チェルトナムの王様 | BRITISH MADE

Absolutely British チェルトナムの王様

2018.03.02

昨年11月、英国政府観光庁さんが主宰する「Royal Britain(ロイヤルな英国)」をテーマとしたプレストリップに参加させていただき、「私の知らないイギリスってまだまだあるなぁ」と感慨深くも絢爛に過ぎていった一週間の旅の中で、とりわけ嬉しくも苦しくもあったのが、日々の食事だ。

なにせ、毎日が飲めや歌えやのお祭りである(歌ってはいない)。ランチもディナーもそれなりの素敵なお店で、しっかりといただく。例えば朝食はゴージャスなフル・ブレックファストを、ランチはロイヤルな施設が用意した酒池肉林ブッフェ、夜は五つ星ホテルのフルコース・ディナーといった具合。目も舌も歓ぶけれど、どこかで調整をせねば胃腸が疲れるか脂肪に憑かれるかである。

そんなツアーの中日のこと。

ランチは田舎らしい情緒あふれるパブに立ち寄った。各国から来ていた美人ジャーナリスト諸君はイギリスの田舎パブが珍しいと見えていろいろと注文していたが、私自身はその夜に控えている本丸ディナーに向けてここぞとばかりに調整し、スープだけにして夜にのぞんだ。結果から言うと、この判断は大正解だった。個人的な評価/好みは分かれるとは思うが、ロンドンでレストラン・レビューの執筆も生業の一部としている私にとって、ハイレベルな食事が続いた1週間のうちで最も感激したレストランだったからだ。

向かったのはコッツウォルズでも指折りの美しさを誇るスパ・タウン、チェルトナム。優雅なリージェンシー様式の建物が連なり、同じく温泉保養地のバースを彷彿させる。バースは実は、ロンドン外のイギリスで私が住んでみたいと思う唯一の街だが、チェルトナムに来てその考えが変わった。ここにも住んでみたいと思える、強い魅力のある街だった。
20180302_cheltenham_1 リージェンシー様式の白亜の建物が連なる市街は、そぞろ歩きでも優雅な気分になれる。
20180302_cheltenham_2 ロンドンも古く美しい街だが、チェルトナムの建物はまた趣が違う。
20180302_cheltenham_3 この通りはひときわエレガントな建物が多かったな・・・。
さて、ディナーの場所は「Superdry 極度乾燥(しなさい)」という世界的な人気ファッション・ブランドを生んだジュリアン・ダンカートン氏が手掛けるホテル「No.131」。ここでも優雅なジョージアン様式の建物に圧倒される。

「Superdry 極度乾燥(しなさい)」と言えば、初めてコベント・ガーデンでその珍妙なロゴの衣料品を見かけたときのことを思い出す。何度読んでも意味が分からず、「ヘンな日本語を使ったヘンテコなブランド」だと勝手に思っていたら、いつのまにかたくさんの人に支持されるクールなブランドに変貌し、世界100ヵ国で展開するまでになっていた。カルト的な人気は今も衰えず、若い世代を中心にファンが多い。このブランドがいまだに日本の企業だと思っている人が世界中にいると見えて、レストランでブランドの説明を受けたときも「うちは日本のブランドじゃないよ、チェルトナムを本拠にしている会社だよ」と強調していた。

そうなのだ、「Superdry 極度乾燥(しなさい)」はチェルトナム生まれなのだ。

このブランドが大当たりして資産家となったダンカートン氏は、もともと食べることが好きでレストラン業に興味があったのだと言う。それでアパレルからホテル業にも乗り出し、現在はLucky Onionというブランド名でホテル/レストラン6軒を経営している。ちなみにクールジャパン作戦で苦闘している日本だが、世界へ向けて爆発的に自国アピールしたいなら、ちょっとくらいイメージに齟齬があっても日本人以外の人材にプロデュースしてもらうほうがうまくいくのかも? なんて思わせる面白いアプローチとカリスマのあるブランドなのである。
20180302_Lucky-Onion_1 ホテル「No.131」。もとはひどく荒廃した建物だったというが、今ではコッツォルズ随一の活気あふれるクールなアドレス。小さなファッション・レーベルから身を起こしたダンカートン氏のセンスと手腕を感じる。
20180302_Lucky-Onion_2 メインのバーは地下にあって平日でもにぎやか。客層は若い。
20180302_Lucky-Onion_3 私たちは地下のプライベート・ダイニング・ルームで食事。カントリー調の落ち着く空間で、ちょうど10名ほどが座れる。
地下のプライベート・ルームでいただいた食事のメニューには地元の旬の食材を使った皿が並ぶ。味は文句なくいい。ランチを軽くした甲斐があったというものだ。しかし他の女子たちはお腹がすいていないため、メニューを選ぶのに一苦労している。みな前菜をメインにもってきたりと工夫しているが、こういうレストランでの食事こそきちんと味わってほしいと願う私はイギリス贔屓のイギリス馬鹿。高級レストランの食事だけでなく、カジュアル・ダイニングの食事の質が上がっていることをイギリス外から来た人びとに体感してほしいのだが・・・。

料理を監修しているエグゼクティブ・シェフはロンドンのトップ・レストランで経験を積んだ人らしく、それぞれの料理の仕上がりもプレゼンテーションも味のセンスも現代的でぬかりがない。
20180302_Lucky-Onion_4 前菜やサイドの品々。右下のワサビの量がちょうどいいマグロのタルタル、アボカド・ソースが激旨。右上はこの日のヘッドシェフ。
20180302_Lucky-Onion_5 左下が鴨肉のソテー、ゴールデン・ビートルートの甘いピューレ添え。お腹すかせて行ってよかった〜。 右上はロブスター&トリュフ・マッシュ! 左上は2回に1回はステーキを食べてご満悦だったVisitBritainの女性たちの注文。 右下のアーティチョーク、ふっくらと美味しかった。
高級レストランで高いお金を出して食べる料理が美味しいのは、ある意味で当たり前だしどの国も一緒だと思うが、このNo.131のように前菜が7ポンド、メインも15ポンドから用意しているカジュアル仕様ダイニングの食のクオリティがここまで素晴らしいのは嬉しい。誤解なきよう書いておくが、他のホテルの食事が劣ったというわけではない。高級に分類されるレストランにはそれなりの作法があり、料理のスタイルもそれぞれ目指すところによって違ってくる。 気取らない店では素材に頼る部分が多くなり、シンプルだからこそ味の違いが分かりやすい。レストランとしての役割が違うのだ。

もっともNo.131 は、ホテル自体は五つ星と高級。レストランのローンチ・パーティーにはセレブを数多く招くといった派手な宣伝をするSuperdryならではの泥臭い部分もある。

今回の体験のどこが「ロイヤル」なのかと問われると、Superdryが世界的に見ても大成功を収めているイギリス企業であり、ダンカートン氏の資産総額が天文学的な数字に上ることを考えると、チェルトナムがかつて王侯貴族に愛された保養地だからというよりも、Superdry帝国が君臨する王国だから、と現代なら言えそうだ。
20180302_Lucky-Onion_6 ホテル客室の内装。泊まってみたい!

No.131 (The Lucky Onion)
住所: 131 The Promenade, Cheltenham, Gloucestershire GL50 1NW
アクセス: Cheltenham Spa駅から徒歩約10分
theluckyonion.com/property/no-131
Twitter: @TheLuckyOnion
英国政府観光庁
https://www.visitbritain.com/jp/ja

Text&Photo by Mayu Ekuni

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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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