『キンキーブーツ』をウェストエンドで観たのは何年前だったか。業績の冴えない地方の靴工場が舞台。しかし実話にインスパイアされたというストーリーの奇抜さとメッセージの現代性はまさに21世紀のミュージカルで、なんとも秀逸だった。斬新なアイデアで工場は再生へと導かれ、ハッピーエンドに終わったその物語の舞台がイングランド中部のノーザンプトンだったと認識したのは、実はつい最近のことだ。
www.kinkybootsthemusical.co.uk
それはストーリーある英国クラフトマンシップの魅力を探っていく「BRITISH MADE TOURS」と題されたツアー企画の記念すべき第一回目で、BRITISH MADEのお客さんたちへの感謝がベースとなっている。BRITISH MADEで扱う一流ブランドのプロダクトがどのように生まれているのか、そのルーツに直に触れつつ、英国の奥深いカルチャーを丸ごと肌で感じてしまおうという、とんでもなく贅沢でユニークな旅なのだ。
訪れるのは、BRITISH MADEさんの手引きがなければありえない場所。ジョセフ チーニーやドレイクスといったクラフトマンシップを誇る精鋭ブランドのファクトリー見学は、間違いなくこのツアーのハイライトだ。紳士用品にさほど縁があるとは言い難い私でさえ、実際にファクトリーを訪れると、その手作りの素晴らしさ、職人たちの誇り、建物全体を満たす伝統にまさに圧倒されてしまった。何十年という歳月の中で培われた、メーカーとBRITISH MADEとの信頼関係なくしては成り立たない、とてもスペシャルな企画なのである。
ツアーではすでに世界的な地位を確立している老舗シューメーカーのジョセフ チーニーや、世界から注目を集める高級紳士服・アクセサリーブランドであるドレイクスのファクトリーを訪問した。今回の記事ではまず、チーニーの工場見学で私が学んだことを、ちょいと披露させていただきたい。
cheaney.jp
オーナーはウィリアム&ジョナサンのはとこ同士で、彼らの姓は「チャーチ」! ・・・そう、英国紳士靴メーカーの名門として知られるチャーチ一族が現在はチーニーのオーナーなのだ。3代目のチーニーさんに後継者がいなかったため、20世紀の早い時期に同じくノーザンプトンを拠点とするチャーチに吸収されて以来、チーニーはチャーチ傘下のブランドだった。ところが1999年になってチャーチはプラダ傘下になる。それから10年後、現在のチーニーの工場を売却するとプラダが発表したため、チャーチ役員として勤めていたウィリアム&ジョナサンの5代目チャーチ一家の面々がプラダからチーニーの工場を買い取って独立し、今のビジネスをスタートさせたというわけだ。つまり・・・チャーチ一家によってチーニーは純英国ブランドとしての矜持を取り戻しただけでなく、その至宝とも言える工場が守られた、そういう話である。
130名の従業員全員が一丸となり、企画、靴作りからセールス、マーケティングまで全て一つの屋根の下でチーニー・ブランドを作り上げている。靴作りの工程は、全部でおよそ200(驚)。その一つひとつの工程に、熟練した職人がそれぞれに取り組む。ここは伝統を引き継ぐ少数精鋭のクラフトマンたちが、自分たちの技能を使って最高品質の靴を毎日作り出している現場なのだ。
ウィリアムさんはこう言う。「この建物の中で全工程が行われていることを誇りに思っています。品質管理もその方が容易です。また技術を要する作業なので、後世にその技術を残していきたいという気持ちもあります。だから工場では若い世代から熟練工まで、さまざまな年代の従業員が一緒に働いているのです」
こうして、見事にエレガントな靴たちが、メイド・イン・ノーザンプトンで生まれていく。見た目だけでなく、その中身がどうやって生まれるかを一度でも見てしまうと、もはや尊敬の思いしかなくなる。伝統とは、こういう技に込められた何かのことを指すのだ。
「良い素材で丁寧に作られた靴を手に入れることは、ただの購入ではなく、投資なのです」とウィリアムさん。私もチーニーの靴が無性に欲しくなった。 ものづくりという視点からイギリスを巡るBRITISH MADE TOURS。まさしく英国製を満喫するための旅だ。プロダクトの裏側を知ることは、カルチャーを知ることなのだと改めて思う。クラフトマンシップを称えるというテーマは、5つ星マナーハウスでの宿泊や、地ビール醸造所の見学など、工場見学以外の要素にも染み通っていて小気味良い。
さて、次回もまたBRITISH MADE TOURSのハイライトをお伝えしたい。
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アデルフィー・シアターで観たミュージカル『キンキーブーツ』。ウェストエンドでは今年1月で一旦クローズし、現在は同じプロダクションで全国を巡回しています。観たときは舞台がノーザンプトンだとは知らなかった〜。テーマが奥深いミュージカルです。
今年2月、BRITISH MADEさんが主催する“クラフトマンシップ・ツアー”に参加させていただいた。このツアーで、私は初めてノーザンプトンが「靴の聖地」として世界的に知られていることを学び、その歴史の一端に触れることになった。それはストーリーある英国クラフトマンシップの魅力を探っていく「BRITISH MADE TOURS」と題されたツアー企画の記念すべき第一回目で、BRITISH MADEのお客さんたちへの感謝がベースとなっている。BRITISH MADEで扱う一流ブランドのプロダクトがどのように生まれているのか、そのルーツに直に触れつつ、英国の奥深いカルチャーを丸ごと肌で感じてしまおうという、とんでもなく贅沢でユニークな旅なのだ。
訪れるのは、BRITISH MADEさんの手引きがなければありえない場所。ジョセフ チーニーやドレイクスといったクラフトマンシップを誇る精鋭ブランドのファクトリー見学は、間違いなくこのツアーのハイライトだ。紳士用品にさほど縁があるとは言い難い私でさえ、実際にファクトリーを訪れると、その手作りの素晴らしさ、職人たちの誇り、建物全体を満たす伝統にまさに圧倒されてしまった。何十年という歳月の中で培われた、メーカーとBRITISH MADEとの信頼関係なくしては成り立たない、とてもスペシャルな企画なのである。
ツアーではすでに世界的な地位を確立している老舗シューメーカーのジョセフ チーニーや、世界から注目を集める高級紳士服・アクセサリーブランドであるドレイクスのファクトリーを訪問した。今回の記事ではまず、チーニーの工場見学で私が学んだことを、ちょいと披露させていただきたい。
BRITISH MADEの母体、渡辺産業の代表である渡辺鮮彦さんが初めてこの工場を訪れたのは40年前なのだとか! BRITISH MADEでよく買い物をされるというツアー参加者のお一人は、チーニーの130周年モデルを持っていらっしゃるそう。
ジョセフ チーニーは1886年の創業。以来ずうぅっとノーザンプトンを拠点にしている。まさに「靴の聖地ノーザンプトン」を代表するヴィクトリア朝時代から続くシューメーカーの一つだ。cheaney.jp
オーナーはウィリアム&ジョナサンのはとこ同士で、彼らの姓は「チャーチ」! ・・・そう、英国紳士靴メーカーの名門として知られるチャーチ一族が現在はチーニーのオーナーなのだ。3代目のチーニーさんに後継者がいなかったため、20世紀の早い時期に同じくノーザンプトンを拠点とするチャーチに吸収されて以来、チーニーはチャーチ傘下のブランドだった。ところが1999年になってチャーチはプラダ傘下になる。それから10年後、現在のチーニーの工場を売却するとプラダが発表したため、チャーチ役員として勤めていたウィリアム&ジョナサンの5代目チャーチ一家の面々がプラダからチーニーの工場を買い取って独立し、今のビジネスをスタートさせたというわけだ。つまり・・・チャーチ一家によってチーニーは純英国ブランドとしての矜持を取り戻しただけでなく、その至宝とも言える工場が守られた、そういう話である。
チャーチ一族の一人であり、チーニーを愛する現共同オーナーのウィリアム・チャーチさん。応接間に展示されたサンプル・シューズを手にとって特長をわかりやすく説明してくれます。
右が共同経営者のジョナサン・チャーチさん。左はシューズ業界36年のアレックス工場長。この後、私たちを楽しいファクトリー見学に連れていってくれました。
まず、賞賛すべきはその生産体制だ。130名の従業員全員が一丸となり、企画、靴作りからセールス、マーケティングまで全て一つの屋根の下でチーニー・ブランドを作り上げている。靴作りの工程は、全部でおよそ200(驚)。その一つひとつの工程に、熟練した職人がそれぞれに取り組む。ここは伝統を引き継ぐ少数精鋭のクラフトマンたちが、自分たちの技能を使って最高品質の靴を毎日作り出している現場なのだ。
ウィリアムさんはこう言う。「この建物の中で全工程が行われていることを誇りに思っています。品質管理もその方が容易です。また技術を要する作業なので、後世にその技術を残していきたいという気持ちもあります。だから工場では若い世代から熟練工まで、さまざまな年代の従業員が一緒に働いているのです」
テクニカル・マネージャーのクリスさんが、プロトタイプの製造工程について教えてくれました。
予想と違ったのは、3Dから2Dに落とし込むという順番。立体的にまず作ったものを平面に直していくのだそう。全てのサンプルはサイズ8。
靴作りのスタートは、まずストーリーボードを作ることから始まる。どんなタイプの靴にするのか、消費者像はどんな感じか。あらゆる要素を決定したらラスト(木靴)に合わせながらデザインを作り込み、出来上がったデザインをスキャンしてデジタル化する。つまり3Dから2Dに落とし込んでいくのだ。そこからパターンをカットするため、カッティング・マシーンへとデータを送る。カッティングはいかに無駄なく上手に革をとっていくかが鍵となる。伸縮具合も含めて革のことを知り尽くした職人さんの役割なのだ。サンプルが完成したら、さっそく実際に作っていく。 革を保管しているスキン・ルームでアレックスさんの詳細に渡る説明に聞き入る私たち。渡辺鮮彦氏(右上)が長年の経験を生かした素晴らしい通訳で繋いでくれる。「こんなに細かい見学は僕も初めて」と渡辺氏。
チーニーの革靴は、全てこのスキン・ルームにある革を使って作られる。オーダーごとに必要な革を選び、一枚の皮からどれだけ取れるかもここで計算される。革は食肉産業から出る副産物である、牛の革を使うことをモットーとしているが、最近は質の良い革を確保するのが大変なのだそうだ。バッグや車のインテリアに取られがちな昨今、靴用の良い革を仕入れることはチーニーにとってはある種のチャレンジなのである。 革をカットして材料を準備するクリッキング・ルームにやってきました。
革を打ち抜きカットしてます。革のとり方など高度な技術を要する部署です!
細かいカットですね〜。全部手作業です。
いよいよ縫い工程へ! これぞヴィクトリアン・ファクトリー! といった趣の広い部屋。
どの部分も、ぜーんぶ手作業で縫っています。正直、感動しました。
黙々と手作業が続きます。縫う工程は圧倒的に女性が多いんですよね。
ブラシを持って、手で塗っています・・・
切る、縫う、塗る。すべて手作業による細かい生産体制をとっているため、製造に融通がきくこともこの工場の大きな特徴だ。定番の既製靴の販売に力を入れているチャーチよりも、チーニーはフレキシブルさを買われて日本市場でより人気なのだそうだ。ラルフ・ローレンやヴィヴィアン・ウェストウッドといった高級ブランドの靴を請け負って作ることもあるが、現在はもっと自社製品を作って店頭に並べることで、チーニーというブランドをさらに大きくしていくことを戦略の核に据えている。 組み立て&フィニッシングの工程が進む別の部屋にやってきました! 見てください、手で靴底を塗っています・・・しかもソールのコルクも手作業で詰めています。この工程には心底驚きました。一足一足、手作業でコルク詰めてるんですよ〜。ため息が出ますね。
このフロアは、打って変わって男性ばかり!
熟練工による美しい手仕上がりです。
そして、最後にロゴを靴底に刻印します。
最後の検品工程。ネクタイを締めて望む姿勢に、大きな矜持が感じられます。
仕上がりまで要所要所で検品工程があるのだが、靴が完成した後は、ここが最後の関所となる。この写真の方が、全製品の検品に責任を持っていらっしゃるようだった。一点の曇りも見逃さないぞ、といった様子で一つひとつ目を皿のようにして吟味する。弾かれた靴を素人が見てもどこがダメなのかは絶対にわからない。その品質管理は驚くばかりの厳しさだ。工場長のアレックスさんも「これはどこがダメなの?」と聞いているほどで、「xxがだめです」と言うと納得されていた。頼りになる検品官なのだ。 こうして、見事にエレガントな靴たちが、メイド・イン・ノーザンプトンで生まれていく。見た目だけでなく、その中身がどうやって生まれるかを一度でも見てしまうと、もはや尊敬の思いしかなくなる。伝統とは、こういう技に込められた何かのことを指すのだ。
問題がある靴には「SECOND」の文字が入れられて弾かれています。
チーニーは今、海外への市場展開に力を入れている。 輸出に関しては2016年、イギリスにおける輸出の貢献企業として王室からクイーンズ・アワードを授与された。授賞式に際してウィリアム&ジョナサンのお二人はエリザベス女王に謁見し、フィリップ殿下と握手されたそうだ。その際、殿下は同じジョンロブを50年履いているとお話されたとか。 「良い素材で丁寧に作られた靴を手に入れることは、ただの購入ではなく、投資なのです」とウィリアムさん。私もチーニーの靴が無性に欲しくなった。
素敵な品揃えのファクトリー・ショップは道路を隔てた向こう側にあります。日本で販売しているものとは、またちょっと違うレンジも見られるそうですよ。
チーニー・ファンの方が、さっそく購入されていました。投資ですね〜。
さて、次回もまたBRITISH MADE TOURSのハイライトをお伝えしたい。
江國まゆ
ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。