入れることでかろうじて国民にアピールしていたが、今後はさらにそういった動きが加速化していくはずだ。ハリー王子が口を酸っぱくして暴露していたが、王室がいかなる変化をとるにせよ、PR係がこれまで通りうまく王室ブランドをコントロールしていくことだろう。
「英国が英国らしくあるために王室が必要だ」と考える世代はやがて歳をとり、Z世代の成長とともに減っていく。世界が究極のインクルーシブを模索するなかで、英国は奇しくもその急先鋒として北欧諸国とともにお手本となるべく奮闘中ではないか。
よりサステナブルな国家体制とはどんなものか? そう考えるとき、現在より、もっとリベラルな体制が望まれるはずなのだ。
辛口コメディアンのリッキー・ジャヴェイスなら「この国の究極のインクルーシブってのは王様とホームレスのいる社会なんだよな」と皮肉混じりにジョークを飛ばしそうだが、一刻も早くそういった国家状況から脱却できることを望むばかりなのである。
ロンドンは少し秋めいてきましたが、8月後半にはまた夏が戻ってきそうです。
姿形が似た10歳のイングランド王太子と貧しい少年が入れ替わり、互いの境遇を体験するというお話。かたや豪勢な宮廷生活、かたや貧民街での極貧生活で、似ても似つかない境遇の二人が互いの立場を身をもって体験していくというストーリーだ。最終的に王子が即位したとき、 庶民への理解ある王様になろうと決意しましたとさ、という結末。
これはこれで「ははぁ」と思うわけだが、物語の舞台となった16世紀からゆうに5世紀を経て、現在は2023年。世界は一体どれくらい変わったのだろうか?
しかしイギリスには今も王様がいて、物乞いをする人やホームレスの人々がいる。
今年はチャールズ3世が即位し、時代が新しくなったと話題になっているようだが、仰々しい儀式や煌びやかな黄金の馬車などを見ていると「いったいいつの時代やねん」と、思わず(架空の)相方の胸をぽんとたたいてツッコミを入れたくなるのは私だけだろうか。
いやはや、時代は本当にそこにあるのか。
世界が究極のインクルーシブを実現していくために、『王子と乞食』が必須アイテムだとは、どうしても思えない。世界は、いやイギリスはいったい全体、どこへ行こうとしているのだろうか。
そんなことを常日頃考えている私が最近目にした記事で、「なかなかいいね!」と思ったものがあるので、ここでぜひご紹介したいと思う。
ホームレスや前科のある人の就職は厳しい
王様の話題はよく出るので、今回は貧しい人の話を。イギリスのホームレス問題に絡んだ話題だ。この問題はいつかちゃんとした形で取材し、自分なりの社会像を結んでみたいと思っているテーマで、彼らが本当に前向きに社会復帰したいと思ったとき、それはスムーズに実現するのだろうかという疑問を常に持っている。その問いに対する答えの一つを、食品業界サイト「The Groser」の記事で見つけたのだ。以前もこのコラム枠でホームレスの人々の社会復帰の一例を取り上げさせていただいたが、今回はもう少し直接的な形でサポートする団体の活動だ。
ホームレスの人々は当然のことだが、職に就きづらい状況にある。定住所がないため、規定のプロセスでの雇用が現実問題として閉ざされているからだ。ホームレス支援をしているチャリティ団体「Crisis」の昨年調査によると、10企業のうち4企業は、従業員がホームレスになった場合は雇用を終了する可能性が高いと回答しているそうだ。
しかしホームレスの危機は、この国ではいたるところにある。日本よりも路上生活を選ぶ際のハードルが低いと感じる。この記事で紹介されていたイギリス人男性のAさんは、パンデミック期の2020年末に働き先であり自宅のように使っていたパブが閉業し、ホームレスになったそうだ。職と家を失った途端、自分に対する周囲からの敬意が失われ、洋服を洗うこともできず、精神的にもダメージを受けたことで、職を探すどころではなくなってしまったのだと話している。
職探しが困難なのは、前科のある人たちも同様だ。英国では軽犯罪を含めて約6人に1人が前科を持っているそうだが、チャリティ団体「Working Chance」の調査によると、雇用主の約30パーセントが犯罪歴のある候補者は採用しないと回答しているそうだ。「前科のある人はメンタル面の重い問題を抱えているか、社内で別の犯罪を犯す可能性がある」からと。
またPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされている退役軍人の皆さんも、雇用のチャンスが低いという。こんな状況で、いったい彼らはいつ社会復帰することができるのだろうか? そんな状況を見かね、就職のサポートをするために立ち上がったのが、チャリティ団体「Only A Pavement Away」だ。記事では2018年に発足した同団体の活動が今、とても良い形に実ってきていると報告されている。
企業とホームレスをマッチング
イギリスの失業率は現在低水準にあるものの、外食産業だけは就労者の確保に苦戦している。2022 年 1 月に行われた調査では、農業、生産者、小売、サービス業を含むセクター全体が、パンデミックやブレグジットの影響で30万人近いフルタイム労働者が不足している状態だという。
一方、ホームレス支援団体「Shelter」による今年の統計によると、イギリスでは現在約30万人がホームレスとして登録されているという。また交通犯罪を含め有罪判決を受けた人は1200万人いる。こういった人々を取り込むことが、外食産業全体の慢性的な労働力不足を補うことにつながっていくのではという見方が、支援活動の根底にある。ここでOnly A Pavement Awayの登場だ。
ホスピタリティ業界における協力的かつ先進的な雇用主と、正規ルートで応募することが難しい人々の両者がOnly A Pavement Awayに登録し、マッチングを行う。Only A Pavement Awayは仲介者として応募者の現状(精神状態など)を医療従事者との連携で細かに把握し、必要な項目を書類としてまとめる。企業側はOnly A Pavement Awayのレポートを通して候補者について知り、興味を持てば面接へと進展させるというわけ。
マッチングが成功すれば、就労準備のサポートはもちろん、雇用後少なくとも 1 年間はOnly A Pavement Away による精神的および経済的なサポートを受けられる。ホームレスの人々には住む場所も斡旋してくれるようだ。
Only A Pavement Awayに登録している支援企業としては、ビール醸造所でパブ経営のGreene KingやFuller’s、Brewdog、全国的な飲食チェーンNando’s、Wagamama、Yo Sushi、スターバックスなどの大手、またヒルトン、 IHGグループ、Nobu Hotelやマルメゾンなどのホテル業界も含まれる。日本からは丸亀製麺が参加中だ。
前述したイギリス人男性のAさんは、現在はメイフェアにある高級レストラン「Ivy」で働いているそうだ。彼はほんの300人の従業員のうちの1人であることに誇りを持っている。ホスピタリティ業界を知る彼のような従業員を迎えることは、企業側のメリットでもある。Only A Pavement Awayの目標は、 2026 年までに 5000 人をマッチングさせることだそうだ。そのために行政をはじめ80を超えるパートナー団体と協働していく。
路上の人びとが社会を映す
こうした路上に座っている人たちは、いくつかのタイプに分けることができるように思う。ホームレス支援の雑誌「Big Issue」を売っているのはかなり健康な状態の人々。家庭的な問題から追い詰められて精神疾患を患い、あるいはアルコール依存症になり、路上に放り出されてしまった人は多い(暴力や犯罪が関わっているケース)。前述したAさんのように失業して否応なくホームレスになった人、不法移民なので働く場所が限られ物乞いをしているが眠る家はあるタイプ、純粋にお金を稼ぐために物乞いを職業としているタイプ(意外と多い)など、経緯はさまざま。
ロンドンでは地下鉄の電車の中で頻繁に物乞いに会う。これにはどう対処すればいいのかいつも迷ってしまう(金銭はあげないことにしているので)。こういった人たちについて驚嘆するのは、非常にプレゼンテーション力が高いことだ。自分がホームレスであること、その日に眠る場所を確保するためにxxポンド必要であること、余っている食べ物があれば分けて欲しいことなど、スラスラと上手にプレゼンする。ホワイト・ブリティッシュの男性が多く、Only A Pavement Awayに登録すればたちどころに職を得ることができそう。
最近は地下鉄の車両で「助けて」と書いたポケットティッシュを座席に置いて回り、駅が近づくと回収してまわる移民系の男性をたまに見かけるようになった。ポケットティッシュへの対価としてお金をもらう作戦だと思うが、一連の動きがあまりに手際が良いので、意外と良い働き手なのではと思う。ただし不法滞在の場合は非常に厄介で、雇用主も法をおかしてまで雇うことができない。その辺りをOnly A Pavement Awayがサポートとしているかどうかはもう少し詳しく調べてみないとわからない(移民局との協働など)。
電車に乗り込んでくる女性の物乞いは、アラブ系の人が圧倒的に多い。彼らは純粋に生活を助けるために物乞いをしており、家はあるようだ。路上で物乞いをしている移民系の女性は強者が多くて、ジプシーの人たちとか、肉付きの良い栄養の行き渡ったタイプの中年女性が多い。職業としての物乞いもあると思うので、そういった人を助けるかどうかは私たち次第。
つい先日のピカデリー風景。難しい顔でカップを振って物乞いをしているが、隙をみて新しいタバコに火をつける余裕もある。どういう境遇かは分からないが。こういう風景はロンドン市内のいたるところで見られる。
ホームレスの人々を解放するためにできること
イギリス国内にはチャリティ・ショップ運営以外にも多くのホームレス救済チャリティがある。例えばホームレスの人々がいる場所を知らせて必要な助けと結びつける「StreetLink」という活動。内務省直轄の住宅アソシエーション「St Mungo’s」を母体とし、文字通りホームレスの人たちに家をもたらすための活動を続けている。東ロンドンを拠点とする「Providence Row」は、アルコールやドラッグへの依存症を患うホームレスの人々へ必要な医療ケア、職業訓練を含めたサポートを行うチャリティ団体だ。
そのほかにも無数の草の根的な活動があるおかげですくい取られている人々がいる一方で、ここ数年の生活費の高騰により路上に放り出される可能性のある人の数が増えていくとの見方もある。家はあるが生活が苦しい人にはフードバンクへのアクセスが急務であり、最近は利用も相当増えているらしい。
もっと分かりやすく言おう。生活費の高騰が庶民生活を直撃し、ホームレスにならんとする人々がいる中で、8頭立ての黄金の馬車に乗っている貴人がいるというのが、どうしても納得がいかない。冒頭で書いた『王子と乞食』の世界が16世紀から全く変わっていないと言う、恐ろしい足踏み状態が続いているとも言える。
膨大な権力と土地を持つ英王室が、今後どう国民と折り合いをつけていくのかに注目していくことで、その答えが見えてくるはずだ。なぜなら、ホームレス問題は究極的には社会構造の問題であり、その頂点に立つ英王室が自らを小さくし権利を開放していくことで庶民が恩恵を受けるのだから。これは間違いない。
チャールズ3世の戴冠式は多様性を取り入れることでかろうじて国民にアピールしていたが、今後はさらにそういった動きが加速化していくはずだ。ハリー王子が口を酸っぱくして暴露していたが、王室がいかなる変化をとるにせよ、PR係がこれまで通りうまく王室ブランドをコントロールしていくことだろう。
「英国が英国らしくあるために王室が必要だ」と考える世代はやがて歳をとり、Z世代の成長とともに減っていく。世界が究極のインクルーシブを模索するなかで、英国は奇しくもその急先鋒として北欧諸国とともにお手本となるべく奮闘中ではないか。
よりサステナブルな国家体制とはどんなものか? そう考えるとき、現在より、もっとリベラルな体制が望まれるはずなのだ。
辛口コメディアンのリッキー・ジャヴェイスなら「この国の究極のインクルーシブってのは王様とホームレスのいる社会なんだよな」と皮肉混じりにジョークを飛ばしそうだが、一刻も早くそういった国家状況から脱却できることを望むばかりなのである。
江國まゆ
ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。