コッツウォルズへと通った今年の夏、気づいたのは、田舎ほどイギリス人のエキセントリックを感じられる場所はない、ということだ。
カントリーハウスのユニークな内装しかり。創意あふれるガーデン・デザインしかり。希少なクラシック・カーを取っ替え引っ替えドライブしたり、愛馬に乗って夕方の散歩にふらりと出かけたりするのは、ごく日常的な活動の一コマ。のどかな風景の中に、じつに彩り豊かで際立った個性が点在していることは間違いない。
とはいえスノースヒル・マナーの主人であったチャールズ・ウェイドに比肩するエキセントリックには、そうやすやすとはお目にかかれまい。現在、ナショナル・トラストが管理する敷地はガーデンが見どころだと紹介されることが多いが、 いやいや、どう見てもウェイドが生涯をかけて蒐集し続けたヘンテコ・アイテムが勢ぞろいする、ウェイド・コレクションが目玉だろうと思うのだが・・・さて、みなさんはどう思われるだろうか。
ウェイドが生まれたのは19世紀末で、20世紀半ばまで生存していたので近代的な感覚もあったはずだが、館内をさまよっていると、なぜか時間をどんどん遡っていくような錯覚に陥る。これは電気のあった時代なのにもかかわらず、彼が石油ランプやキャンドルの灯を好んだことにも由来しているのかもしれない。
しかしウェイドが暮らしていたのはその歴史ある屋敷の本体ではなく、敷地内にある小さな僧坊コテージのほう。なぜって・・・屋敷はもうコレクションでぱつぱつに埋め尽くされてしまったから!
コレクションすることの楽しさを覚えたのは、同じ蒐集癖を持っていた祖母の影響が強いのだとか。そしてほとんどのアイテムを身近なアンティーク店や古道具屋から買い求めたというから、こちらも驚き。打ち捨てられたものを見出し、新たな光を当てて後世に伝えたというだけでも、その蒐集は価値ある行為だったのかもしれない。
スノースヒル・マナーには、数多くの著名なゲストたちが訪れた。作家のヴァージニア・ウルフ、ジョン・メイスフィールド、J.B. プリーストリー。1937年には、ジョージ5世の妃、メアリー王妃もこの館のコレクションに興味を惹かれて訪れている。
コレクションは集めるだけでなく、披露され、人に見てもらうことに意味がある。蒐集家のエゴは、そこで満足を得て完結するのだ。だからこそ、晩婚で子供のいなかったウェイドは自身の死後、コレクションが散逸することを恐れてナショナル・トラストに「そのまま保存する」ことを条件にエステートとコレクションを寄贈した。私たちがそのエキセントリックに接することができるのは、彼の蒐集スピリットが今なお、継続しているからに他ならない。
Snowshill Manor and Garden
www.nationaltrust.org.uk/snowshill-manor-and-garden
カントリーハウスのユニークな内装しかり。創意あふれるガーデン・デザインしかり。希少なクラシック・カーを取っ替え引っ替えドライブしたり、愛馬に乗って夕方の散歩にふらりと出かけたりするのは、ごく日常的な活動の一コマ。のどかな風景の中に、じつに彩り豊かで際立った個性が点在していることは間違いない。
とはいえスノースヒル・マナーの主人であったチャールズ・ウェイドに比肩するエキセントリックには、そうやすやすとはお目にかかれまい。現在、ナショナル・トラストが管理する敷地はガーデンが見どころだと紹介されることが多いが、 いやいや、どう見てもウェイドが生涯をかけて蒐集し続けたヘンテコ・アイテムが勢ぞろいする、ウェイド・コレクションが目玉だろうと思うのだが・・・さて、みなさんはどう思われるだろうか。
入り口から館にたどり着くまでの緩やかな上り坂は長いのですが、その間は羊ちゃんたちが癒してくれます。
華美は感じられない、比較的小ぢんまりとした館。かつて僧院であったことも納得です。
ウェイドが住んでいた館は、北コッツウォルズの主要ヴィレッジであるブロードウェイから南へすぐの場所にある。カリブ海に浮かぶ西インド諸島でサトウキビ栽培を手がけて財を成した父親のビジネスを譲り受け、スノースヒルのエステートを購入したのが1919年、36歳のときだ。何年も使われていなかった屋敷は、28人の地元の職人たちによって丁寧に修復されたという。すでに7歳の頃から蒐集癖があったウェイドは、嬉々として膨大なコレクションをその屋敷に陳列し始めた。 家具や室内装飾は、アジア的なものが目を引きました。日本から来ているものもちらほらあります。
こちらはダイニングだったと思います。陳列品について解説してくださるスタッフの皆さんは、本当にフレンドリーでした。
もともと建築家であり工芸作家でもあったウェイドだけに、家具や装飾、クラフトマンシップ、アートに関連したコレクションには目を見張るものがある。そして人には嗜好というものがある。ウェイドが好んだのは・・・どこか中世の匂いがするもの、表象的なもの、民俗的・土着色が強いもの、神秘的なもの・・・。現在は展示されていないが、魔術や錬金術に関連したコレクションもあるそうだ。もちろん何の用もたさない、純粋なオブジェクトもある。ウェイドが生まれたのは19世紀末で、20世紀半ばまで生存していたので近代的な感覚もあったはずだが、館内をさまよっていると、なぜか時間をどんどん遡っていくような錯覚に陥る。これは電気のあった時代なのにもかかわらず、彼が石油ランプやキャンドルの灯を好んだことにも由来しているのかもしれない。
屋根裏には黎明期の自転車がいっぱい! 船や馬車の模型も無数にあります。世界中から美しい楽器も集まっていました。柱時計や、秤のコレクションもあります。
舞台コスチュームや古い衣装の蒐集でも有名だったウェイド。自身も中世の衣装に身を包んで客を呼び、彼らに「なりきり遊び」を提案して喜んでいたのだとか。錠前だって美しければ集めちゃいます。
以前、BRITISH MADE さん主催クラフトマンシップ・ツアーに参加した際に、靴ミュージアムのコレクションで拝見したのと同じような古〜い靴がいっぱい。
まぁとにかくこういうテイストのものが好きですね、この方。
ところで、日本人がこの館にやって来ていちばん衝撃を受けるのは、戦国武将の甲冑コレクション(!)展示室だろう。中世日本の鎧兜が何体も展示された薄暗い部屋は、一種異様な雰囲気を漂わせている。私も前知識なしにこの展示室に入ったときにはギョッとした。なにせ戦国武将たちが暗闇のなか、かがり火を囲んで戦術を練っていたのだから・・・コッツウォルズの片田舎だとか、そんなことはおかまいなしに。 日本の武将の甲冑コレクションは17〜19世紀のもので、全部で26体あるそうです・・・。
スノースヒル・マナーの展示に説明書きは一切なく、質問があれば現地スタッフのみなさんが口頭で説明してくださる。ちょうど私が武将の甲冑部屋に来たとき、「ニッポンのサムライ・ウォーリアーの鎧は家宝であり、代々子孫に受け継がれるもので簡単に手放したりはしないはずだ。なぜイギリスくんだりまで来ているのだ」という、非常に的を得た質問をされている方がいた。どんな答えが返るのか興味津々で聞いていると、「グッド・ポイントですね。おそらく戦争の多かった時代が終わり、国が開かれたときに手放されたものが海外流出したのでしょう」と、スタッフの男性がテキパキと応じておられたのが素晴らしかった。 宗教関連のコレクションも多いようです。
高台に佇むスノースヒル・マナーは、821年にイングランド七王国の一つ、マーシア国の王がサポートしていたベネディクト修道会、ウィンチカム修道院に下賜されて以来、何世紀にも渡って僧院として機能していた。ウィンチカム修道院は強大な力を持っていたようで、宗教改革を自分本位に進めたヘンリー8世が修道会を解体しようと画策した 16世紀半ば、王によって取り上げられ、最後の王妃キャサリン・パーへと贈られている。現在の建物は1550年頃の建造と見られている。しかしウェイドが暮らしていたのはその歴史ある屋敷の本体ではなく、敷地内にある小さな僧坊コテージのほう。なぜって・・・屋敷はもうコレクションでぱつぱつに埋め尽くされてしまったから!
こちらは「The Well Court」と呼ばれる納屋のような建物。マリア像が目を引きます。
この聖ジョージとドラゴンの像が設置されている建物が、ウェイドが暮らしたかつての僧坊「The Priest’s House」。目を引くターコイズ・ブルーはウェイドが好んだ色で敷地内のいたるところに見られ、のちに「ウェイド・ブルー」と呼ばれることになります。
さて、ガーデンのマスタープランはウェイドの友人でもあったアーツ&クラフツ運動の建築家・インテリア・デザイナー、ベイリー・スコットが担当し、現在も賞賛を浴びている。いくつかの区画に分かれたガーデンは周囲の自然に開かれ、溶け合う様子が美しい。庭にはミニチュアの模型ヴィレッジ、天球儀、ウェイド自身がデザインした24時間時計などもあるほか、植栽も含めて見どころには事欠かない。 写真右下に、ミニチュアのヴィレッジが展示されているのをご覧いただけます。
中央の人物がチャールズ・ウェイドその人。
こちらはコッツウォルズ丘陵を見下ろす気持ちの良いカフェ。
カフェ・ガーデンからはこんな風景を望めます。
チャールズ・ウェイドが生涯のうちに集めたコレクションは、約22,000点。ざっと計算しても、60年に渡って365日、毎日1アイテム加えていかないと実現しない数だと分かる。コレクションすることの楽しさを覚えたのは、同じ蒐集癖を持っていた祖母の影響が強いのだとか。そしてほとんどのアイテムを身近なアンティーク店や古道具屋から買い求めたというから、こちらも驚き。打ち捨てられたものを見出し、新たな光を当てて後世に伝えたというだけでも、その蒐集は価値ある行為だったのかもしれない。
スノースヒル・マナーには、数多くの著名なゲストたちが訪れた。作家のヴァージニア・ウルフ、ジョン・メイスフィールド、J.B. プリーストリー。1937年には、ジョージ5世の妃、メアリー王妃もこの館のコレクションに興味を惹かれて訪れている。
コレクションは集めるだけでなく、披露され、人に見てもらうことに意味がある。蒐集家のエゴは、そこで満足を得て完結するのだ。だからこそ、晩婚で子供のいなかったウェイドは自身の死後、コレクションが散逸することを恐れてナショナル・トラストに「そのまま保存する」ことを条件にエステートとコレクションを寄贈した。私たちがそのエキセントリックに接することができるのは、彼の蒐集スピリットが今なお、継続しているからに他ならない。
Snowshill Manor and Garden
www.nationaltrust.org.uk/snowshill-manor-and-garden
江國まゆ
ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。