少し前のクリスマスで、レモン家の長男ミックと白いムク犬のジャックが、ミンスパイの国で活躍したお話は、覚えておられるでしょうか？ 今日はまたまた彼らの冒険についてお話しましょう。
今年もまたクリスマスがやってきますが、皆さんにとって、クリスマスに絶対必要なものは何ですか？ ジンジャーブレッドマン？ クリスマスプディング？ それともくるみ割り人形？
誰かにとって、それは真っ赤なトフィーアップル（りんご飴）かもしれませんし、あるいは水玉模様のドレスかもしれません。もちろん、ファーザークリスマス（イギリスではサンタのことをこう呼びます）に来てもらうための、大きくて余裕たっぷりのソックスは絶対。
レモン家の皆にとって、それは黒猫のミーシャです！ 今日はそんなお話です。
＊＊＊＊＊＊＊
「え〜、バニラアイスないの？ せっかくミンスパイと一緒に食べようと思ったのに」
「お言葉ですけどねミック、ママの手作りミンスパイにバニラアイスなんて必要ないない。そのままで十分に美味しいんだから」
「わかってるけどさ、最近の発見なんだ。一緒に食べるとびっくりするほど美味しいんだもん」
これは本当。ドライフルーツが熟成し、なんとも言えない芳香を放つミンスミートにバニラアイスを添えて食べると、突然お口の中がバラ色になっちゃう美味しさ。ほら、ラムレーズン入りのアイスクリームのような、ちょっぴり大人の味になるのです。
「もう、へんな食べ方覚えちゃって。また今度買っとくわ。それよりパパが週末、せっかくクリスマス・ツリーを持って帰ってくれたんだから、あとで一緒に飾り付けしましょう。オーナメントも少しだけど買い足しといたのよ」とシェリー。
アドヴェントと呼ばれるイギリスの本格的なクリスマス・シーズンは、12月の第1日曜日に始まります。ツリーを飾るのも、伝統的にはこの日。もっとも待ちきれなくて、11月にもうツリーを出しちゃう家庭もあり、それはそれで一足早いクリスマスの到来となり、周囲は羨ましい気持ちなるものです。
「わかった。オーナメントを出しといて。ジャック、散歩に行こう！ ママ、散歩から帰ったら飾りつけしよう」
「バフっ」
白いムク犬のジャックは「ラジャ」とばかり、しわがれ声で吠えると、のそのそとミックの前を歩いていき玄関で待ちます。ミックが12歳の誕生日を迎えて以来、学校から帰ったら一緒に近所を少しだけ散歩するのが習慣で、ジャックもこの時間をとても大切にしています。ミックが5歳の時から2人は一緒。大の親友なのです。
「ただいまー」
「おかえり。さぁ、飾りつけ始めるわよ」
「バウっ！」
レモン家では、毎年ご近所の八百屋さんでツリーを入手します。レモン夫妻は子どもの頃に大きなツリーを飾ってもらえなかった悔しさからツリーにはこだわりがあり、毎年なるべく大きな木を選びます。天井に届かんばかりのツリーに家族全員がうっとり、心躍らせるのです。
「さ、今日中に飾り付けを終わらせるわよ」とシェリー。
ミックはいちばんお気に入りの黒猫のオーナメントを探し出し、目につきやすい場所に真っ先に飾り付けます。
この黒猫には、ミーシャという名前が付いています。パパの家系であるレモン家には代々、黒猫を飼う風習があるのですが、猫毛アレルギーのママのために、一家ではこうして、クリスマス・オーナメントという重要なものに化身させているのです。しっかり、名前まで付けて。
「今年もよろしくね、ミーシャ」
シェリーが目を細め、手で下からポンポンとミーシャを揺らせます。そのとき、ミーシャの目がキラリ、と閃いたのを見逃さなかったのは、ジャックだけでした。
その夜、ミックはいつものようにジャックと一緒に眠りにつき、朝目覚めるとクリスマス・ツリーの存在にウキウキしながら居間におりていきました。そして真っ先にミーシャを目で捉えようとしたところ・・・。
「あれ？」
ミーシャがいない！？
「ママ、た、たいへん！ ミーシャがいなくなっちゃった！」
「なんですって。そんなことって・・・あらホントだわ。どこに行ったのかしら？」
とっさにミックはジャックに視線を送ると、思慮深い顔つきのジャックがこちらを見ており、何か言いたげです。ジャックは7歳にしては落ち着いており、ときどき哲学者のようにも見えるムク犬なのです。
「ジャックはきっと、何か知っているに違いない」
ミックは心の中でそう思い、手掛かりになりそうなものは何かないかと辺りを見回すと、ツリーの下に赤いヒイラギの実が一つだけ、落ちているのです。「あれ、ヒイラギなんてあったっけ？」ミックは考えます。
「どうしましょう、パパが知ったらきっととても悲しむわ。レモンのお父様とお母様から譲り受けた大事なミーシャなのに」
「ママ、僕とジャックでミーシャを探すから、まかせといて」そう言いながら、ミックは無意識のうちにヒイラギの実を手に握り、ジャックに目配せして自分の部屋に戻りました。
ミックはベッドに腰掛け、ジャックの頭を撫でながら話しかけます。
「ジャック、どう思う？ 昨日ちゃんとツリーにかけて、その後、誰も触ってないのにな。このヒイラギの赤い実・・・どうしてあんなところに・・・う〜ん」
わかんないや〜と、ベッドに大の字になって寝そべり、思案しているとミックは次第に眠くなってしまうのです。つい、ウトウトと・・・。
ハッと気づくと、ミックとジャックは光のトンネルをくぐって（いや、滑って）、見たことのない街に来ていました。
ふと横を見ると、物知り顔のジャックがこちらを見ています。
「ミック坊や、ご機嫌よう。調子はいかがかな？」渋めの、紳士然とした声で、ジャックが話し始めます。
「ジャック！」首に抱きつき、ほおずりをするミック。
「どうしよう、ミーシャを探さなくちゃ」
「ご安心を。見当はついております。ヒイラギの赤い実をお持ちでしょう？」
ミックが手のひらをあけると、ちゃんとそこにありました。「うん。これが何か、役に立つのかな」
「その赤い実は、いわばGPS発信装置なのです。これでミーシャを追跡できます」
「ほんと！？ そいつはすごいや。でもどうやって・・・」
「わたしの嗅覚と、このヒイラギの実と、ミーシャの赤いリボンがつながっているのですよ。さ、わたしについておいでなさい」
ジャックがクンクンと鼻をフル活用しながら歩いていくその後から、ミックはキョロキョロ周囲を見回しながらついていきます。
「あっ、ツリーの精がやってくる。彼女たちに聞いてみよう」とミック。
「ツリーの精よ、こんにちは！ 黒猫のミーシャを探しているんだけど、見かけなかったかな？」
すると双子のツリーの精が、まるでソプラノ二重奏のように、同時に口をききます。
「黒猫のミーシャとな？ 赤いリボンを首につけた？」
「そう、そうです！」
「その子なら、飛ぶようにして、マーケット・ホールの方へ、行ったぞよ（行ったぞよ）」
「マーケット・ホールってどこですか？」
「あっち（あっち）」
「ありがとう、ツリーの精よ！」
横を見ると「わたしの鼻を信じていただきたかったですな」と、ジャックが不満げです。
「ごめんごめん。信用していないわけじゃないんだ。ただ、あの精たちに声をかけてみたくて」
「ならば許してしんぜよう」
「ジャック、マーケット・ホールまで連れて行って！」
「うむ！」
そうこうしているうち、次第に夕方の光が強くなってきました。ジャックの嗅覚を頼りに駆け足で「あっち」の方角に向かっていると・・・
「ミーシャ！」
ミーシャらしき黒猫が、まさにマーケット・ホールから出てくるところに出くわしたのです。
「あれま、ミック様！ どうしてこんなところに！？ あ、ジャック殿に連れてきてもらったのですね。いやはや、さすがジャック殿。あっぱれです」
「ミーシャ殿、こんなところまで来て、何をしておられるのか？ あなたはレモン家付きのクリスマス・オーナメントとして、もっとも巷のマジックが強まるアドヴェント期間に、レモン家の毎年の守護を強化する役割を担っておられるのですぞ」
「わかっております。しかし実は、その守護のための材料を今年は切らせてしまいまして・・・」
（守護のための材料！？）ミックはちんぷんかんぷんです。
「ミック様、突然に消えたりして申し訳ございませんでした。しかしながら申し上げます。ご家族では昨年、生垣のそばにあるヒイラギの茂みを、伐採してしまいましたでしょう？ 」
「ああ！ トゲトゲで引っかかるし、もっとモダンな植物を植えたいってママが・・・」
「なんたる言いよう！ そのトゲトゲが重要なのでございます！ヒイラギは、魔除けと言いますでしょう？ なのにシェリー様は、何かにつけモダンモダンとおっしゃって、クリスマス・リースまでヒイラギではない植物で作られる始末。嘆かわしいことでございます。そんなことでは守護も弱まってしまいますよ」
「その、ヒイラギが魔除けというのは言い伝えとして聞いたことがあるけれど、それは本当なんだね」
「左様でございます。わたくしどものような黒猫は、自然との結びつきの中で、古来の守護魔術を発揮できるのです。レモン家には我ら黒猫の一族がつきっきりで守護させていただいている、イギリス国内でも数少ない一族。昔ながらの風習が、とても重要であるということを、ミック様にもぜひ知っていただきたいものです」
「それで、マーケット・ホールでは何を探していたの？」
コホン、と、ミーシャはもったいぶってこう言います。
「この街のマーケット・ホールにはクリスマスの時期、とても強力な魔除けの力を持つヒイラギのオーラを売っているのです。そのほかにも、人間を守護するための材料がたくさんあるのですよ」
しかしジャックは納得いかない様子。
「ミーシャ殿、それは勤勉なことであるが、ヒイラギのオーラならばこんなところまで来ずとも、他の場所でも手に入るであろう？ 持ち場を離れるのはあまり感心せんが」
ジャックにそう指摘されて、少しだけうろたえを見せるミーシャ。
「そ、それは・・・実は・・・マーケット・ホールで、赤いリボンを新調したかったのでございます。そして・・・」
ミックはこんな顔のミーシャを見たことがないと思うほど、動揺しています。
「そのついでに・・・お見合いをしに来たのでございます！」と、ミーシャが身体をくねらせました。
「ミーシャにはその赤いリボンがよく似合うよ」ミックが褒めると、少し恥ずかしげにミーシャが言います。
「ありがとうございます、ミック様。おかげさまでマーケット・ホール内のレストランで同じ黒猫族のルパート殿とクリスマス・ディナーをすることができまして、ついに求婚をされたのでございます。つきましては、来年以降はレモン家にて、彼もオーナメントに迎え入れてほしいのでございます。許されますでしょうか？」
「もちろんだよ！ パパとママに言っておくよ。ルパートはどんな特徴がある黒猫なの？」
「それはそれはハンサムでして、猫毛はフサフサ、渋いパープルのシルクハットをかぶっております」
「ヒイラギのオーラも手に入ったし、伴侶も見つかったし、早く帰ってきてね、ミーシャ。待ってるから！」
ミックはそう言うと、ジャックの手引きでまたしばらく、この不思議な街を歩きました。ふと、ジャックがこう言うのです。
「ミック坊や、一つ、ロンドンの秘密を教えてあげましょうかな」
「えっ、何なに？ 知りたい！」
「コホン。実は・・・この黒猫が出入りする不思議な街から、ロンドンのトラファルガー広場は、つながっておるのじゃ」
「トラファルガー広場と、このヘンテコな街が！？」
「左様。とはいえ、今の季節だけなのです。ちょうど毎年、クリスマス・ツリーが戦友国ノルウェーから届き、広場の中心に据えられましょう？ それでこのツリーの下がパワースポットとなり、ゆるやかな波動のズレが生じるのです。ミック坊やなら、素早く通れば通れぬことはあるまいて。ぬはははは」
ジャックがそう言うか言わないかのうちに、ミックは自分がトラファルガー広場に戻ってきていることに気づきます。ほ〜っと安堵のため息をついて目を閉じた途端・・・
「ミック、ミック！ 起きなさい！ パパも帰ってるわよ。もう夕ご飯の時間なんだから早く下におりていらっしゃいな」シェリー・ママが呼びにきました。
「そういえばね。さっき見当たらなかったミーシャのオーナメントだけど、よく見たらちゃんとかかってたわ。どうしてさっきは見えなかったのかしらねぇ。不思議ふしぎ。この家はよくふしぎなことが起こるわよね。ふふふ」
ミックは目をこすりながら、ジャックが素知らぬ顔で寝そべっているのを確認し、ミーシャが戻っていると知ってホッとしました。
「また不思議な冒険をしちゃったな。あ、ヒイラギの木のこと、ママに戻してもらうようにお願いしなきゃ。それに、ルパートのことも！」
こうして今年もまた、レモン家のアドヴェント期間がすぎていきます。黒猫のミーシャに、しっかりと守護されながら。
（おしまい）
Text&Photo by Mayu Ekuni
今年もまたクリスマスがやってきますが、皆さんにとって、クリスマスに絶対必要なものは何ですか？ ジンジャーブレッドマン？ クリスマスプディング？ それともくるみ割り人形？
誰かにとって、それは真っ赤なトフィーアップル（りんご飴）かもしれませんし、あるいは水玉模様のドレスかもしれません。もちろん、ファーザークリスマス（イギリスではサンタのことをこう呼びます）に来てもらうための、大きくて余裕たっぷりのソックスは絶対。
レモン家の皆にとって、それは黒猫のミーシャです！ 今日はそんなお話です。
＊＊＊＊＊＊＊
「え〜、バニラアイスないの？ せっかくミンスパイと一緒に食べようと思ったのに」
「お言葉ですけどねミック、ママの手作りミンスパイにバニラアイスなんて必要ないない。そのままで十分に美味しいんだから」
「わかってるけどさ、最近の発見なんだ。一緒に食べるとびっくりするほど美味しいんだもん」
これは本当。ドライフルーツが熟成し、なんとも言えない芳香を放つミンスミートにバニラアイスを添えて食べると、突然お口の中がバラ色になっちゃう美味しさ。ほら、ラムレーズン入りのアイスクリームのような、ちょっぴり大人の味になるのです。
「もう、へんな食べ方覚えちゃって。また今度買っとくわ。それよりパパが週末、せっかくクリスマス・ツリーを持って帰ってくれたんだから、あとで一緒に飾り付けしましょう。オーナメントも少しだけど買い足しといたのよ」とシェリー。
アドヴェントと呼ばれるイギリスの本格的なクリスマス・シーズンは、12月の第1日曜日に始まります。ツリーを飾るのも、伝統的にはこの日。もっとも待ちきれなくて、11月にもうツリーを出しちゃう家庭もあり、それはそれで一足早いクリスマスの到来となり、周囲は羨ましい気持ちなるものです。
「バフっ」
白いムク犬のジャックは「ラジャ」とばかり、しわがれ声で吠えると、のそのそとミックの前を歩いていき玄関で待ちます。ミックが12歳の誕生日を迎えて以来、学校から帰ったら一緒に近所を少しだけ散歩するのが習慣で、ジャックもこの時間をとても大切にしています。ミックが5歳の時から2人は一緒。大の親友なのです。
「おかえり。さぁ、飾りつけ始めるわよ」
「バウっ！」
レモン家では、毎年ご近所の八百屋さんでツリーを入手します。レモン夫妻は子どもの頃に大きなツリーを飾ってもらえなかった悔しさからツリーにはこだわりがあり、毎年なるべく大きな木を選びます。天井に届かんばかりのツリーに家族全員がうっとり、心躍らせるのです。
「さ、今日中に飾り付けを終わらせるわよ」とシェリー。
ミックはいちばんお気に入りの黒猫のオーナメントを探し出し、目につきやすい場所に真っ先に飾り付けます。
この黒猫には、ミーシャという名前が付いています。パパの家系であるレモン家には代々、黒猫を飼う風習があるのですが、猫毛アレルギーのママのために、一家ではこうして、クリスマス・オーナメントという重要なものに化身させているのです。しっかり、名前まで付けて。
シェリーが目を細め、手で下からポンポンとミーシャを揺らせます。そのとき、ミーシャの目がキラリ、と閃いたのを見逃さなかったのは、ジャックだけでした。
その夜、ミックはいつものようにジャックと一緒に眠りにつき、朝目覚めるとクリスマス・ツリーの存在にウキウキしながら居間におりていきました。そして真っ先にミーシャを目で捉えようとしたところ・・・。
「あれ？」
ミーシャがいない！？
「ママ、た、たいへん！ ミーシャがいなくなっちゃった！」
「なんですって。そんなことって・・・あらホントだわ。どこに行ったのかしら？」
とっさにミックはジャックに視線を送ると、思慮深い顔つきのジャックがこちらを見ており、何か言いたげです。ジャックは7歳にしては落ち着いており、ときどき哲学者のようにも見えるムク犬なのです。
「ジャックはきっと、何か知っているに違いない」
ミックは心の中でそう思い、手掛かりになりそうなものは何かないかと辺りを見回すと、ツリーの下に赤いヒイラギの実が一つだけ、落ちているのです。「あれ、ヒイラギなんてあったっけ？」ミックは考えます。
「どうしましょう、パパが知ったらきっととても悲しむわ。レモンのお父様とお母様から譲り受けた大事なミーシャなのに」
「ママ、僕とジャックでミーシャを探すから、まかせといて」そう言いながら、ミックは無意識のうちにヒイラギの実を手に握り、ジャックに目配せして自分の部屋に戻りました。
ミックはベッドに腰掛け、ジャックの頭を撫でながら話しかけます。
「ジャック、どう思う？ 昨日ちゃんとツリーにかけて、その後、誰も触ってないのにな。このヒイラギの赤い実・・・どうしてあんなところに・・・う〜ん」
わかんないや〜と、ベッドに大の字になって寝そべり、思案しているとミックは次第に眠くなってしまうのです。つい、ウトウトと・・・。
ふと横を見ると、物知り顔のジャックがこちらを見ています。
「ミック坊や、ご機嫌よう。調子はいかがかな？」渋めの、紳士然とした声で、ジャックが話し始めます。
「ジャック！」首に抱きつき、ほおずりをするミック。
「どうしよう、ミーシャを探さなくちゃ」
「ご安心を。見当はついております。ヒイラギの赤い実をお持ちでしょう？」
ミックが手のひらをあけると、ちゃんとそこにありました。「うん。これが何か、役に立つのかな」
「その赤い実は、いわばGPS発信装置なのです。これでミーシャを追跡できます」
「ほんと！？ そいつはすごいや。でもどうやって・・・」
「わたしの嗅覚と、このヒイラギの実と、ミーシャの赤いリボンがつながっているのですよ。さ、わたしについておいでなさい」
ジャックがクンクンと鼻をフル活用しながら歩いていくその後から、ミックはキョロキョロ周囲を見回しながらついていきます。
「あっ、ツリーの精がやってくる。彼女たちに聞いてみよう」とミック。
すると双子のツリーの精が、まるでソプラノ二重奏のように、同時に口をききます。
「黒猫のミーシャとな？ 赤いリボンを首につけた？」
「そう、そうです！」
「その子なら、飛ぶようにして、マーケット・ホールの方へ、行ったぞよ（行ったぞよ）」
「マーケット・ホールってどこですか？」
「あっち（あっち）」
「ありがとう、ツリーの精よ！」
横を見ると「わたしの鼻を信じていただきたかったですな」と、ジャックが不満げです。
「ごめんごめん。信用していないわけじゃないんだ。ただ、あの精たちに声をかけてみたくて」
「ならば許してしんぜよう」
「ジャック、マーケット・ホールまで連れて行って！」
「うむ！」
そうこうしているうち、次第に夕方の光が強くなってきました。ジャックの嗅覚を頼りに駆け足で「あっち」の方角に向かっていると・・・
ミーシャらしき黒猫が、まさにマーケット・ホールから出てくるところに出くわしたのです。
「あれま、ミック様！ どうしてこんなところに！？ あ、ジャック殿に連れてきてもらったのですね。いやはや、さすがジャック殿。あっぱれです」
「ミーシャ殿、こんなところまで来て、何をしておられるのか？ あなたはレモン家付きのクリスマス・オーナメントとして、もっとも巷のマジックが強まるアドヴェント期間に、レモン家の毎年の守護を強化する役割を担っておられるのですぞ」
「わかっております。しかし実は、その守護のための材料を今年は切らせてしまいまして・・・」
（守護のための材料！？）ミックはちんぷんかんぷんです。
「ミック様、突然に消えたりして申し訳ございませんでした。しかしながら申し上げます。ご家族では昨年、生垣のそばにあるヒイラギの茂みを、伐採してしまいましたでしょう？ 」
「ああ！ トゲトゲで引っかかるし、もっとモダンな植物を植えたいってママが・・・」
「なんたる言いよう！ そのトゲトゲが重要なのでございます！ヒイラギは、魔除けと言いますでしょう？ なのにシェリー様は、何かにつけモダンモダンとおっしゃって、クリスマス・リースまでヒイラギではない植物で作られる始末。嘆かわしいことでございます。そんなことでは守護も弱まってしまいますよ」
「その、ヒイラギが魔除けというのは言い伝えとして聞いたことがあるけれど、それは本当なんだね」
「左様でございます。わたくしどものような黒猫は、自然との結びつきの中で、古来の守護魔術を発揮できるのです。レモン家には我ら黒猫の一族がつきっきりで守護させていただいている、イギリス国内でも数少ない一族。昔ながらの風習が、とても重要であるということを、ミック様にもぜひ知っていただきたいものです」
「それで、マーケット・ホールでは何を探していたの？」
コホン、と、ミーシャはもったいぶってこう言います。
「この街のマーケット・ホールにはクリスマスの時期、とても強力な魔除けの力を持つヒイラギのオーラを売っているのです。そのほかにも、人間を守護するための材料がたくさんあるのですよ」
「ミーシャ殿、それは勤勉なことであるが、ヒイラギのオーラならばこんなところまで来ずとも、他の場所でも手に入るであろう？ 持ち場を離れるのはあまり感心せんが」
ジャックにそう指摘されて、少しだけうろたえを見せるミーシャ。
「そ、それは・・・実は・・・マーケット・ホールで、赤いリボンを新調したかったのでございます。そして・・・」
ミックはこんな顔のミーシャを見たことがないと思うほど、動揺しています。
「そのついでに・・・お見合いをしに来たのでございます！」と、ミーシャが身体をくねらせました。
「ありがとうございます、ミック様。おかげさまでマーケット・ホール内のレストランで同じ黒猫族のルパート殿とクリスマス・ディナーをすることができまして、ついに求婚をされたのでございます。つきましては、来年以降はレモン家にて、彼もオーナメントに迎え入れてほしいのでございます。許されますでしょうか？」
「それはそれはハンサムでして、猫毛はフサフサ、渋いパープルのシルクハットをかぶっております」
ミックはそう言うと、ジャックの手引きでまたしばらく、この不思議な街を歩きました。ふと、ジャックがこう言うのです。
「ミック坊や、一つ、ロンドンの秘密を教えてあげましょうかな」
「えっ、何なに？ 知りたい！」
「コホン。実は・・・この黒猫が出入りする不思議な街から、ロンドンのトラファルガー広場は、つながっておるのじゃ」
「左様。とはいえ、今の季節だけなのです。ちょうど毎年、クリスマス・ツリーが戦友国ノルウェーから届き、広場の中心に据えられましょう？ それでこのツリーの下がパワースポットとなり、ゆるやかな波動のズレが生じるのです。ミック坊やなら、素早く通れば通れぬことはあるまいて。ぬはははは」
ジャックがそう言うか言わないかのうちに、ミックは自分がトラファルガー広場に戻ってきていることに気づきます。ほ〜っと安堵のため息をついて目を閉じた途端・・・
「ミック、ミック！ 起きなさい！ パパも帰ってるわよ。もう夕ご飯の時間なんだから早く下におりていらっしゃいな」シェリー・ママが呼びにきました。
「そういえばね。さっき見当たらなかったミーシャのオーナメントだけど、よく見たらちゃんとかかってたわ。どうしてさっきは見えなかったのかしらねぇ。不思議ふしぎ。この家はよくふしぎなことが起こるわよね。ふふふ」
ミックは目をこすりながら、ジャックが素知らぬ顔で寝そべっているのを確認し、ミーシャが戻っていると知ってホッとしました。
「また不思議な冒険をしちゃったな。あ、ヒイラギの木のこと、ママに戻してもらうようにお願いしなきゃ。それに、ルパートのことも！」
こうして今年もまた、レモン家のアドヴェント期間がすぎていきます。黒猫のミーシャに、しっかりと守護されながら。
Text&Photo by Mayu Ekuni
江國まゆ
ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』（大和書房）を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。